第八章:第二次人森戦争・前編-43
ちょっと出だしは遅くなってしまいましたが、今日から隔日更新スタートです。
是非お楽しみに!!
ジェイド・チェーシャル・キャッツ。
ティリーザラ王国の裏を陰ながら支え続けて来たキャッツ家の現当主。
彼による闇琅玕を用いた戦闘スタイルは、非常に緩慢で静かなものだった。
デネソールが放つ弩による射撃を闇琅玕を緩やかに振るって軽く往なし、彼が矢を番える隙を的確に狙い《闇魔法》による遠距離魔術を放つ。
そしてデネソールがその魔術を避けるのを見計らい緩やかに距離を縮めていき、闇琅玕の間合いに徐々に持って行く……。
それが今ジェイドが行っている戦法である。
(ヤバイな……。一体どうやってんだか知らねぇーけど、気付いたらかなり間合いを詰められてる……。本当ならもっと早くから気が付ける筈なんだがな)
デネソールの額に汗が伝う。
本来ジェイドが取っている戦法を他者が何も考えず行った場合、距離を縮める段階で敵がそれに気が付き、アッサリまた距離を開けられてしまい意味を成さない。
しかしジェイドの場合、距離を縮めるという段階に入ったとしてもその事実に気が付く事が不思議と出来ず、遊撃部隊隊長を任されているデネソールの様な実力者でも、それに気が付けるのは僅か間合いから二、三歩程度しかない距離まで縮まって漸く。
最初ここまで近付かれた事に気付いた時は、常に気怠る気なデネソールですら背筋に電流が走り、無意識の内に《緊急回避》を発動した程である。
(一眼見た時は遠距離武器の俺が有利だと思ってたが……。クソ、なんて厄介な)
デネソールは舌打ちをし、ジェイドから放たれた闇魔法による魔術を避け、新たな矢を番える。
するとまたもや瞬間移動でもしたからのようにいつの間にか距離を詰められ、闇琅玕の漆黒の刃が空に掲げられる。
「『ぐっ……っ!? あ゛ぁ、クソぉッ!!』」
矢を番えるのを一旦中止したデネソールは苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら《空間魔法》による魔術を発動。
瞬間、デネソールの姿はジェイドの目の前から消えその背後、数十メートルの場所に出現する。
「『ッッぐ、クソが……』」
デネソールはこれでも、アールヴ国内に於いては随一に《空間魔法》の扱いに長けている。
特に座標の演算から発動までの時間が早く、速度だけで言えばクラウンよりも発動するのが少しだけ早い。
が、その分発動した際に消費する魔力量は平均的な量よりも若干多く、ただでさえ消費量の激しい《空間魔法》の魔術による魔力消費を僅かに加速させていた。
魔力保有量としては一般的なエルフ並みしか無いデネソールにとってこの消費量はとても重く、決して短時間で連続使用して平気な訳ではない。
(何度も何度も使わせやがってメンドクセェ……。逃げるだけに魔力全部なんて使えるかよッ!!)
生気を感じさせないデネソールの瞳に、漸く小さな光が灯る。
《空間魔法》の魔術により背後へ転移したデネソールに対し鷹揚に振り返るジェイド。
一眼彼を見た時から自身との力量差を把握したジェイドは、最初はすぐさま決着を着けてしまおうかとも考えた。
だがデネソールにその力量差を突き付け心を折り、生捕りにしてから情報を搾り取る事も可能だろう、と思考。
遊撃部隊隊長にどれだけ情報的価値があるかは程度が知れているが、得られるチャンスをわざわざ無視する理由も無い。
故にジェイドはデネソールのあらゆる攻撃、防御手段を全て看破してから身も心も徹底的に潰すつもりでいた。
彼が放つ矢の攻撃を全て潰して見せながら《闇魔法》の魔術「ダークボール」で牽制し、キャッツ家に子々孫々受け継がれている〝二つ〟のエクストラスキルの内の一つを発動してデネソールを脅すように闇琅玕を振るう……。
そうやってじわりじわりとデネソールを精神的にも肉体的にも追い詰めていたのだ。
誤算といえばデネソールが《空間魔法》を扱え、しかも練度が中々に高く予想以上に転移速度が早かった事くらい。
従って背後に転移された時も油断はしないまでも余裕をもって振り返り、何が来ようと完膚無きまでに叩き伏せようとした。
しかしジェイドが彼に向き直った時、デネソールは二対の弩を交差するようにして構えた。矢を番ないままの、二対の弩を。
「何を……」
訝しむジェイドを無視し、デネソールは二対の弩に魔力を込め始める。
すると忽ち弩の台座の上に紫紺色の矢を模したような魔力の塊が出現。それを見て身構えるジェイドを他所にデネソールは紫紺色の矢を彼に向け躊躇なく射出した。
「ふん」
