第八章:第二次人森戦争・前編-6
明朝。午前五時五十分。
朝日が登る、暁から曙へと変わるそんな狭間。
私は緩やかに昇り始めている朝日を、まるで〝明日〟という一日が今し方生まれようとしている瞬間を目の当たりにしている様に感じ、ただただ遠く眺めていた。
「で? 結局連れてくんか? あの子」
嗄れた耳馴染みのある老人──師匠の声音に、無粋にも水を差されてしまい気分が少しだけ下落する。
が、その後すぐにどちらかと言えば私の方が場違いな思考を働かせている事に気が付き、徐に振り返って師匠の問いに答えた。
「……はい。今奥に引っ込めてた女性用の鎧を、急ピッチでノーマンさんと奥さんのメリーさん、それと弟子のモーガンの三人がかりで仕上げて貰っている所です」
「ほぉん……。にしても中々やるのう彼女は。あれだけ頑なだったオヌシを説得せしめたのじゃからな」
「そうですね。私もああされては下手な事は出来ません。まったく、いつの間にロリーナはあんな事を覚えて……」
「なんじゃ? 色仕掛けでもしたんか?」
……いつもならセクハラだと言って色々と辛辣な事をぶつけてやりたい所なんだかな。ある意味では間違っていないから否定し辛い。
まあ、私が仕掛けられたのは色仕掛けなど生温い〝女の覚悟〟に、屈したわけだが──
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『……君は、自分が何を言っているのか、分かって、いる、のか?』
思わずしどろもどろになってしまった私の軟弱極まりない言葉に、ロリーナは私の目を上目遣いで見詰めながら頷いた。
『勿論。理解しています。虚勢でこんな事、言えません……』
顔を見た事が無い程に紅潮させ、声を僅かに震わせながら放った彼女の言葉は、私でなくともハッキリと理解出来る程の覚悟が宿っているのを感じさせる。
だんだんと熱が上がって来た頭をなんとか回転させ、私は次の言葉を放つ。
『無粋で、悪いんだが、これは……つまりアレか? 万が一戻って来なかった時の為に、私と君との、特別な繋がりが、欲しい……という……』
分かっている。これがまさに戦争や死地に相手が赴く前夜などにあるという……アレだという事くらいは。
ただどれだけ無粋だろうと、どれだけ雰囲気を壊していようと確認せねばならぬ事だ。万に一つのケアレスミスを許されない、そんな案件だ、これは……。
『……』
私の言葉を聞き、ロリーナは目を伏せながら無言で小さく首を縦に振る。
『そ、うか……。そうか……』
『……』
『……変な勘違いが起こるのは、本意ではないから、その……ちゃんと言葉にするぞ』
『?』
改めてロリーナはその潤んだ瞳で、相も変わらず顔を紅潮させたまま私の顔を真っ直ぐに見据える。
『はぁ……。本当に……本当に魅力的なお誘いだ。油断したら頷いてしまいたくなる程に、な』
『は、い……』
『だが君の勇気に……覚悟に今頷いてあげる事は、出来ない。流石に今の私達の年齢と立場で子を持つのは、現実的とは言えないよ』
『……』
『私は死ぬつもりなど毛頭無い。それを為せるだけの準備と工作を、出来得る限り実現したからな。だから私は生きて帰る。必ずだ』
『……はい』
『だからそれこそ万が一……。君が私との子供を宿した後の事を、私は考えてしまう。戦後処理にアールヴとの和平交渉工作の調整。私が画策した作戦の処理や、まだまだ続く学院生活。加えてギルド立ち上げや部下達の問題解決……。その他にも色々と山積みだ』
『……』
『そんな忙殺を極める数年間の最中を、私は君と共に歩みたいと考えているんだ。しかしそんな君が身重になり、産後に子供を抱えてしまうのは……正直な話、余りよろしくない』
『……そう、ですね』
『子供を作るなら……やはりそれなりの余裕と環境、そして時間が必要だと私は思う。君との間の子供なら尚更だ。私達二人で、伸び伸びと育ててやりたい』
『はい』
『だから……。すまない。君の振り絞った覚悟を無碍にしてしまうのは、不本意で本当に心苦しいのだが……。今君と子供は作れないよ』
『……はい』
ロリーナはそう返事をすると私の背中に回していた手を解き、ゆっくりと私から後退する。
その様子は複雑で、顔は変わらず赤いままだが落胆と安心と羞恥が入り混じったなんとも形容し難いもの。
こんな表情を私がさせてしまったというのは、男として情け無いな……。
……ならば、私も報いる意味で応えなければ。ロリーナの決死の覚悟に。
『ロリーナ』
『……はい』
『前線に、付いて来てくれないか?』
『──っ!!』
