第八章:第二次人森戦争・前編-4
またもや遅くなって申し訳ない。
楽しんで頂けたら幸いです!!
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ユーリは目を閉じ、自身の〝内側〟へと意識を向ける。
四方上下の区別が不能な暗澹とした虚無のような空間をイメージし、その中にある自身の魂と〝もう一つの存在〟を認識する。
『なぁにぃ? 珍しいじゃない。アンタがわざわざ語り掛けてくるなんてぇ。これから戦争だからって遺言でも遺しに来たのぉ?』
ユーリの魂の目の前に在るのは、巨大な〝左目〟。
深く濃く、鮮やかでけれども何処か淡い紫の虹彩は、まるで夢幻に見る幻覚を覗いているような極彩色が浮かぶ。
瞳孔は吸い込まれそうな漆黒に染まり、結膜の中には規則正しく更に幾つもの眼球が並ぶ。
眼球の後ろから伸びる視神経の様な管は前方へと伸び、そこに発生している口から様々な年齢層、声質の女性的な声音が重なり合うように鳴り響く。
『それともぉ……。漸く、アタシを私と認めたぁ?』
挑発的、扇情的にユーリに語り掛ける左目はその口でカラカラと笑うと、それを向けられたユーリが苛立つように舌打ちをする。
『どっちも違う……。死ぬつもりなんて微塵も無いし、アンタみたいな化け物を自分だなんて認める気はない』
『相変わらず強情ねぇ……。そんな事だからいつまでも嫉妬の力を中途半端にしか使えないでいるのよぉ』
『知った事か。私は《嫉妬》の力に頼り切りになるつもりは無い』
『でも全く使わないわけじゃないのねぇ?』
『たまたま権能が利用出来そうだっただけだ。それ以上でも以下でもない』
『あっそぅ。じゃあ何しに話しに来たのよぉ?』
不満気に問い掛ける左目に対し、問われたユーリは不服そうな態度を露骨に表しながら答える。
『アンタが暴走しないように釘刺しに来たんだよ』
『……』
『私が誰かに嫉妬すると、アンタ疼くでしょ? それで思考が鈍っちゃいざって時に致命傷になるかもしれない。だから直接、大人しくするよう言いに来たのよ』
『…………はあ』
左目はユーリを半眼で見下すと、深い深い溜め息を吐いてから目線を逸らす。
それはまるで聞き分けの悪い子供を見るような、はたまた盛大な勘違いに対して呆れ返るような……。そんな認識の壁を感じさせる目であった。
『……何よ』
そんな目線に何かを感じ首を捻るユーリであったが、左目はそれ以上の事を語ろうとはせず目線を外したまま微動だにしなくなってしまう。
『チッ』
ユーリは左目のその態度に更に苛立ちを覚え再び舌打ちをしながら鋭く睨み付けた。
『とにかく邪魔だけはするなよ。私は私の力で奴等を殺す……。アンタの出番は無いからな』
一方的にそれだけを言い残しユーリは意識の奥から浮上する。自分が果たすべき使命と復讐を、成し遂げる為に。
『……バカね。アンタはアタシなんだから、邪魔も何も無いでしょうに』
左目は嘆く。
自覚を否定し、受け入れようとしない中途半端で幼く、そしていつまで経っても心の何処かで「可愛いユーリちゃん」に戻れると信じているその浅はかさに、思わず目を閉じてしまいそうになった。
『良くも悪くも純粋過ぎる……。あの子ならいつかもっと成長出来るけど……。はぁ、どうなるかしらね……』
左目は何処かで予感する。
この戦争によって、ユーリの未来、そして己が未来が決まるだろう、と……。
意識を覚醒させたユーリはゆっくりと瞼を開ける。目だけで身の回りを大雑把に移動中の蜘蛛車の中である事を確認すると、一つ深い溜め息を吐いた。
「はぁ……。クソが」
「陛下。随分とご機嫌が優れぬようですが、蜘蛛車の揺れで良く寝付けなかったのですかな?」
