序章:強欲老人の後悔
「親父っ!!」
「会長っ!!」
「旦那様っ!!」
「おやっさんっ!!」
様々な声が聞こえる……。
私がこの狭い箱庭で育て上げた優秀な部下達の慟哭にも似た声が、衰えた筈の聴覚を揺さ振る……。
皆が皆別の呼び名を叫ぶが、その全ては新道集一。という老いぼれの……私の名前だ。
排気ガスが空気を汚し、人混みで酔いそうな程に忙しないここ東京にて「情報屋」なるなんとも胡散臭い商売を営む、哀れな老人。それが私だ。
そこそこの人数の部下が居り、様々な技術を用いた情報収集、情報操作を駆使して各大手企業の弱みを握り、なかなかの利益を上げている。
我ながら自慢の会社だ。
だがしかし、そんな時も終わりを迎える。
私の寿命だ。
現在私は八十二歳。
正直、百どころか九十にも満たないでお迎えが来ると思ってもみなかった。
本当は百など当たり前に行くと思っていたのだがな……なんとも口惜しい……。
故に私には悔いがある。それもかなりの。
それは私の〝コレクション〟達だ。
裏社会では〝強欲〟などと言う不名誉な称号を贈られる程の収集癖が私にはあり、ありとあらゆる美術品や宝石、果てにはお気に入りの玩具や世間からはゴミとしてしか見えない物まで多岐に渡り収集してきた。
それを整然と並べ、眺めながら酒と肴で一杯。
それが私の至福だ。
そんなコレクション達との別れ。
私としては、そう、会社とか部下とか金とか、今はどうでもいい。それだけが……私のコレクションとの別れだけが私の悔いであり、未だ胸中に去来する蒐集欲がそれに拍車を掛けている。
嗚呼、なんと短い一生か。
なんと物足りなき事か。
願わくば、そう願わくば、来世はもっと強欲に、もっともっとワガママに、全てを……。
そう強く願う心に反し、私の意識は静かに暗転したのだった。