閑話-1
いつもの冒頭のヤツを書いてたら3000文字超えたので閑話にしました。
※前回のあらすじ
・酒呑童子と縁側でまったりお話。
fate ???(工作員A)-
あの時、敵対を選択しなかった自分の勘に感謝を。
これからもお前を俺は信頼しよう。
fate ???(工作員A)-
クロスロードの夜。
屋根の上を音も無く駆ける者たちは抜き放たれた刃だった。
刃の銀閃が描くかのように、その軌道に獲物に触れれば瞬く間に命を刈り取る。
抵抗など許さない。獲物は己が死んだことすら気付いたかわからない。
そして、命が失われたことに頓着は無く、次の獲物へと次の一閃は放たれる。
この世界には100メートルの壁という一見何でもなく、その実厄介極まりない法則がある。それを忘れたかのように、否定するかのように、彼女らは蜘蛛の子を散らすかのように逃げ惑う獲物へと迫り、狩り取っている。
かつて、俺はある任務でヴォケラーノ─── 一夜にして国を滅ぼしたという神話の怪物の名を冠した市軍を目の当たりにしたことがある。
ヤツらは兵士でなくシステムだった。
衛星や、各種センサーによる数多の情報は逐一管制システムへと送られ、莫大な蓄積データから対象の行動を予測し、兵士の行動を決定。兵士の装着するバイザーへと送信されれば、ヤツらはその通りに動く。通りを走りながら無造作に放った弾丸は一つ向こうの通りを過ぎる敵のこめかみを正確に打ち貫く。兵士は己が放った弾丸の意味を知らない。結果を知らない。命を一つ狩り取ったことを彼らは最後まで、いやその後も知らない。ヤツらの装着するヘルメットは周囲の音も光も遮断しているのだから。
戦闘ではない。蹂躙ですらない。ただの作業。
そこに何故不確かな人間を組み込んだかと問えば『安い』からだ。完全制御の機械兵よりも人間の方が単価は圧倒的に安い。ミスをして潰れてもシステムはすぐさま補完する。その過程で兵士が一人二人死んでも問題にならない。作戦後に不足分を用立て、薬液一本の『教育』を施してヘルメットを付ければ補充が完了する。
その軍の真の兵士は後方の管制室に働くスタッフで、兵士とは何もしなくても勝手に増える調達が容易な交換部品でしかない。
その動きが何故か目の前に再現されている。
彼女らは姿すら捉えていないはずの目標へと迫り、戦闘でもなく、殺戮でもなく、作業のように駆逐している。この世界で衛星は役に立たない。各種センサーも耳目を封じられ、しかも得た情報を送れる範囲も限定されている。あのシステムは成立しないというのに彷彿とさせる光景が何故展開されているのか。
その全てを制御するのは時折響く木を打ち付けたカンという音のみ。
純粋な音は100メートルの壁に阻まれることなく響き伝わる。この世界では重要視されている手段だ。しかしアレを聞いて何がわかる?
頬が引きつる。笑っているのか慄いているのか、わからなくなる。
逃げる者が居た。しかしそいつは気づいていない。逃げる方向を自分で決めたと信じている。
ほら、その角を曲がったところに刃がある。
『一閃』という言葉を体現するかのような鮮やかな剣線の上に首が乗った。しかし飛ばない。言葉通り首の皮一枚残している。
傭兵や警備隊が機械化していることも珍しくない俺の世界では近接武器を愛用する時代錯誤の者も居る。しかしあれは生身だ。ただ純粋な技だ。一歩で数メートルを駆け、次の獲物を間合いに収めるや、不可思議な守りをバターのように切り裂き、致命の一撃を与える。
舞う血飛沫に驚き、足を止め、反転した男は直後に頭を吹き飛ばされた。赤を基調としたフリル満載のドレスを纏った少女が舞い降りて、添えるように手を突き出していた。そこから放たれた三条の光のうちの一つが男の首を食ったのだ。
そして残る二つは空を舞い、壁を蹴って屋根の上に逃げようとした獲物の足を奪い、背骨を抉り、砕いた。
一人の獲物が足を止める。逃げ惑う事を不利と見たか、周囲に複数の人型を作り出し自分を守るように配置する。どこからでも来いと周囲に視線を走らせた瞬間、一条の光が眉間を貫いた。脳症をまき散らしたりはしない。レーザーの光が焼き焦がしたのだろう。生み出された人型は幻のように崩れて消えていく。
「おい、そろそろ行くぞ」
「っ!?」
同僚の声に思わずひきつった悲鳴をあげそうになる。何とか堪えて視線をやれば、優しい目でこちらを見ていた。通過儀礼だよと言わんばかりに。
ある建物の上に俺は待機していた。隣には今宵の仕事の同僚が居る。
「……あ、ああ。誤射されたりしないよな?」
「そんな可愛げのある人たちなら、ヤツらの何人かは逃げ切れただろうな。
それに────」
再び悲鳴が喉を引きつらせる。
光が俺と同僚の間を走った。すぐ後ろ、壁に残る焼け跡。首が引きちぎれんばかりの速度で光の発生源を見れば連中の一人、光使いの少女が空を舞いながら驚いた顔でこちらを見ていた。そして慌てて頭を下げている。どういうことだ……?
