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強欲のスキルコレクター  作者: 現猫
第三部:強欲青年は嗤って戦地を闊歩する
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幕間:嫉妬の受難・嫉

またまた遅くなって申し訳ありません!

ちょっと体調崩していました……。


でも回復したので、次からはまたいつものペースに戻します!!

 


「そんなっ!! 何故私なのですかっ!?」


 アパノースは悲痛な面持ちで目の前に座る人物に抗議する。


 そこはとある屋敷の執務室。彼女の所属する密偵ギルド「影の家守(やもり)」を傘下に治める珠玉七貴族〝翡翠〟の現当主の住まう場所だ。


「……一から説明せねば判らないか?」


 そしてそんな屋敷の執務室で彼女の前に座る人物は他でもない。珠玉七貴族が一石にしてアパノースにとっての最高位指導者、ロウカン・チェーシャル・キャッツその人である。


「判りませんっ!! 何故あのダークエルフの小娘を捕縛した私自らが奴を連れて前線などに向かわねばならないのですかっ!?」


 アパノースはあの夜。ヒルドールとユーリを罠にハメ二人を拘束せしめる事に成功し、それについての報告と今後の方針を決めるべくロウカンの元を訪れていた。


 彼女としては任務成功に際した何らかの褒賞や報酬を期待して屋敷に赴いていたのだが、それとは裏腹にロウカンの表情は険しく、挙げ句言い渡されたのは次の任務についてであった。


 しかも内容としてはかなりの危険を伴う高度なもの。直近の任務を成功させた者に対する扱いとしては側から聞いていればあんまりな処遇である。


「私はあの二人の要危険人物を作戦通り捕縛したのですよっ!? それなのに何故……」


「作戦通り? 冗談にしては苛立ちを覚えるな」


「なっ!?」


 ロウカンは書類に走らせていた羽根ペンの動きを止めるとアパノースの事を鋭く睥睨(へいげい)し、深い溜め息を吐く。


「忘れたとは言わせんぞ? 本来あの二名の捕縛はもっと早期に、そしてあのヒルドールという男の家にて敢行する手筈であった。違うか?」


「それ、は……」


「ギルドマスターから聞いている。貴様が直前で彼に進言したそうだな? 時期を遅らせる事と場所の変更……。私が気が付かないとでも思っていたのか?」


 ロウカンは机の引き出しを開けると中から一枚の羊皮紙を取り出し、彼女にもよく見えるようそれを突き出す。


 するとアパノースの表情はまた別の意味で曇り、少しだけ奥歯を強く噛んだ。


「これに見覚えがあるな? 貴様が立案していた作戦概要と構成員の配置図だ」


「……」


「しかしこの作戦概要と配置図……。私がギルドマスターから受けていた報告とまるで違う。これは一体どういう事だ?」


 厳しく詰め寄るロウカンにアパノースはただ黙ったまま目を伏せる。


 それを見たロウカンは不機嫌そうに眉を(ひそ)め眉間にシワを寄せると再び深い溜め息を吐いて羊皮紙を机に置いた。


「貴様……。あのヒルドールとかいう男に惚れていたろう?」


「──ッ!?」


「ふん。未熟者が」


 思わず正直な反応をしてしまったアパノースに呆れながら、ロウカンは腕を組んで続きを口にする。


「大方潜入任務中に奴に入れ込み、情が湧いたな? それで一時は本気で奴等を国外へ逃がそうと……いや、自分も一緒に逃げる算段でもしていたんだろう?」


「ち、違──」


「何が違う? この作戦概要に載っている首都を囲っている壁に空いた穴……。こんなものを放置するほど我が国の国防を担うモンドベルク家は緩くない。貴様も理解していような?」


 そう。ヒルドール達がアパノースに誘われて向かった壁の穴は老朽化によるものなのではなく、元々アパノースが秘密裏に空けていた穴であったのだ。


「貴様……。()()()()()()()()していたな?」


「……」


 真実を知られ、図星を突かれたアパノースは無意識に唇を噛むと俯いてそのまま動かなくなってしまう。


 そんな彼女に更なる苛立ちを覚えながらも、ロウカンは冷静に頭を働かせ、未だに判然としない疑問をアパノースへ投げる。


「しかし判らん。ここまで用意周到にしておきながら何故素直に二人を捕縛した? 後々の事は兎も角、あのまま逃げる事も可能ではあったはず……。何故土壇場で変心したのだ?」


