第二章:嬉々として連戦-27
すみません。少し短いです。
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かつて帝国の帝都に一人の少女が居た。
彼女は幼い頃から貧しい生活を強いられ、唯一の肉親である母親と共に帝国の貧民街で奴隷のような生活をし、貧しい中でなんとか母親と小さな幸せを保っていた。
しかしそんなある日の事。唐突に彼女の母親は悲運の死を遂げる。
裏路地の端。そこで形容し難い程に好き勝手に、滅茶苦茶にされた母親の死体が麻布の袋に押し込められていたのを、彼女自身で発見したのだ。
彼女がそれを見て胸に去来したのは悲しみや絶望、様々な後悔が入り混じる複雑な感情。だがそんなものを押し除けて彼女を蝕んだのは、激しい怒りだった。
誰が私の大好きなお母さんを? 誰が何の為にこんな惨い姿に変えたッ!?
彼女はそんな母親の死体を街の人間が寝静まる夜深い時間に木の下に埋葬すると、その足で帝国の剣術学校の門を叩いた。
最初こそ門前払い。薄汚いネズミが近付くなと幾度となく追い払われたが、何度目かに偶然居合わせた剣術教官の一人が彼女の眼に宿る激しい怒りと強い意志を感じ取り、その教官の元に研鑽に励める事となった。
驚くべき事に彼女には並以上の才能があり、教官の厳しい扱きをその激しい執念にも似た怒りで耐え抜いた彼女は見る見る内に実力を付けて行った。
同年代を越し、先達を越し、遂には教官にも一太刀入れられる様にまでなったある日の事。街の中に一体のアンデッドが現れたと騒ぎが起きた。
彼女はそれを聞き、自分の武勲の一助にでもしようと、いの一番に現場に駆け付けた。
しかしそこで見たのは、そんな彼女の思惑が一瞬で吹っ飛ぶ物だった。
そこはとある木の下。彼女が母親を夜な夜な埋葬したそこに、アンデッドは這いずっていた。
彼女は知らなかったのだ。死体を直接土に埋めてしまうとアンデッド化してしまうという、そんな常識を。
遠巻きにそんなアンデッドを見る住民が口々に言う。
なんと醜い化け物か。なんと惨たらしい姿か。
アンデッドのその姿は、あの日彼女が埋めた滅茶苦茶にされた姿そのままで、ロクに身動きも出来ずただ木の下で呻き声を上げながら這いずる。
彼女はそんな母親の姿に耐えられず、せめて自らの手で……と、奥歯を強く強く噛み締めながら母親に《炎魔法》を放ち、真っ白な灰に変えてやった。
そこから彼女の生活は極端な物になった。
母親をあんな姿に変えた犯人探しを本格的に始め、魔物討伐で稼いだ大枚を叩いて各種情報収集ギルドで情報を洗い、手当たり次第に怪しい奴をブチのめした。
更に自身を傷付ける事も厭わぬ特訓を重ね、格上の相手に挑み続け、魔物が出たと聞けば飛び出して行った。
そんな彼女を心配する恩師である教官だったが、既にそれすら彼女の耳には入らず、自身を傷付ける日々は続いた。
早く強くならねば。早く母親をあんな目に合わせた奴を懲らしめねば。
その思いだけが今の彼女の心の支えであり、その思いだけが、生きる意味となっていた。
数年程経ち、そんな生活を休みなく続けていた彼女だったが、とうとう限界が来てしまう。
とある魔物の討伐が舞い込み、それに挑んだのだが彼女だったのだが、一つのミスで深手を負ってしまう。日頃から蓄積していた疲労が彼女の身体と勘を鈍らせたのだ。
ああ、私はここで……こんな所で……。
そんな彼女に魔物の毒牙が降り掛かろうとしたその時、彼女の前に影が差し掛かる……。
クラウンは燈狼を上段に構え、エロズィオンエールバウム戦に使った《峻厳》以外の自身の能力を上げるスキルを全て発動する。
降り頻る雨粒が燈狼の刀身に触れる度に蒸発し、発せられる高温は辺りの冷えた空気を瞬く間に上昇させていく。
