第六章:殺すという事-5
……成る程、モンドベルク公の言いたい事が分かった。つまりはだ──
「私にこの監視砦を攻略しろ、という事ですよね」
「命令ではないぞ? あくまでお前が我々に実力を証明する為の場を提案しているだけの事だ」
ふん。私が断らないと分かっているだろうに。
「それに攻略するメリットも無いわけではないのだよ。重要視こそしていないが、奴等はその監視砦を我々人族では攻略不可と考えている節があるらしい。それに使い方次第では奴等の逃走の手助けにもなり得る。故に詰められている兵の殆どが並程度の実力の者ばかりだ」
……確かに、資料にもそう書かれているな。中々に詳細な情報ではあるが、もっと重要な情報を同じように流せないものか?
私がそう思いアンブロイド伯に視線を動かすと、彼は無表情を若干崩し溜め息を漏らす。
「……貴殿の言いたい事は理解出来る。だが致し方無いのだ」
「ああ、すみません。顔に出ていましたかね?」
「構わぬ。吾輩自身痛感しているからな。……奴等の情報防諜能力は中々に熟達していた。我々の予想以上にな。潜入させている者の技量ではどうにも賄えぬ。故に比較的緩いものしかこうして流れてこぬのだ。歯痒いものよ」
ふむ、それもそうか……。
今まで散々情報収集に余念が無かったユーリが自分達も盗まれる可能性を考慮しないわけもない。防諜にも神経を割いているだろう。
だが国という集合体を扱っている弊害か、どれだけ目を光らせていても僅かな綻びや隙間から多少は漏れ出してしまうもの。
今回の監視砦の情報もそれに当たるのだろう。まあもっとも、奴等やユーリ本人がこれをどこまで重要視しているかまでは分からないが……。
「良いか? 話を戻すぞ」
モンドベルク公の言葉にハッとした私とアンブロイド伯は二人で軽く頭を下げる。
「すみません、お願いします」
「ふん。……監視砦は先程も言ったようにエルフ達、そして我等人族にも距離の関係で使い道が無い……。だがそれは今現在の話だ」
「ほう。というと?」
「南部に小規模ではあるが砦を設ける計画を進行している。以前までは国内に入り込んでいた潜入エルフの存在を危惧しこういった計画は軒並みストップさせていたが、それを一掃した今、何の気兼ねもなく進められるのだ」
確かに潜入エルフが居る状況で計画を進めれば向こうにその情報が伝わり対策されてしまう。それは戦争を間近に控えている状況では不利にしか働かないだろう。
だが今はそれらが居ない。今まで我慢した分、存分にやり返すというわけか。
「南部に中継地点さえ築ければそこから監視砦へのルートが出来る。監視砦からトールキンまでは距離があるが、潜入中の我がギルド員の案内による最短距離を通れば十分に奴等の不意を突けよう」
ふむ……。だがそれでは──
「ですが開戦前の段階で攻略するのですか? 人族との国境沿いにある使い道のない砦とはいえエルフの領内ですよ? 仕掛ければこちらから戦争を仕掛けた形になってしまいます」
「問題はない。砦を奪った後にアバの傘下ギルドに管理をさせる。エルフに変装し「異常ナシ」と報告をさせるのだ」
「ええ。先程も述べた通りこの監視砦は重要視されておらず、定期的な物資の供給と緊急用の連絡手段のみがトールキンとの繋がりになっている。その二点を我が傘下ギルド員にて誤魔化せば気付かれる可能性は低い」
成る程。アールヴに潜入出来る程の変装技術を有した者ならば、定期的に来るだけの者を誤魔化すのはそう難しくない。
それにもし本当にそれらが実現出来たならば、国が海に面しておりエルフ達の様に背後を突くのが難しかった現状を打開出来る。
「どうじゃ? 攻略して損は無いぞ」
「確かに、そうですね……」
しかし監視砦の攻略か……。
正直な話、難しくはないだろう。
資料によれば詰めている兵士の人数は二十人前後。実力は人族との種族的な違いはあるものの概ね一般兵士と同じか少し上。
その内数人の装備が不相応に上等な物であるらしいが、いずれも練度不足が窺える……。
