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強欲のスキルコレクター  作者: 現猫
第三部:強欲青年は嗤って戦地を闊歩する
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第八章:第二次人森戦争・前編-23

 


 

 それは今から約一ヵ月前。


 国内に自身の血族をばら撒き、珠玉七貴族傘下ギルドへと潜入させ内部から都合の良い情報操作や裏工作を行っていた元伯爵家、シルヴィ・バーベナ・ローレルの一件が落着した、その帰りの馬車内。


 クラウンとルービウネルは、その馬車内を緊張の空気で満たしていた。


『では遠慮なく……。ローレル家の次期当主となるフランシスカの忠誠心と行使出来る権力を全て貴女に差し上げ、私はローレル家とは一切関わらないと約束しましょう』


『何?』


『その代わり……。戦争勝利後、コランダーム家傘下の魔物討伐ギルドと冒険者ギルドの全権を、公に貴族として辺境伯を名乗る事が出来る我がキャッツ家に返還して頂きたい』


『…………ほう』


 クラウンからの思い掛けない取引。その取引内容を聞いたルービウネルはこの日一番の険しい表情を表し、彼を鋭く睥睨(へいげい)する。


『ふふふ。如何(いかが)ですコランダーム公? 貴女にとっても悪い話ではないでしょう?』


 しかしそんな彼女の表情などまるで見えていないかのように変わらない調子で笑って見せるクラウンに、ルービウネルは鼻白んで嘆息する。


『はぁ……。何を言い出すのかと思えば……。君、そんな馬鹿げた取引が本当に成立するとでも思っているのか?』


 それはちょっとした失望。今まで数多くの暗躍振りを見せつけられて来た彼女のクラウンに対する評価は中々に高く、その言葉一つ一つにはある程度の価値があると思っていたのだ。


 しかしそんな彼から発せられた取引内容は余りにも不釣り合いなもの。


 クラウンが提示した「フランシスカを介した珠玉七貴族傘下ギルドの情報と一部権力の行使」という内容は確かに大きな手札ではある。


 だがそれに対して要求して来たのは三大ギルドとも称されるギルドの内の二角、魔物討伐ギルドと冒険者ギルドの権利の返還……つまりコランダーム家が有する絶大な権力の三分の二を寄越せと、そう言っているわけである。


『通るわけないだろうっ!? そんな馬鹿げた取引がっ!! 君、コランダーム家を取り潰したいのかっ!?』


 そう怒号を発するルービウネル。しかし、そんな怒りの声すら、クラウンは薄く()()()応えた。


『ふふ、ふふふふふふ』


『……何がおかしい』


 この期に及んで未だ嗤うクラウンに不気味さすら感じ始めたルービウネルがそう小さく問い掛けると、クラウンはまるで全てを見透かしたように彼女の目を覗き込む。


『コランダーム公……嘘はいけませんよ嘘は』


『な……』


 クラウンはそこから居住まいを整えると、一つ咳払いを挟んでから続きを話し始める。


 そしてそこから始まった。クラウンが──いや新道集一の頃から培われて来た優しい牙がルービウネルに突き立てられ、〝理解という毒〟を注入され始めたのだ。


『……コランダーム公。貴女は実に多忙な方だ。ただでさえ〝経済〟という国の血管とも言うべき重責を担っているにも関わらず、三大ギルドという大き過ぎる権力を管理し、統括しなければならない……。その力は珠玉七貴族内でも下手をすれば随一でしょうが、比例してその責任は公爵一人が背負うには余りあるものでしょう』


