影の守護者-5
一か月以上あきましたが。
ウォーカーズナイトの裏側をやっていこうかと思います。
-fate ハーデース-
クロスロード成立から半年が経過。
成立直後から続いた血みどろの道を駆け抜けた我々、いや、彼女らはようやく得た安息に浸ろうとはしていない。
血に飢えているわけでもなく、正義感が強いわけでもない。
己として、彼女たちはこの箱庭の血塗られた守護者であり続ける。
私が───いや、ボクが主命を横に置いて彼女たちに肩入れするのも無理はないというものだ。
彼女たちは面白い。とても、面白い。
許されるならオルペウスを招いて彼女たちの歌を作ってほしいほどだ。いや、これはこのクロスロードの歴史の一部なのだから、ホメーロス辺りが適任か。
今日も人気のない喫茶店に集う者たちの前に立ち、ボクは努めて冷静に、言葉を紡ぎ始めるのだ。
-fate ハーデース-
「というわけで、祭りを開催するんだってさ」
いつもの溜まり場、というより連絡場所となっている喫茶店に到着するなり、ボクは皆にそう告げる。
返ってくるのは訝しげな視線。不思議そうな顔をするアリスちゃんだけは癒しだね。癒し担当を自負するヒミカはすでに続く展開を察し、『面倒臭い』と表情で語っている。
「それで?」
リアクション待ちの沈黙が続いたせいか、ティアロット嬢が先を促す。
「祭りの主催は妖怪種のまとめ役、酒呑童子殿。主目的は百鬼夜行の開催。
この情報がすでにいくつかの世界にリークされている」
「クロスロードに居る私たちが聞いていないのにですか?」
浮かんだ問いを律義に質問としてくれるのはアリスちゃんだけだ。彼女を引き入れたティアロット嬢の慧眼か、それともこんな子をと非難すべきなのか。間違いなく前者だね。合いの手を入れてくれる人物が居るのは非常にありがたい。
「そう。妖怪種や妖魔種は過激派の中にも付け狙う者が居る特殊個体だ。
神魔の卵とも呼ばれる種族だからね。彼らの多くが無防備に祭りに参加するなんて魚群が来たように思う連中が少なからず居るという事だろう」
「それで? あたしらはどっちの相手?」
早く帰りたいオーラを出しながらの切り込むような問いに目を細める。
アリスちゃんは「どっち」の意味が解らずに小さく首をかしげている。うん、愛らしいね。
「入り込んできた狩猟者の方だね。
すでにスタッフは行動を開始している。ボクらは交渉が決裂した相手にお帰り願うエスコート役だ」
「中は管理組合任せかえ?」
「どっち」のもう片方、自分に関係なくなったからとヒミカが面倒がって触れない事をティアロット嬢が代わりに突いてくる。
答えは予測しているだろうが、それでも確認するのが彼女の性分。
「管理組合の性質上、外部からの内偵調査は好まれない。
うまくやっていくためにも任せるしかない」
「それが出来るんなら、とっくにやってるっしょ」
ヒミカが大仰に肩をすくめて言い捨てる。
クロスロード成立から数か月続いたテロ事件。これらを手引き、あるいはサポートした者が管理組合の中に居ることはほぼ間違いない。しかしその主犯を追いかけることは我々に許されてはいなかった。
「今回なんてこんなに早く動いてるのに尻尾捕まえられないとか無能過ぎない?」
「実は実行犯はすでに捕縛済みらしいよ」
「じゃが、主犯ではない、と?」
「そう。本人は主犯のつもりだけど、聞きだした計画はお粗末の一言。
しかしやはり何故かトントン拍子に事が進んで今に至る」
「いつも通り、ですか」
渋面を作りつつアリスちゃんがため息を漏らす。
毎度『実行犯』は確保している。
問題は彼らの大半は計画と呼ぶにはあまりにも稚拙な手段に出て、しかしそれらは関連する様々な思惑とうまく噛み合って成立してしまうという点だ。捕まる彼らはあらかじめ用意されていた導火線の先に揺らめいた火でしかないことすら自覚していない。
導火線を用意している者。それが一人なのか複数なのか、関連性があるのか全くの不明。実行犯は記憶操作を受けている可能性が疑われたが、通じて動機となる不満は有しており、「タガが外れただけ」と言えなくもないのがまた厄介な話だ。
「ボクらが動いて主犯を見つけられる確証があるわけでもない。無理に踏み込んで失敗すれば立場が悪くなるだけでメリットなんて何もないさ。
仮に真犯人を突き止めたとしても、感謝すらされないかもね」
ボクのコメントにティアロット嬢はほんの少しだけ眉根を寄せたが何も言わない。賢い子ばかりで助かるよ。
「で? いつからやるの?」
「即日実施。祭りの前に面倒なのは潰しておきたい。
特に交渉と物理攻撃が混同しているような連中は早々にね」
「……賞金は掛けるのか?」
「祭りが理由で入り込んできた連中だよ?
