影の守護者-12
※前回のあらすじ
・やヴぁいテロ活動した連中を始末
-fate Free-
「大した定期報告なし。以上、解散!」
ヒミカの登場早々の言葉にぽかんとするアリスを他所に、ティアロットと望月が早々に席を立つ。
「予想してたけど、ツッコミの一つもないの!?」
「二人がそんなノリの良いことするはずないよね」
優雅にコーヒーカップを手にしたハーデースがいつもの軽薄な笑みを見せて言う。
「用事があるなら早めに言わないと本当に帰っちゃうよ?」
「実際無いんだけどね。やー、平和平和」
ヒミカの言葉にティアロットと望月が合わせたようにチラリと彼女を見やったが、それに気づくことも無く、くるくると回って「平和、平和」と歌っていた。
新暦1年8の月、クロスロードの裏側は拍子抜けするほど静かだった。
-fate ???(工作員A)-
「よう、同輩。調子はどうだ?」
ニュートラルロードを歩いていた俺を呼び止める声。非常に聞き覚えのあるそれの発生源を追えば、呆れが表情に出た。
「いつも通りだ……ってお前なぁ……」
オープンテラスのカフェテリアに陣取った男は予想の通りの顔だった。元同僚で今も同僚になった元潜伏工作員。
「その服、お前の標準装備なのか?」
アロハシャツに短パン。しかも今日はサングラス付き。椅子に浅く腰掛け、足を組み、左手には氷の浮いたグラスを手にしている様はバカンスしているようにしか見えない。
この街で最初に会った時と同じ装いだと思い出し、変な頭痛を覚える。
「いやいや、TPOっしょ」
「そうか? てか、暇なのか?」
息を吸えば真夏日の空気が肺を熱する。時間を確認した俺は暫しの余裕がある事を知って男の向かいに座った。
「お前こそ暇そうだな」
「一応今日は仕事だ。しばらくしたら行かなきゃいかん所がある」
「歩いて?」
「この辺りなんだよ。そこで路面電車を降りたばかりだ」
注文を取りに来た妖魔種ゴブリンの店員にアイスコーヒーを頼み、ワイシャツの首元のボタン一つを外す。カラリ渇いた暑さなので汗を心配する必要はまだなさそうだ。
「ああ、お嬢さん方に。そりゃご苦労なこって」
「元上司への報告に比べれば数百倍マシだがね」
「違いない。あのハゲ親父よりも万倍物分かりが良くて可愛いからな。もう少し成長してくれれば言うことは無い!」
「下手な事を言うなよ」
窘めつつも内心では同意する。お嬢さん方で一番年齢が高いように見えるのはアリスという子だが、それでもハイスクールかどうかという年齢は守備範囲外だ。……この世界では見た目で年齢が測れるなど思わない方が良いのだけどな。事故の元だ。
「それで、本当に暇なのか?」
「ああ。あらかた排除は完了。それどころか俺たちみたいな裏切り者がわんさか出る始末。それでもしつこい連中にはお嬢様方を投入。迂闊に動く馬鹿は居なくなったってところだな」
裏社会での裏切り行為はおおよそ死を約束される。法に唾吐く行為を主とする組織にあるのは結果が生む信用。それを失わせる行為を見逃すのは組織の自殺と同意だ。裏切り者はどんな手段を以てしても始末しなければならない。
しかし……今回は相手が悪すぎた。裏社会といっても物理法則が捻じ曲がるわけじゃないのだ。科学万歳の世界にいきなり魔法でぶん殴られたら対処できる方がおかしい。俺たちの話だけじゃない。制裁に動いた連中は悉く返り討ちにされた。
「お待たせしました」
「どうも」
俺たちのせいで獅子……いや、魔王か何かの巣に突っ込んだ顔も知らない元同僚に形だけの哀悼の意を示していると、店員がコーヒーを持ってきたので受け取る。十分に離れたのを確認して会話を再開する。
「今は『ただの調査なら、させておけ』ってのが上からの指示だ。
定期的な見回りくらいしかすることが無いな。
知ってるか? 一定以上の社会基盤の構築された世界の中にはこの世界を見なかったことにしている所も多いそうだ」
