第八章:第二次人森戦争・前編-2
私は姉さんと一時別れ、ノーマンを連れて即席の工房へと足を運ぶ。大斧と鎧を名付け専用武器と防具にする為だ。
この二つの名付けさえ終われば、依頼していた品が全て揃い、漸く私の準備が万全に整ったと言える。
一週間程前にも彼から新たな弓を受け取ったのだが、その際に「悪ぃ。間に合わねぇかもしんねぇ」と謝られたのを思い出す。
今にして思えば、アレは私に悟られぬよう隠れて私用の鎧も一緒に拵えていた故なのだろう。
あの謝罪を受けた時は彼らしく無いと思ったものだが、そういう訳ならば納得もいく。
ふむ。しかし参ったな……。
大斧は予定していたから名前を考えていたが、サプライズの鎧の名など当然考えてもいない。
頼む予定も無かったので思い付くアイデアも何やらパッとしない陳腐なものばかり……。これは少々難儀だな。
「……とりあえずよう。大斧だけでも先に名付けしちまわねぇか?」
唸る私に痺れを切らしたノーマンがそう言って催促をする。
本当は余り中途半端な事はしたくないのだが、ノーマンの意見も一理ある。ここは先に大斧を名付けしてしまうか。
「判りました。では大斧から名付けましょう」
「おう。で? 何にすんだ?」
身の丈程もある大斧。帝国で購入した物に私が魔力を流し込んで氷雪属性が馴染んだそれに注ぎ込まれた素材は、北方に存在する霊峰に住うとされる蟷螂の魔物「ファングフォイシュレッゲフリーレン」のものであり、魔石や甲殻、そして下手な刃物などより数段鋭利な作りになっている前脚の鎌を惜しみなく利用されている。
その巨塊を一度振るえば冷気の燐光を残しながら氷結の刃を叩き込み、敵に命乞いすら赦さぬ絶対零度の凛冽を見舞う。そう、その名は──
「……「拝凛」。それでお願いします」
「ほぉん……。毎度思うが、なんか意味あって付けてんだよな?」
「ええ勿論。今回のは少々難産でしたが、納得いくものを思い付いて良かったです」
「そうかいそうかい。ならちゃっちゃと付けちまうか」
口元を緩ませながらそう言うノーマンが、私の血が混じった墨の下書きの上から名を大斧へ彫っていく。
そして全ての文字が刻まれた時、私の脳内にいつもの天声のアナウンスが響く。
『アイテム種別「大斧」個体名「拝凛」との魔力での接続に成功しました』
『これによりアイテム種別「大斧」個体名「拝凛」はクラウン・チェーシャル・キャッツ様の「専用武器」として登録されました』
『これによりアイテム種別「大斧」個体名「拝凛」に新たなスキルが覚醒しました』
『確認しました。アイテム種別「大斧」個体名「拝凛」は補助系スキル《凛冽》を覚醒しました』
『確認しました。アイテム種別「大斧」個体名「拝凛」は補助系スキル《極寒》を覚醒しました』
『確認しました。アイテム種別「大斧」個体名「拝凛」は補助系スキル《断割》を覚醒しました』
ふ、ふふふ。素晴らしい。素晴らしいなぁ相も変わらず……。ふふふ。
「拝凛眺めながら嬉しそうにすんのは良いけどよぉ。鎧はどうすんだ?」
「え、ああ、そうですね……」
ふむ……。ここは取り敢えず使われている素材や夜翡翠に合わせたものにするとしよう。差し当たり彼に素材を聞くか。
「そういえばこの鎧にはどのような素材が使われているのですか?」
「ん? ああそうか言ってなかったな」
そう口にすると、ノーマンは自身の荷物に腕を突っ込んでゴソゴソと漁り、目当の物を探し当てるとそれを取り出して見せてくれる。
見た目としてはかなり発色の良い銀色。何時間も磨き上げたかのような鏡面をしており、何処か乳白色に発色しているようにも見える不思議な色合いだ。
……というか荷物の中を見ずに手探りだけで素材が判るのか。何気なくやっているが私には当然出来ない芸当だ。流石職人なだけはある。
