第八章:第二次人森戦争・前編-1
内容でもクラウンが言っていますが、いよいよ戦争本番です。
皆さん思う存分楽しんで下さい!!
私と姉さんが久々の邂逅を果たした約二週間後。遂にこの時が訪れた。
国が保有しているであろう何百もの馬車が轣轆を響かせ、アールヴを目前とする平野に集まり次々と兵士達が忙しなく動き始める。
帷幄を設置し、野外病院や兵糧庫を無数に展開させ、自陣の軍旗を翩翻と翻し、何が起きても即座に対応出来るよう宛ら小さな村規模の野営を興す。
道中の馬車では比較的和気藹々としていた空気も、ここに来て急激に緊張し、場が物々しく引き締まる。
嗚呼、とうとう、とうとう始まるのだ。
今世始まって以来初めての、本物の戦争が……。
……ふふふ。ふふふふふふ。
「クラウン。この厳粛な場でその場違いな笑いは些か不気味に見えるぞ……」
おっと。いかんいかん。
何ヶ月と掛けて丁寧に積み重ねたある種の芸術の完全間近を前に少々油断が出てしまったようだな。
周りに身内しか居ないから、と気を抜き過ぎてしまった。私もまだまだ未熟だ。
「申し訳ありません姉さん。緊張と興奮で図らずも感情が溢れてしまいました」
私は今、姉さんや姉さんが率いる剣術団の面々と同じ場で集まり、剣術団用の帷幄が設置されるのを待っていた。
姉さんはあの日。眩いばかりの輝きを放って現れた竜に乗り、数ヶ月ぶりに帰国した。
あの後姉さんと竜は何事も無いかの様にギルド「竜王の剣」の屋外修練場に着陸し、竜の背中から飛び降りるや否や私に駆け寄って抱き着いた。
そして私に会って安心したのか、それとも我慢していた寂しさが爆発したのかは定かではないが、私に抱き着いた姉さんはそのままその場で大号泣してしまい、余計に場が混沌と化した。
その後落ち着いた頃合いに山程あった聞きたい事を一つ一つ問い質した。国王陛下と珠玉七貴族の面々の前で。
最初は当然、死ぬほど怒った。私を含めた全員でだ。
国王陛下の呼び止めに応じず勝手に竜退治に向かい、そのまま数ヶ月全く音沙汰無く心配もさせ、そのくせ何の報せもないままに竜を連れて帰って来る。これで怒らない方がどうかしている。
何より問題なのは〝竜を使い魔にした〟事と、それを連れ帰って来た事だ。
竜を屠ったのならばいざ知らず、自身の使い魔にしてしまうなど聞いた事も無ければ書物や文献でも見た事がない。
そもそも竜と意思疎通が可能なのかどうかも判然としていなかった筈だ。それなのにいきなり使い魔など正直頭が追い付かなかった。全員がだ。
加えて街中に飛来した事で竜の威容と威圧感に住民や兵士、貴族等が数千人規模で混乱。中には戦争目前だというのに逃げ支度まで始めた者も続出した。
オマケに「竜王の剣」の建屋の一部やその周辺は竜の一挙手一投足から発生する驚異的なまでの力によってちょっとした災害が発生する始末。
ただでさえ国の予算を軍資金へと回していて他に回せる金額は限られていた状況でのあの暴れっぷり……。国王陛下も嘆いておられた。
まあ、とはいうものの、我が愛しの姉君が竜を倒すどころか味方として連れ帰った影響はそんな〝些事〟を一蹴してしまえる程に大きい。
言うなれば我が軍の戦力に国を容易に滅ぼせる竜一体とその竜すら屈服させる英雄一人が加わったという事なのだ。
正直もう「敵を倒す」だけの簡単な戦いであれば姉さんと竜王が思う存分に暴れるだけで勝てるだろう。私が裏でコソコソする意味もない。
ただそう単純とはいかないのが戦争の面倒で厄介な所。いくら迅速且つ圧倒的に敵を蹂躙出来たとして、その後のアールヴとの関係やエルフとの関わり方を今よりも良好なものに昇華出来なければ意味が無い。
ただ強いだけで何もかも片付くわけではないのだ。
「まあ気持ちは分からんでもないがな。それより私としては、やはりお前が私と共に前線に出るという事実に気が気でない」
姉さんはそう言うと私の方を心配そうな眼差しで見遣る。私を心配してくれるのは嬉しいが……。
「過保護ですよ姉さん。姉さんだって判っていないわけではないでしょう? 私の実力」
「それはそうだが、前線だぞ? いくら実力や技術を持っていようと必ず一対多を強いられる。一縷の油断が死を招くのだ。お前こそ判っていないわけじゃないだろう?」
ふむ。確かに姉さんの言う通りではある。
