第八章:第二次人森戦争・前編-9
大変長らくお待たせしました!!
ちょっと書き直したりとグダった結果、こんなに長引いてしまいました、申し訳ありません!!
「『クソッ! クソッ!! クソォォォッ!!』」
ノルドールは暗闇の中を走り、叫ぶ。
それは激しい苛立ちから来る怒号。彼は闇雲に走っては立ち止まり拳を振るうとまた走り出し、そして立ち止まっては今度は足刀を振りかぶった。
しかしそれは虚しくも空を切り、ただ凄まじい速度で放たれる一撃一撃から発せられる風切り音だけが鼓膜を叩くばかり。何の成果も生まなかった。
「『卑怯だろうがこんなモンよぉッ!? え゛ぇッ!? 隠れてねぇで出て来いやゴラァァァァッッ!!』」
叫びを向けている相手は勿論グラッド。では何故ノルドールが彼にこうも怒りを露わにしているのかと言えば、それはあの名乗り合いの直後にグラッドが姿を眩ましたからだ。
それでも最初はノルドールも笑っていた。直前に食らっていた背後からの一撃グラッドの確かな実力を感じ取り、彼の中では既にグラッドを〝好敵手〟として認め中々に楽しめる死合いになると予感していたからである。
しかしノルドールを待っていたのは……なんともイヤらしく地味で卑しいチマチマとしたナイフにより軽撃の数々であった。
気配を感じ取った暗闇へと警戒しながら出向いてみれば何も起こらず、また別の暗闇から気配を察知し駆け寄って拳を振るうも空振り。
そしてまた別の気配を感じ、今度は本物かどうかと悩んでいると全く別の方向からナイフによる一撃が飛来し、脇腹に小さな切り傷が付けられた。
初めて来た攻撃にノルドールが振り返りその方向へと俊速の回し蹴りを振るうが、そこからは一切の手応えを感じる事はなくまたも空振り。
いい加減怒りが湧いて来た彼は次にその感情のままに手当たり次第に拳と脚を振り回すと、今度は何処からともなくクスクスと笑う事が響き──
「『え? それ本気で当たるって思ってんの? ウケるー』」
などと嘲られる始末である。
「『ざっけんなチクショウがァァァァァッ!!』」
冷静さを欠き、怒りに任せたその後のノルドールは、最早目も当てられるようなものではなかった。
巨大な倉庫内に響き渡る怒号と共に、彼は暗闇の中を直走ってはその拳と脚を振り回し、時には空振り時には何かしらの障害物に当たり破壊し、そして時々煽られる。その繰り返しだ。
当然そんな中でもグラッドからの小さな一撃はノルドールの身体に少しずつ少しずつ傷を増やして行き、一切の致命傷は無いもののその身体からは着実に血が流れ出ていた。
流石にこれだけで失血死にまで持っていく事はかなり難しいかもしれないが、それでもその痛みと傷が増えていくという緊張感で相手は精神的な消耗を加速させる。
グラッド、そしてムスカの狙いは正にそこであり、精神的に追い詰められたノルドールが思い掛けず生じさせた大きな隙を突き、確かな致命傷を与えようと画策していたのだ。
(全然格好付かない戦法だけど、結局勝負なんてものは結果が全てだからねー。ましてや殺し合いで真正面から殴り合いなんてボク向きじゃないし。勝てればなんだって良いってボスも言ってたしねー。ハハッ)
『命の奪い合いに卑怯も何も無い。あるのはただ「どっちが先に生殺与奪の権利を手にするか」それのみだ。どんな手段でも使え。卑怯だと叫ばれる事に喜びを感じろ。それはつまり今君達が〝優勢〟にあるという証明だ』
(いやー流石ボスだね。尊敬するばかりだよ本当にっ!)