「使ってんのはコイツ。「月放銀」って銀の一種だ。つってもそこら辺にあるような代物じゃねぇがな」
「月放銀……」
「コイツぁな。拝凛にも使ってる蟷螂の魔物が住んでる霊峰リンドウの頂上でしか採れねぇっつう特殊な銀でよ。極低温下の中で何万年と月光に晒され続けた銀が変質したモンだ」
成る程……。しかし銀か。私の浅知恵だと銀というのは余り防具に出来るほど頑強ではなかったと思うのだが、そこも普通の物とは違うのだろう。ノーマンが防具に採用するくらいだからな。
「通常の銀を遥かに凌ぐ強度、硬度は勿論だが、何より特徴的なのは素材の性質にある」
「性質というと、名前から察するに何かを放出する……という事ですか?」
私がそう言葉にすると、ノーマンは少しだけ驚愕したような表情を見せてから「オメェさんも察しが良いな」と言いながら懐からハンマーを取り出す。
そして金床に別の厚めの金属板を置いてからその上に月放銀を置き、ハンマーを振り上げる。
「今からコイツを全力でぶっ叩くから見てな」
私の返事を待たずノーマンは月放銀へと振り上げたハンマーを叩き下ろし、辺りに強烈な金属音が谺する。
「ん?」
だがその音はノーマンの工房でよく聞くような金属音ではなく、少し形容の難しい……まるで浅く広がるような間延びした不思議な音。
更にその音を耳にしていた周りのドワーフや人族の鍛治職人が一斉にコチラに視線を移し、各々が様々な種類の驚愕顔を晒している。
「っと。ちと他の奴にゃ刺激が強かったみてぇだな」
ノーマンもそんな周りの反応に気が付いたのか、少しだけ「やっちまった」と言いたげな顔をする。
が、そんな事はどうでもいいとばかりにそんな視線を無視すると、彼は月放銀の下に敷いていた金属板を持ち上げて私に見えるように差し出す。
「分かるか? 金属板に放射状に傷が付いてんだろ?」
そう言われ差し出された金属板をよく見てみると、確かに先程の真っ直ぐ立てに振り下ろした叩き方の割には月放銀が置かれていた場所を中心に放射状に傷が出来ている。
あの叩き方ならば普通は中心に大きめの凹みが出来る筈なのだが……。先程の特徴的な音といい、素人目でも異質なのが判る。
「これが月放銀の性質、という事なのですね」
「おう。月放銀には受けた衝撃を分散して放出するっつう特性があるんだ。まあ、なんでそうなってっかは判明しちゃいないらしいが、そこは別の専門家にでも聞いてくれ」
「分散、放出……。成る程成る程。まさに防具には打って付けの金属ですね、月放銀というのは」
やはりノーマンの目の付け所は一味違う。今まで何度も実感しているが、彼と出会えて親交を築けた事は本当に幸運だ。
「加工も中々大変でな。性質上鍛錬して仕上げるやり方が不可能に近ぇから融かして延ばすしかやり方が無ぇ」
「確かに。衝撃を分散してしますからね」
「その上熱を加えると発色が極端に悪くなっちまうから着色も必須だ。つっても元々の色合いはオメェさんや夜翡翠には合わねぇから何にしても変える予定だったがな」
「そこはお気遣いありがとうございます。私もコチラの色の方が断然好みです」
「だろう? ま、着色にも拘っちまったから更に費用嵩んじまったが……そこは俺の拘りだからな。あんま気にすんな」
……ふむ。しかしこうして話に聞いたり周りの反応から鑑みるに──
「この月放銀、かなり貴重なものなのではないですか?」
「だな。さっきの生成方法を聞いて判るとは思うが、コイツぁかなりの稀少鉱石でよ。ちぃと特殊で限られた期間でしか取引されねぇ代物だ」
やはりそうか……。すると仕入れ値は──
「おっとオメェさん。まさか値段とかそんな事気にしてねぇだろうな?」
「……まあ気にならないと言えば嘘になりますが、これはノーマンさんのご厚意ですからね。そんな無粋な事は口にしませんよ」
「言ってる事が破綻してねぇか? んまあ良いや……。で、名付けどうすんだ? 決まりそうか?」