目を覚まして早々に深い嘆息と悪態が出た事を心配したエルフ族の英雄、通称「森精の弓英雄」であるエルダールがそう語り掛ける。
現在ユーリ達は中型蜘蛛型魔物が引く蜘蛛車に乗り森の中を進んでいる。
目的は戦時最終交渉の場に連れて行く予定の護衛役が駐屯している拠点へ向かう為。そしてその道中、ユーリは左目と対話をしに意識を沈めていたのである。
「……そんな所だ。まあ馬車よりはマシだけどな」
「左様で。私も数百年前に乗った事がありますが、アレは酷いものでしたからね。まだ歩いた方が身体に良いと思ったものです」
「ふっ。馬鹿言え。お前と違って私は凡人なんだよ。身体に悪かろうが馬車に乗れるなら乗る。超人の体力と一緒にするな」
「ほっほっ。そうでしたな。これは失敬」
「ふっ」
蜘蛛車の中に僅かばかりの緩慢とした空気が流れる。
これから戦争の口火を切りに向かうとは思えないほどの穏やかな空気は、ある種ユーリの中にある安心感にも似た感情によるもの。
やれる事を全てやり。用意出来る準備は万全に整えている。
自分の知恵を絞り上げ、自分の能力を出し切り、道徳も倫理観もかなぐり捨て五十年掛けて辿り着いた今日という日……。最早ユーリに出来る事は限られていた。
それら全てが成功し、上手くいけば人族の国──ティリーザラの軍など瞬く間に瓦解するだろう。
そして念願だった人族への復讐を果たし、今度は自分が薄汚い奴等を踏み躙り、蹂躙する……。苦節五十年の彼女の人生が漸く色付くのだ。
……だがそんな都合の良い、夢のような展開が起こらない事を、ユーリは理解している。痛い程にだ。
去来していた安心感はそんな現実にあっという間に塗り潰され、彼女の僅かな笑顔が消えるのと同時に穏やかだった空気も重々しいものに変貌してしまう。
「……笑い合うのは全て終わってから、ですな」
「ああそうだ。奴等の──アイツの死に顔拝むまで、笑ってなんていられん」
ユーリの笑顔を消した現実……。それはいわずもがなクラウンの存在。今となっては非常に厄介極まりない目の上のたんこぶのような存在である。
最高位魔導師であったフラクタル・キャピタレウスを仕留める為に沼地に呼び出した「暴食の魔王」を討ち取られ。
戦争を必勝のものにする予定であったティリーザラ王国に潜入工作をさせていたエルフの工作員。その数百八名の内ハンナを除いた百七名の捕縛の指導を執ったのだ。
(クソ……。思い出すだけで腹立たしい……。アイツたった一人で、なんでこんな……)
たった一人の十五の少年の手により、その年齢からは余りにも似つかわしくない戦闘能力と奸智謀略でもって二十年を掛けて積み上げてきた裏工作を全て潰されてしまっているのだ。
本来想定していた形での開戦と運ばなかった現実と、それを実現させた理不尽な超人の存在を前に、ユーリの心中は怒りと嫉妬の炎が渦巻いて止まなかった。
最早この戦争に於いてユーリが重きを置いているものは、軍団長等率いる精鋭部隊による四面奇襲作戦と、アールヴが誇る弓英雄エルダールとその孫である「忍耐の勇者」という切り札くらい。
第一軍団長であるアヴァリは南の監視砦から離れようとしない事から戦力からは除外。
他の腕の立つ戦士達もクラウンやその姉ガーベラ、そしてキャピタレウスと比較してしまうとどうしても見劣りしてしまうというのが現状であった。
(アヴァリもアヴァリだっ。いくら教え子が心配だからって過保護しやがって……。 大臣達も適当な理屈や理由コネて庇いやがるし……。戦争をなんだと思っていやがる)
ユーリは知る由もないがクラウンが成し遂げたのは先の二件だけではない。