「なんでまた? 普通に付き合えば十分に利益が見込めるだろうに」
「一番の理由は神様がそこらをほっつき歩いているからだと。
考えて見ろよ。もしどこからの神種がその世界にお邪魔して『あんた達の信じている神は居ないよ』とか言った日には……」
「……戦争すら起きかねないな」
地球世界系列、つまり科学に傾倒した世界の神種は人間の想像の産物、或いは社会を形成するにあたって必要とされた偶像である事が多いらしい。創造系神種は大体において一人しか居ないのだから、二つ以上の創成神話があれば最低でもどれか一つを除いて嘘になる。そして困ったことに、神様は戦争の理由になるのだ。真実が流布されただけで、歴史に積みあがった屍が社会を圧殺しかねない。
「そんな中、この街で布教活動するヤツも居るんだから、世の中わからないけどな」
たまに「この神様が全てを統べる神です。だから聖魔殿を明け渡しなさい」と主張する神官が現れるのだそうだ。しかもそう主張する者の世界に限って神の存在証明が為されていない事が多いというのは……『聖なる』なんて言葉が付く行動のはずなのに闇が深い。
「まぁ、平和なら平和でいいじゃないの。前の職場と違って危険手当有りの固定給なんだし」
「違いないんだけどな」
アロハも察しているだろうが、これは嵐の前の静けさに過ぎない。愚か者は悉く倒れ、多少なりに頭が使える者が状況を察し慎重になっただけだ。その中に諦めない者は必ず居て、入念な調査と準備が始まるのだろう。それこそ五年十年単位の計画を描く者すら居るに違いない。
「ああ、そうだ。怪しい動きと言えば商人組合を知っているか?」
「良くは知らないが名前の通りなら察しは付く」
「基本的には安定した物流を維持するための情報共有コミュニティなんだがな。最近、別の組合が立ち上がったらしいんだよ」
「……別の? なんでまた」
「どうやらニュートラルロードからあぶれた連中をまとめたやつが居るらしい」
この街のど真ん中を断ち割るニュートラルロードはそのまま商店街と言って良い。路面電車も走っているため、ほとんどの者はこの道で買い物を済ませる事が出来る。それ以外の場所にある店舗のほとんどは飲食店や雑貨屋で、ニュートラルロードまで出るのが面倒という買い物をカバーしていた。しかしこの街の人口密度は未だ低く、道から外れた店舗はおしならべて売り上げは芳しくないそうだ。家の近くのパン屋のおっちゃんが愚痴ってたな。
「でも、集めたって何をするんだ? 場所の取り合いを仕掛けるとか?」
「わからん。が、前からニュートラルロードに面した土地についてはいろいろと議論されているようだし、大きな意見にまとめるつもりかもしれんな」
「まぁ、町の中の問題は俺たちの管轄外だ。担当に頑張って貰えばいいさ。
あまり暇そうにしているとそっちを手伝わされるかもな」
「安全な仕事になりそうだし、拒絶はしないぜ?」
安全な部門への転属という希望論を冗談交じりに論じるアロハ。なんだかんだこいつは視野が広いと思う。
それから雑談交じりの情報交換をしているとPBがタイムアップを知らせてきた。残りを飲み干し、席を立つ。
「じゃ、お嬢様方のご機嫌を損ねないようにな」
「あの人ら怒らせるくらいなら組織を一人で潰しに行く方がマシだな」
「違いない」
そもそも俺たちの雇い主はとっくに彼女らに潰されている。誇張でもなんでもない、怖いのはお嬢さん方という明確な事実が示されていた。その上組織よりも人道的で福利厚生が疑いたくなるほど良い。裏街道を千鳥足で彷徨っていたのに良い場所に漂着できたものだと思う。本当に。
ひらひらと手を振るアロハから視線を剥がし、猛暑を生む日光に照らされた道を見る。水を撒けばすぐさま蒸発しそうな石畳が万全の態勢で手招きしていた。
漏れそうになる溜息を堪える。
日の下に出るなんて柄じゃない。そんな無意味な冗談を脳裏に垂れ流しつつ、意を決して目的地へと歩き始めるのだった。