影の守護者-7
※前回のあらすじ
・工作員さん、自分の勘に感謝する。
・いう事聞かない悪い子は夜中むry
-fate ティアロット-
わしは今、この世界に居る。
己を否定し、願いを探し、手を伸ばして────
迷い、迷って、その果てに辿り着いたのが『この世界』というのは皮肉にも程があろうというもの。
多重交錯世界ターミナル。またの名をエンデ。終わった者の楽園。
始まりすら掴めなかったわしはどうしてここに居るのじゃろうか。
その答えは、わしの手の中に降りてくることはあるのじゃろうか。
掴みに行けば、また、取り落としてしまうのじゃろうか。
-fate Free-
「ティアさん、要請です」
「そのようじゃな」
ここはクロスロードから約十キロ南下した場所にある砦、名前はそのまま『南砦』。
四方砦の一つにして、最も重要な防衛拠点である。
5メートルはある、中世チックな石積みの防壁の内側には公民館のような建物があり、ここで日々防衛任務に従事する探索者の受付や報酬の支払いを行っている。また、いざという時の備蓄もあり、この砦で立て籠ることも可能だ。
その公民館の屋上から果てしない荒野を眺めていたティアロットにアリスが声をかける。
彼女たちは任務のためにそこに待機していた。といっても例の裏の仕事ではない。
大半の探索者が従事している『防衛任務』。
二人はそれを日々の生業にしていた。
さて、クロスロードに怪物を近付けないために日々行われている『防衛任務』には大きく分けて3つある。
1つは『巡回任務』と呼ばれ、四方砦を弧で結んだラインを行き来するもの。現状では怪物に遭遇することも稀だが、それでも10回に1回くらいは何かしらに遭遇するので子供がお小遣い稼ぎにとはいかない。
2つ目は『防衛任務』。いくつか決められたポイントに一定時間留まり、周囲の監視を行う物。もちろん怪物を発見すれば迎撃することも任務に含まれる。
そして最後の一つは通称『救援任務』。防衛任務に携わる者たちは自分たちの許容量を超える怪物に遭遇した際、速やかに信号弾を挙げ、救援を求める事となっている。救援任務に携わる者はそれを受けて急行し、援護、撤退補助、そして迎撃態勢成立までの牽制を行う。そのため、救援任務の担当者は日雇い制となっている他の二つと違い、シフトを組んで各砦で待機する事となっている。携わる者についても防衛任務で一定の成果を挙げており、その上で広域殲滅能力、回復支援能力、大火力の何れかを持つ者に管理組合から依頼するという仕組みになっている。
二人の少女は建物の屋上から飛び降りると、それぞれの能力を使って軽く着地。そこに待機していたワイバーンの背に乗る。
「ティアさん、アリスさん、座標送ります!
観測準備はできているのでよろしくお願いします!」
南砦のスタッフが羽ばたき始めた飛竜の羽音に負けないように大声で叫ぶと、ティアは右手に持った杖を軽く上げ、アリスは小さく会釈をし、手綱を持って前を見る。
そして離陸。一瞬の浮遊感からのトップスピード。ストームドラゴン系統のこのワイバーンは風を使って加速し、風圧を無視する。それでもとんでもない慣性が働くのだが、二人は気にする様子も無くその背に留まっていた。
「見えました。四足獣、サイズは3メートルくらいですかね。
ライオンのような頭に悪魔みたいな羽が生えている怪物です。数は22」
「キマイラ系かの。顔が老人の頭でないなら、厄介な魔術は無いと思いたいが」
一言言葉を交わしている間にティアロットにもそれが見えた。
二人の戦士が何とか前線を支えているが、すでに半包囲されている。
「巡回エリア傍じゃな。随分と押し込まれたかえ?」
「……1キロほど先に死体があります」
「なるほど。巡回組と合流したか。行くぞ」
目的地上空に達し、飛竜が速度を落として旋回に入るところで少女は無造作にその背から落ちる。
「力の灯 千々に迷いて 空を満たせ
─────舞え 光蜂」
杖の先より光の玉が生じ、詠唱が示す通りに千々に分かれて指先ほどの光の群れへと変じる。
その光の奔流は探索者と怪物の間に入り込み、うち十数発が怪物へとぶつかって小さな爆発を起こす。といっても癇癪玉程度でダメージを与えた様子は無いが、それでも鼻先でやられれば嫌がる。対峙する空間が開いた。