そんな感想を改めて感慨深く思いつつ、ただひたすらにノルドールへの小さな一撃を繰り返すグラッド。
地味で地道でイヤらしく、彼は愚直にノルドールが精神的に弱って行くまで何度も何度も何度も何度も──
「『グラァァァッッ!!』」
「ッ!?」
それは、何の変哲もない一撃。
先程から百発以上は繰り出している変わらぬ筈の拳撃が、避けられて当然だった、当たらなくて当然だった一撃が、グラッドの頬を僅かに掠めた。
「『お? なんだやっと小せぇ当たりが来たなオイっ!!』」
漸く訪れた微かな手答え。しかし既に一時間以上経過した一方的な戦いを強いられて来たノルドールにとって、その口元を歪めるには充分な変化であった。
「『っっしゃぁっ!! 次は顔面ど真ん中ぶち当ててやるぜっ!!』」
そう息巻くノルドールとは裏腹に、グラッドは戦慄していた。
そして一旦その身を物陰に隠し、我が身を隠密系スキルをフル活用して一切認識出来ないよう施し、そして思案し始める。
今のは一体何だったのか、と。
グラッドはそこで高鳴り続ける心臓を鎮める為に深く何度も深呼吸を行い、充分に落ち着きを取り戻して行った。
(落ち着け……落ち着け……。まずは慌てず、一つずつ検討してみよう)
確かに先程は驚いた。
今まで問題なく躱せるタイミングと距離を的確に把握し、避け続けていた中で唐突にその一撃は想定外にもグラッドを捉えたのだ。
(まずはそう、ボクのケアレスミス。もうかれこれ一時間以上だからね。ボクの方が集中力を欠いてミスを犯した可能性は……)
グラッドは改めて先程自分が一撃入れられた箇所へと視線を向けて見る。
更にそこに自分が先程まで潜んでいた物陰からノルドールに向かってナイフを振り被る自身を重ね合わせ、様々な可能性を模索する。
(……いや。あの時あの場所ならさっきのが最適解で問題ない。問題ないけど、だとしたらこれ……)
そこで思わずグラッドは溜め息を吐くと悩まし気に頭を掻き、あらかじめ決めていたハンドサインを上空へ向ける。
すると凄まじい速度で音も無く何かが彼の側まで飛来し、そっと寄り添う。
「見間違えでなければ今のサイン……「敵首魁により作戦看破兆候あり」とお見受け致しましたが、間違い御座いませんか? グラッド様」
やって来たのはこの倉庫内で苦楽を共にしている蠅の魔蟲ムスカ。彼は相も変わらぬ丁寧な口調で先程のハンドサインの成否を確認すると、グラッドは静かに頷いた。
「見間違えじゃないよ。さっきちょっと掠っちゃってさー。まったく、早過ぎるよ、ホントに……」
二人にとってノルドールは間違いなく強敵である。それこそ一対一の戦いにでも持ち込まれれば必敗を覚悟しなければならない程に、経験も技術も能力も、決して彼には届かない。
故に二人掛かりを基本にクラウンによって配置され、グラッドとムスカは自分達に圧倒的なフィールドで、圧勝出来る戦法を選んだ。それがこの暗闇からの連続奇襲作戦である。
勿論、それが全て上手くいくと考えている程能天気ではなく、次善策も用意されているし、そうなる想定で行動していた。
が、そんな想定よりも大幅に、ノルドールはこの限定された不利な状況に順応しつつあった。その証拠がグラッドが負った傷である。
「っ痛ったー……」
「大丈夫ですか?」
「ああうん……。全くズルイよねー。掠っただけなのにさ──」
グラッドは先程受けた頬の傷に指を添わし……〝指に付着した肉片〟に思わず眉を顰める。
「抉れるって何よこれ? 口ん中貫通してないのギリギリだよ? やってらんないよねー」
たった一撃。ただ掠っただけで頬の肉を抉りに来るノルドールの拳に改めて身を震わす。もしも作戦全てが失敗し、真正面から戦わなければならなくなったならば……この身は一体どれだけ保つのか、そう想像して。
「……何にせよ頃合いですね。次はわたくしが奴の相手を致しましょう」