 あの夜。二人を本気で逃がすつもりでいたアパノースが何故構成員を呼び戻し二人を捕縛する事を決めたのか。


 そう問われたアパノースは噛んでいた唇をゆっくり解くと、ロウカンに漸く届くような声量で(おもむろ)に話し始めた。


「……アイツが」


「む?」


「あのダークエルフが……ユーリが……。ヒルドールにとっての最愛になっていた……」


 彼女の吐露した本音は徐々に強い感情を孕み始め、激情化していく。


「ヒルドールにとって何より大切なのはユーリで、私じゃなかった……。あんな……あんなダークエルフの為に危険な目に遭ってるのにっ!!」


「……おい」


「三人で暮らそう? 三人で幸せになろう? バッカじゃないのっ!? 自分が誰のせいで追われてるか知ってるクセに何が幸せよっ!! なれるわけないでしょそんなものっ!!」


「……おい待──」


「なんで判らないのっ!? アイツが居る限り私達は幸せになんかなれないのっ!! あのユーリとかいうダークエルフが居るせいで私達は──」


「落ち着け馬鹿者がっ!!」


「──っ!?」


 そこでアパノースがハッとしてロウカンの顔を見ると、彼の何とも言えない表情を見て慌てて頭を深々と下げて謝罪する。


「申し訳ありませんっ!! わ、私……色々と失礼を……」


「貴様、どうしたのだ急に? 並々ならぬ想いがあるだろうとは思っていたが……」


「いえその……。申し訳ありません……。ただ何故か最近あのダークエルフの事を考えると……。潜入中での接触ではこんな感情今まで……」


 自身の内から湧いた理不尽な感情に戸惑うアパノースに、急な激情を露わにした彼女に困惑を隠せないロウカン。


 彼は何度目か判らない溜め息を吐くと、元の平坦な口調で処分を口にする。


「はぁ……。まあ良い。何にせよ貴様が謀略を画策していた事実は変わらん。しかし本来なら厳罰を与えるべきではあるのだが、貴様は結局任務を全うしている。故に挽回の機会を設けたのだ」


「それが……。ダークエルフを連れて前線に行け……というものですか?」


「ああ。あのダークエルフが皇族由来の存在である事という〝琥珀〟の情報が真実ならば、未だ引き篭もっているアールヴの皇帝を戦地へ釣り出す餌に出来るやもしれん。そうなればこの戦争も早期に決着を着けられよう」


「し、しかし私などが戦場に赴くなど……。しかもダークエルフを連れてなんて……っ!!」


「案ずるな。何も戦って来いと言っているのではない。ただダークエルフの存在を戦地にて敵に喧伝し、扇動すれば良いのだ。完了次第戦地を離れても構わんし、有効であればダークエルフをその場で処刑しても構わん」


「──っ!? ……それは」


 処刑と聞き、アパノースの瞳が揺らぐ。


 それは残酷さから来る動揺でも、悲嘆から来る同情でもない。


 渡された免罪符に嬉々とする、卑しく残忍な感情から来る喜びによるものであった。


「言っておくがこれは貴様個人に対する極秘任務扱いだ。民間人や兵士は勿論、同胞や親兄弟に至るまで口外は許さん。判ったか?」


「は、はい」


「ふん。ならばもう下がれ。私はこれから息子のジェイドに稽古を付けてやらねばならん。貴様にばかり時間は割いていられん」


「はい。失礼します……」


「詳細は追って報せる。くれぐれも失態を犯さぬようにな」







「…………」


 ヒルドールは一人、独房の中で部屋の隅をただ見詰める。


 騒ぎも喚きもせず、ただ自身の今置かれている状況を冷静に受け止め、対策を脳内で練っていた。


 そう、つまるところこの場からどうやって逃げるか……どう脱獄するかを思案しているのである。


(ユーリがただ俺みたいに捕まってるなんて事は無い……。敵対国への切り札を手に入れて使わない程ウチの国は馬鹿じゃないからな。必ず利用するような動きを起こす)