「撤退は可能かの?」
「っ!? ま、まだやれる!」
ふわりと舞い降りた赤とピンクで構成されたフリルドレスの少女に面食らった探索者は、子供の甲高い声ながらも冷静な問いに我を取り戻して応じる。
「ならば防御に徹せよ。
獣は弱いところから食らうぞ」
言われて背後を見れば、深い傷を負った弓士が居る。それに自分を含め大なり小なりの傷を負っているのは事実だ。
「……わかった」
意地を張らずリーダーとしての判断を下した男を横目に、まるで死神の鎌のような、少女に似つかわしくない大きな杖を正面へと向けた。その間にも光の蜂たちはその数を減らしながら獣の牽制を続けている。
「アリス、此度は任せる!」
「はい!」
光の蜂の半分が地面へと突撃し、盛大な土煙を挙げる。ティアロットはアリスへの呼びかけ直後に始めていた次の詠唱を完成させると、竜の頭を模した三つの魔弾を放ち、土煙の向こうから襲い掛かってきた一匹の口腔に叩き込む。喉の奥が爆発し、血の匂いが一気に広がった。
「距離は二十程度で待機せよ。
重傷者はこちらで手当てする」
「……あんたの前衛くらいはできる」
「不要じゃ。自分の仲間と巻き込んだ連中を優先せよ」
巻き込んだ、という言葉に男は苦々しい顔をする。
この場に居る探索者の中で傷の少ない者は巡回任務の途中で逃げてきた男たちと合流したチームだ。巡回任務の仕事の一つとしてこういった怪物の迎撃や応援が含まれている以上、非難されることではないが、それで持ち直すこともできず全滅の可能性まで脳裏に浮かんでいたのだから反論の言葉も飲み込まざるを得ない。
男に背を向け、獣に対峙するティアロットは残る二つの魔弾で左右から襲い掛かろうとしていた獣を迎撃する。しかし決定打にはならない。その威力を嫌って退かせただけだ。
『ギャッ!?』
突然の悲鳴は薄くなってきた土煙の向こう側から。獣の一匹が槍に貫かれて血を零している。
それを為した者はペラペラのトランプの体から生えた手に槍を持つ兵士たち。
土煙の中から現れたそれらに獣たちは警戒し、さらに距離を測る。これで一足に探索者たちが狙われる距離ではなくなった。
「やれるかの?」
「大丈夫です。そこまで強固ではないようです」
都合百近い兵たち。兵団となったトランプの兵士が槍を水平に構える。
そして突撃。一体ならば後ろの戦士たちですら手軽に倒せそうな愚直な突撃だが、数が揃えばそうもいかない。飛び越すにも層が厚く、突撃すれば何体かは削れても槍衾の餌食となる。選択肢を失った獣はさらに後ろへと逃げようとして
『ギャワッ!?』
『ギュフッ?!』
次々と触れていない槍に四方八方から貫かれ、絶命していく。
「な、なんだ……?」
「当たってない……よな?」
無事な探索者たちも目の前の光景が理解できずに目を瞬かせているが、うち一人が地面からすっと伸び、腹部から心臓を抉る土の槍を見つけて「あ」と言葉を漏らす。
それだけではない。獣たちの動きがおかしくなっている。不利を悟って逃げようとした一匹は何故か真っすぐ逃げずに弧を描いて逃亡し、兵団と再遭遇。足を止めたところで地面から伸びた土の槍に串刺しにされる。
「……何が起きているんだ?」
「手品師でも飯のタネは明かさんものじゃ」
いつの間にか近くに来ていたティアロットの声に過剰に驚いて身を引く二人。それを無視して彼女は肩を大きくえぐられたエルフ種の男に触れる。
「生命の回帰 在るべき姿を示し 癒しとする
───為せ 回生」
少女の杖の先に灯った白い光。それを受けた弓士の顔から苦痛がゆっくりと消えていく。血を失ったために青白くはあるが、いや、それにもわずかに赤みが戻ってきていた。
「回復魔法まで使えるのかよ……」
一言に魔術と言っても幅は広く、戦士と同じく剣士であったり弓士であったりと専門が異なることが多い。多芸は便利であるが一芸に比べて練度が劣るのは当然のことだ。
しかし、今彼女が為した回復術は『再生』に近い効果を示した。
「……ああ、思い出した。
殲滅の魔女……」
ぽつりと、見守っていた一人が言葉を漏らす。それでその場にいる全員が一拍の間を開けて、すでにその場から離れ、数を減らした獣に対峙するティアロットを凝視する。
「ってことは。上に居るのは『女王』か」