南の監視砦を制圧しエルフ達を殲滅。第一軍団長であったアヴァリを誘き出してから仕留め、砦をアールヴ本国への奇襲拠点として支配した。
そんなアールヴの大臣達ですらも彼は傀儡にせしめ、国内でクラウンに都合の良い行動を執らせ、裏で着々と敗北への道を辿らせているのだ。
本来警戒心が強く、誰にも信頼を置いていないユーリならばアヴァリの不自然な行動に気が付き、クラウンが既に本国にまで侵食していた事にも対処出来たかもしれない。
だがそれを大臣達が手八丁口八丁で別の事案に思考誘導し、アヴァリになるべく関心が向かぬよう図っていた。
そして最早アヴァリに構いたくても構えない時期まで遅延させられてましい、現状に至っている。それらが積み重なり、今のユーリの心境に繋がっている。
「……チッ」
「貴女も極端ですねぇ。アールヴ陛下」
「あ゛ぁ?」
そんな機嫌最悪なユーリに臆する事なく声を掛けたのはエルダールの横に対面して座る一人の壮年の男。
燻んだ金髪と濁った青い目をした面長な顔つきの男は、不機嫌なユーリのドスの効いた声音にも決して動じず、口角を僅かに吊り上げる。
「微笑んだかと思えば次の瞬間にはうって変わって眉間に皺を寄せる……。その容姿ですと凄まじい違和感です」
「黙れよクソ野郎。テメェみてぇなガキに意見される覚えはねぇ」
「ガキとは言いますが差異など五つ程でしょう? それに黙れはあんまりじゃありませんかぁ。私が方々に便宜を図ったの、お忘れで?」
男にそう言われるとユーリの寄せていた眉間の皺が更に深くなり、無意識に窓の外へと目線を向ける。
目に映るのは普段見慣れた森の中に出来た幾つかのツリーハウスが散見出来る拠点。
多少動き易いよう幾本かの木が斬られ広めに空間が取られており、その周りを囲うようにして様々な用途に用いられるツリーハウスの形状をした部屋が造られていた。
その視界の内には充分に訓練を積み重ねたエルフ族の兵士、戦士達が拠点作りをしているのが遠目に見え、ほんの少しだけだが心境が和らいだ。
「……はぁ。余り陛下を刺激しないで頂きたい。これから大事な戦時最終交渉なんです。陛下の冷静さを欠くような挑発は止めて頂きたい」
「申し訳ありませんエルダール殿。少々矮小な私のプライドに障ってしまったようです。ご容赦下さい」
男は言葉とは裏腹に薄ら笑いを浮かべたまま無駄に優雅にユーリに対して会釈をする。
「ふん。わざとらしい……。連れてくるんじゃなかったよ、お前なんか」
「まあそう言わずに……。《空間魔法》のテレポーテーションで短時間長距離往復が容易に行えるのは私くらいです。都合の良いスキルアイテムか何かと適当に思ってて下さい」
「……クソが」
「よぉぉこそいらっしゃいました陛下っ!!」
目的の拠点に到着したユーリ達は蜘蛛車から降り、拠点内で指揮を執っている第三副団長であるエグラスの出迎えにあっていた。
「我らが英雄殿もようこそこのような場所へっ!! それとええとぉ……」
エグラスがユーリ達と共に降車した壮年の男に目を移して言い淀んでいると、男は優し気に微笑みながら小さく手を挙げる。
「ああ私の事はお構いなく……。つまらない送迎役とだけ、覚えて頂ければ……」
「そ、そうですか。まあ何にせよようこそいらっしゃいました皆様っ!! ささっ! お疲れでしょうからお茶の一つでも……」
「いや、遠慮する」
ユーリはエグラスのもてなしをキッパリと断ると、拠点内を軽く見回してから再度エグラスへと視線を移した。
「ここにディーネルとダムスの二人が居る筈だ。呼んでこれるか」
「え、ええ……。でしたらお連れしますので、その間にお茶を──」
「私は呼んで来いと言っているんだ。貴様の点数稼ぎに付き合ってやる暇なんてないんだよ」