『君がこれだけの覚悟をしてくれたんだ。私も、それにちゃんと応えなくてはね。まあ、君が見せてくれた覚悟に比べれば、不釣り合いになるかもしれないが……どうだろう?』
『……はい。お供、致します』
ロリーナはまだ少し処理し切れない感情に戸惑いながらも、私に笑顔を見せてくれた。
私はそんな彼女の顔を見て──
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「なんじゃ複雑な表情をしおって。言えんような事か?」
「そこはまあ、察して下さい」
作り笑いを浮かべながら師匠に笑い掛けると、若干納得がいかないとでも言いたげに眉を歪め、ただ私の笑顔をしかめっ面で返して来る。
まあ、アレだけ頑なに拒否しておいて一晩越えたら手の平返しているわけだからな。優柔不断と取られても致し方無いだろう。
これから数時間後に開戦するにあたって、師匠としてもそんな私の変化を快く思わないだろうしな。
はぁ。是非も無いか。
「……詳しい理由は話せません。なので納得して頂けるような私の心境をお話しします」
「む?」
「正直な所、今もロリーナには安全な場所に居て欲しいという気持ちに変わりはありません。彼女が傷付くのを想像すると、それだけで身体の芯から寒気が込み上げて来ます」
「ならば何故……」
「……私は将来、ロリーナを生涯のパートナーにするつもりでいます」
「お、おう」
「今後何十年──いえそれ以上を共に歩んで行く……。それなのにいつまでも彼女を庇護物として扱って守るだけなのは……パートナーとは呼べませんよね?」
「そう、じゃな……」
「私はきっと心の何処かで、ロリーナの事を信じ切れずにいたんです。そして少しだけ、重荷だとも……。だから安全な場所に置いておいて、大切にしたかった。全くもって、エゴイズム甚だしい限りです。我ながら胸糞悪い」
緩めていた筈の拳に、思わず力が入る。
散々ロリーナを信じているなどと口にしておいてこの為体……。自分で自分に嫌気が差す。
ここは──この世界は前世とは違うのだ。
前世のただ少し立ち回りが上手いだけで調子に乗っていたあの時とは違い、今の私はスキルによってあらゆる面で油断や隙がなくなっている。
ロリーナも夢とは違い心身共に健康優良。加えてその辺の兵士や魔術士などとは比ぶべくもない確かな実力と能力を有している。
私もロリーナも、もう既に引け目なく強いのだ。それこそ死ぬ可能性など限りなく低い程に……。
「私はもっと自分を……そして何よりロリーナを信用、信頼しても良いのですよね。何者にも負けないと、傷など一つも負わぬと自負しても」
「ふん。なぁにを今更言っとる。オヌシもロリーナも、最早ティリーザラ王国屈指の実力者じゃ。油断せぬのも勿論大切じゃが、そんな卑屈にならんで良い」
「ええ……。ロリーナに覚悟を見せられて、私などよりずっと私を信頼し、強い意志を抱いていると思い知らされました。だから私はロリーナを連れて行きます。二人で笑いながら、戦争を勝って、生き残りますよ。余裕でね」
私が今度は口角を上げながら笑って見せると、師匠は歪めていた眉をいつもの位置に戻し、少しだけ愉快そうに髭を撫でる。
「まったく世話の焼ける弟子じゃわい。そんな調子では、次代最高位魔導師の道もまだまだ長いかのぉ。ワシが生きとる内になってくれんと困るんじゃがなぁ」
「ふふふ。精一杯努力しますよ。力の限り、知識の限り……」
「おぉおぉ、頑張れバカ弟子」
「はい。なんと言っても「愛は負けない」ですからね。私のロリーナに対する愛は、何者にも負けはしませんよ。ふふふふふふ」
「まったく。小憎らしい弟子じゃわい……」
そう言いながら師匠は私を杖で小突き、私のように口角を吊り上げて笑った。
時刻は八時丁度。
ティリーザラ王国の全ての準備が整い、全兵が国王陛下の号令を今か今かと待ち焦がれ、緊張を滲ませていた。
しかし、その号令が掛かるのはまだ暫く時間を要する事になるだろう。
何故なら我々は──我々ティリーザラ王国は、敵国アールヴへ先制攻撃を譲るからだ。
「……敵情は今どんな感じじゃ?」
「既に《迷彩》や《半透明化》《透明化》を用いた侵攻部隊が数にして二十五隊確認しています。進行状況からして昨晩から動いていたようですね」
「ほぉう。ならばもうじき前線拠点──いや偽拠点に着く頃合いじゃのぉ。ほっほっ」
私達がアールヴへ先制攻撃を譲り、その侵攻を妨害しない理由……。それは偽の前線拠点を囮にして侵攻部隊に大打撃を与える為だ。
「後数分で奴等が偽拠点に集まり我々の術中のど真ん中に位置します。準備は良いですか師匠?」