ジェイドはこれを先程と同じようにして闇琅玕を振るい矢を軽く往なそうとする。
しかし……。
「む? これは……」
紫紺色の矢は 闇琅玕の漆黒の刃に着弾した直後弾かれる事はなく、まるで溶け込むように形を崩していくと広がり始めた。
「チッ」
何かを察したジェイドは闇琅玕に纏わせていた闇属性を解除。夜空の様な刀身が元の色へと回帰する。
「『く、もう察したか……。だがそれならッ!!』」
次にデネソールは新たに出現させた紫紺色の矢の片側をジェイドの影へ射出し自身は魔法を発動、その身体を己が〝影〟へと沈ませ姿を眩ませた。
ジェイドは周囲を感知系スキルを複数用いて矯めつ眇めつ見回す。
しかしどれだけ注意深く探し見てもデネソールの存在を感知する事は出来ず、ジェイドは心胆から面倒になった、と眉を歪ませた。
「やはり《陰影魔法》か……。よりにもよって相性の悪い……」
《陰影魔法》──《空間魔法》と《闇魔法》の複合魔法であり、その特性は〝溶け込む〟。
自身や物に魔力を纏わせ周囲の〝影〟に溶け込ませる事を可能とし、溶け込んだ影内ならばどれほどの距離や大きさだろうと再出現する事が出来る。
更に溶け込んだ影に追加で魔力を注ぎ込む事で影自体を操作する事も可能。その特性を利用し、影が生じる空間であればあらゆる場所から奇襲や暗殺を仕掛けられる暗躍向けの魔法になっている。
(《陰影魔法》は影──闇の中では縦横無尽に移動や攻撃が出来る。つまり私が《闇魔法》で周囲を闇に塗り潰せば潰すほど奴に有利になるな)
《闇魔法》はその〝塗り潰す〟という特性上、周囲への支配力や制圧力は下手な上位魔法よりもかなり高い。
だが反面、他の魔法にも言える事ではあるが《闇魔法》を複合元とした上位魔法に対しては逆効果を発揮してしまう事が度々発生してしまう。
その一つが《空間魔法》と《闇魔法》の複合魔法である《陰影魔法》だ。
《闇魔法》の使用者が魔術で闇を広げ、その制圧力を発揮すればする程《陰影魔法》の利用範囲も比例して広がってしまい、相手を有利にしてしまう。
《闇魔法》の魔術で攻撃しようにもその〝魔術自体も〟闇である為、その魔術に溶け込まれてしまうと全く意味をなさいどころか、相手の魔力保有量や魔力操作能力次第では放った魔術を操られてしまい、返り討ちに遭う可能性もあるのだ。
なので基本的に《陰影魔法》等の闇を利用されてしまう類の上位魔法を相手が使う場合、《闇魔法》を使わずに済むならば使わないのが定石とされている。
だが……。
「私も舐められたものだな」
忌々し気に眉間に皺を寄せたジェイドは右手に魔力を集中させると、それを地面に叩き付け魔術を発動させる。
「支配滲ます大沼……其は我が力の澪標なりっ!! 「闇滲む大沼」っ!!」
直後、手の平と地面の間から光を一切反射しない闇色の泥が溢れ出し、辺り一帯に急速に広がっていく。
そして半径約二十メートルまで闇の泥が広がると、その中央に居たジェイドは徐に立ち上がり、闇琅玕を振り翳す。
「彼我の差、身をもって知れ」
そう呟き、ジェイドは闇琅玕が真っ直ぐ、漆黒の沼に振り下ろした。
(な、なんだ……)
デネソールは影の中に身を溶かしながらその異様な光景を凝視する。
まずジェイドが使った魔術「闇滲む大沼」。これを使った意味が分からなかった。
先述したように基本的に《闇魔法》はデネソールが使用する《陰影魔法》にとって有利に働く場面が非常に多く、敵を優位に立たせる為使用は控えるのが魔術士間での認識である。
故にその支配力を寧ろ増やしてしまうような魔術である「闇滲む大沼」を使用したのが理解出来なかったのだ。
(……いや、何かあるなぁコレは。魔法開発の先進国であるティリーザラの貴族がそれを知らないわけねぇ。絶対何かある……)
警戒心を強めるデネソールだが、だからと言っていつまでも影の中へ溶け込んだままというわけにもいかない。
何故なら《陰影魔法》によって影に溶け込むのにも相応のリスクが発生するからだ。
《陰影魔法》の使用者しか知らない事実であるが、影の中はまるで水飴のように粘度の高い液体の様になっており、その中に身を沈めた状態で無理矢理動こうとすれば相当の力が必要となる。
仮にこの中にクラウンやヘリアーテのような怪力を有する者が飛び込んだ場合、然しもの彼等であろうとまともに動く事は叶わないだろう。
とは言っても影内の移動は魔力を操作する事で可能となるので、《陰影魔法》使用者ならばその点は大した問題にはならない。
しかし問題はもう一つ……。
(く……。そろそろ限界、だが……)
デネソールは影の中で口を抑え、病的に白く頬のコケた顔を苦しそうに歪める。