うん。何も問題は無い。
寧ろ私の実力を示すのには少々役不足だと感じる。
スキルで姿を消し一人ずつ仕留めたり飲食物に毒を混ぜたりすれば容易に殲滅出来るし、二十人同時に相手をする場合は厄介かもしれんが、仮にそうなったとて今の私なら十分に対処出来る。
ふむ……。
「一つ、宜しいですか?」
私がそうモンドベルク公に確認を取ると、顎をしゃくって「続きを言ってみなさい」と促される。
「提案なのですが、難易度を上げてもらうのは可能ですか?」
「……難易度を」
「上げる?」
予期せぬ提案に意味が分からないと鸚鵡返しに聞き返すモンドベルク公とアンブロイド伯に、私は更に続ける。
「生意気を言うようですが、砦が資料通りの戦力しか無いのであれば私ならば攻略は容易いです。簡単にこなせてしまいます」
「ほう、言うではないか。しかしそれが本当だとして何の問題があるのだ?」
「私の実力を正しく示せないと感じるのです。この程度の砦を攻略した評価では納得しない方も少なくないでしょう」
この場の面子で言えばエメリーネル公とエメラルダス侯、後は若者は下がれと言うアゲトランド伯の三人。
この三人に有無を言わせぬ実力を示すにはただ監視砦を攻略しただけでは足りないだろう。
現に先程の攻略の話では納得し切っていないといった表情をしていた。
「それで難度を上げろと? 我々としては攻略さえしてくれれば問題は無いのだがな」
アンブロイド伯はそう不満そうに漏らすが、モンドベルク公は少し思案した後に私に向き直る。
「例えばどうする? わざわざトールキンから増援を増やすのか?」
「そうですね……」
増援……。ただ人数を増やすだけでは面白くないな。
ならば奴等の戦力を削る意味でも──
「アンブロイド伯、誰か強者を一人砦に派遣出来ないか誘導出来ませんか?」
「強者を?」
「はい。開戦前に相手の戦力を削るのであれば数多の雑兵よりも一人の強者の方が効果的です。私の実力も十分に示せるでしょう」
「言いたい事は分かるが……。二十人以上の兵に加え強者を相手取るなど至難だと理解しているのか?」
確かに雑兵に加え、それを指揮出来るような強者が加われば下手をすれば手に負えなくなる可能性もあるにはある。
ならばだ。
「理解していますよ。ですので詰めている二十人強の兵士を先に片付けさせます」
「……片付けさせる、だと?」
何も私が直接手を下す事だけが私の実力を示す事になるわけではない。
例えばそう、直接手を下さず〝部下〟に命令を下す、とかだ。
「実は最近、私に〝快く〟従ってくれるという所謂部下を四人ほど抱えましてね。彼等に経験を積ませてやりたいと考えていたのです」
戦争時にほぼ間違いなく奇襲を仕掛けて来るであろうエルフを迎え討つ為に抱えた四人の部下……ヘリアーテ、ロセッティ、グラッド、ディズレー。
彼等には私が直接、戦場で死なない程度に鍛え上げると約束しているが、何より重要視しているのは〝殺せる覚悟〟を鍛える事。
兵士一人一人を殺す度に気持ちや心が乱れていては正直使い物にならない。寧ろ邪魔にすらなる。
無感情に殺せるようにというわけではない。
殺した、というを現実しっかり受け止め、それでも尚揺るがぬ覚悟を育てねば戦場では死ぬ。
故に近い内にあの四人を様々な意味で育てる為に盗賊や山賊でも探そうかと思案していたのだが、手間が省けた。
「部下、とは同じ学院の生徒か?」
「ええ。学院の生徒である以上、徴兵の拒否権はありません。ですが彼等はまだ〝人を殺す〟という覚悟が全然足らない。……まあこれは平和ボケした国民全員にも言えますが、兎も角それでは折角の有望な部下を無残に死なせてしまいます」
「それで砦のエルフをその部下に相手取らせ鍛えると?」
「はい。私がするのは彼等が死なないよう最低限のサポート……もとい指揮をするに止め、二十人強のエルフを殲滅。その後、派遣された強者を私が屠る……。どうでしょうか? これならば私の実力だけでなく、指揮力もまた示せましょう」