「ふん。誰に言うとる? 称号なんぞ無くともワシは国最強の魔導師じゃ。オヌシこそ、余計な雑念に集中を乱されるでないぞ?」
まったく。少し前まで魔法陣の心配でテンパっていたご老人が、今では最高位魔導師然としているじゃないか。流石というか何というか……。
「言われなくとも。全力です」
私は目を閉じ、《遠隔視界》を発動。偽拠点上空で待機するムスカの《分身化》による無数の蠅の眷属達と視界を共有し、タイミングを計る。
「……師匠、手を」
「ああ」
私と師匠は巨大な魔法陣が描かれた貼り合わせの羊皮紙の上へと移動し、向かい合ってから両手を上下に重ねるように構え、魔力を練り上げ詠唱を始める。
「我は業火の苛烈を従え、凡ゆるを悉く侵し──」
「汝は滂沱の海嘯に呑まれ惑い、脆きその身を蝕まれん」
詠唱に呼応するように私達の足元に展開されている魔法陣が光り輝き始め、上下に構えた私達の手の中心に極彩色に可視化された魔力が渦巻く。
それは高速で回転し、混ざり、脈動するようにうねり、私達はそれを決して暴発させぬよう優しく、繊細に抑え込む。
同時に魔法陣も同様の極彩色に強く発光すると私達を取り囲むように宙へと立体的に展開し、手の中心で渦巻き塊へと変質し始めた魔力に干渉し始めた。
「我は狂飆を吹き荒ばせ、腥風を生み蹂躙し──」
「汝は崔嵬に堕ち震え、その身を引き裂き懺悔せよ!!」
一メートル程あった極彩色の魔力の塊は徐々に収縮。指先に乗る程度の大きさまでに縮むと激しく振動を始めた。
「クラウンっ!!」
「はいっ!!」
師匠の合図で偽拠点上空で待機していたムスカの分身体に命令。予め持たせていた空間同士を一時的に繋げる魔術「ワームホール」の魔法陣が描かれた羊皮紙を展開し、私達と偽拠点上空の空間を繋ぐ。
そして繋がった「ワームホール」の中へ極彩色の魔力の塊を落とし、すぐさまワームホールを閉じ遥か遠く、戦場の彼方の曇り空で僅かに輝く極彩色の星に向かい、微量の魔力を飛ばした。
「「万に象取れ。畢竟たる森羅万象の天災!!」」
極彩色の星は私からの魔力を受けると、まるで水滴でも落ちるかのように自由落下を始め、数秒して音も無く地面にぶつかる。
瞬間起きたのは──
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「行くぞ同胞達よッ!! 憎っくき矮小な人族共に聖樹の鉄槌を下すのだぁぁぁッッ!!」
「「「「「おおおおおおおおッッッッ!!!!」」」」」
蜘蛛型魔物の背を跨り、堅牢な鎧を身に纏った隊長格のエルフが部下達を鼓舞しながら駆ける。
部下達もまたそんな隊長格エルフの声に拳を突き上げ、雄叫びをあげるように声を上げた。
《半透明化》と《効果範囲化》のスキルを行使し一部隊丸ごとを隠し通したダークエルフはそれらスキルを解除すると戦線離脱。次の部隊の侵攻の為帰還して行った。
そんなダークエルフを一切気に留める事無く侵攻を続けた部隊はそのまま平野に築かれた目的の拠点へ突入。剣や斧や槍、弓や杖を構え人族を蹂躙しようと身構えた。
だが……。
「ぬっ!? な、なんだ、これは……」
隊長格エルフが違和感を覚え蜘蛛型魔物を制止させる。
それに気付いた隊員達も各々に足を止め、隊長が何故足を止めたのかを訝しげに伺った。
「ど、どうされましたか隊長っ!?」
「……おかしい」
「はい?」
「この拠点……。敵の気配や殺気が全く無い」
隊長格エルフは拠点内をぐるりと矯めつ眇めつ見回し、深めていた眉間の皺を更に深く刻んだ。
「それにこの拠点……。見かけだけ立派にしているだけのハリボテではないかっ!!」
築かれた防壁は石垣に見せ掛けた色付けされた羊皮紙の壁。物見櫓は細い枝を束ねて組み上げただけの見せ掛け。点在する帷幄や倉庫は雨風すら凌げない安物の布地が使われていた。
遠目に見れば中々の規模の拠点であった人族の前線拠点。しかし近付いてみればハリボテで出来たそれは、正に〝いつでも捨てられる囮〟の拠点に他ならなかった。
「くっ!! やられたっ!! 一度引返すぞっ!! それと全隊に通達っ!! 偽の拠点が存在するぞっ!!」
隊長格エルフの考えはこうだ。
平野に点在する拠点には当たり外れがあり、自分達は運悪く偽の拠点に侵攻してしまった、と。
平野に偽の拠点を複数ランダムに点在させておけば全部隊の連携を遅延させ乱す事が出来、混乱した指揮系統の隙を突いて横槍を入れて来る作戦である、と。
(中々に陰湿な作戦だが地味に効果的だ……。遅延によって我々の連携の妨害と体力を奪い、ランダムな拠点位置を把握する時間と神経を使わせる。まったく面倒な事を……。しかし浅はかなりっ!!)