「ああうん。気を付けてね。作戦通り、ね」
「心得ています。では……」
それだけを言い残し、ムスカは一瞬にしてその場から飛び去る。
少し離れた位置から「来やがったな──ってんなっ!? 当たんねぇッッ!?」というノルドールの無駄に大きな声を聞き、グラッドは取り敢えず一安心と胸を撫で下ろす。
そして懐から帯状のポーションケースを取り出して広げ、その内の一本の試験管と傷薬を使って体力回復と傷の治療に勤んだ。
「はぁ……。ちょっと幸先怪しいなーもう。なんとか〝間に合えば〟良いんだけど……」
数時間後の未来を憂いつつ、グラッドはムスカが粘ってくれるよう見守った。
「〜〜ッッッッ。だァァァァァッッ!! クソがァァァァァッッ!!」
怒りの限界に達し、ノルドールは二つの意味で一寸先は闇のこの状況に耐えられず、八つ当たりとばかりに地面や側に偶然あった障害物に拳と足刀を振りかざす。
その結果、王国の技術力の粋を集めて頑強に設計した床は粉々に砕けて凹み、障害物は鉄製とは思えない程アッサリひしゃげる。
「ハァ……ハァ……ハァ……。ッんなんだ、ったくよぉ……」
森精皇国アールヴ軍第二軍団長ノルドール・トービルは血気盛んで勇猛果敢、そして何より戦いに喜びを覚えるタイプの男だ。
憎き人族相手でもその趣向は変わりなく、強い相手との血湧き肉躍るような熾烈を極める戦いを求めており、ある種この戦争も楽しみにしていた。
しかし蓋を開けてみれば……。
「あ゛あ゛ぁぁッックソッ!! ふざけやがってクソ人族がッッ!! こんなんだったら無理通してでも前線に出してもらうよう上奏すりゃよかったッッ……」
そもそも彼は今回の敵陣内四ヶ所同時奇襲作戦に乗り気ではなかった。遠回しにではあるが一度だけ反論もした程だ。
だが結局その願いは叶わず、ノルドールが望んでいた前線には第一軍団長アヴァリが選ばれ、彼はこの作戦の一角に甘んじたのである。
「はぁぁぁ……。まあ何にしても今は──」
ノルドールはふと自身の右斜め後ろに迫る気配を察知しそちらに振り返る。
そして振り返り様に拳を振り抜き渾身の拳撃を放つ。
が、確かに捉えたと確信したその一撃は迫っていた襲撃者の妙な挙動により避けられ、代わりとばかりにガラ空きになった脇へ鋭い鉤爪状の何かが食い込み、浅く皮膚を裂く。
今まで幾度となく刻まれ続けている浅い傷に不可解に思いながらもノルドールはすぐさま意識を切り替え、自身を通り過ぎようとする襲撃者に追い討ちを掛けようと回し蹴りを振るった。
しかしその足刀もまた襲撃者を捉える事は叶わず、ただ襲撃者の軌跡を蹴り抜いただけで終わってしまい、ノルドールは苛立ちながら地面を強く踏み締める。
「チッ……。臆病者が俺の周りをちょこちょこちょろちょろとよぉ……」
そう悪態を吐き捨てながらノルドールは自身の身体に付けられた無数の小さな浅い傷跡を改めて確認する。
といってもこの倉庫内には明かりなど無く、先程巻き込まれた爆発によって発生していた小火もまた既に消えてしまっていた。
故に彼は身体に指を這わせるようにしながら走った痛みでもって大雑把に脳内で身体の具合を把握する。
(くっ……。どれもこれも傷は浅ぇが全く血が流れて無ぇわけじゃねぇ。このまま増え続けりゃその内貧血になるぞ……)
数十箇所と付けられた小さな傷からは緩やかで少量ではあるものの何故か未だ流血しており、そう遠くない内に身体に影響が出始めるのは容易に想像出来た。
が、そう思うもののノルドールにこの状況を解決出来るような手段を個人では用意していなかった上、回復や補助といった役割は全て爆風と熱で吹き飛ばされた部下達に任せっきりにしていた為頼る事ももう出来ない。それに──
(あ゛あ゛ぁクソ……。イライラして何も頭回んねぇっ!! なんで今日に限ってこうなんだっ!!)