対面するアンデッド──アンネローゼは口遊んでいた歌を止め、杖代わりにしていた剣の柄を握り、腰掛けている岩に立て掛けられていたラウンドシールドを手に取ると、そのボロボロの身体をゆっくり動かし岩から立ち上がった。
立ち上がる事によって露わになったその全身には夥しい傷が刻まれており生前の死因であった事を想起させ、劣化具合は下手に動けばそこから崩れてしまいそうな程に朽ちているように見える。
「あ゛ぁ゛ぁぁぁ……」
アンネローゼはその落ち窪んだ眼窩を対面するクラウンに向けると、絞り出すような唸り声を上げ、剣を引き摺りながらクラウンに接近し始める。
しかしその歩みは遅く、明らかに敵対的であるにも関わらず剣を振り上げようともしない。
そんなアンネローゼに焦れる事なく、一部の油断もしないとばかりにクラウンはただ真っ直ぐ彼女の機微に集中し、出方を窺う。
たっぷりの時間を掛け、最早クラウンの目と鼻の先……剣を振る間合いさえ越えた距離まで近付いたアンネローゼは、空虚な眼窩でクラウンの顔を覗き込んだ。
然しものクラウンもこれには眉を潜め、攻勢に出ようかと真剣に思案し始めた時、
「…………だぁ……れ゛ぇぇ……?」
「……何?」
「だぁ……れ゛ぇ゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
突如耳を劈くような盛大な奇声を上げ、その場で頭を抱えながら悶え苦しむように身体を幾度も捻るアンネローゼ。
そんな彼女の奇声をまともに受けたクラウンはその余りの声量に両耳の鼓膜が破れ、音が途絶えた事に脳の処理が一瞬遅れる。
そしてその一瞬の遅れを縫うようにアンネローゼは身体を捻った状態で肩の可動域を無視した有り得ない方向からの斬撃をクラウンに浴びせ掛ける。
その一撃を袈裟懸けに受けたクラウンは、刃が深く身体に入り込もうとした直前に後ろに飛び退きなんとか深傷を負わずにやり過ごした。
クラウンは斬られた傷口に手を当て傷の具合を大雑把に確認する。
深くは無かったものの肩口から胸辺りまでバックリ斜めに皮膚が裂けており、そこから血が滲み出ていた。
(成る程……。私の《斬撃耐性》を貫いて来るか。《剣術・極》まで会得している元剣士なだけはある)
クラウンは剣を振り被ってから微動だにしないアンネローゼを今度こそ具に観察しながら《超速再生》で破られた鼓膜と斬り傷を即時回復させ、改めて剣を構える。
「……あ゛ぁ゛ぁぁぁ……あ゛ぁ゛ぁぁぁあ゛ぁ゛ぁぁぁッッッ!!」
と、それに反応したのか、アンネローゼが再びクラウンの顔を見るや否や奇声を上げ剣を振り上げ襲い来る。
少し開いたクラウンとの距離を一瞬で詰めたアンネローゼはそのままクラウンに先程同様の袈裟懸けで剣を振るう。
その剣速は凄まじく、彼女がアンデッドである事を忘れさせる程に洗練された斬撃は目にも止まらぬ速度で加速され、受けたクラウンの燈狼とアンネローゼの剣が凄まじい金属音を響かせながらぶつかり合い、鍔迫り合う。
「ふふふっ……。何度も同じようにはいかないさ。行くぞっ!」
クラウンはアンネローゼの剣を弾くと一転攻勢。上段から燈狼を振るい《ニ斬撃》を発動。一撃に乗る二つの斬撃がアンネローゼを切り裂こうとするが、それは彼女が持つラウンドシールドによって阻まれてしまう。
「さて、そのボロボロの盾でいつまで保つかな?」
するとクラウンは振り下ろした剣を今度は下段から振り上げ再び《ニ斬撃》を放つ。
そこからクラウンは燈狼による斬撃を止める事なく、《瞬斬撃》、《背旋斬》、《麻痺斬撃》、《唐竹割り》などを複数織り交ぜた連撃を彼女の盾に容赦なく浴びせ掛ける。
するとアンネローゼの既に罅だらけだった盾はその罅を更に広げていき、最後の一撃を叩き込んだその瞬間、彼女の盾が弾け飛んだ。