エルフの前線侵攻部隊は何も無闇矢鱈に人族に侵攻を開始したわけではない。
女皇帝ユーリの直下組織であった王国潜入工作部隊の手腕により齎された人族の戦争に於ける癖とも言うべき作戦行動推移。
その癖をアールヴでは徹底的に分析し、あらゆる可能性を検討、対策を万全に周到に用意していた。
工作部隊が捕まり、その後の細かな作戦の情報までは得る事が出来なかったが、それでも人族の作戦推移さえ理解出来れば問題なく臨機応変に対応する事も可能。
些細な嫌がらせ程度では遅延も混乱も殆ど起こる事は無いのだ。
「参謀隊長にも伝達だっ!! すぐさま対応策を──ん?」
部下に命令を下していた隊長格の目端に、唐突に何やら煌めく物が掠めた。
(何だ? 何か今空から光る物が落ちて……)
それは遥か上空から自由落下し、何の音も発する事なく地面に落ち……轟音が巻き起こった。
平野に広がっていたあらゆる自然音やエルフ達の出す音は瞬く間に搔き消え、前線に侵攻していた数千の数で構成するエルフの侵攻部隊の鼓膜を洩れなく突き破り、更には三半規管すら破裂させる。
(──ッッッッ!!?)
何が起きたかも理解出来ぬまま耳から鮮血を噴き出すエルフ達。しかしそんな理解が追い付く間もなく、彼等を次なる災いが襲う。
それは……自然物の嵐だった。
燃え盛る業火は数千度もの温度を伴って大地を焼きながら彼等を襲い、金属鎧をあっという間に赤熱させながら融解。装着者を苛みながら同時にその肉体を炭と灰へに変えていき、肉と金属が焼ける音と匂いを放ちながら地獄絵図に変えていく。
押し寄せる膨大な水は海嘯となってエルフ達を容赦無く呑み込み、荒れ狂う水流に身体を掻き混ぜながら上下左右前後に揺さ振る。更には急激な水圧変化により鎧ごと装着者を圧縮し、どれだけ捥がけど辿り着く事がない水中を、真っ赤な血で染めていく。
刃物のように鋭利に吹き荒ぶ狂飆は彼等を容易く空中へ巻き上げると、その全身を鎧の上からでも深く抉り、守りの薄い関節部に入り込んだ風は紙でも割くように斬り飛ばした。
地面を突き破り走った亀裂は平衡感覚を失ったエルフ達を貪欲に呑み込み、数百ものエルフ達が深い深い断裂された大地によってすり潰され、死体一つ残らず殲滅。運良く落ちずに居た者達は亀裂が閉じた際に隆起した鋭利に磨がれた岩によって無抵抗に切り潰された。
断末魔は起こらない。悲鳴は無い。
ただ圧倒的な四属性の抗いようのない暴力に焼かれ、流され、切り裂かれ、押し潰された。
その光景はまるで世界の終焉のようにも、また世界の再誕にも見え。神秘と絶望、奇跡と破壊が混在する、一度目にすれば決して生涯忘れる事など出来ない、命が散りゆく残酷な天災であった。
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目の前に広がるこの世のものとは思えない景色を前に、私と師匠は地面に腰を降ろしながら魔力回復ポーションを呷る。
あの下では数百──いや数千にも及ぶエルフの侵攻部隊が存在し、それらがあらゆる属性の特性に蹂躙され、鏖されていると考えると、万感の思いを感じる。
「ほぅ……。我ながらまあ、凄まじい魔術を放ったもんじゃな」
「《万象魔法》「畢竟たる森羅万象の天災」……。一生に一度使えるか分からない、ある意味芸術ですね」
私と師匠が数時間体内で練り上げた全ての魔力を、完全詠唱下で緻密操作、制御して漸く放てる《火魔法》《水魔法》《風魔法》《地魔法》の四つを複合させた《万象魔法》という大業魔法による極大範囲殲滅魔術……。
この世界で魔法が生まれてからの歴史の中でもたった一度だけしか使われなかったという《万象魔法》は、師匠が生涯を費やして研究していた分野の魔法の一つだった。
