影の守護者-2
ほぼノリで書いた。
大丈夫かな……
※前回のあらすじ
人物紹介。
-fate ティアロット-
この世界はありとあらゆる世界に繋がっていると、そう言われておる。
実際いくつ世界があり、本当にすべてと繋がっているかは未だ定かではないが、繋がった世界の住民が問題なく生活できておるという点は酷く興味深い。
例えば気圧が違えば。
例えば酸素濃度が違えば。
例えば飲料水に適した含有成分が違えば。
生物はその場所に適合できずに去るしかない。それが環境によるすみわけというやつじゃな。異世界でなくとも、一つの世界の中でも当たり前のように起きる事柄。
されどこの世界にそれはない。
様々な種族が特に問題なく一つの町で生活をしておる。
誰かは「優しく包容力のある世界」と評した。
わしは「底意地の悪い世界」と評するのじゃが。
-fate Free-
『聞こえるー?』
「はい。大丈夫です」
耳に付けたインカムからヒミカの声が響く。
『ターゲットは目の前のビルの45階特別室。移動ルートは直通エレベータのみ。
窓ガラスはメカ? なんかちっさい機械仕込んだ復元強化ガラスってヤツらしいから外からはちと難しいね』
どこかでクラクションの音が響く。
様々な光が町のあちらこちらで存在をアピールする。
人々が行き交う中、コールガールが今日の糧を物色し、呼び込みが仕事帰りの男に声を掛けている。
雑踏ざわめき。クロスロードにないごみごみとした、あるいはゴミ溜めのような灰色の風景。
ここはクロスロードでも、ターミナルでもない。
そこに繋がる、どこかの異世界のある街の一角だ。
「エレベータは使えるのかえ?」
『専用カードがあればね。あと堂々と乗り込んだら強制停止でガス流し込まれるっぽい』
いつもの色鮮やかな甘ロリファッションは灰色の街では悪目立ちすると、今日は白黒のゴシックドレスのティアロットが問うと、ヒミカがなんの役にも立たない答えを返す。
なお、ゴスロリなら目立たない、わけもなく。ついでにいつもの杖も持参しているのだ。隠すつもりなど最初からないのは明白だった。
それでも、アリスとティアロットに視線を向けるものは誰も居ない。
もちろん町が、この世界が彼女らを風景の一部と見做しているわけではない。
『てなわけで、そろそろ秘書が到着するらしいから、同乗してね。
あ、重量センサーあるらしいからちゃんと浮いて乗る事』
「魔法の源が過疎だと言うのに」
『アリスちんだけ行かせるわけにもいかないっしょ?
もっさんじゃどうしようもないし』
もっさんこと望月はヒミカの傍で護衛に徹している。
『それにティア子が溜め込んでいることなんか今さらでしょ?
あ、ほら、その車がそれ。ヨロシク』
通信が一方的に切られ、二人の前に一台の車が停車する。そこから降りたのは妙齢の色気のある女性だ。衣装だけならフォーマルなビジネススーツだが、あり過ぎる色気のせいでコスプレにしか見えない。
自動ドアが開くのに合わせてティアロットとアリスは移動を開始。女性の後ろに足音も無く随伴し、カードロックのあるエレベータの前で停止。
なおティアロットは浮遊の魔術で、アリスは体の大よそを光に変換して浮遊している。彼女らが見咎められないのもアリスが光を操作し、カモフラージュをしているためだ。
やがてエレベータが到着したことを知らせる音が響き、女性が乗り込むのについていく。
ティアロットは女性が移動しているうちにほんの爪先をエレベータの床面に触れさせた。
そしてエレベータが起動。すぐに上昇速度は相当なものになる。
ティアロットは内心で舌打ちしつつも魔術を制御。まるで爬虫類のような目で爪先を凝視しながら速度の制御を成し遂げる。
そして三十秒ほどの短くて長い時間の果てにエレベータは目的の階へと到着した。
扉が開く。
広がる光景にアリスは困惑し、ティアロットは眉根をひそめる。
要は『センスが無い』。
絨毯の敷き詰められた室内のあちらこちらに値段だけで選んだ無秩序な調度品が配置され、ちぐはぐ感に頭痛すら覚える。
そんな部屋の主は傍らに美女を侍らせ、特注の椅子にふんぞり返って秘書を迎えた。
「例の件はどうなっている」
「……申し訳ありません。潜入工作員からの定時連絡が途絶しました」
「なんだと……?」
年齢は二十前後に見えるが美容整形が改造手術のレベルまで達しているこの世界では実年齢は推し量れない。中肉中背というにはややがっしりとした体つきで、黙ってコーヒーでも手にしていればナイスミドルと言えなくもないが、まとう雰囲気がどうにもちぐはぐだ。似合わない服を無理やり着込んで歩きにくそうにしているおっさんという空気がまとわりついている。
「腕利きを雇ったのではなかったのか?」
「はい。それなりに名の知れた者です。
しかし……今回に限っては勝手が違いますので」
「言い訳など聞いていない。それで、次は用意しているのだろうな?」
「……仮に消されたのであれば、即座に投入するのは危険かと」
「煩い! 時間との勝負だと言うことが分からんのか!
