影の守護者-14
郵便屋さんの6章4話の裏です(=ω=)
-fate ヒミカ-
秋晴れの空の下。
なーんであたしはこんなところに居なきゃいけないのだろうかと、ため息を吐く。
横をちらり。そこには表情が欠落した美少女が虚ろな瞳をまっすぐ彼方に向けている姿があった。瞬きすらほとんどしない。なまじ容姿が整っているだけに、こうなると人形としか思えないほど。つまりホラーである。誰か神官連れてきて。
さて、何故か走らないけど使命感に駆られて状況説明をしておこう。
ここはクロスロードの南方10キロ地点にある南砦だ。ちょっとした用事でここに来ていたあたしは、今日は非番だと聞いていたアリスとばったり遭遇した。当然のように周囲に視線を走らせるけど何故かティア子の姿は無い。改めてアリスに視線を戻せば禁断症状モードに入っている事に気付く。これはいけない。
「あなた、アリスさんのお知り合い?」
「へ?」
面倒な匂いを感じ取って逃げようとしたところでアリスの近くに居た管理組合員が声をかけてきた。その目が縋るような気配を発していたので離脱の継続を選択。無関係です。
「おや、ヒミカ君じゃないか。こんなところで珍しい。
今日はアリス君と一緒なのかい?」
管理組合員を無視しなければならなかったか……
あまりにも作為的な言葉に思わず袖に仕込んでいる短刀を眉間に叩き込むモーションに移行しようとして、ぐっと我慢する。というか、アンタ、さっきまであたしと会議室にいただろーが!
イルフィナ・クォンクース。南砦の管理責任者。青い髪を腰まで伸ばした爽やか系イケメンの皮を被った性悪インテリである。
「え? 管理官のお客様でしたか?」
「いや、知り合いと言うだけだよ。
彼女というよりも、彼女の良い人と会う事は多いからね」
ぐ、と歯ぎしりをしそうになるのを堪える。ここでリヒトの事まで持ち出してくるとは……
リヒトは律法の翼、過激派ばかりが目立っているけど、『本来の』というか穏健派と称されている方の一員だ。それも重鎮として見られている。
穏健派のトップはウルテ・マリスという少女で神聖術のエキスパート。法の神に仕える上級聖女とかいう肩書で、防御・回復魔法の腕前はクロスロードでも上位に数えられている。腹立たしい事に勇者としてあたしの護衛を務めてきたリヒトは重鎮護衛のエキスパートで、この地で生活すべく職を探している時にスカウトされ、気が付けばそんな立場で固められてしまった。リヒトの愛を疑うことは無いけど、あたし以外の女性の護衛とか腹立たしいことこの上ない。当時から有名だった過激派の方と思って「あの盾のおっさんとかほっといても死なないじゃん。楽な仕事だね?」と言った自分を殴って止めたい。まさに一生の不覚だ。
あの過剰なくらいに儚げな空気を装備した聖女をすぐにでも暗殺してやりたいけど、それで立ちふさがるのがリヒトとかどんなクソゲーだ。
「どうかしたかい?」
「いえ? じゃあ、あたしはこれで」
「ちょっと頼まれてくれないかな?
割と緊急事態なんだ」
性悪イケメンの言葉は柔らかいが、目が笑っていない。これ、割とじゃ済まないヤツだ。
内心で舌打ちしてアリスを見た。
全く話を聞いていない。心ここに在らずだ。保護者早く呼んできて。
「今の段階でMOBがすでに5集団確認されている。そこで急遽非番の迎撃要員、つまりアリス君も招集したんだけどね……
ティアロット君が緊急の用事で衛星都市に出払っている事が分かったんだ」
「は? あ、いや……アリスの相方が居ないって事ですよね?
でも殲滅はアリスの方が得意でしょ?」
管理官と肩書を持つ有名人と会話している時点で今更とは思うけど、一応ティア子の関係者とまで周囲が認識しないようにしておく。管理官もあたしの立場は知ってる癖に、逃がさない事を優先するなんて、相当に危機感を覚えているらしい。
「うん。でも原則迎撃任務は二人以上と定めていてね。
悪いけど報酬を出すから今日だけ彼女のサポートをしてくれないかな?」
つまりティア子が居ない状態じゃ何やらかすか分からないから任せた! ってワケね。
即座に断って返りたい欲求に駆られたものの、その対象がアリスだから困る。
今更言うまでも無く、アリスの狙撃能力、殲滅能力は非常識に高い。100メートルの壁のあるこの世界でインチキ能力の代表と言われる光使いである点が非常に大きい。しかし面倒な事にその能力の行使にはいろいろな制約があり、その中でも特に厄介なのが『能力の制御に他者への依存が関わっている』事だ。あたしの世界にも英霊を肉体に降ろして戦う神霊戦士というのが居たけど、それに似たような性質らしく、戦闘後の安定剤として他人との関係を必要とするらしい。能力からしてそうなのに、格別に重い過去から極度のティア子依存症を拗らせているのがこの少女だ。
ティア子も病的な依存状態を重く見ており、オフの日はリハビリとしてある程度、別行動をしていると聞いていたけど、今日はそれが裏目に出たようだ。
あたしとしてもアリスに潰れられては困る。天空の狙撃手とまともに殴り合える戦力はどうしても確保しておきたい。今日は休ませては、と提案できる様子でもなさそうだ。よくよく見れば管理組合員がいつもより忙しく動いている。
自分の理解力を恨み、せめてもの抵抗として盛大に溜息を吐いて見せた。
「今日だけだかんね?」
「私が了承しても彼女が受け入れないさ」
「ごもっともで」
あたしに出来るのは宥めすかして応急の運用をするくらい。
リヒト以外はどーでも良いあたしには珍しく、ティア子とアリスには一定の価値を見出しているから、それなりに好感度は稼いでいるつもりだし、アリスも短い期間ならあたしと行動を共にすることも慣れてきている、と、思う。
まぁ、そんなやり取りがあって今に至る。すでに一度出撃して戻ってきたところだ。
それにしても、と一旦アリスは忘れて周囲を見る。
迎撃任務に従事する来訪者は二十チームほどしか居ないと聞いていた。それも四方砦に分散しているため、休暇も考えると一つの砦に1チーム、出撃回数が比較的多い南砦でも3チーム待機している程度だ。それが少なくとも5チームは待機状態にある。しかも一度出撃したら終了のはずなのに、高いポーションを渡しての継続待機要請が出ていた。
「……怪物の数が多くなってる?