 そしてそれ故にユーリが処刑されるような事は無いだろう、とも考えていた。


 目下の問題は自分が如何(いか)に脱獄し、そして彼女の元へ駆け付けるのか。それだけであるのだが……。


(この「特別監房エリア」に抜け出す隙なんてあんのか? 脱獄者ゼロだろ、たしか……)


 彼が居るのはティリーザラ王国で最も厳重な収監ギルド「禿鷲の眼光」、その更に厳重で国に対し重大な罪を犯した者──主に国賊を投獄する「特別監房エリア」である。


 並の独房ですら逃げ出せた者など居ないうえ、更に警備や牢の作りそのものが堅牢となっている「特別監房エリア」を逃げ出すなど不可能に等しい。


 現にヒルドールもひたすらに頭を回転させてはいるものの、当然そんな都合の良い方法など浮かびはしない。


 彼は確かに優秀な兵士ではあるものの、だからといって特別な人間などではない。只人からは決して逸脱しないヒルドールがこんな場所から抜け出す事など万に一つもあり得ない筈である。


 が、しかし──


「おい。ヒルドール」


「んむ?」


 ヒルドールが振り返り格子の方へと目を向けてみると、そこには見慣れた彫りと皺の深い顔の壮年の男が綺麗な姿勢で座り込むヒルドールを眺めていた。


「ん? んんーーっ!?」


「何だお前。このたった数日で上司の存在を忘れ去ったわけではないだろうな?」


「ふぃ、フィーリマール兵長っ!?」


 目を見開いて驚くヒルドールは勢いをそのままに立ち上がると、フィーリマールが覗く格子へと歩み寄ろうとする。が──


「うをぉっととっ!?」


 ヒルドールの足に掛けられた壁へと繋がる足枷によって上司への接近を阻まれ、危うくつんのめって硬い床に倒れそうになる。


 そんな相変わらずな様子のヒルドールに呆れたような溜め息を吐くと、ほんの少しだけ安心したような表情を滲ませる。


「まったくお前は。アパノースに裏切られて凹んでるのかと思えば……。どこに居ようと緊張感に欠ける奴だ」


「い、いやぁ。枷なんて生まれて初めて付けさせられたもんで……。ところでフィーリマール兵長、何故こんな所──というか俺の所へ?」


 フィーリマールがこの場に現れた理由など自分目的以外ではあり得ないだろうと判断したヒルドールが彼にそう問い掛けると、フィーリマールは眉を(ひそ)めて不服そうにする。


「……お前についての事情聴取に呼ばれたんだよ」


「えっ!?」


「当たり前だろ? お前は独り身で、人間関係もそう広くはない。直近でお前に関わりが一番深く、そして〝今回の件〟に関わりが無い人間は俺ぐらいのものだ」


「まあ実は独り身で無かったというのが一番の問題だったのだがな」と最後に小さく呟き、ヒルドールに鋭い視線を向ける。


「お前、自分が一体何をしでかしていたのか、ちゃんと理解しているのか?」


「……」


 そう問われたヒルドールは少し気不味そうしながら頭を掻いて俯き、「一応は」とだけ口にする。


「ふん。その結果がこのザマじゃ、理解していても意味が無いな」


「うぐっ……」


「まったく……。お前がした事は世間一般じゃ善行かもしれん。だが、国に仕える兵士としては裏切り以外の何物でもない。それが分からんお前じゃなかっただろう?」


 子供をただ拾うのとはワケが違う。絶賛交戦中である敵対国の子供なのだ。


 例え一般市民であろうとそれがどんな意味を持っているのか理解出来、待っている結果を幸いな物にする難しさも容易に想像出来る。


 だがヒルドールは一般市民より遥かに責任感が付き纏う兵士であり、ある程度の教養と政治を既知にしている。


 にも関わらずダークエルフであったユーリを拾い、(あまつさ)え国に報告せずに隠していた事をフィーリマールは理解出来ずにいた。


「まさかダークエルフ(アレ)が人族に見えていたわけでもあるまいし。何故育ててしまったんだ。何故国に報せなかったんだ。そうすればお前だって、もしかしたらダークエルフ(アレ)にとってももっとマシな今が──」