ムスカの分身体やエルフの大臣達から流れて来る情報を得て敵戦力が如何様なものか把握はしているものの、女皇帝ユーリしか知らない実力ある暗殺者などが居ないとは限らないからな。
なんなら私を殺す為だけに特化した性能の実力者をわざわざ用意している可能性だってある。ユーリはそういう女だ。
だがこんな想像──いや妄想をいくらした所で杞憂でしかない。
私が持て得る全ての能力を発揮して備え終えた現状、最早他の対処などやりようがないのだ。
故に今私が出来る事など……。
「充分理解していますよ。だから油断など微塵もするつもりはありません。なんと言っても私は姉さんの自慢の弟、ですからね」
「っ! ……ああそうだな。お前は私の最高の弟だっ!」
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「おい、あれ見ろよ」
一人の剣術団員が帷幄を準備している最中、少し暇そうな同僚の剣術団員に背後から声を掛けられる。
準備で忙しい彼はそんな暇そうな同僚に少し苛立ちながらも、取り敢えず何用かと目線だけを同僚に向けた。
「なんだよこの忙しい時に……。遅れたら分隊長に怒られるのは俺なんだぞ」
「まあまあちょっとだけだからさ。それよりホラ、あれあれ」
同僚の「それより」にまた一つ小さな苛立ちを覚えた剣術団員であったが、そこまで何かを見せたがるのは何だろうと、少しだけ手を止めて同僚が促す方を見る。
「あれは……」
「キャッツ団長とその弟様だ」
彼等の目線の先に居たのは、戦場を目前に眺めながら仲睦まじく談笑するガーベラとクラウンの二人であった。
「あれが団長の弟……。確か齢十五、だったか?」
「ああ。まあ団長に弟が居て、そいつがまたべらぼうに強いってのは聞いてたが、ありゃヤバイな」
「だな。雰囲気で分かる。聞くところによると魔法魔術学院の〝蝶のエンブレム〟資格者なんだってな。それもあの最高位魔導師フラクタル・キャピタレウス様の弟子だとか」
「オマケに接近戦だってかなり出来るって話だろ? 団長に小さい頃から剣の相手をさせられているって聞いたぜ」
「しかも剣だけじゃなく槍やら斧やら果てには弓まで何でもこなす。これがそこら辺の奴だったらデマだの噂だのと思って笑うんだが……」
「団長の弟、だからなぁ……。そういう規格外も有り得るって妙に納得しちまうよな」
「そうだな。……で? あの我が国の誇りである二人の戦力がどうしたって?」
「ああ悪い悪い、そう大した事じゃなくてな。なんというか……」
「なんだよ」
同僚は改めて遠目からガーベラとクラウンの背中を見て、少しだけ穏やかに笑う。
「……ああやって最前線で身体張る二人が普通に談笑してるの見ると、この国多分大丈夫なんだろうなってさ」
それを聞いた剣術団員も少しだけ笑うと彼肩を軽く小突き、軽く追い払うような仕草をする。
「なんだよそれ。いい加減にしないと分隊長にドヤされるぞ。お前もさっさと他の仕事始めろ」
「判ったよ。じゃあまた昼休憩にな」
そう言って走り去る同僚の背中を見送り、自分もさっさと仕事を一段落させて一息吐こうと改めて仕事に取り掛かる。
「ったく。昼までに片付くかねぇ……。ん?」
ふと工具を取ろうと別の方へ視線を走らせた彼は、その目端に何やら見慣れない身なりの男がまるで誰かを探すように辺りを見回しているのを捉える。
浅黒い肌色で煤や油に塗れた作業着を身にまとい、背中には身の丈程ある何かの包みと、仕事人然とした男の容姿に似つかわしくない程の荘厳な装飾の入った鎧櫃を背負っていた。
「あれはドワーフ、だよな? なんでドワーフがこんな場所に……」
と、そうやって暫くキョロキョロしていたドワーフだったが、ある一点に目を向けると目を見開き、そちらに向かって歩き出す。
「誰かにあれを届けに? でも誰に……」
疑問に思うまま、剣術団員はそのドワーフが向かった方へ視線を滑らせる。そこに居たのは……。
「……ああ、なるほど」
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暫く私と姉さんが自分達の近況について談笑していると……。
「よぉやっと見付けたぞオメェさんっ!!」
何やら耳馴染みある声音と声量に振り返ってみると、そこには大荷物を背負って疲れ切った様子のノーマンが立っていた。