「そ、そんな点数稼ぎだなんて……。私はただお疲れであろう貴女様を思って……」
「あ゛ぁ?」
元々そこまで機嫌が良くなかったユーリはエグラスの言い訳を耳にすると彼を鋭く睥睨し、感情に任せて威圧的に怒気を滲ませる。
「本当に思ってるならさっさと言われた事を大人しく速やかに実行しろッ!! いちいち煩せるなッ!!」
ユーリから放たれた《威圧》は凄まじく、エグラスはそれに当てられると一瞬で身を竦ませ、顔を青褪めさせる。
「は、はいぃぃっ!! た、ただいま呼んできますぅぅぅっ!!」
額から流れた汗を軌跡に残しながら走り去ったエグラス。
その速さはまさに電光石火の如く、あっという間にユーリ達の視界から消えると、ものの数秒で二人の少年少女エルフ──を小脇に抱えたエグラスが戻って来る。
「お、おま……お待たせ、しま、した……」
「……予想より大分早かったな」
予想だにしない俊足ぶりに、苛々も忘れて思わずユーリが感心していると、横に並び立つエルダールが微笑ましそうに笑った。
「ほっほっ。エグラスは軍随一の俊足の持ち主ですぞ。まあ少々動きが直線的で読み易いのが弱点ではありますが、初見ではアヴァリですら捉えるのは困難でしょうな」
「ふぅん……」
「全てとは言いません。ですがある程度の実力者はアヴァリや他軍団長以外にも揃っております。どうか数名だけでも、目を掛けてやって下され」
「……善処する」
「ありがとうございます。陛下」
「あ、あのぅ……」
「そろそろ降ろしてください!!」
「え゛っ!? 私は行けないんですかっ!?」
エグラスから降ろされたエルダールの孫にして双子エルフの姉弟、ディーネルとダムスはユーリ達から戦時最終交渉の説明を受けていた。
ディーネルが驚いて狼狽えているのはその制限人数に関して。
交渉の場に参加出来るのは交渉人である国の代表とそれを守護する護衛二名。そして交渉の場への送迎者が一名だけになる。
今回ユーリがその同道を命じたのは護衛役にエルダールとダムス。送迎役に壮年の男という三名が決定している。つまりディーネルは連れては行けないのだ。
「お、お爺様は理解出来ますっ!! ダムスもそういった場には相応しいのも納得出来ますっ!! ですがそこの──」
ディーネルは無作法に人差し指を壮年の男に指すと、これまた無礼にその胡散臭い顔を睨み付ける。
「そこの人は誰なんですかっ!? 国の大臣には見えませんし、従者にしては身なりが整い過ぎてますっ!!」
「おやおや、私ですか」
わざとらしく驚いたフリをして困り顔をする壮年の男は、そんな彼の戯けた態度が更に気に入らず、一層鋭い目付きで睨みを効かせた。
「ね、ねぇディーネル止めなよっ! 彼が誰だろうと今回彼はあくまでも送迎役だよ? 《空間魔法》を使えないディーネルが代わりになれないでしょ?」
「そ、そうだけど……。でもダムスぅっ!!」
「こらこらディーネル。余りワシ等を困らせるな。これに関しては今更お前が騒いだ所で変わらんぞ」
「お爺様まで……」
二人に痛いところを突かれ意気消沈してしまうディーネル。
そんなディーネルに問題の争点となっている壮年の男が歩み寄り、片膝を着きながら目線を彼女の下から見上げる形で向け、優し気に微笑んで見せた。
「失礼します、お嬢さん。ここはどうかその騒ぎ立つ御心に耐え、矮小な私に役割を譲っては頂けないでしょうか?」
「な、何よ……。急に……」
「いえいえ。貴女のお気持ち、私には非常に理解出来ます。共感出来るのですよ、痛い程」
壮年の男はそう口にすると少しだけ目を伏せ、悲しげな表情を見せる。それはまるで置いて行かれてしまった子供のようで、先程のディーネルの表情にも見た感情であった。