「ウルセェェッ!!」


 フィーリマールの言葉を遮る形でヒルドールは叫び、彼を睨み付けながら壁に鎖で繋がれているのもお構いなしに格子へと駆け寄る。


「じゃあ見捨てろってんですかっ!? あの時はまだ赤ん坊だったんですよっ!? 何の罪も無い……ただの……」


「だが因果はあった。お前が拾い、隠して育てた事でそれが悪化した。今更おちゃらけて片付くものでも真剣に取り組んで解決する事でもない」


「なっ……」


「お前は間違えたんだ。最初からな」


「っ、で、でも……。アイツには、俺しか……」


 ヒルドールは力無く項垂れると、鎖に引っ張られるように後退してただ床を見詰める。


「……アイツは」


「ん?」


 そして何でもなく、ただ嘆くようにポツポツと言葉を漏らし始めた。


「アイツは賢い子だ。俺の言い付けを律儀に守るし、家事なんかも年齢の割に卒なく(こな)す。そんで、俺に毎日「おかえりなさい」って言ってくれたんだ」


「……」


「下街で生まれて、逃げ込むように兵士になった俺にとってそれが何より暖かかったし、嬉しかった。兵士になれた時や一人で生活出来るようになった時よりも何倍も、嬉しかった……」


「……」


「だから俺はアイツに恩返ししたいんだっ。俺なんかが感じてる何倍、何十倍の幸せをアイツに感じて欲しいんだよっ!」


「……」


「ダークエルフだとか戦争だとか兵士だからとか知ったこっちゃないんだよっ!! アイツが俺を幸せにしてくれて、俺がアイツを……ユーリを幸せにしてやれりゃそれ以外どうでもいいんだよっ!!」