「ノーマンさん?……ああ、確かドワーフの職人方も何名か来て下さっていたんでしたね。もしやそれで?」
「ああそうだ。つっても俺んトコはちょっとだけ違ぇんだがな」
アールヴと戦争するに於いて、我が国ティリーザラ王国は友好関係にある隣国等に協力要請を出した。
同じ人族の国である帝国と公国は要請して早々に快い返答がありはしたものの、ドワーフの国であるマスグラバイト王国と獣人族の国であるシュターデル複獣合衆国からの返答はそれから遅れて返って来た。
マスグラバイト王国からは既に入国しているドワーフと本国で手を挙げた希望者からなる技術団の派遣。
シュターデル複獣合衆国からは本国で大量生産された野菜や魔物肉を使用した食料とそれを調理、配給する団体の派遣だ。
戦力の派遣自体は無かったにせよ、武具を生産、修理する事が迅速になるドワーフからの技術団も、大軍の食事を賄って貰える獣人族の団体は我が国としては非常に有り難い協力に他ならない。
これだけバックアップを受けておいて負けるなど許されないというプレッシャーも感じなくはないが、まあ負ける事は無いだろう。
そしてノーマンはきっとそんな国からの要請でこの場に召喚されたのだろう。が、何やら変に含みのある言い方をしたな。
「ちょっと違う、というと?」
「ああ──と、その前に……」
ノーマンは一旦背負っている荷物を地面に下ろすと、私の隣に居る姉さんに顔を向け、口角を豪快に吊り上げて笑う。
「ようガーベラのネェちゃんっ! 久しぶりだなっ!」
「そうだなノーマンっ! 貴方の師匠に私の愛剣を拵えて貰って以来かっ!」
ふむ。そう言えばそうだったな。
姉さんが持つ竜の化石を使った剣、竜剣ジャバウォックを鍛えたのはノーマンの師匠だったな。
今はもう亡くなってしまったらしいが……。私も一度くらいお会いしてみたかったものだ。
それにしても姉さんの剣の名前であるジャバウォック……。最近にもその名を聞いたばかりだな。
アレは母親の名をファミリーネームにしたようだが、姉さんの場合は単にそれが元になっていた絵本の怪物から取っていると聞いた。
姉さんは幼少の頃、よくあの絵本を「怪物が可哀想だ」と言いながら私を寝かし付けようとして読んで聞かせてくれたのを良く覚えている。
まさか愛剣にまで名付ける程気に入っていたとは思わなかったがな。
「忙しいのは分かるけどよ。たまには師匠の墓参りにでも来てくれや。きっと喜ぶからよう」
「そうだな。この戦争が終わったら暫く休みが貰える予定だからその折に伺おう。とびきりの酒を持参してなっ!!」
「おおっ!! 師匠も喜ぶぜっ!!」
ほんの少しだけ寂しそうにノーマンが笑うと改めて私に向き直り「ホラよ」と言って背負っていた荷物の内、身の丈はある包みの方を私に差し出す。
「これは……」
「おうっ! オメェさんに頼まれてた最後の武器だっ!! 中身確かめてくれやっ!!」
ノーマンに頼んでいた最後の武器……となれば。
私は包みを受け取り、その圧倒的な重量を感じながら包みを開いていく。
そうして現れたのは、鮮やかな群青色が美しい両刃の大斧だった。
まるでビスマス結晶のような規則的な連続した四角形の折り重なりが斧腹に広がり、中央には美しい魔石が埋め込まれている。
「おおぉ……」
その美しいさに思わず溜め息が漏れてしまうと、ノーマンはしたり顔を見せて笑う。
「ガッハッハッ!! 良いだろう良いだろうっ!! 苦労したんだぜぇ? その装飾作んのわよう」
「本当、貴方の作る武器はどれも性能面に於いて最高のクオリティを誇りますが、こういったデザイン性の素晴らしさも胸を高鳴らせますね」
「お、大袈裟だよチキショウ……」
そう言って照れ笑うノーマン。私としてはただ本音を語っただけなのだがな。まあそのくらいで喜んでくれるというならばいくらでも褒めよう。これはそれほどの逸品だ。
横の姉さんも大斧を見て「流石は彼の弟子だな」と、少し羨む眼差しを向けている。姉さんからの頼みでも、流石に譲ったりはするつもりはないがな。
と、それよりだ。
「ではこの斧に名付けを──」
「ああその前にだっ」
私が早速大斧を専用武器にしようと口にすると、それをノーマンが遮りもう一つの荷物である細かな装飾が施された箱を私の前に置く。
「これは……」
「おう。所謂鎧櫃ってやつだな」
「鎧櫃……という事は中に入っているのは勿論……」
「ああ勿論、鎧だ」
鎧……鎧?