『……』


『貴女はそれに……その余りの多忙さと重責に嫌気が差しているのではないですか?』


 そう問うクラウンだが、言葉の端々から感じられるそれには有無を言わせない確信めいたものが宿っていた。


『何を確信しているかしらんが、私はそんな事を口走った覚えはないぞ。都合の良い妄想はあまり聞いていて気分が良いものではないな』


『妄想……。ならその妄想が現実味を帯びるような証明を列挙していきましょうか』


『なんだと?』


『まずはそうですね……。貴女は覚えていますか? 私達が出会うキッカケになったちょっとしたいざこざを』


 そう促されルービウネルは思い出す。


 あの日クラウンとその友人達はとある目的の為に冒険者ギルド本部「赤狼の咆哮」に訪れていた時の事。


 ユウナがハーフエルフだからと粗暴な冒険者一向にイチャモンをつけられちょっとした騒ぎになった際にルービウネルが現れ、騒がしくなったその場を鎮めたのだ。


『あの日貴女が居てくれたお陰で、あの場は治りました。しかしながら僅かですが違和感もあるんですよ』


『違和感だと?』


『ええ。愚行を働いた冒険者への対応についてです』


『……』


 ルービウネルの眉が数ミリ動き、微かに動揺を見せる。そしてそれを見逃さなかったクラウンは静かに小さく、口角を上げた。


『あの時貴女は言いましたよね? 『今回貴方達に絡んだ三人の特定は正直難しい。それに特定出来たとして、大した処罰は下せないだろう』と……』


『……それがどうした』


『今でこそある程度貴女を理解しているから感じるのですが、賢明な貴女ならあの三人を見逃すのはオカシイ話ですよね?』


『……』


『難しかろうが大した処罰を下せなかろうが、あの三人は捕まえるべきだったんですよ。何せあんな騒ぎを引き起こした張本人達が冒険者ギルドに所存しているなど汚名以外の何ものでもないんですからね』


『…………』


『本来なら何としても特定し、大なり小なり罰を下して知らしめるべき案件……。それを貴女は見逃した? 幼少の折に冒険者に憧れてすらいた貴女が? おかしいですよねぇ』


『っ!? な、何故それを……』


『そんな事はいいんですよ。重要なのはあの時あの三人を見逃した理由……。まあ、単純な話……』


『……く』


『忙しかったんでしょう? 多少評判に傷が付こうが構えない程に、ね?』


『……』


 努めて表情を読ませまいと顔を強ばらせるルービウネルだったが、思わず奥歯を強く噛み締めてしまいクラウンにそれを読み取られ攻勢が激しくなっていく。


『あの時期冒険者ギルドは繁忙期でした。それに冒険者ギルドが繁忙期を迎えているなら関連した魔物討伐ギルドや商業ギルドも忙しくなる……。それこそ貴女が本部にわざわざ出向かなくてはならない程に』


『……それがどうした?』


 だがルービウネルも思い通りにさせまいとそこで無理矢理話を区切り、馬車の窓に目を移しながら疲れたように呟いた。


『確かにあの時期は多忙だ。ただでさえ三大ギルドの管理には神経を使うのに、資金を溜め込んだ冒険者達はあの時期一斉に各地へ奔走し、各々成果を本部に持ち寄る。同行する魔物討伐ギルドだって狩った魔物の解体に追われ、魔物の素材は市場に流れ賑わいを見せるからな……』


『ええ。そうでしょうね』


『三人を故意に見逃したのも君の言った通りだ。あの時の私に多少の汚名に構っていられる余裕など微塵もなかったし、また奴等が再犯したらその時に構えばいい、と考えていた』


『そうですか』


『だがそれが何だと言うんだ?』


 ルービウネルは再びクラウンに向き直ると鋭い目線をクラウンに容赦無く向ける。


『小物に構う事が出来ない程に多忙だからと私が冒険者ギルドと魔物討伐ギルドを手放す理由にはならない。その程度で私が折れるとでも考えているのか?』


『ふふふ違います、違いますよ……』


『何がだっ!?』


『貴女はもう〝とっくに折れている〟んです』


『っ!?』


 彼女が驚き目を見開くと、それを見たクラウンが実に満足気に口角を更に吊り上げた。


 するとそのタイミングで車内に夕焼けの陽光が差し込み、それによって強力な陰影を生じるとクラウンの表情が暗闇に沈む。


 そしてその暗闇から覗いた彼の黄金色の瞳が不気味に歪むと見ると、ルービウネルの背筋に怖気(おぞけ)が走った。


『な、何を、根拠に……』


『根拠? そんなの決まっているじゃないですか』


『な、なんだ……』


『……貴女が〝私如き〟を優遇し、興味を持ち、こうして(つる)んでいる事自体が、もうその証明ですよ』


『っ!!』


『貴女は珠玉七貴族内でも屈指の権力を誇るコランダーム家当主ですよ? そんな人物が偶然会っただけの同僚の息子の為に時間を使うのは普通ではない』


『そ、それは……』


『しかも先程も言ったように頭を抱えたくなるような忙殺を極める中でわざわざ時間を作って、です。貴女、自身が、直接です。いくら私が貴女に有益に働いたのだとしても異常ですよ』


