影の守護者-11
放置しすぎですネ。
久々の更新でございますがもう少し頻度上げたい。
※前回のあらすじ
・ウォーカーズナイトの裏作業終わり
・なんか厄介な事し始めた世界があるようで
--fate ヒミカ-
「捕捉しました。照会を」
表情の一切が抜け落ちたアリスはより一層人形じみて見える。ある実験のために作り出された複製人間という来歴を持つ少女には取って付けたような感情しかない。それもティア子と死んだ誰かへほぼ極振り。端数で余ったポイントをあたしらに振り分けたような感じだ。
ティア子が居ない今、感情の抜け落ちた声音で告げられた言葉と、あたしの前に表示されるどこかの光景。細い路地で蹲り、隠れ潜む少年の姿。その手の甲や首筋に浮かぶ呪いの紋を確認してあたしが頷いた瞬間、画面の中の少年は倒れた。
「次を表示します」
「あー、うん」
近くに控えているサポートスタッフに座標を指定するが動かない。「急いで」と小さく告げるとびくりと体を震わせ近くで待機しているはずの他のスタッフへ指示を出す。そんなやり取りに一切関知する気も無く、微動だにしないまま空を見上げる少女の姿は『まるで絵画のようだ』とか評されるのだろう。生き物らしさを削いだとも言えるけど、彼女の知ったことではない。すでに倒れた少年を移す映像はなくなっていた。
肩を竦めて頭に入れた資料参照。アリスの積極的な活躍により予想されている要駆除対象者の七割程度を処理している。このクロスロードで彼女の力は大きな抜け道だ。百メートルの壁により異能や機械を使って100メートル以上を観測することはできないが、望遠鏡などで光を増幅し、結果的に遠くを見ることには制限はない。光使いの彼女は自身の異能だけで半径百メートルの『観測所』を作り上げ、その数百倍の範囲を索敵する。そして光が届くなら光を届けることもできる。彼女の光の狙撃はクロスロード屈指の凶悪さを秘めていて、これに匹敵するのは『塔の上の住人』『天空の目』とか言われる律法の翼のスナイパーくらいだろうか。
『観測所』の中であたしは刻一刻と変わる映像を右目と左目別々で這いずり回り対象を探していく。莫大な情報を入手出来てもそれを処理する力は彼女に無い。それはあたしやティア子の領分で、この『観測所』を考案したのもティア子の方。この力を以って大襲撃前の戦争に措いて『殺戮の魔女』『皆殺しの天災』『絶望の領域』などなどの悪名……異名を広める事になった。二人が門前会議に呼ばれなかったのが不思議なくらいだけど、たぶんティア子の性格から察するに逃げたんだろうね。あの子は『英雄』など称されることを蛇蝎のように嫌っているから。或いはその前に5/4がスカウトしていたか。
「32番」
「はい」
考え事をしていても変化し続ける『観測所』の光景の中でそれを見逃さない。比較的呪いの進行が遅いのか未だ活動的に動けているからアリスは見落としたのだろう。布で隠した腕に呪いの紋の一部が見えた。
「捕捉しました」
あたしよりも、ティア子よりも小さな女の子。人間種のはずだから5歳くらいだろうか。不安げな表情のまま救いを求めるように、でも人の居ない方へと逃げるように足早に歩いている。
その体が糸が切れたように崩れ落ちる。虚空からの狙撃。レーザーで焼き焦がした傷跡からは血は流れない。後頭部から頭を打ち抜かれた少女は自分が死んだことすら気付く猶予はなかっただろう。
鼻が、耳が、恐怖を感じ取る。裏の世界の住人で命のやり取りが日常のはずの後方要員。殺し、殺される世界に身を浸していたはずだけど淡々と『処分』する様は別物に映るようだ。或いは自分がこの領域に捉われた時の想像をしてしまったのだろう。あたしはティア子やアリスを知っているから即死食らわなきゃ何とかなるけど普通は無理だからね、こんなインチキ狙撃の対処なんて。それくらいでなきゃ軍が畏れるはずもないとも言えるけど。この場を見ることが許されたサポートスタッフの上位者にしては覚悟が足りない。これでもマシな方ってことなのかね。表ざたに出来ないあたしらの活動は人材不足のようです。