ええい! もう良い。実行部隊を送り込め! 向こうは時代遅れなのだろう! 本丸を急襲すれば片が付く!!」
色気満載な見た目に反してこの秘書はなかなか頭もキレるようだが、主である男に反論することは許されていないようだ。「承知しました。第二、第三、第四部隊を即時招集します」と告げ、携帯通信機を取り出す。
「これは私が飛躍するための、格好のチャンスであると理解できんのか……!」
「……申し訳ありません。招集完了しました。二時間後、突撃を指示します」
「よろしい。次は成功以外の報告はないと思え?」
「は……!?」
秘書のすぐ間近に男は忽然と現れ、放たれた白銀は青白い光を放つ刃に止められていた。
「ひぃっ!?」
ようやく理解が追い付いた秘書が慌ててとびすざり、ヒールのためかよろけて尻餅を付く。
「止める、か」
「……こんな化け物がおるとは、聞いておらんぞ」
景色が歪み、にじみ出るように少女が姿を現したように見えただろう。
「光学迷彩とは違うな……どこの工作員だ?」
「さぁの」
ティアロットの細腕が握る短剣は男が抜き放った刀と交錯している。短剣が纏う青白い光はシィィイイイインという低い振動音と共に散らされ続けていた。
「し、振動剣を止めるだと?」
ようやく状況が掴めたらしい部屋の主が驚きの声を挙げるが、最早蚊帳の外だ。
男が刃を引き寄せるようにしながらも前へ。合わせるようにして後ろに滑るように後退。その間の空間に光が生じるのを見て男は咄嗟に距離を取る。
「解放 竜牙!」
事前詠唱 発動待機させていた魔術が結実し、竜の頭を模した三つの光が不規則な動きで部屋を舞う。
「奇怪な」
対する男は一刀にて己に迫る光を断ち切り、即座に部屋の主を襲う二つ目を切り裂く。
三つ目が背後の棚に激突し、並んだ洋酒のボトルを粉砕するのを横目に体制を整える。
「匂いで察したわけではないのだがな」
「どうしてこう、科学が一定以上発達した世界には先祖返りのような近接戦能力者が湧くんじゃろうな」
どこか呆れたように、光と共に刃を失った短剣の鞘を袖に投げ込み、死神の鎌に似た杖を構える。
「銃弾よりも速く走れるのならば、刃の方が確実なのは道理と思うが?」
「そうかのぅ?」
「むしろ、その速度に付いていける理由を知りたいものだ。
機械化しているようにも見えん。生体兵器の類か?」
「ただの小娘じゃよ」
会話の最中、ティアロットの持つ杖がほんのわずかに動き続けている。それを見て男は少しずつ足運びを変えているのだが、やがて焦れたような表情を見せると、ピタリと止まった。
「未来予測の類か」
「勘は良い方じゃよ」
男の姿が消えると共に『ギギャギャギ』と耳障りな擦過音が部屋に響く。男の刃は確かにティアロットのゴスロリを薙いだが、切り裂く事すら許されない。衝撃も、斬られたことに対する動揺も無い少女が杖をグルんと回すと、上段から振り下ろした刃と噛み合い、再度擦過音を響き渡らせる。
「───結実せよ 氷槍っ!」
少女の額からまるで角が伸びるかのように氷が男へと放たれる。男は咄嗟にそれを左腕で殴りつけ、その反動で窓ガラスまで飛び、そこを足場に床を経由。低い姿勢のまま掬い上げるような斬撃を放つが、天井近くから急降下した氷の槍が男の目前に着弾。回避のために速度を緩めた瞬間それが突然はじける。
「ぐぅっ!? どういう原理だ!」
確実に入ったはずの刃が布にしか見えない服を通らず、木製にしか見えない杖が、例え特殊合金製であろうとも豆腐のように引き裂く高速振動剣の刃を受け止める。常識を超越した光景にプロらしからぬ混乱を生じさせながらも飲み込み、目に当たる軌道の氷を切り裂いて前進を選択。