『……』


『顕著だったのは私が竣驪(しゅんれい)を迎えた時です。たかが馬一頭探し交渉するのにかなり時間を費やした挙句に貴女自ら同行する どう考えたって普通じゃない。ああまでされては誰だって貴女が私を〝贔屓〟しているように見えますって』


『…………』


『貴女はこう思ったんじゃないですか? 「もしかしたらこの少年に関われば、いずれ冒険者ギルドと魔物討伐ギルドを手放せる機会が来るのではないか」と……』


『それ、は……』


『だから私に積極的に関わりを持ったのではないですか? 野心が強く、目標が高く、欲望に忠実で相応の能力があり、二つのギルドを任せて違和感の無い家柄である私に、その可能性を見てしまったのではないですか?』


『……く』


『……』


『……』


 そこからたっぷり、数分と沈黙が流れる。


 馬車の車輪が回り、馬が石を蹴り、段差で木枠が軋む音だけが鳴り響く。


『……コランダーム家の当主の死因は、殆どが過労死だ』


 そんな中、最初に口火を切ったのはルービウネルだった。


『私には幸い才能があってね。仕事の時間割りや組み立て、効率的で円滑に事を運ぶのに長けていたんだ。意外だろう?』


『いえ。貴女らしいです』


『はは。……だがそんな私でも、ほんの少しずつだが歪みが生まれ始めていた。処理が遅れて来ているんだよ』


『それは、エルフの裏工作で?』


『正解だ。……奴等が仕掛けていた裏工作には一応は対応していた。だがただでさえ多忙を極めていた中での対策は熾烈でね。結局、そこで取り返せない程に仕事量が増えたよ』


『……成る程』


『今はもう、その押しに押した仕事の負債を寝る間を惜しんで消化する日々……。如何(いか)に私といえど、もう限界なんだ』


 項垂(うなだ)れるルービウネル。そんな彼女の肩に、クラウンは優しく手を添える。


『お疲れ様です。コランダーム公』


『ああ。疲れたよ……。本当に疲れた……。冒険者ギルドと魔物討伐ギルドを請け負った祖先を何度も恨んだし、私一人に管理を投げる総合商業ギルドに幹部連中を何度も殴ってやりたくなった……。でも、そんな事をしたって仕事は減らないんだ』


『……』


『だから君を知った時、君の力量を見た時、もうこの子しか居ないと感じた。この苦悩と不眠と激務の日々から解放されるには、何としても二つのギルドを手放さなければ、と……』


『そうでしたか』


『後はもう、君の言った通りだ。私はこのチャンスをモノにする為に、年甲斐も無く十代の君を贔屓した。モンドベルク公がキャッツ家との繋がりを持っていた陰を利用してなるべく悟られないようにした』