考えなければならない事は山ほどある。勘や経験則からこの倉庫内での戦闘に不可解さを感じるし、そもそも敵の狙いが何なのかもイマイチ理解が出来ないでいる。
ノルドールも一応は軍団長を任されるだけの人物。そうやって感じ取った違和感等は自分なりに消化し、臨機応変に対応出来るだけの機転と判断力、そして思慮により幾度も危機を乗り越えてきた。
ただ無秩序に暴れるだけの偉丈夫ではない。だがこの時ばかり……果たされぬ望み、頼りない部下達、不可解な戦場、屈辱的な展開……それら全てが重なり、煮え滾るような怒りとなって頭が支配され、理性が圧されてしまっていた。
(クソッ……。とにかくこれじゃあラチがあかねぇ。早いとこ這いつくばらさねぇとなぁ……)
するとノルドールは深く息を吸い込み、肺一杯に溜めると、目を閉じてからそれを少しずつ吐き出していき、同時に徐々に腰を落としていく。
両手は脇の下で二の腕を締めるようにして構え、足腰は前後に開いて斜めに位置取る。
(こんなに早く使うなんてなぁ……。ホントはもっと歯応えあるヤツに使いたかったが、しゃぁない。畳み掛けてやるよっ!!)
構えを取り終え《集中化》と《無心化》、更に《極限化》を発動すると、いつも通りの気配を察知する。
殺気はなく、ただ逃げる気満々の注意深い気配は超高速でノルドールの背後に迫り、その鉤爪が彼へと振るわれる、瞬間──
「もらったぁっ!!」
「ッッ!?」
ムスカにとって、それは余りに予想外だった。
ムスカは自身の飛行能力──とりわけ飛行速度に関しては他の追随を許さない、比肩しないと驕りではなく確かな事実として自負していた。
格上だとクラウンに言い含められていたノルドールに対してもその自信は決して揺るがず、例え気配を察知されていようと捉えられる事も捕らえられる事も出来ないと、確信していた。
実際ムスカが出せる飛行速度は蠅にしては大きな身体に似つかわしくない速度が出ており、その速さは実に時速百キロを優に越えている。
常人や並以上の動体視力の持ち主程度では殆ど目に追えないのは勿論、スキル等でそれらが底上げされたクラウンですら全力を出さなければ軽々には捉えられない。ムスカはそれだけの速度を誇っているのだ。
故にムスカは迷わなかった。
ノルドールが今までに違う構えを取り、彼から発せられている気配や雰囲気が変わっていようと決して結果は何も変わらない。
何を企んでいようとこの速度に対抗策など講じようはない。そう信じ、ムスカは自慢の鉤爪をノルドールの肩口へと振り被る。
……が、しかし──
「『もらったぁっ!!』」
その声と共にムスカの鉤爪はノルドールの肩口を擦り抜け空振りし、代わりとばかりに伸ばした前脚はノルドールの右腕によって絡め取られてしまう。
そしてそのまま自身を巻き込むようにしてムスカを背負い、遠心力を利用しながら自重を乗せて床に思い切り叩き付ける。
叩き付けられたムスカはまさかの出来事に一切反応する事が出来ずなすがままにされてしまい、自身の身体の外骨格が倉庫の床を割り、僅かに沈む感触を覚えながら混乱する。
(わたくしの、攻撃を読まれたっ!? な、にが……何故そんな事がっ!?)