仲間を失った獣が無防備に近づいてくる少女に殺意を込めた咆哮を挙げる。獣の巨体にしてわずか一歩。必殺の距離。理性なき獣はただ殺すために全身の力を限界にまで高め、岩をも砕く一撃を放つ。
『ガ……ア?』
しかし、少女を叩き砕き、肉片に変えるはずのそれは虚空を切り、大地へと叩きつけられる。そこには誰も居ない。いや、ただ石の槍が無慈悲に待ち構えているのみだ。
全力を出したが故に為すすべなく、己の膂力の全てで己の命を絶った獣。そのわずか1メートル横に立っていた本当のティアロットが迷彩を解かれて出てくる。
「アリス。救援」
「はい」
アリスの手から光が飛び出し、空に青の光を二つ灯す。
「他に重傷者はおらんな?」
「……あ、ああ。でも……」
「死体の回収は救援に相談せよ。良いか?」
「……わかった。助かった、ありがとう」
「うむ」
一度、遥か向こう。アリスが「死体がある」と言った方向に黙とうし、掛け続けたままの飛翔の魔術で飛竜の上に戻る。
「アリス、無理はしとらんな?」
「大丈夫です。もう二、三回なら余裕です」
「そうか」
飛竜が首をこちらに向けてくる。アリスはその首を撫でて「戻りましょう」と微笑みかけると、意を得たりと飛竜は砦の方へ進路を向けた。
「半分なら、あやつらでもなんとかなったじゃろうな」
「……ですね。あの数を相手に四体も倒していました」
100メートルの壁がある世界で、しかしアリスの視界は人間にあり得ない距離を見通していた。それは彼女の能力が『光使い』であるからできる事。彼女とて100メートルより先への直接干渉はできないが、自身に自然に届く光を増幅して『見る』ことには何の影響もない。
二匹の飛竜とその背に乗る者とすれ違う。うち一匹は籠をぶら下げていた。死体を回収するためだろう。
まもなく砦上空に到着し、ワイバーンが着地。二人も背から降りてそれぞれに首を撫でて労う。
「お疲れさまでした。状況は?」
「キマイラ型の獣25程度。わしらが見たのは全て殲滅。周囲に敵影無しじゃ。
けが人はおるが重傷者は癒しておいた」
「死者は恐らく2名です」
「わかりました。今送った人で十分そうですね。
ご苦労様です。流石ですね」
砦のスタッフは微笑みながらも苦々しい。死者が出て当たり前の任務ではあるが、無い方が良いのは当然だ。救援任務部隊を設置してから、負傷者はあっても死者の数は大幅に減っていたので期待値があがっていたのかもしれない。
「一応あと2時間程度ありますが、どうしますか?」
「時間まではおるよ」
「わかりました」
救援任務担当者はその大規模な能力のため、一度の出動で休息を必要とする場合が多い。そのため一度出動すればその日の担当を終了してもよいという規定があった。
その必要が無い事に畏敬のまなざしを浮かべ、それを隠すように頭を下げて去っていくスタッフを見送り、二人は正面入り口を無視して屋上へと戻る。別にそこが待機場所ではないのだが、いろいろと声を掛けられる事も無いので専用の待機場所として勝手に使っているのだ。
「今夜からお祭りですけど、行きますか?」
「……ふむ。構わんが、百鬼夜行は最終日じゃぞ?」
「縁日とか、あるんじゃないですか?」
日本じゃあるまいしと目を細めるが、何故か日本語が基本言語になっているクロスロードでは日本文化がそれとなく入り込んでいる。確か屋台の募集も朝やっていた。
「見て回るのも良いかもしれんな」
「明日は……何もないでしょうかね」
「わからん。賞金稼ぎの連中が張り切ってくれれば良いがの」
考えなしのわからず屋は排除したが、まだまだ今回の祭りを理由に入り込んでいる者は居る。状況によっては招集がかかる可能性はある。
単純な騒ぎならば律法の翼と賞金稼ぎ、そして祭りの警備に雇った探索者が何とかするだろう。それに、もし大掛かりなことが起きるとするならば衆目の元での戦いになる。それは自分たちが出る幕ではない。
「ま、何事もないはずもないのじゃが」
「……ですねぇ」
耳にしている情報だけでも、懸念の種が溢れかえっている。
二人は日の傾いてきた空を眺めつつ、なるべく平和裏に終わることの誰にとなく祈るのだった。
察している方も居るかもしれませんが
アリスの元はエンジェルハイロウ=オルクスですのクロスブリードです