ストーンゴーレムや衛星都市で刺激したとか?」
アリスも急遽呼ばれたって話だったし、今も戻ってきた1チームが管理組合員に説明しつつ補給品を受け取っている。
「MOBを確認した際には早めに連絡弾の発射をお願いします!」
これから防衛任務に出発するパーティにいちいちそんな言葉を掛ける姿が目につく。
この砦の日常を知る彼らは頷きつつも何か異変が起きているのかと首を傾げながら砦を出ていく。そんな事が今日はずっと繰り返されている。
流石に気になって通りかかった組合員に聞くと、一か月に一回くらいはこんな日があるとの回答だった。疑問はあっても不安の重苦しさがないのは『たまにある事』だから?
「……それでアイツがあんな目して、よりにもよってあたしを使おうとするわけないじゃん」
性悪イケメンは重要防衛施設である南砦を任せられるくらいに有能だ。それが他の迎撃部隊が大きく欠員しているわけでもないのに不安定でもアリスの戦力が不可欠だと判断していた。
「ティア子も向かった先が衛星都市?
フラグ立ちすぎにも程が無い?」
どっかの漫画で読んだ探偵もビックリのトラブル遭遇率を誇るティア子だよ? まぁ、あの子は何かが起きてから解決するのでなく、何かが起こる前に察知し、根元を叩き切るタイプだから今回もそうであって欲しいけど。
「ヒミカさん……」
「ほえ?」
まさかアリスから喋るとは思わなくて、驚いたあたしが気の抜けた返事を返すと、彼女はとてもいい笑顔をこちらに向けていた。
とても造り物めいた理想的な笑顔。
うん。目の全く笑っていない美人の笑顔はホラーって、それ昔から言われてるから、ね?
「飛竜なら、ティアさんに追いつくの、わけないですよね?」
「落ち着け」
「ですが!」
「ティア子を信じないならどうぞご自由に?」
うっ、と言葉をのどに詰まらせる少女。チョロいけど相変わらずめんどい。これだからヤンデレは……
……なんだろう。誰かに見られた? 気のせいかな? こちらに注目しているのは居ない。遠目に見れば愁いを帯びた幻想的な立ち振る舞いに見えるアリスに視線が集まっているから、割と視線の通らない位置で座り込んでいる私なんて誰も気にしていないはずだ。
「アリスさん、出撃行けますか?」
気のせいかなと結論付けたところに管理組合員が走り込んでくる。
「あー、なんとかするよ」
「あ、ああ、はい。よろしくお願いします」
返事どころか呼ばれた事にも気付かず、ぶつぶつと独り言を続けるアリスに困惑の表情を浮かべたホビット種の女性は死角に居たあたしにぎょっとして、それでも慌てて頭を下げる。
「ほら、アリス、行くよ。
っていうか、大丈夫よね?」
「ティアさんの所にですか?」
「うん。でもティア子に怒られない程度に仕事してからね」
びくりと体が震える。うん。いつかこの子、変な組織に利用されないか心配になってきた。まぁ、すでにこっちで囲っているわけで、絶賛利用しているとも言えるのだけど。ウチは非公式な公式なので健全です。きっと。大体暗殺だけど。
「観測は開始しています。いつでもどうぞ」
「ほーい。飛竜君、またよろしく」
あたしの三倍以上の高い位置から爬虫類の視線が振ってくる。つぶらな瞳はあたしを見て、どこか不満げだが頷いて見せた。ティア子ってやたら動物に好かれる傾向あるよね。なんかまともな知能が無いはずのスライムも従順なペットにしてるし。
ま、働くのはあたしじゃない。さっさと行ってさっさと終わらせよう。
あたしはアリスの手を引くと、二度目の出撃のために飛竜の背によじ登るのだった。