彼等は国に仕える大貴族。
その立場から指揮をする、という難しさを彼等は誰よりも理解しているだろう。
何せ自身の部下に加え傘下ギルド全体を合わせれば数万の人間が彼等の下に存在する。それらを的確に指揮し、動かすのは並の能力では出来ない。
そんな指揮力も備わっていると示せれば、眉間に皺を寄せる彼等も私の実力を認めざるを得ないだろう。
「うぅむ……。お前がそれで良いならばワシは問題無いが……、アバはどうじゃ?」
「強者を呼ぶ件ですね。日付を合わせるのに苦心するでしょうが、誘い出すのは問題無いかと……。ただアヤツ等の都合に左右されてしまう以上、どのような強者を誘い出せるかは知らせる事は難しい。それでも良いか?」
「構いません。それに対応するのもまた、一つの試練でしょう」
「……ふん」
話が纏まりそうになった雰囲気の中、不満気に鼻を鳴らしたのはエメリーネル公。
彼は腕を組んだまま忌々しげに私を睨み付ける。
「……何か?」
「いや。まるで微塵も失敗する心配をしていないのでな。少し呆れていたのだ」
「と、いいますと?」
「貴様は自ら難易度を上げるように進言したが分かっているのか? 貴様の不手際次第では本拠地であるトールキンに事の仔細が流れるのだぞ?」
「……」
「貴様が不覚にも深手を負ったら? 兵士を一人でも逃したら? 本拠地に連絡されたら? 強者が貴様より強かったら? 指揮を乱し部下を死なせたら? ……貴様に、責任が取れるのか?」
「…………」
「貴様が失敗し、砦の件が奴等に露見すれば奴等は直ぐにでも仕掛けて来るぞ? しかも「攻め込まれた」という大義名分を掲げての〝迎撃〟だ。他国への外聞も悪くなり今後の政治にも響く上に準備不足も招こう。貴様はそれ等全てを理解しているのか?え?」
……まったく。
「……煩わしい」
「……何?」
「先程父上も申し上げたでしょう? 私は出来ぬ事は口にしない」
「し、しかしだな──」
「貴方──いえ貴方がたは安心して待っていれば良い。当然のようにやってくる朗報と、前線に相応しい〝私〟という存在を。黙って待っていれば良い」
「貴様……先程からなんだその不遜な態度は。国王陛下の言で無礼講とはいえ限度が──」
「止さぬか」
エメリーネル公の言葉を遮ったのはその国王陛下。
彼は私の目をそのままジッと見据えると、何かを諦めたような、納得したような表情になり溜息を吐く。
「サイファーよ。彼は本気で失敗など微塵も無いと考えているようだな」
「何という傲慢……。陛下、私は此奴を──」
「まあ落ち着け。……信じて、良いのだな?」
国王陛下の言葉にエメリーネル公が慌てた様子で「陛下何をっ!?」と叫ぶ中、彼は口角を吊り上げながら真っ白な歯を見せ笑う。
「はっはっはっ! ガーベラといいクラウンといい、お前の子は豪快で傲慢でまっこと〝強き〟心を持っているなぁジェイドっ!!」
「は、はっ! 有り難きお言葉……」
「……姉さん?」
何故だ? 何故このタイミングで国王陛下の口から姉さんの名前が出て来る?
確かに国王陛下は魔法の国であるこの国に剣術団を作り広め、自身も魔法より剣術の腕が立つという少し異質な御仁だ。
名前を知っていてもおかしくはないが……。
「む? その反応、知らなんだか?」
私の顔色を見て何かを察したのか、国王陛下はそう大雑把に訊ねてくる。
それに対し私が「いえ……」と呟くと、自慢のカイザル髭を撫でながら何の気無しに呟いた。
予想していなかった事態を──
「つい先日の事だ。君の姉であるガーベラは北へ〝竜〟を討伐しに向かった」
「…………はい?」
今日はクリスマス・イブ。
皆さんは何をして過ごされますか?
私は今日、誕生日でもありますが、家族と密やかにケーキを食べるに留まるでしょう。
そして細やかですが、私からのクリスマスプレゼントという事で本日はもう一回程更新する予定です。
是非お楽しみください。