「まだ指示ださないとダメ?」
「……いえ、申し訳ありません」
それでもプロのようだ。気を取り直した彼は映像の位置への回収指示を矢継ぎ早に繰り出し始めた。その間にも次をアリスが発見、あたしの頷きを以って撃ち抜いた。
「アリス、体の方は?」
「まだ余裕です」
「そ。無理したらティア子に言いつける」
「……」
静謐な水面が崩れるように眉尻が下がる。あっちの世界の処理はティア子一人で十分だってのにどうしてそこまで心配になるのか。この世界の制約から解き放たれたティア子の無茶苦茶ぶりはあたし以上に知っているだろう。あたしらの中で一番ヤバいのは間違いなくティア子だ。あの子は個人としての力もさることながら人を動かすのが非常に上手い。それも感情論でなく損得で動かすからあんなナリで裏社会にも足場を作ってしまう。この世界の知識と技術を得た今、あの子が本気になれば世界の一つ二つ落とす事も苦じゃないだろう。呪いだか何だかで不老らしいし。
「本当に大丈夫ですから」
「いいよ。ティア子が気付かないとも思えないから」
「……」
少し肩の力が抜けた。それでもこの『観測所』の性能が落ちるわけではない。アリスの力の源は彼女自身を蝕む諸刃の剣だと聞いている。制御を失えば乗っ取られる系ということだから余計に力を込めても自分が消耗するだけに終わる。よくもまぁ、この世界を狙った二勢力に睨まれながらこんなリスクのある力で戦い抜けたものだ。そういう点もティア子の才能なんだろう。戦術的な、或いは瞬間的な判断能力と日常的なコミュニケーション能力はあたしの方が高いから、あたそもこの立場を振ってる気がする。それで仕事がスムーズに終わるならあたしとしては文句はない。ティア子はやるべき事はやってくれるし。
次を発見。確認、始末。サポートスタッフが少し映った。遺体に布を被せて回収している。今はまだクロスロードの人口密度が低いから良いけど、じきにこんな杜撰な方法では通らなくなるだろうなぁ。
ああ、ちょっと目が痛くなってきた。あと何人だっけ? 今日はリヒトは何時に帰ってくるんだっけか。あの通り事務所のあるところだよね。どうしてあの女の秘書なんか───
「ヒミカさん!」
「ほえ?」
肩を掴まれがっくんと揺らされた頭が猛烈な眩暈を自覚する。
湧き上がる吐き気を何とか飲み込み、上がった熱に火照る頬を自覚した。
「あー、ごめんごめん。ちょっと考え事し過ぎた」
「私に言っておきながら……」
ほんの少しだけ泣きそうな顔のアリスを見て、私は笑う。
「まぁ、うん。あたしに対してそんな顔してくれるのは悪い気分じゃない」
「え?」
呆気にとられるアリスからするりと抜け出しポーチから目薬を取り出して差す。これもだけど科学世界の美容品は本当に素晴らしいと思う。魔法薬なんてどんな副作用があるかも分かったものじゃないからね。うん。これも余計な思考。クールダウンさせないと脳が焼けてしまう。
「大丈夫ですか?」
「アリスに負担かけるよりはリスクは低いから。どっちかというとあたしの凡ミス。
ターゲットはあと三人ほどだから済ませちゃおう」
目薬を仕舞い、深呼吸一つ。頭は熱いけどまだ余裕。というか、クソ神ぶっ潰して以来ここまで使った事が無かったから制御がさび付いている気がする。あまり使いたくないとは今でも思うけど、死ぬまで付き合う体だ。割り切るべきなんだろうなぁ。
うん。思考のベクトル制御できてないね。『観測所』を見渡し、集中する。
「じゃ、行くよ」
「……はい」
微笑みかけると彼女は心配そうな顔をまま、それでも『観測所』の制御を再開する。あたしが笑顔を見せるのは今じゃリヒトくらいなんだぞとその背中に言ってやる。あれ? ティア子にも向けたっけ?
ああ、『仲間』になっちゃったんだなぁと、まったく集中できていない事に嘆息し、かつてのようにスイッチを切り替える。
あたしは再び町を俯瞰した。為すべきことを為すために。