『……』


『にも関わらず公爵としてのプライドと責任が叫ぶんだよ。「こんな子供に助けを求めるのか?」とね……』


『だから最初否定を……』


『どうだ? 軽蔑したかい?』


『軽蔑? まさか』


 クラウンはルービウネルの両肩を掴み、俯く彼女の身体を起こし自分に向けさせる。


 そして彼女の目を、クラウンは真っ直ぐ見詰めた。


『貴女の苦痛、貴女の重責、貴女の欲望……。どれを取ったって何を恥じる事などありはしません。コレは貴女の人生です。ワガママを貫いて誰が文句を言うんです?』


『君……』


『それに貴女は役目を放棄するわけじゃない。〝元に戻す〟だけです。仮に誰かから文句が出たのなら、そいつに同じくらい働いて貰えば良いんですよ』


『は、はは……そうか。そうだな』


 ルービウネルはクラウンに支えられていた手を退かし、自らの力で上体を起こして改めて窓の外を眺める。


 朱色と紺碧が混じり合う空模様を瞳に映し、何処か安心したような深い溜め息を吐くとクラウンへと振り返る。


『ここで煮詰める話ではない。また何とかして時間を作るから、その時に細かいところを詰めようか』


『ふふふ。了解しました。……コランダーム公?』


『うん?』


『これから、長い付き合いになりますねっ』


『……その歳相応の笑顔止めなさい。ギャップで頭がおかしくなりそうだ』






 あの一件で、私に味方をする珠玉七貴族はエメラルダス侯を含めて二人になった。我ながら中々どうして順調な未来設計じゃないか。ふふふ。


「そうやって笑っているのは構わないが、余裕振り過ぎて油断するんじゃないぞ? 私としては君に万が一死なれると忙殺のストレスで私まで早死にしてしまうからな」


「言われなくとも分かっていますよ。っと、私達もそろそろ次に向かわなくては……」


 彼女とこうして雑談しているのも良いが、今は戦場の真っ只中……。いつ戦況が劣勢に転じてしまうかもしれんかも分からん。


 貴重な(いとま)は切り上げて、比較的劣勢な拠点に向か──


「ほ、報告しますっ!!」


 突如、コランダーム公の部隊の一人が私達の元へと血相を変えて走り込み、荒い息を吐きながら報告を口にする。


「な、南方の防衛拠点より伝令っ!! 警戒範囲内にて突然に魔物を引き連れたエルフの大隊が出現したとっ!! 至急応援をとの事ですっ!!」


「っ! そこは……」


 チッ。まさかそこが狙われるなんてな……。しかも魔物が相手となると、少しマズイな。


「どうしたクラウン? 君にしては珍しく焦っているように見えるが……」


「……南方の防衛拠点。そこには少し無理なワガママを言って集めて貰った部隊があるんですよ」


「部隊? 一体どんなだ?」


「……私の愛する部下達……。そんな彼等が自らの手で、必死な思いで信頼を勝ち取り力を示した、将来有望な学院生達ですよ」






 同日同時刻。南方防衛拠点目前──


「ねぇ〜アレぇ? 若い〝エサ〟がたんまりあるって拠点」


 一人の小柄な少女然としたエルフが一匹の巨大な蛇の背で寛ぎ、欠伸混じりに隣の蜘蛛に跨る中年風のエルフに聞く。


 すると中年風エルフは彼女に媚びるように両手を合わせ、文字通りゴマを擦る。


「左様で御座います第四副軍団長殿っ!! あの拠点ならば貴女様の〝ペット〟達のお腹も充分に満たせる筈で御座いますっ!!」


「ふぅ〜ん。なら期待するけどさぁ」


「は、はい?」


「もしこの子達のお腹が一杯にならなかったら、代わりにアンタがこの子達のエサになりなさいねっ?」


 悪戯っぽく残酷な事を口走る少女エルフであたったが、それを言われた中年風エルフは顔面を真っ青に染め上げる。


「は、はひぃっ!? わ、私がですかっ!?」


「は? 何よ? アタシより百年も年上なクセに道案内しか出来ない雑魚の無能が口答えすんの? 別にアンタ先にエサにしても良いんだけどぉ?」


 今度は悪戯っぽくではなく、本音が混じった声音で彼にそう言い放つと、中年風エルフはその目から涙を流しながら蜘蛛の上で必死に頭を下げる。


「も、申し訳御座いませんっ! 申し訳御座いませんっ!! どうか、どうか命だけはぁぁ……」


 そんな彼の様子を見た少女エルフは露骨に顔を引き攣らせ、心底気持ち悪そうに顔を背けた。


「うっわ。オッサンのマジ泣きとかキモ……。ハァ……。もう行こ……」


 隣で必死に謝罪を繰り返す中年風エルフを無視し、少女エルフは巨大な蛇に命じて拠点へ向け行進を始める。


 その後ろから続く〝六匹の大蛇〟を引き連れながら……。

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