「さて、この世界ではどういう原理になっておるのじゃろうな」
あきらめたかのように、構えを解いた少女に強烈な嫌な予感を覚えた男だが、もう止まれる距離ではない。ならば突き進むのみ と更なる加速を選択。
生涯最高とも思える一振りが少女の右わき腹から左肩を白銀の線で結ぶ。
─────が、手ごたえがない。
「幻……っ!?」
男の刃の切っ先が、ゴスロリのリボンの先を切り飛ばしていた。目にした光景の半歩先に現実の少女の姿がある。
それを理解した次の瞬間、男の頭は竜の咢に食われて四散した。
「ふぅ。こういうのは望月の領分じゃろうに……」
「ば、馬鹿な……」
最も信頼する護衛が首を失い、血液をまき散らすオブジェになり果てたのを見て、男はへたり込んでいた。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 何者だ貴様!
どうして斬られて平然としている! どこの刺客だ! どこの技術だ!
あの幻影はどこから! その杖はなんだ!
そんなの聞いたことも無い! ありえ────」
「……自分が手を出したのが何処かも忘れたか」
ひゅぼっ という音と共に部屋の主の頭が消失すると同時に、秘書の頭にも竜の牙が食らいつき、消し飛ばす。
残るのは血の噴き出す音のみだ。
「……そちらの方は、どうしますか?」
ややあって、部屋の隅に避難していたアリスが問う。
最後の幻影。それはアリスによるものだ。連携も板についたものだと口にはせず、ただし口の端を気付かれない程度に緩めた。
アリスの言う「そちらの方」とは男に侍っていた女性だ。事態に付いていけず早々に失神してしまったようで、男のまき散らす血にまみれ凄惨な姿をさらしていた。
ティアロットは少し眉根を寄せ、面倒そうに耳に触れる。
「状況終了。ヒミカ、女が一人おるが、こやつは?」
『んー? 念のために殺っちゃったほうが良いんだけど』
「……そうじゃな」
アリスを一度見て、口早に詠唱。アリスが驚きを見せるも、その言葉は飲み込んだ。
その全てを理解しておきながら、少女はためらわず生み出した光の矢を放つ。
それは一度天井近くに舞い上がると女性の心臓を正確に撃ち抜いて消えた。
「おやおや、ボクの出番はなかったようだね」
「……おぬし、おったのか」
全てが終わった瞬間、空間からにじみ出るように現れた黒衣の男にティアロットが睨み付けるが、どこ吹く風。軽薄な笑みを浮かべていなすと、手にしていた兜を胸に当て、死者へ哀悼を捧げる。
武人としての経験と勘でティアロットの、アリスの作り出した明細を見破った護衛の男でも、黒衣の男の存在は欠片も掴んでいなかった。それほどまでに完全な隠形はこの世界のあらゆる機器を、否、ほとんどの世界で見破る事は不可能に近い。
「いやはや、ティア子君が強すぎてボクじゃ介入できなかったよ」
「ぬかせ。それを持ち出せるなら最初から暗殺せぬか」
「はっはっは。これを汚すわけには行かないからね。
まぁ、危なかったら介入するつもりだったよ。信じて?」
優男がウィンクを飛ばしたので、それを迎撃するように杖をブチ当てると「いだぁああ?!」と無様な悲鳴を上げてのたうち回る。見事に血で汚れないところを選んでいるのだから、演技にしても芸が細かい。
「それより、出るぞ。増援が来ては敵わん」
「そうだね。じゃ、行こうか」
すくっと立ち上がった男が兜を被りなおすとその姿はとたんに見えなくなってしまう。
「……おぬしにしか使えぬというのは嘘じゃろう?」
返答はない。
ティアロットはやれやれと嘆息を漏らし、秘書の死体からカードキーを奪うと、エレベータに乗り込むのだった。