いや、私はノーマンに鎧を頼んだ覚えはないぞ。
防具ならば既に外套である夜翡翠をノーマンの奥方であるメリーに仕立てて貰った。それ以上の防具は頼んでいないはずだ。つまり……。
「ガッハッハッ。流石のオメェさんもびっくらこいたか?」
「私の勘違いでなければなのですが……。もしや作って下さったのですか? 私が戦争に臨むと知って」
改めて彼にそう確認すると、ノーマンはしたり顔をドヤ顔へと変え、胸を張って笑う。
「おうよっ! 確かにオメェさんに作ってやった夜翡翠も中々の防御力を誇るが、そいつはあくまでも普段使いも想定した防具での話だ。戦争っつう大乱戦の中じゃちぃっと心許ねぇ」
ノーマンはこう言っているが、私感では夜翡翠でも充分に乱戦を戦い抜ける防御力はあると思っていたのだが……。彼に言わせれば物足りないらしい。
「そこで鎧ですか。成る程」
「おう。つってもオメェさん、あんまゴツかったり動き辛ぇのは好きじゃねぇだろ?」
ふむ。よくご存知だ。
所謂戦士の着るようなフルプレートが基本的な鎧というのはどうしたって機動力を犠牲にする。
あらゆる武器種を駆使して動き回ったり、相手の隙を狙う繊細な動きをする私の戦闘スタイルとは基本的には合わない。
故にノーマンやメリーに防具を頼んだ際は鎧ではなく外套を頼んだわけなのだが……。
「安心しなっ! こっちはプロ中のプロだぜ? ウチの店一番のお得意さんであるオメェに最大限に合わせた逸品に仕上げてやったよっ!!」
「私に最大限……」
それは……なんとも魅力的な言葉だな。
「開けても、宜しいですか?」
「当たり前ぇだろう? オメェさんの為に作ったんだからよっ!!」
ノーマンからの承諾を得て、私は鎧櫃の蓋へと手を掛ける。
そして密かに生唾を飲み込みながらゆっくり蓋を持ち上げると、中には息を呑むような妖しい光沢を放つ黒と深緑色の鎧が収まっていた。
「……」
「へっ。口元緩んでるぜ?」
「そりゃあ、緩みもしますよ……。こんな……こんなにも私の好みに合致した鎧を仕立て上げるなんて……」
正直な話、鎧自体は嫌いではないのだ。
寧ろあの洗練された機能美とデザイン性が両立している様は男心をどうしたって擽る。
前世で全く縁の無かった物であるからか、憧れにも似た……素直に言うならば〝カッコイイ〟ものには惹かれてしまう。
私のスタイルにその性能が合わない事を多少悔やんでもいた節があったのだが……。ノーマンとこの鎧はそれすら叶えてくれるというのか。
「そいつは鎧は鎧だが、フルプレートってわけじゃねぇ。夜翡翠の内側に着用する事を想定した鎧になってる」
「内側に?」
彼に言われ鎧櫃から鎧を持ち上げてから改めて矯めつ眇めつ眺めてみる。
確かに持った重量の軽さもさることながら、この鎧自体フルプレートではない。
胸当てと腰当て、それと籠手と脛当てのみの構成になっており、立体的な作りも少し控え目だ。
「鎧だからな。全身分作っちまうとどうしたって機動性を失っちまう。って事で急所や動きの特に激しい手首と脛周りを重視した部分鎧にして、なるべくコンパクトに収めてみた」
成る程……。確かにこれならば動きに制限を掛けずに急所の防御力を保つ事が出来る。素晴らしい着眼点と応用力だ。
「本当はヘルメットも作るつもりだったんだがなぁ。モーガンが「クラウンさんは多分頭周りに何かあるの嫌いますよ」っつってよう。当たってたか?」
「ええ。確かに頭部の防御は重要ですが、余り頭に何かを着けるのは好きではないんですよ。動き回るのにどうしても煩わしくなってしまって」
まあこれに関してはヘルメットに限らず何にしても頭や顔に物を着けるのは好きではないのだがな。
「チッ。やっぱ「勇者」なだけあって観察力が違ぇなぁ。これに関しちゃ多分もうアイツに抜かれてらぁ」
「しかし他の技術ではまだまだノーマンさんの方が秀でていますよ。自信なくさないで下さいね」
「へっ。言われなくても分かってらぁ」
しかし本当、素晴らしい職人だノーマンは……。
頼んでいた武器だけに留まらず、サービスでここまでの逸品を拵えてくれるなんて……。
ふふふふふふ……。こんな嬉しい事をしてくれる彼にはまだまだ働いて貰わねばならないな。まだまだ作って欲しい武器は山ほどあるんだ。ふふふ。
「……オメェさん、なんか悪い笑顔が滲んでんぞ」
「ええ……。将来がたのしみだな、と」
「なんか心なしか寒気がするんだが……気のせいじゃねぇよな?」
このコートの内側に着る鎧がどんなものか想像し辛いという方は、
ゲーム「戦国無双5」の操作キャラの衣装を見てもらえればなんとなく理解できるかな、と……。
アレの西洋鎧版とご想像下さい!!




