囀りシンメトリー
瞬くと、口づけていた顔を離した君は、はじめてこちらに気付いたようにうつむいた。
※※※
雨が降っている。
君は踵を潰した上履きをつっかけた足を伸ばして、私は生真面目に行儀よく膝を揃えて、二人で並んで座っていた。
放課後の、体育館の非常口。
目の前にはじっとりと濡れて色濃くなった裏山が。
周囲の視線を遮ってくれている。
話疲れるくらい話したから、沈黙も辛くなかった。
心地よく雨音が時を奪っていく。
だから不意に体を引き寄せられた時、一瞬、身を固めてしまった。
君はそういうのに敏感だから、今度はこちらから気持ちを示す必要があった。
私はなにか口にするのがひどく恥ずかしかったから、言葉にする代わりに目を瞑り、唇を差し出した。
※※※
「もう一回していい?」
はじめてのキスの余韻に浸る間もなく、君は言う。
そして、拗ねたようにこちらを見上げる。
確かに、一度の、一瞬の触れあいだけでは初キスの実感が湧かなかった。
返事の代わりに顔を近づける。
しばらく前から恥ずかしくて顔から火が吹き出しそうで、きっとその熱が君に伝わっているだろうと思うとさらに体温が上がるのが感じられた。
鼓動は体を飛び出しそうで、心臓を飲み込むように溜飲を下す。
囀るようにキスをした。
どこにするのが正解か。
どうするのが正しいか。
他人の身体に触れる、ましてや唇に。
その行為にどこか背徳を感じながら。
やめられない。
一度、二度、三度。
それからは数えることも止めた。
どちらがどちらともなく、唇を求め、差し出す、受け入れる。
熱や鼓動は唇を重ねるほど気にならなくなった。
触れる度に走る電流のような刺激。
離れたときのヒリヒリとした枯渇感。
やめられない。
息をするのも、もどかしい。
時間を忘れて二人は囀ずる。
そしてある時、息継ぎするみたいに同時に顎をあげる。
そして額をコツンとくっつける。
君はクツクツ笑い始める。
「シンメトリー」
イタズラなキスをしたあと、再び額をコツンとあわせ、君は笑った。
二人は唇を境に、たしかにシンメトリーだった。
それが理解できた瞬間、私は妙にうれしくなった。
そして君と一緒になって、決して大きな声は出さずにクツクツと笑ったのだった。