「……ええ」
中々に素敵な素材が使われている事が判明し、ノーマンの拘りが存分に盛り込まれた至極の逸品に仕上がっている。
ここはもうシンプルで分かり易く且つ、月とこの黒色をイメージした名前……。そうコイツは──
「「朔翡翠」……。とかどうでしょう?」
「へぇ。防具で名前揃えんのかい。良いじゃねぇかっ!!」
「我ながら良い物が思い付いてホッとしていますよ」
「そりゃ結構。んじゃ、名付けちまうぞ」
そうして再びノーマンの手によって鎧へと名が刻まれていく。
彼と、恐らくモーガンからの私への贈り物……。私が築き上げた掛け替えの無い絆とも言える物の証……。そんな象徴の品が今、私の新たな力となる。
『アイテム種別「鎧」個体名「朔翡翠」との魔力での接続に成功しました』
『これによりアイテム種別「鎧」個体名「朔翡翠」はクラウン・チェーシャル・キャッツ様の「専用防具」として登録されました』
『これによりアイテム種別「鎧」個体名「朔翡翠」に新たなスキルが覚醒しました』
『確認しました。アイテム種別「鎧」個体名「朔翡翠」は補助系スキル《月下》を覚醒しました』
『確認しました。アイテム種別「鎧」個体名「朔翡翠」は補助系スキル《放射》を覚醒しました』
『確認しました。アイテム種別「鎧」個体名「|朔翡翠」は補助系スキル《分散》を覚醒しました』
……。
…………。
…………ああもう、開戦目前だというのに私はこんなにも浮ついてしまって良いのだろうか……。
いや、良くはないのだろうがな。もうこれはどうしようもない。欲張りな私がこんなものを我慢出来るわけがないのだ。
「ふふふ。ふふふふふふふふふ……」
「……ま、喜んでくれて何よりだよ。俺ぁ」
ノーマンから最高の品を受け取った私はその後厩舎へと足を運び、愛馬である竣驪に会いに行く。
最近余り構ってやれずに拗ねていた彼女だったが、私が戦場へ連れて行く事を伝えると嘶いて喜んでいた。
馬に説明して伝わるのか、という話ではあるのだが、竣驪は何故かしっかり理解しているように反応をしてくる。
規格外のサイズと馬力を誇っているがあくまでも馬であるのには変わり無いはずなんだがな。もしかしたら彼女の血脈に何か特別なものが混じっていたりするのかもしれない。
まあ、これも後々時間に余裕があれば調べてみても良いかもしれんな。
そしてそんな竣驪の様子を厩舎へと見に行ったのだが……。
「……竣驪。色々と察しはするが余り他の馬を脅かすんじゃない」
「ブルルゥ……」
そう鼻を鳴らす竣驪の周りには本来居るはずの他の馬達が居ない。
事情を知る飼育員によれば、竣驪のサイズは一般的なものより一回りも二回りも巨大で、厩舎も彼女に合わせた特別製。餌の量も何倍も必要であり、蹄鉄にしても他の馬より巨大で頑強だ。
が、そんな特別扱いを他の馬達がどうやら気に食わなかったらしい。
当然の話だが厩舎に詰めている馬達はこの国でも権力がある者が騎乗し、軍を指揮したり旗印になったりする主に貴族が乗馬する馬達が殆どだ。
よって馬達の気位もかなり高く、自分達よりも高待遇を受けていた竣驪に嫉妬心を抱いたという。
で、そんな馬達が飼育人の目を盗み厩舎から脱走。集団で竣驪の厩舎へと抗議に行ったとか……。
「気持ちは充分判るがな。自分の膂力を把握していない程お前は馬鹿ではないだろう?」
「ブルルゥ……」
「まあ暴れたりしていないだけまだマシだがな……。まったく、一体何をどうしたら訓練された馬達があんなに怯えるんだ……」
私は改めて周りを見回す。
そこにはあらゆる物陰に隠れながらこちらの趨勢を伺う馬達の姿があり、皆が一様に姿勢を低くして怯えていた。
設営したテントや帷幄の影に隠れたり飼育人の影になんとか縮こまって隠れようと必死な馬達を見ていると、非常に申し訳ない気持ちになる。
