第六章:殺すという事-6
遅くなりましたが本日二回目の更新です。
ちょっとしたクリスマスプレゼントと称していますが、個人的にはさっさと動きの少ない珠玉御前会議を終わらせたかったというのが本音です。
次回は少し日付が進み砦攻略に移るので是非お楽しみ下さい。
国王陛下の話によれば、先日姉さんは国王陛下に謁見したという。
姉さんから会いに行ったのではなく、国王陛下自身が国内最強の剣術者である姉さんに興味があり、呼び出しのだそうだ
謁見の間でしばし語らっていた二人。
同じ腕の立つ剣術者同士であった二人は大いに盛り上がったが、ここで国王陛下がつい口にしてしまったのだという。
『英雄が居ない現状、何とか打開したいものだ』と。
確かに英雄の存在はかなり大きい。居るのと居ないのとでは軍の士気に大きく関わるし、何より戦力としても申し分ない働きを見せるだろう。
故に英雄の有無は戦争を左右する。国王陛下はそう信じ、そして憂いていたのだ。
そんな国王陛下の言葉を聞いた姉さんは少しだけ考えると、とんでもない事を口走った。
『ならば私がその英雄となりましょうっ!!』
最初国王陛下は自分を慰める為の冗談だと笑おうとしたが、彼女の曇りなき黄金の目を見て悟った。
この子、本気で言っている、と。
国王陛下はそれから必死で止めようとした。
英雄ではないものの、姉さんはまだ歴史が短いながらも最年少で剣術団の団長にまで上り詰めた疑いようのない天才。戦力としては充分どころかそれこそ存在が士気に関わってくる。
そんな彼女をこのタイミングで英雄にする──竜に挑ませ喪わせるなど国王陛下は望んでいなかった。
だが姉さんは頑固者だ。そして一度決めた事は死んでも曲げない。
国王陛下の命令にも関わらずそれを一蹴し竜の棲家を探る為帰ろうとする彼女を周りの衛兵隊は止めようとした。
謁見の間であるため武器を預けていた姉さんだったがそれら衛兵を体術でもっていとも容易く退け、止める者が居なくなると国王陛下自らが姉さんに立ちはだかった。
彼女を必死で説得しながら剣を構えた国王陛下だったが、そんな陛下すら姉さんは体術で応戦し、見事隙を突いて謁見の間を脱出。
立ち塞がる衛兵達を退けながら自身の愛剣を回収しそのまま王城を抜け出し、冒険者ギルドに駆け込むと竜の情報を手に入れ勢いをそのままに馬車で竜が出没したという北へ向かった……。
これが姉さんが竜を倒しに北へ向かった大まかな経緯である。
「王城に詰めている衛兵達は皆が皆精鋭揃いの筈なのだがな……。ガーベラは意にも介さず素手で制してしまった。廊下に転がる衛兵達を見た時は寧ろ笑いが込み上げて来たものだよっ!! はっはっはっ!!」
国王陛下は盛大に笑っているが、これは国家反逆罪にあたったりしないだろうか? 国王陛下の命令に逆らい城中の衛兵を伸してしまったのだ。下手をすればお尋ね者だが……。
「そう心配そうな顔をするでないっ! 確かに彼奴は少々暴れたが、それも私や国を思っての事……。あの事態は不問に伏した」
それは……まあ、国王陛下の寛大な心遣いには感謝の念に堪えないが、それよりだ。
「姉さんが討伐に向かった竜、というのはどんな竜なのですか?」
竜にも数多の種類が存在する。
ティリーザラ王国内で現在確認されている竜は三種類。
一体は昔パージンがある山脈を棲家にし、現在行方が知れなくなった熱竜ウナムーノ。
一体は王国南部に存在する湖を根倉にする数百年眠り続けている独竜アルトゥール。
そして──
「ガーベラが討伐に向かったのは最近になって北方の地に身を移した銀の鱗を持つ鎧の竜……信竜プラトンだ」
信竜プラトン……。歴史上、その鱗を貫けた者は居ないとされる最硬の竜。
その爪や牙も鱗同様の硬度を誇り、鋭さは鉄塊をバターを切る様に容易く裂く。
吐くブレスは銀色の輝きを帯び、触れた物を金属に変えてしまう必死の効果を持つ。
王国に生まれた数多の実力者を屠り続け、ついぞ英雄を人族に名乗らせなかった決して相手にしてはならない類の竜だ。
……正直に言おう。
姉さんが勝てるか怪しい。
生きて帰って来るのかすらも怪しい。
本当は心配するべきなのだろう。
遮二無二姉さんを助けに行った方が弟としては健全なのだろう。
だが、何故だろうか。
「姉さんなら、大丈夫でしょう」
「……何?」
「姉さんなら……まあ、流石に多少怪我はするでしょうが、きっとケロッとして現れますよ。それこそ私の顔なんて見た日には満面の笑みで「私も遂に英雄だっ!!」なぁんて抱き着いて来るに違いありません」
「心配ではないのか? 相手は竜であるぞ?」