全く予想だにしていなかった事態に数秒間放心してしまうムスカ。
するとそんな惚けたムスカを目の当たりにしたノルドールはその正体が巨大な蠅であるのを改めて目視し、思わず驚きに声を上げる。
「『うをわっ!? デッケェむ、虫っ!? てかハエかこれっ!?』」
彼の反応も無理はない。何せムスカの容姿は紛う事なき蠅であり、更にはその蠅を大型犬並のサイズに拡大した上に邪悪で禍々しい要素が幾つも追加されている。
初見で驚かない方が無理な話である。
「『まさか。俺さっきからこんなのに襲われてたのか? ったく一旦なんだってこんな──』」
そしてそんなムスカの姿に、ノルドールは特に何も考えず率直な感想を口にする。
悪びれもせず、極々当たり前のように、そして何より心の底からの、素直な感想を……。
「『気持ち悪ぃなぁ……』」
その言葉を聞き取った瞬間、ムスカの中で音が鳴る。
ムスカ自身初めて聞いた……堪忍袋の緒がブチ切れる音が。
「『今、なんと言った』」
「『あ?』」
返事を待たず、ムスカは床から跳ね上がると初速から最高速度を叩き出して上空へ飛び、一瞬だけ宙空で静止すると同様の速さで急降下を始め、そしてその速度で真っ直ぐノルドールへと突撃する。
ノルドールはそんなムスカの特攻に先程と同じ構えを取ろうとする。
が、ムスカの容姿や突然飛び上がった事に反応が遅れた結果構えを取るまでの時間が間に合わないと判断し、彼は代わりにムスカを正面から受け止める為に両手の手甲を十字にして構えを取った。
そして数瞬後、両者は真っ向からぶつかり合う。
ムスカの金属を軽く凌ぐ外骨格とノルドールの手甲が激しく激突し、甲高い金属音とそれが擦れる耳障りな音が倉庫内に響き渡る。
「『ぐぉぉぇっっ……』」
そんなムスカの突進を何とか踏ん張って堪えようとしたノルドールだったがに踏ん張りの利き辛い床はムスカによる凄まじい体当たりを受け止めた彼を後ろへと滑らせ、障害物へぶつかるまで押し退ける。
そしてそのままノルドールは障害物に背中を強打し、肺から幾分かの空気が抜け出てしまう。
「『がはっ!?』」
「『よくも……』」
「『あ、あぁ?』」
エルフ語を発するムスカの巨大で血のように真っ赤な複眼を見遣ると、表情筋など無い筈のムスカの凶悪な顔から怒気が滲んでいるのを幻視する。
「『よくも……よくもわたくしのこの姿を蔑んでくれましたね? 生命を謳い、生命を尊び、生命を誇るこの姿を……ご主人様が惚れて下さったこの姿をッ!!』」
「『な、んだ……テメェ……。ぐっ!?』」
ムスカと障害物に挟まれる形になったノルドールは、ムスカによる圧倒的な飛行能力を利用した圧迫攻撃によって挟撃され、その痛みに歯噛みする。
「『嗚呼、初めてです。初めててですよ……。まさかわたくしが殺意を覚えるとは……。殺意とは、かくも不愉快で力が湧く感情ですねぇッ!!』」
そこからムスカは更に魔法を発動。自身の周囲に無数の鋭利な岩を魔術として構築し、その切っ先をノルドールの顔へと向ける。
「『嗚呼、殺したいのに殺したくない……。殺したいのに殺せない……。もどかしくてもどかしくて、加減が出来るか分かりませんッ!!』」
「『だ、か、ら……。なんなんだテメェはよぉッ!!』」
流石にこの状況で無数の魔術を喰らえば一溜りもないと判断したノルドールは、そこで体を捻りながら片足を思い切り蹴り上げ、ムスカの首元へと放たれる。