そう。影に溶け込んでいる間は特殊な方法でも用いない限り息が出来ないのだ。
影に溶け込む、と言っても本当に地面に走る影の中に入っているワケではない。
〝影〟という限定的な現象が生じている場所の座標を特定。その中に魔力で再現した自由自在の影を利用して本物の影と同期しながら仮の〝影空間〟を作り出し、同じく影の特性を纏った自分や物が潜る……。それが《陰影魔法》による特性〝溶け込む〟の仕組みだ。
つまりは影を利用した別空間に入るという意味になるのだが、生物の根幹、本能にある闇や影に対する恐怖心や重々しいイメージがどうしても魔術に反映されてしまう。
そのせいで影の中は重苦しいほどに粘度が高く、また息を吸う事が出来ないのだ。
(苦しくはあるが、スキルを使えばもう少し耐えられる……)
デネソールは《肺活量強化》や《持久力強化》、更に《無酸素耐性・小》等を使いジェイドを注意深く観察し、対策を練ろうと試みる。
(カッコつけはしたが、普通にやっても俺じゃ勝てねぇ……。今は趨勢を見て奴の隙を──)
影の中からジェイドを見上げる。
そして目に入った光景に、デネソールの背筋に凄まじい悪寒が走った。
闇の沼の中央にて佇むジェイド。
彼は携える闇琅玕を振り上げると、そのままの勢いで沼に闇琅玕を突き立てる。
瞬間、闇琅玕の刃が泥に触れた沼は唐突に沸騰するように沸き立ち始めそこから放射状に六本の泥の柱が隆起。
そこに幾万もの星の様な小さな深緑色の光が出現すると、まるで星座のように線で結ばれていき、様々な幾何学的な紋様を浮かべていく。
それは宛ら邪悪な儀式を開く為の祭壇。
一体何が目的で、一体何がどう作用してそんな事になっているのか、デネソールは全く見当も付かない。
(ア、レは……魔術なのか? それともあのデケェ鎌のスキルか? 何なんだ一体ッ!?)
自分の乏しい知識を可能な限り引っ張り出してみるが、やはり何一つとして思い当たらない。
ティリーザラ王国の魔法技術はそこまで進んでいるのか、と混迷するも、それよりも何よりも、デネソールは強烈に感じる。
決定的な敗北の──確実な〝絶望〟の予感を……。
(アレはヤバイ……。放っておいて良い類のモンじゃないのは確かだッ!!)
デネソールは観察する事を止め魔力を練り上げる。
そして周囲にある水飴のように粘度の高い影空間を操り自由に動けるようにすると、二対の弩を構えながら急浮上。
ジェイドの死角になるであろう拠点内に建てられた帷幄の影から上半身だけを出し、二対の弩に紫紺色の矢を出現させながら構える。
この番えた矢は先程ジェイドに向けて放った矢とは少し違う。
先程のはジェイドの武器に影空間を作り出せる矢を着弾させ、至近距離から回避不能の攻撃を仕掛けられるようにする為のもの。
そして今し方番たのは〝影〟を支配する為の矢になっている。
本物の影と同期させる事で影を支配出来る《陰影魔法》は、場を塗り潰し影を増やす《闇魔法》による魔術に対して打ち込む事により、ある程度操作する事が可能になっていた。
だが必ず操作可能だというわけではない。
確かに上位魔法である《陰影魔法》は《闇魔法》に対してかなり有利に働き、相性としては《陰影魔法》に軍配が挙がるだろうが、それが操作となると話が変わる。
《陰影魔法》より下位に位置する《闇魔法》とはいえ、使用者が自分よりも格上の相手だった場合、魔力操作能力や魔力保有量による実力に差があり過ぎてしまえば些細な悪足掻きにしかならない。
その点デネソールの場合、恐らくはその〝悪足掻き〟に含まれてしまうだろう。
彼は目の前の人族と自分との実力には差があると理解している。
故に例えあの儀式めいた魔術か何かに矢を打ち込めたとしても、それが意味を結実する可能性は低い……。
それでも。デネソールがその矢を打ち込もうとしている理由には、ちゃんとした理由が存在する。
それがデネソールが構える豪奢な二対の弩──影弩オッシリアンド。
霊樹トールキンという途方もない大樹。その最も根本近くに根付き、一度たりとも陽の光を浴びる事なく暗澹たる幹と葉を伸ばし続けた木──陰樹エディスの根から削り出し作られたのがこの二対の弩である。
影弩オッシリアンドには幾つかのスキルが宿っており、その内の二つ……《暗影》と《本影》は《陰影魔法》による影の支配力と影響力を高める権能が備わっている。
これによりデネソールの放つ《陰影魔法》による魔術の矢は、本来発揮出来得るポテンシャルを何倍にも引き上げ、格上の《闇魔法》使い相手であってもその魔術を操作出来てしまうのだ。
(コイツで《闇魔法》の魔術を攻略出来なかった事は無ぇっ!! あの不気味な泥で、テメェを溺れさせてやるよッ!!)