「そんな事言ってるとだな。ヒミカさんに悪戯されるぞ?」
差し出された大きな手を見て、自分が尻餅をついていたことにようやく気づく。そ、粗相はしていない。これでも潜った修羅場の数はそれなりの、まぁ、ベテランだ。
口に出せない己の虚勢に乾いた笑いを漏らしつつ、大きな手をとって起き上がる。俺を引き起こした同僚は続いて傍らに置いてあった巨大な布袋を担ぎ上げた。
今宵の同僚は牛の頭の、ミノタウロス族という大男。地球世界由来の名称なのは、世界を跨いで似ている種族は多いため、よほど拘らない限りは地球世界の種族名で統一しているからで彼自身の世界では違う名称があるらしい。
深呼吸。
目の前の光景に圧倒される時間は終わりだ。今日の俺たちの仕事は転がった死体を回収する事。つまり後始末だ。他にも10人ほどのスタッフと呼ばれるバックアップ要員が周囲に広く展開している。もしヤツらが囲いを抜けることがあったのなら、その対処も俺たちの仕事になるはずだったのだが、どうやらその事を考える必要はないらしい。
一人目の死体の元まで辿り着く。
「どうした? 死体は慣れないか?」
「いや……」
肩を竦めて布袋を広げる。
「この男、俺が説得できなかったヤツだ。
やたら偉そうだったなぁと」
「今日追い立てられているのは簡単な情報操作に引っかかる小物ばかりだ。
その程度のチンケな一人ってことだ」
辛らつな言葉だが、正しい見解だ。
『百鬼夜行の予行練習がある』という、うっかり漏れ広まったかのように偽装された、程度の低い罠に釣られノコノコと出てきた三流以下の厄介者。この街の住人を獲物として狩りに来た不道徳な余所者の一端で、己が狩られる側になるとは想像もしていなかっただろう『チンケ』な男。
「だが、これで本当にヤバい連中は警戒を強めたんじゃないのか?」
「だろうな。だが上が心配しているのはこういう小物だ。この手の連中を人混みに近付けると、ためらいも無く盾にするからな」
「……始末に負えんな」
「だから先に始末したんだろ?」
己の力量も弁える事が出来ず、分別も付けられない者。それでいて多少の力を持つばかりに自尊心を膨れ上がらせて大体は癇癪持ちになってトラブルを引き起こす。いずれどこかで躓いて消えていく連中だろうが、それをこの街にされては迷惑だ。
「迷惑……迷惑、ねぇ」
「どうした?」
「一歩間違えればここに詰まっていたのは俺かもしれないと思ってな」
俺の言葉にミノタウロスが片眉をあげ、それからニィと口角をあげる。
「なに、お仲間はみんな似たり寄ったりだ」
「なら、俺たちは幸運で分別の付く良い大人だったってことか」
「おかしい。言語の加護が歪んだか?
それともお前の世界での『良い』の使い方は特殊なのか?」
本気とも冗談ともとれぬ物言いに「ご想像にお任せする」と返して死体袋の口を閉じる。
気付けば始末はとうに終わってしまったようだ。
……俺も面倒で陰鬱な仕事はさっさと終わらせて、彼の言う通り飲みに行く事にしよう。