「心配ですよ、勿論。……ですが何でしょうね。そんな心配が杞憂だった、なんて現実の方が妙にしっくりくるんです。私にも分かりませんが」
「よく分からぬが……信頼している、という事か?」
何というんだろうな。
信頼……信用……どれも違う。
もっとこう……奥の奥。深い深い何処かで、そう確信させてくれる何かが存在する。
本能に近く、また人間的でいて、優しい何か。
多分、これは、そうだな……。
「愛ですよ」
「あ、愛?」
「はい。私は姉さんを愛していますから。心の底から……。だから分かるんです。姉さんならば大丈夫だと」
「……ふ、ふふ」
「……?」
「ふははははははははっ!! そうかそうかっ!! 愛かっ!! ははははははははっ!!」
何故か盛大に笑い出す国王陛下。
だが可笑しくて笑っているのとは何処か違うその笑いは、不思議と聞いていて不快感を覚えない。
まあ、周りの父上以外全員が笑い出した国王陛下にキョトンとしているが……。
「じぇ、ジェイドよっ! やはり此奴もお前の子だなっ!! お前と同じ事を言いおったぞっ!! ははははははっ!!」
ああ、成る程。同じ事を父上も言ったのか。どうりで知っている筈なのに一切動揺していないと思ったら。
「へ、陛下……何もそこまでお笑いにならなくとも……」
「いやぁ、すまんすまん……。だがなんと言うか、まるで英雄譚に出てくる一節のようでなぁっ! 愉快で堪らんのだよっ!」
本当、豪快なお人だ。そして親しみに溢れ感情豊か……。
魔法で文化を築いて来たティリーザラ王国で剣術を広めるなど相当な人柄と能力がなければ為せないだろうと思っていたが、いやはやどうして納得させられる人物像だ。
「まったく、君の姉は良い父と弟に恵まれている。羨ましくもあるよ、本当にね」
「陛下……」
「さて、少し話が逸れてしまったが元に戻そう。……クラウンよ」
「はっ」
大笑いした表情から一変、声音に威厳が戻り、国王然とした態度で私の名を呼んだ。
それに応えるように返事をすると、私に真っ直ぐ目を見据えながら告げる。
「南部に存在するエルフの監視砦攻略の任を正式に発令する。見事達成した暁にはお前の望み通り前線への投入を叶えてやる」
「はっ! 有り難き幸せに御座いますっ!」
「うむ。皆も異存は無いな? 特にサイファー、お前も良いな?」
「……」
「……サイファー」
「はい……。陛下の御心のままに……」
「うむ。では以上で今回の珠玉御前会議は締めとするっ!! 私が退出した後、皆も順々に退出せよっ!! では解散っ!!」
国王陛下号令の下、珠玉御前会議は幕を閉じた。
国王陛下が立ち上がり、乱していた服装を簡単に整えるとそのまま私の背後にある扉まで歩み寄り、私に擦れ違いざまに声を掛けてくる。
「クラウンよ。お前の活躍には期待している。だがあまり羽目を外し過ぎんでくれよ? 「暴食の魔王」の時のようにな」
「……知っていたのですか」
「フラクタルから、無理矢理な。皆は気付いておらぬが、奴は隠し事が下手だ。私にはすぐ分かる」
「左様ですか」
「ああ。私は見ていないようでしっかり見ているからな。頼むぞ少年」
「はい。善処致します」
私の言葉を受け頷いて返した国王陛下はそのまま会議室を後にする。
これは釘を刺された形か……。まあ具体的な所を刺されたわけではないから言い訳のしようもなくはないが、その中途半端な自由度もまた怖いものがある。
下手な動きは避けるべきなのかもしれない。
「では、ワシから……」
少し間を空けてから立ち上がったのはモンドベルク公。
彼はそのままゆっくり扉に向かうと、国王陛下同様私に声を掛けて来る。
「察してはいるだろうが、ワシはまだお前を完全に〝白〟だとは思っとらん。故に今回の一工夫じゃ。恨むでないぞ」
「理解していますよ。貴方様の心情も、やり方も」
「ふん。生意気な……。まあ良い。くれぐれも砦の件、しくじるでないぞ。アバと詳細を詰めた後、追って連絡する。それまで待っていなさい」
「はい。楽しみにしております」
モンドベルク公は私を一睨みした後、会議室を後にした。
「……先に行かせてもらう」
次に立ち上がったのはエメリーネル公。彼もまた私と擦れ違い様に一言漏らす。
「頭に乗るなよ小僧。陛下には多少気に入られたようだが、小さな失態でもしてみろ。私は貴様を全力で潰しに掛かる」
「ふふふ、嫌われたものですね。そんなに私がお気に召しませんか?」
「大いにな」
鼻を鳴らし、モンドベルク公よりも更に鋭い眼光で睨みを利かせながら退出していく。
「じゃあ、次は私だな」
次はコランダーム公。彼女もまた私と擦れ違い様に声を掛けて来るが、別に私に話し掛けなければならない決まりは無いはずだよな?