その体勢から放たれた足刀は威力が大幅に抑えられてしまっていたものの当たり所が良く、外骨格と外骨格の間にある節に命中し、然しものムスカも思わずその翅の動きを止めてしまう。
「ぐっ!?」
「『しゃっ!!』」
速度が落ち、圧迫もされなくなったノルドールはムスカに出来たその隙を当然見逃す事はなく、腰を落としてしっかり床を踏み締めると渾身の拳撃をムスカの顔面へと叩き込んだ。
「なぁっ!?」
瞬間ムスカの顔は傾き、拳撃の威力は全身を駆け巡ってムスカの身体を遥か後方へと殴り飛ばした。
そのままムスカは導線上にあった幾つもの障害物に身体をぶつけながら吹き飛び、最も大きな障害物に激突すると漸く勢いが死に切る。
「ぐ、ぐぅぅ……」
ムスカを襲うのは激しい痛みと痺れ、そして動揺だった。
頑強な防御力を誇るムスカの外骨格は当然固く、下手をすればこの倉庫に使われている金属に比肩して劣らない頑丈さを誇っている。
にも関わらずノルドールはその外骨格を何の躊躇も無く殴り付け、剰え遥か彼方にまで飛ばしてのけた。
決してムスカは油断していない。先程の怒りの中でさえノルドールには注意を払っていたし、放たれる拳の威力もある程度は想定していた。
だが、それでもだ。
「『ったく、やってくれたなハエ野郎……。動揺しちまったとはいえここまでやられたのは久しぶりだ』」
未だ立ち直れず障害物の足元で蹲るムスカに、ノルドールが歩み寄る。
「『だけどもう油断しねぇ。動揺もしねぇ。テメェが何モンで、どんな存在なのかもどうでもいい』」
首を鳴らし、拳を鳴らし、より一層真剣味を増した瞳でムスカを睨み付ける。
「『俺の敵……それ以外の事は全部些末事だっ! 喜べよハエ野郎、テメェを俺のこの「聖装具アイゼンガルド」の戦果の一つにしてやらぁっ!!』」
そう叫びながらノルドールは拳を振り上げ力を溜める。拳には徐々に魔力が集まっていき、次第に景色が歪むような陽炎が生まれ始める。
「『まずは一発っ!! 喰らえっ!! 《山牙の拳》ッ!!』」
放たれたのは牙を思わせる鋭い墜撃。帯びた魔力が三本の鋭利な牙を模しながら打ち抜かれたそれは音速に届く速度でムスカへと振り下ろされ、その外骨格を穿たんとした。
食らってはマズイとムスカも退避しようとする。が、先程の首元の節に受けた足刀と次の拳撃による衝撃からは回復しきっておらず、その拳を避けられるまでにはなっていない。
このままでは間違いなく致命傷を負う。
そう確信したムスカはその場で身構え防御を固めるが、最早それも気休めでしかない。
「『風穴空けろやァァァァッッ!!』」
そしてその凄まじい拳撃が振り下ろされムスカに届く……そんな一瞬──
「『やっと、気が緩んだね』」
声が聞こえた、そう感じたまさにその瞬間、ノルドールの身体は懐から突如として発生した小爆発によって大きく仰け反り、《山牙の拳》があらぬ方向へと放たれる。
「まったくもー。よりにもよって君が捕まっちゃダメじゃんよー。しかも突っ込んじゃうしさぁー」
「なっ……いつの、間に」
ムスカが顔を上げ、隣に並び立つ少年に目を向ける。
そこには飄々とした態度と口調に似つかわしい糸目とサングラスを掛けた緑髪の少年……グラッドが立っていた。
敬愛する主人、クラウンによく似た笑顔を湛えて。
「『さてさて。じゃあ第二回戦だよノルドール。ボクの仲間をこんなにしたツケ、後悔するほど叩き込んで支払わせてやる』」
その顔から笑みが消え、目をしっかりと見開いてノルドールを睨む。
そこに宿る決意と意志は、静かに激しく揺らめいていた。