そこに私が加わり、ありとあらゆる推察と研究を重ね、超小規模な検証を繰り返してから此度実戦投入した、ある種ティリーザラ王国の決戦兵器だ。
一度発動さえ出来れば敵を文字通り蹂躙出来るわけだが……。正直もう一度やれと言われても拒否する。というか今の私には無理だな。
「にしても、気持ちの良いくらい引っ掛かってくれたのぅ。馬鹿正直に偽拠点に来てくれるとは……」
「ふふふ。我々は魔法先進国であるティリーザラ王国の魔導士ですよ? 真正面からのぶつかり合いに付き合ってやる必要なんて、元々無いんですよ」
まあ、敵の前線侵攻部隊に偽拠点を真っ直ぐ襲わせる作戦を立てたのはアールヴの大臣──つまり私が立てさせた作戦なわけなんだがな。
とは言っても流石に細かな作戦までは私は用意していない。余りに露骨な動きをさせてしまうとユーリに勘付かれかねないからな。
ある程度不利になるようには動いてもらうつもりではいるが……。まあそこは状況次──
「ゴホッ、ゴホッ……」
「はぁ。クラウンさん。余り喋らないで下さい。傷に響きますよ」
「ッ……ああすまない。なにぶん本番一発勝負を成功させたものだからな。然しもの私も興奮冷めやらないのだよ」
「まったくもう。キャピタレウス様が終わったら次はクラウンさんですからね。もう少し待っていて下さい」
「ああ。ありがとうロリーナ」
私と師匠は今、五本目の魔力回復ポーションを飲み干しながらロリーナの《回復魔法》によって治療されている。
全身余す所無く深い切り傷が出来、身体の一部は深刻な火傷と一部炭化。四肢の一部は急激な乾燥で完全に干からび、数十箇所の複雑骨折が発生。
常人ならばその激痛で正気を失い、肉体に掛かる圧倒的な負荷により身体だけでなく精神にまで負担が掛かり、最悪ショック死も有り得るような満身創痍だ。
何故魔法を放っただけでそんな事になっているのかと言えば、それは《万象魔法》を発動した代償。
当然の話だが、私も師匠も《万象魔法》を習得しているわけではない。勿論《万象魔法適性》もだ。
何せ世界での発動例が今回で二回目だからな。習得しているわけがない。
ではそんな未習得の魔法スキルを無理矢理扱えばどうなるか……。それが魔法を行使した際に使用者に降り掛かる代償である。
小規模検証の結果、この代償についてはある程度予測はしていた。
故にそれに対策し、《万象魔法》発動の主軸は私として師匠への負担を限りなく減らして私がその分の負担を被り、《自然回復力強化》と《超速再生》を使用してこの程度に抑え込んだ。
そう。この満身創痍でさえ、二つの回復スキルを発動して抑え込んだ結果なのである。
「それにしてもオヌシ……。よく平気で喋れるのう。スキルで痛みこそ抑えているのだろうが、普通は肉体負担に精神が保たんと思うんじゃが」
「ふふふ。私を舐めないで頂きたいですね。この程度で心が折れているようじゃ、戦争なんか勝てませんよ」
「いや……。多分オヌシ程の精神が図太い奴、オヌシの姉以外に居らんと思うがのぉ」
「褒め言葉と受け取って──ゴホッゴホッ……」
「だから安静にして下さいっ!!」
「す、すまない……」
ああもう。怒られてしまった……。
だがそうだな。余り悠長にもしていられない。
治療が終わったらロリーナを連れて姉さん達が待つ前線へ行かねばならないからな。そこで漸く、国王陛下が号令を下す。
大規模殲滅を目の当たりにした奴等は次手を懸念して容易に動く事が出来なくなるだろう。その隙を突くなら迅速に動く必要がある。
さっさと傷を治し、恐怖に引き攣った奴等の顔を拝みに行かねばな。ふふふふふふ……。
私が戦争でやりたかった事の一つを解消出来ました。
こんな感じで色々な興奮ポイントを散りばめていきますので、是非お楽しみ下さい。
因みに戦争に関する細かな現実との違いは「この世界ではこういうルール」という認識でよろしくお願いします。