「置いて行かれる寂しさ、無力感……。私には分かります。距離や時間の問題では無いのでしょう? 自分が居なくても成り立ってしまう状況が、虚しさが、貴女をほんの少しだけワガママにさせてしまっている……。そうですよね?」
「そ、れは……」
「私も昔、そういう経験があります。置いて行かれ、離されて……。それが〝普通〟になってしまう現実が嫌で、それで私はワガママを実行しました。……ですが結果として、状況は悪化してしまい、残ったのは後悔と罪悪感のみ。最悪の結果でしたね」
「……」
深刻な話に移り変わり、どう返事をしたら良いか分からなくなってしまったディーネルが戸惑っていると、壮年の男は再び優し気な表情を浮かべながら彼女の顔を覗き、微笑んで見せる。
「ふふふ。私の教えでは少々大袈裟になってしまいますね。ですが同じ事です。例え大小の違いはあろうと、内に生まれる感情は然程変わらない。ですからお嬢さん。ここは一つ、私のようにワガママを通さずに、少しだけ我慢しては頂けないでしょうか?」
「それは……」
「少しだけ……今回だけでも良いのです。ですからどうか一時の感情に流されるのではなく、どうか理性的に、決断して頂けないでしょうか?」
壮年の男の濁った青い瞳がディーネルの瞳を真っ直ぐ見据える。
その目は確かに濁ってはいるものの、何処か奥底に決して揺るがない──揺るがす事が出来ないような強い〝意志〟の様なものが垣間見え、それに見詰められたディーネルは小さく溜め息を吐いた。
「はぁ。分かったわ。貴方に任せる」
「おお! 有り難きお言葉……。その決意に応える為、慎んで大役、果たして見せましょう」
「お、大袈裟なのよ、いちいち……」
壮年の男はディーネルからの言葉を聞き笑顔を見せて立ち上がると、ユーリに視線を移してから徐に頷く。
「終わったんならさっさと準備しろ。もう時間が無い」
「はい。では私は座標の算出と計算に入りましょう。ほんの少しだけお待ち下さい」
壮年の男はそう言うとある程度広さがある少し離れた場所にまで移動し、背中を向けながら魔力を練り上げ始めた。
「……こっちも準備を始めるか。起きろシェロブ」
ユーリはそう言いながら束ねていた髪の中に指を差し込み、ゆっくりと引き抜く。
するとその指先の腹には小さな小さな白い点にしか見えない何かが乗っかっており、ユーリはそれを眼前にまで持って行くとその白い点を忌々し気に睨んだ。
「この寝坊助が。働く時間ださっさと起きろ。《巨大化》。」
《巨大化》というスキル名を口にしながら指先にある白い点を宙に放るように手を払う。
次の瞬間、放り出された白い点は見る間にその大きさを膨らませて行き、肉眼では中々捉え辛かった小さな点の正体が徐々に浮き彫りになっていく。
それの正体は真円のような美しい胴体をした純白の蜘蛛。
細く鋭い八本の足は針の様に鋭く尖り、体表を走る真っ赤な血管を思わせるライン模様が鮮烈さを際立たせ、口元の触肢と牙は下手な刃物より鋭く光り輝き、神秘的とさえ形容出来る。
頭胸部の先端を不気味に彩るのは宝石を思わせるような十の極彩色が彩る十の単眼。左から赤、橙、黄色、緑、青、藍、紫、白、黒、銀と並んでおり、宙を描く眼光の軌跡は虹を思わせる美しさを放っていた。
シェロブと呼ばれた純白で神秘的な蜘蛛は放られながら体制を整え、その身体の大きさを馬車馬程度にまで増やしてから着地し、一度だけ身を震わせる。
「まったく。相も変わらず怠けた聖獣様だ。これがエルフ族の守り神なんだから笑えてくる」
笑えると言いながら一切口角を上げないユーリはシェロブに手を置くとそれを支えに跳び上がり、シェロブの背中へと跨り、胡座をかく。
