閑話-2
勢いで書いた(=ω=)
-fate Free-
解脱という言葉がある。
輪廻より外れる事。魂にとって最も良い状態になる事。
これは神種と世界と魂というルールから見れば至極真っ当な結果と言える。
輪廻とは神種が魂を育てる行為であり、その輪廻から抜け出す程に育った魂は新たな神種となり、世界を生み任される事になる。
ターミナルが神種から許容されている理由の一つとして世界を渡っても魂の帰属を損なわない点にある。ターミナルで死んだ魂は元の世界に戻される事になる。故にターミナルでは死者蘇生ができない。蘇生すべき魂を留める事ができないのだ。神種からすれば特別な世界で特別な成長を遂げた魂は期待出来るものであるし、ルールに縛られた彼らの安息地にまでなるのだから諸手を挙げて歓迎するというものだ。
さて、ここからが本題。
神種と世界と魂の関係。連綿と続くピラミッド、或いはねずみ講の図式。
そこに属さない者が確認されている。
例えば神になることなく世界を生むことなく外れてしまった解脱者。例えばがん細胞のような、内に担うには危険すぎる程に歪んだため捨てられた魂。
そしてそれ以外の、根源世界の繋がりの外側に最初からいた者。或いは別の根源世界系統からの来訪者。
それらは本来触れ合うどころか認識すらできない存在であるはずだ。言葉が違う、感覚が違うなどではない。まさしく次元の違う存在は、お互いの存在を知る術があるかどうかも不明だ。
では何故『外側の存在』を明言できるのか。
幾万幾億、数字という概念すら馬鹿馬鹿しい。三千世界の三千世界。すなわち無限のその上から見れば可能性など0と1に収束する。
在るのだ。無限に小数点以下のゼロを並べたような確率に無限を乗算することで1となった特例が。触れ合える要素を得た存在が。
そして、しかし絶対的に違うそれと邂逅したものは、歪む。この世界に存在しないが故に表現できず、理解もできず、認識すらできず、証明も解明もできない歪みを得る。
それで消えてしまうならばまだ良い。
問題はそれでもなお、まるで平常のように神種すら欺いて存在する者だ。
時にそれは世界を殺し、時にそれは世界を捻じ曲げ、時に近い世界の多くを巻き込んで───させた。
一人の少女が膿んだ世界の風の中、浮いている。
ティアロット。嘆きの杖。その名前は彼女が彼女自身に付けた偽名。
本当の名は─────
彼女は生まれた時から呪われていた。
生まれる前から呪われていた。
存在が確定する前から、数千年前から、そうなる事が決まっていた。
全ては外側の存在がそこに存在できてしまったがため。
そして生じた歪みに彼女は世界の毒となり、世界を蝕む法となることを望んでしまい、世界から切り捨てられて、それでも他の世界に転んで生き延びた。生き延びることを定められたがために。
「───────」
呼吸することすら厭う禍風の中、少女の声はどこにも届かない。
「───────」
翠色の目が感情無く見定めているのは眼下の町ではない。
彼女が見ているのはかつて己が生まれた町。かつて存在し、存在させられ、彼女を生む土台となり、消えた町。
「───────」
周辺の大国から畏れられた、たった一都市の国家。
歪んだルールにより絶対を誇った幻想の国。
彼女を生むために用意された揺り篭を彼女はしかと見ていた。
その町に住む者は狂乱に陥るに違いない。自分たちが最後の聖域として造った町が見知らぬ物に上書きされているのだ。元々の住民とは違った、見知らぬ人種の通行人。彼らの纏う服や装飾をその発祥も手法も住民たちは知らない。人が越えうる海や山などが隔てる遥か先、世界を超えた先の異国の文化など知る由も無い。
そんな異様な光景にも、町を蠢く者に大きな変化は見られない。
彼女は歌うように、弔うように、言葉を続ける。
それは詠唱だった。外の者が創り上げたバグ。用意されたとはいえ内側の彼女が欠片どころか塵の一片に触れえた事が奇跡のシロモノ。
1と0の外側。無限の外側を用いて初めて至るそれを彼女は行使した。
「─────」
そして、当然失敗する。
「終末の詩」
世界に刻み付けるように、禍ツ風を割いて響いた声音を鍵に、眼下に故郷の町が成立した。
壁に囲まれ、城があり、無限の力を組みだす神殿があり、数多の術師と人々が暮らす不可能を持たぬ街。その完全再現という、名付けるならば創世魔法。
そしてそれは失敗だ。彼女はそれを成功させることができない。この根源世界に連なる如何なる者も『外』の一切も、一片も成立させることなどできない。『可能』が存在していないのだから。
失敗故に成立した、しようとした町が崩壊する。
元々存在していた、重なって侵蝕した『最後の町』と共に。
逃げることはできない。止めることもできない。何故ならもう『そこ』ではこの三千世界の如何なる方法も、法則も、理も論も、許されていないのだから。
そうしてこの世界最後の町が潰えた。
この世界で何が起きたのかは知らない。神種はすでに居ないのだろう。死んだか、逃げたかは知る由も無い。ただこの世界は故に死にかけていて、それを止める手立ては最早無い。
だから新天地を求めた。扉の向こうの町を奪おうとした。
この世界に満ちた、この世界を腐食させていくありとあらゆる呪いを、最後の住民たちに詰め込んで、『選ばれた者』と称した住人がクロスロードに送り出したのだ。
そんな彼らに交渉という考えはない。
彼らはもう終わっている。倫理も禁忌も潰えて消えた。技術と本能、欲と呪いが彼らに満ちていた。町に降り立ち、交渉を求めたところで『選ばれた者』達は一切の会話もできなかっただろう。
彼らはもう『人』ではない。世界に満ちた『終末』のままに、最後の『人』に止めを刺した。
この世界に確定された『終末』を人だった器に溢れさせ、この世界のみならず他の世界までも終わらせようとしていた。まるで変らぬ『人』を装いながらもそういうモノに成り果てていた。
或いは彼らこそが『終末』の始まりだったのかもしれない。ならば彼らは今、全ての仕事を終えたことになる。望んで為したことかどうかはもう誰にも分からないが。
小さく息を吐く。死の風が彼女の肺に至るが表情は冷めたまま、跡形も無く消失した地面に向けられている。痛みも苦しみもある。しかし呪いは彼女を存続させる。
一瞬後、彼女の姿は扉の前にあった。ルールが失われたわけではない。この世界ではまだ魔法は使えた。
しかし
そして彼女は扉を潜った。
全ての命の潰えた世界。
その世界の扉は以降開くことは無いだろう。