……まあいいか。
「随分と引っ掻き回したじゃない。私、自分の信念を曲げない男は好きよ」
「ありがとうございます」
「ああ、後いつでも構わないから一度冒険者ギルドに寄りなさい。帝国内で魔物を討伐した件、報告していないでしょ?」
「必要あるんですか? 私が自己責任で向かっただけで、ギルドには情報を貰いに行っただけなのですが」
「帝国の冒険者ギルドがそれじゃあ納得してくれないのよ。四体狩って一体しか解体依頼を出していなかったのも気に入らなかったみたい」
「それはまた……」
「一応こっちで問題無く処理はするけど、貴方自身のサインや確認も必要だから、必ずね。じゃあまた」
コランダーム公が笑顔で手を振り退出して行く。
しかし他国で狩りをしただけでまた手続きが必要とはな。まあ小さな獲物ならまだしも巨大魔物四体という大物は流石に見逃さないか。
仕方がない。時間を見付けて後日向かおう。
「じゃ、次俺ね」
相も変わらず軽い調子でそう口にすると立ち上がり扉に向かうエメラルダス伯。
特に語り掛ける事は無いだろうと思っていたら、彼も私の横で止まり声を掛けて来た。
「個人的には君みたいな変わった奴嫌いじゃないんだけどねぇー。俺の中に流れる法の番人としての血が、君に油断するなってバシバシ警告して来るんだよねぇー」
「それは光栄ですね。貴方に警戒される程の人間ではある、という事ですから」
「お、皮肉も効かせるねー。じゃあ出来れば次はプライベートで会いたいな。ホラ、仕事だと多分俺、君を裁かなきゃならないって状況だろうし」
「ふふふ。そうならないよう、肝に銘じておきます」
エメラルダス伯は会議中とは違いフレンドリーな態度で手を振りながら退出していった。
「次はあたしだね」
アゲトランド伯がゆっくり立ち上がり、歳の割に綺麗な姿勢でしっかり踏み締めて扉に向かう。
そして当たり前のように私に一言掛けた。
「ルビーの嬢ちゃんに言われただろうが、冒険者ギルドへの報告、キッチリ行きなさいな」
「ああ、帝国で狩りをしたから、アゲトランド伯も関係しているのですね」
「小言言われた程度だけどね。だけど一応は他国での処理も絡むから面倒なのさね。事実確認も一応必要だから忘れるんじゃないよ?」
「はい。忘れずに向かいます」
「それと、だ」
「はい?」
「アンタまだ若いんだ。死に急ぐようなマネ、するんじゃないよ。基本的にはあたしも前線に坊やが投入されんの歓迎しないからね」
「……わかりました」
私の返事を聞き満足したのか、アゲトランド伯は頷いた後そのまま視線を外して退出する。
「……ふむ」
次にアンブロイド伯が立ち上がり、退出する為私の横を何もせずただ通り過ぎる。
流石に全員から何かあるわけではないか、と思っていると、ドアノブに手を掛けたアンブロイド伯が小さく「頑張りなさい」とだけ呟いて出て行く。
私の何が彼の琴線に触れたのか知らないが、どうやら嫌われてはいないようだな。まあ、私は未だに好きになれないが……。
「分かってやってくれ」
聞き覚えのある声に振り返ってみれば、いつの間にか私の隣には父上が立っており、苦笑いを浮かべながら語ってくれる。
「アバ──アンブロイド伯は気難しい奴だが、誰より民を安んじ、献身的に国と陛下に尽くす御仁だ。その精神性で言えば、珠玉七貴族の誰より高尚と言えるだろう」
「……私にはただの受け身な人間にしか見えませんが」
「お前もまだまだだな。色々教える事は多そうだ」
父上はそう言って笑うと「余裕がある時にでもまた帰って来なさい」とだけ言い残して一人会議室を出て行った。
これで国王陛下と珠玉七貴族が全員退出し、残るは私と──
「さて、帰るとするかのクラウン」
「先程は庇って頂きありがとうございます」
「何じゃ、しおらしくしおってらしくない。気持ちが悪いから止めんか」
「酷い言いようですね。折角今夜は清酒とそれに合う肴を差し入れしようかと思って──」
「いやぁ、感謝の言葉しかと受け取ったっ!! 流石は我が弟子じゃのうっ!! 鼻高々じゃわいっ!!」
まったくこの爺さんは……。言ってる事滅茶苦茶じゃないか。
ふふふ。まあいい。
「さて、そろそろ昼時ですし。どうです?たまには外食して行きませんか?」
「お、良いのう。オヌシの奢りじゃろ?」
「別に構いませんが、ここは普通年長者が払うものでは?」
「金持ちが何言っとるっ!! ホレっ!! 早く転移せんか」
「テレポーテーションは城を出てからですよ。退城した記録も付けてもらわねばなりません」
「面倒じゃのう……。まあ良い、行くぞ」
そう言って歩き出し、会議室の扉を潜る師匠。私も後を追おうとした、その時──
『……ご主人様』
『ムスカか。どうした』
『エルフの国アールヴに潜入中の分身体から興味深い情報が流れて来ました』
『興味深い?聞かせなさい』
『はい。どうやら聖樹トールキンの地下に──』
『──?』
『──。──』
『──。素晴らしい……』
その瞬間、私の脳内に魔王的な発想が誕生した。