決意と確信に満ちた眼光を閃かせ、デネソールはオッシリアンドのトリガーを引き、闇をも使役する紫紺の影矢を二射、死神の祭壇に向け射出した。
……が、しかし。
「……そこか」
届くハズの無い小さな……けれども計り知れない程に重く、冷たい声音がデネソールの鼓膜を震わす。
「『ッッ!?』」
気が付けばデネソールは、ジェイドの目の前に座していた。
両手両足胴体首を周囲の六本の柱を闇の鎖で繋がれた状態で暗黒の闇沼に両膝を突き、一切の身動きが取れない。
「『な……な、なに……何が……』」
「『……そうだな』」
「『っ!?』」
ジェイドは膝を突き、デネソールと同じ目線になると何とも言えない表情で彼の顔を覗き込む。
それは憐れみや憂いが滲んだものであり、最早先程まで宿していた殺意や敵意は宿っていない。
ただデネソールはそれを自分に対する〝同情〟の感情だと受け取り、心底不快そうに顔を歪めた。
「『テメェ……。敵に対して向ける目じゃねぇだろうが……』」
「『いや、な。何も知らないまま〝廃人〟になるのも、哀れだと思ってな』」
「『あ゛ぁ?』」
「『ただ敵であるお前に、コレらが何かを詳らかにするワケにはいかん。コレは……そうだな──』」
そこまで口にしてジェイドは立ち上がり、闇琅玕に力を込める。
すると闇琅玕はスブリ、と闇沼に刀身を沈めていき、ジェイドはゆっくりとそれを鍵を回すように捻った。
「『コレは……《闇魔法》では無いんだよ』」
ズグリッ、と何かの音がした。
まるで地の底の底。そこからあらゆる物を無理矢理掻き分けながら〝何か〟が這い上がって来るような身の毛がよだつような音。
決して触れてはならない。
決して知ってはならない。
決して意識してはならないような、本能から来る強烈な嫌悪感と危機感を呼び起こさせるような、そんな音。
「『な、なんだ……。何なんだ一体ッ!!』」
「『残念だが死にはしない』」
「『あ゛あ゛ぁぁッ!?』」
「『ただ祈るんだな。なるべく早く、自分の心が壊れてくれるのを……』」
「『くぅ……そがぁぁッッ!!』」
「『私は……見守っていよう。お前の心が、擦り切れるまでな』」
「『クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!! ──ッ!?』」
デネソールの肩に、何かが触れる。
それはこっちを振り向けと誘う様に優しく優しく促す、細く薄い、冷たい〝手〟。
「『あ、あぁぁぁ……』」
全身の鳥肌が限界まで逆立ち、圧倒的な怖気から身体が震え加速度的に増していき止まらず、自然と目からは涙が溢れ滝の様に流れ出し、歯は震えに連動してガチガチと音を鳴らす。
人体が可能なあらゆる恐怖を体現する生理現象を全て表すデネソールは、ただただその様子を見下げるジェイドに目で助けを訴え、必死に言葉を紡ぐ。
「『だ、だず……だずけ、で……。なん、でも、ずるがら……』」
「『そうか……。ならお前が知る情報を全て明け渡すんだ。そうすれば……』」
「『ずれ、ば……?』」
「『……楽に殺してやる』」
「『ッッ!?』」
無慈悲な言葉が響くと同時、デネソールの身体に次々と〝手〟が触れ、掴む。
最早デネソールに、それを断る余裕など、微塵も無い。
彼は高速で肯定する様に首を何度も縦に振り、その後洗いざらい全てをぶち撒けた。
それをただ慈しむように、ジェイドは一切聞き漏すまいと耳を澄まして聞き取り、脳裏に刻み付ける。
そしてその全てを聞き終えたジェイドは徐に闇琅玕を闇沼から抜き取り、デネソールの首に刃を当てがった。
「『……さようなら。お前に恐怖は、もう訪れない』」
刃が首を、寸断する。
転げ落ちたデネソールの表情は、ただひたすらに安寧に綻ばせていた。