もちろんボクらへの報酬は相応だよ」
祭りが理由で入り込んできた、なんて悪評にしかならない。何もしていない状況で賞金を懸けるなんてマネは避けたいだろう。だからこその我々だ。
さて、望月が口を挟んだということは聞くべきことは聞いた。最後に確認という流れ。説明していないことは……
「ああ、それからティアロット嬢。君には一つ追加でお願いしたいことがあるんだ」
「なんじゃ?」
「君、酒呑童子殿とは面識があるよね?」
「……あるが?」
「源頼光という人物についての対応を確認してもらいたいんだ。
どうやらその人物を彼が呼び込んだらしくてね」
「……また面倒な」
地球世界出身のボクだが、極東の話に詳しいわけではない。あちらは有象無象まで神に祀っている上に何でも取り込んで信仰が不明確。
ウチの世界だとアマテラス殿が仏門の神々とうまく調整しているらしいけど、そこに顔を突っ込みたいとは思わないね。
そして全く出身世界の異なるティアロット嬢はボクよりも地球世界の歴史に詳しい。
彼女はこの世界に来る前にしばらく地球世界に滞在したことがあるのだそうだ。知識欲の強い彼女は短い間でも十二分に知識を収集してきたらしい。
そういえば望月もアリスも地球世界の日本出身らしいけど、知識系がガタガタなんだよね。
「君がそんな風に言うほどかい?」
「酒呑童子を討伐したとされる人物じゃ。
鬼殺しのエキスパート集団、その首魁と記されておった」
「招待ってリベンジマッチでもするつもりなわけ?」
「……あやつが借りを返すとすれば、己から乗り込む」
ヒミカの言葉に少しだけ天井を眺め、ティアロット嬢はそう答えを出す。
「でも今回は招待試合。
酒呑童子殿が格上ということかな?」
「定かではないが、粗野な成りして道理には拘る。
鬼であるが王であるのが あやつよ」
普段は表情を作らず、冷淡な、いっそ人形のような少女だが内面は年相応だと思っている。
好ましいと思う者を語るとき、その声音は幾分優しい。無論普段付き合いの無い者が気付けるかは分からない程度だけど。
「酒呑童子殿と対立はしたくないからね。ラインの見極めを頼むよ」
「引き受けよう」
「望月達には先にリストを回す。できるだけ排除は裏でよろしく」
「そういえば、律法の翼はー?」
思い出したかのようなヒミカの問い。そういえば過激派の方が出張ってこないはずもないか。身内にオーガが居るってのにねぇ。
「表側には話を通すつもりだね」
「……それもすぐに裏に回んない?」
「時間の問題だからね。先に表に動いてもらう」
「それもそっか。あ、祭りの日はあたし休むからね?」
「それも予想済み。というか『5/4』に言いなよ」
「はぁい」
望月が席を立つ。それ以上誰も口を挟まないなら今日の会合はこれまでと言う事だ。
さて、クロスロード初のお祭り。
何を楽しむ祭りになるのだろうね。