「……そうか」


 ヒルドールの叫びを最後まで黙って聞いていたフィーリマールは(おもむろ)に懐に手を入れると一本の鍵を取り出し、それを格子の鍵穴へと差し込む。


「え……フィーリマール兵長?」


 彼の行動に最初意味が分からないず困惑の声を漏らしたヒルドールであったが、程なくして鍵が開錠する音が響くと当然のように格子扉が開けられる。


「は、はい? な、なんで開けられ……え?」


「ああ。ちょっと拝借して来た」


「は、はいぃぃっ!?」


「因みに上にいる警備や看守も昏倒させてある。今ならお前でも簡単に脱獄()られるだろう」


 そう言いながら今度はヒルドールの足枷に同じ鍵を差し込み呆気なくその拘束を解除するフィーリマール。


 彼のそんな言動に呆気に取られて動けずにいると──


「ほら、さっさと行け」


「痛ったっ!?」


 業を煮やしたフィーリマールに軽く尻を蹴飛ばされ、ヒルドールは思わず立ち上がる。


「い、色々と聞きたい事あるし、何か都合の良過ぎないですかっ!?」


「うるさい。余り時間が無いんだとにかく急げ」


「で、でも……」


「なんだ? 今度は穴がもう一つ増えるような蹴りを食いたいのか?」


「えっ、いやそれは……」


「グズグズするなっ!! あの子は今前線に連れて行かれようとしてるんだぞっ!!」


「──っ!?」


「理由は聞くな早く行けっ!!」


 最早取り付く島がないフィーリマールに後ろ髪を引かれながらヒルドールは牢屋を抜けるとそのまま出口へと走り去って行く。


 そして彼が居なくなったのを見計らうと、深い深い嘆息を漏らし、ヒルドールとすれ違うようにして入って来た一人の男を睥睨(へいげい)した。


「……本当、貴方は相変わらず〝こういうの〟が上手いですね。俺の気持ちまで利用して……軽蔑しますよ」


「好きに言え。奴は元より前線に送る予定であり、処刑する予定でもあったのだ。最期に一仕事して花を飾れるならば恥にはなるまい」


 男はゆっくりフィーリマールに歩み寄ると手を差し出す。


 フィーリマールは忌々しげにしながらもそんな彼の手に先程使った《開錠》のスキルアイテムである鍵を手渡し、男はそれを懐へと仕舞った。


「理解出来ません。何故折角捕まえたヒルドールをこのタイミングで逃したんですか? この収監ギルドに芝居までさせて……」


「あのダークエルフは皇族ではあるが忌み児であった事は調査で判明している。故に単に前線にて喧伝や処刑するだけでは皇帝を引っ張り出せる可能性は五分五分だろう。私はそれをもっと確実にしたに過ぎん」


「それはどういう……」


「考えてもみろ。前線で敵である一般兵士の人族と皇族の血族でダークエルフの二人が感動の再会を果たすのだ。それを見て自尊心の化身のようなエルフの皇帝が黙って居る筈がないだろう?」


「な……」


ヒルドール(ヤツ)は起爆剤だよフィーリマール。エルフの皇帝の自尊心を最大限に刺激する為のな」


「……本当に、趣味が悪いですね「トーモー・チェーシャル・キャッツ」殿」


「兄には出来ない汚れ仕事をするのが私の仕事なんでね。まあ、そんな私のギルドに所属してしまっているお前もまた、趣味は悪いと思うがね、フィーリマール兵長──いや「黒蛇の睥睨(へいげい)」フィーリマール潜入工作員主任殿」


「……」







「……おじさん」


 ユーリはアパノースに捕まって以降、ずっと何処かに閉じ込められていた。


 しかも独房などではなく、大人一人が寝そべられる程度の大きさしかない木箱の様な棺のような物の中にだ。


 箱が開くのは一日に二度三度。乾いたパンと皮袋に入った水を放り込まれる時と、便意を催した時のみ。


 四六時中見張りが付いており、こっそり抜け出す事も出来ず数日が経過していた。


 最近になって何やら何処かに運ばれたりする振動を感じは出来たものの、木箱に空いた僅かばかりの隙間からは何も覗けず、ただ自身の趨勢(すうせい)を祈る事しか出来ない。


「おじさん……おじさん……」


 そして何よりユーリにとって自分の親であり最愛であるヒルドールの安否が心配であった。


 幸か不幸か、彼女は人並みより賢いが故に自分に深く関わっていた事が一体何を意味するのか知っているし、何度も箱の外から聞かされ理解していた。


 ヒルドールの安否を心配し、自身の事を呪う度にアパノースに言われた「お前さえ居なければ」という恨み節が脳裏を(こだま)し、彼女の頭の中で際限なくネガティブな思考が溢れ返った。


 そんないつ終わるかも分からない負の思考に少しずつ辟易して来た頃。


 ずっと木箱ごと身体を揺らしていた振動が唐突に止み、ユーリは何か変化があった事を察する。


 新たな不安が浮上し喚き散らしてしまいたくなる衝動に駆られたユーリであったが、次の瞬間木箱の口が乱暴に開け放たれ、開けた本人であるアパノースと目が合う。


「あ……あ……」


「チッ……。来なさい」


 アパノースはまだ外の明るさに慣れていないユーリの首根っこを無理矢理引っ掴み引き摺るように連れ出す。


 首元が締まり苦悶の表情を浮かべるユーリであったが、徐々に慣れ始めた視界と余りに聞き慣れない騒音によって思わず困惑する。


「な、に……ここ……」


 剣同士がぶつかり、血が噴き出す。


 肉を殴る音が鈍く響き、(やじり)が身体を貫く。


 練り上げられた魔力による炎が敵を焼き、岩が潰し、風が裂き、水が沈め、至る所で爆音と轟音が命を削る。


 そう、ここは何も知らない筈のユーリすら無意識的に理解してしまう、この世で最も愚かで醜い、壮大な〝縄張り争い〟。その真っ只中であった。

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