「頼むぞシェロブ。聖獣であるお前に乗って行けばいくらか向こうを脅かせられ──」
シェロブに語り掛けながら背もたれに丁度良く隆起した腹部に背中を預けようとしたユーリ。しかしその途中で彼女の目端に、何やら微動だにしなくなったディーネルとダムスの姿が映った。
「……なんだ?」
「陛下。二人はシェロブを見るのは初めてですぞ。御伽噺に出て来る伝説の守り神がいきなり現れたら、当然こうなりもしましょう」
「伝説の守り神、ねぇ……。こいつはただ歴代の王族の言う事しか聞かない、ただの霊樹トールキンの使いなだけなんだがな」
「それでも充分凄いでしょうに……」
「知るか。私は利用出来そうだから連れて来ただけだ。ほらエルダール。ディーネルはともかくダムスは現実に戻せ。その調子で交渉の場に呼べるか」
「貴女様はもう……。はい。畏まりました」
「まったく……。しっかりしてくれよ……」
数分後。ユーリ達は壮年の男のテレポーテーションで指定し合った戦時最終交渉の場へと転移する。
そこには既に仇敵、ティリーザラ王国の国王とその護衛二名、送迎役一名が待機しており、ユーリ達は彼等を強く睥睨した。
中央には美しく飾り立てられた馬具を身に付けた雄々しき黒馬に跨る偉丈夫。
王冠を頭に乗せ、国章が意匠されたマントを棚引かせ、威風堂々の立居振る舞いで鎮座するのは言わずもがな。ティリーザラ王国十三代国王、カイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラ、その人である。
その両脇を固めるのは予定していた二名の護衛。
一人は深緑色のローブを身に纏い、豪奢な杖を片手に携えた年老いた老人。
しかし発する雰囲気は只人のものでは到底無く、無知な者でも思わず身構えてしまいたくなる程の威厳と威容を放つその老人は、ティリーザラ王国に於いて比肩するもの無しと謳われる大魔導師。
称号を剥奪されて尚譲る事の無い元最高位魔導師、フラクタル・キャピタレウス。
もう一人は光り輝く朝蘇芳色の鎧を身に纏い、真っ赤な長髪を優雅に風に流す絶世の美女。
その黄金色に煌めく大きな瞳には一切揺るぐ事の無い信念と自信が満ち満ちでおり、漂わせる闘気は陽炎が起こるほどの尋常ならざる峻厳さを放っている。
魔法先進国に生まれ落ちた稀代の大天才女剣士、ガーベラ・チェーシャルキャッツ。
そしてその後ろ。
送迎役として控えていて尚、現れたユーリ達を目に不気味に痛快な笑顔を浮かべる少年が一人。
黒を下地に赤い斑らのメッシュが入った特徴的な髪色をし、ガーベラと同じ黄金色の瞳を持った深緑色の鎧と外套を身に纏うその姿はただの送迎役などではなく、明らかな実力者の威容を放っていた。
何を隠そう、ユーリが五十年掛けて準備をし、二十年掛けて積み上げた全てを短期間で崩してのけた張本人であり、今彼女が最も激情を呼び起こされる憎き超人。
理不尽と不条理を体現したエルフの悪夢そのもの、クラウン・チェーシャル・キャッツ。
彼もまた、この戦時最終交渉の場に現れたのだ。
「よう。久しぶりだなクラウン。殺してやるぞ」
「ふふふふふふ。連れないなぁ。仲良くしようじゃないか、ユーリ……」
強欲と嫉妬。
今まさに二つの大罪の雌雄が、決しようとしていた。
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ここに登場した聖獣シェロブは今はクラウンが道極と名付け直し、以前アヴァリが使用していた可変式棍に付けられていた名前の由来になった守り神の蜘蛛と同一存在です。
今後このシェロブにも重要な役割があったりするので、是非覚えいて下さい。
あ、エグラスは別に忘れても大丈夫です。はい。