娘が学校で何かやらかして呼び出される親というのは、こんな気持ちなのだろうか……。
……ふむ。まあこうなってしまっては是非も無い。いっそこの状況を利用して竣驪に試練を与えよう。
「竣驪。お前に一つ罰として試練を言い渡す」
「ヒィィンッ!?」
「まあ落ち着きなさい。そう難しい事は要求しない」
「ブルルゥ……」
「よし。取り敢えずこのままでは馬達が戦場で使い物にならなくなってしまう。それでは非常にマズい。よってお前にはまず馬達のヤル気を取り戻してもらう」
「ヒィィン……」
「そして彼等の先導者──リーダーになりなさい」
「ヒィィン?」
「あの馬達だってお前程ではないが賢く調教されている。お前がしっかり自分の能力を誇示する事が出来れば、怯えは畏怖へと昇華する事だろう。それを果たしなさい」
「ブルルゥ……」
「お前は気高く、そして聡明で魅力的だ。お前が本気になれば必ず憧憬を集める馬達の女王にもなれるだろう」
「ヒィィンッ」
「そうだ自信を持て。お前は私が認め、そして誰もが認める最高最強の馬だ。お前が出来ずに誰が出来るっ!!」
「ブルルゥッ!! ブルルゥッ!!」
「よしその意気だ。期待しているぞ竣驪」
「ヒィィンッッ!!」
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「……なあオイ」
「な、なんだよ」
「あのキャッツ家の坊ちゃん、あの怪物馬と会話してないか?」
「会話って……。そう見えるだけだろ?」
「いやまぁそうかもしれんが、明らかに馬のリアクションが俺達が接してきた馬達のそれとかなり違うように見えるんだが……」
「だからそう見えるだけだって」
「いやでもホラ見ろよっ。さっきまで不貞腐れてたあの馬が坊ちゃんが来て会話してから何か妙にヤル気に満ち満ちてるぞ? あれはどっからどう見たって言葉理解して──」
「世の中にはな」
「え?」
「世の中には、オレ達凡人が立ち入れない場所ってのがあるんだよ」
「……そこまで深刻な話をしたいわけじゃなかったんだけどな」
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さて。取り敢えずこれで竣驪の事は大丈夫だろう。
次は……ふむ。やはり私の可愛い部下達の下へ向かうとしよう。
彼等は私が居るこの平野には居ない。彼等には当初からの予定通り平野の後方に位置する王都セルブにある四箇所の倉庫で待機中だ。
ユーリが仕掛けたポイントニウム製の短剣を利用した《空間魔法》による奇襲作戦……。その作戦を逆手に取り奴等の主要戦力を迎え討つ。部下達にはその任務を一任しているのだ。
然しもの奴等もこれを迎え討たれれば大打撃を受け、戦意の大幅な低下にも貢献するだろう。
だが奴等もこの奇襲作戦は戦争の要の一つにしており、そこに投入される戦力は決して並のものではない。
具体的言うならばそう、四箇所にそれぞれ第二から第五軍団長率いる精鋭部隊だ。容易に勝てる相手ではない。
まあだからこそ私は雑多な敵を排除出来る罠を張り、部下達を可能な限り鍛え上げ、軍団長にも勝てるよう徹底的に仕上げた。万に一つも負ける要素などない。
そして彼等にはまた別の使命も与えている。少々難易度は高いが、それを熟せるだけの実力はあると、私は期待している。
なんせ相手はエルフの精鋭中の精鋭だからな。ただ殺すなど勿体無い勿体無い……。ふふふ。
……さてさて。そんな重要な役割を担った彼等を励まし、発破を掛けてやらねばな。ふふふふふふ。
拝凛の由来はカマキリの別名である「拝み虫」から拝を拝借。後は「寒く冷たい」という意味を持つ凛を当てがいました。
朔翡翠の由来、朔の字は「新月」の意味があり、本来満月のような発色の月放銀が黒く陰る様から取りました。
我ながら良い出来だと思います。




