影の守護者-10
久々の更新。本当は祭り編が終わった時点で書くべきである。
二章25話頃のお話デス。
※前回のあらすじ
・邪魔者排除
・金太郎さんとの邂逅
「はぁい、リザルトするね」
祭りの数日後。いつもの喫茶店に集まったいつもの面子。
最後にやってきたヒミカが早速明るく能天気な声で宣言する。
「報酬はいつも通り。預かってきたから配るね。
祭りはとりあえず大きな問題なしということで終了。
仙人たちを呼び込んだ人物については不明。以上!」
百鬼夜行の祭り。そこに紛れ込んだある世界の仙人たち。
彼らは悉く撃退され、祭りはひとまずの終わりを迎える事となった。
特に問題なし。それがクロスロード住民たちの認識だろう。
腕を組んだまま瞑目する望月。カウンター席で本に視線を落としたままのティアロットと、その隣で困ったような表情を浮かべるアリス。ボックス席でコーヒー片手に肩を竦めるハーデース。
いつも通りの反応なのでヒミカも特に突っ込まず、PBに指示して預かっていた報酬を送信する。
「あと、もっさんは聞いていると思うけど、警備関係で問題点とかあればレポートを出して欲しいってのが管理組合から。これについては直接出したくなければあたしがいつものルートで代理提出するからよろしく。
って言ってもこんなの真面目に書くのはティア子くらいだし、ティア子は自分で出すよね?」
ぺらりとページを捲る音。それからややあって少女は抑揚のない声を紡ぐ。
「気が向いたらの」
「そんなこと言いながら数百枚レベルで出すのがティア子だよねぇ」
気の無い返事に即突っ込んだヒミカ。思わず笑ってしまったアリスが慌てて口を押えるが、当の本人は特に反応もせずに次のページを捲るだけだ。
ヒミカは「さて」と呟き腰に手を当てる。
「で、次のお仕事」
「おや? 間を置かずとは珍しいね」
これで解散。
とはならず、いつもとは違う流れに優男が眉を動かし首を傾げた。
彼らが。もとい『この場に集い動く案件』というのは非常に限られている。それは表ざたにすべきでない事件とイコールなのだから。
「そういう事態よ。
百鬼夜行の最中に、ある扉から50名程度の来訪があり、全員が全員入試管理所を通らずに町に入ろうとしたわ」
「50名がそのタイミングで一度に?
偶然とか、単に集団が渡ってきたなら僕らの仕事じゃないよね」
「たりまえじゃない。
問題はその全員が神災級の呪いを受けており、しかもこれが感染性である事ね」
望月がうっすらと片眼を開き、ティアロットも顔をあげる。さしものハーデースも口の端にいつも称えている笑みが消えた。唯一出身世界上『呪い』という物に理解が薄いアリスだけが空気が変わったことに気づき、おろおろと周囲を見渡す。
「穏やかじゃない話専門の僕らだが、類を見ないね。
呪いの性質は?」
「死。直接的には癒えぬ衰弱。一般的な人間種なら一週間くらいで死ぬわ。
厄介なのがさっきも言った通り強力な感染能力がある事。そして解呪が非常に困難である事ね」
パタンと厚手の表紙が閉じる音が店内に響く。
「どの程度じゃ」
「一線級の神聖術師が単独での解呪を躊躇い、三人がかりでまる二日掛かったそうよ」
「五十人、全員が町に散っておるのかえ?」
「うち四十五人は扉の園内で確保。
確保の際に2名の管理組合員が感染。その解呪に全力を投入していて、捕獲した連中は放置状態だったため、現時点ですでに半分が死亡したわ」
「情報は?」
「彼らは追い立てられてこちらの世界に来た。
捕まると殺されると教えられたみたいね。呪いの事も知らなかったらしいわ」
ヒミカの回答に望月が忌々しそうに鼻を鳴らす。
「それって……」
「爆弾括り付けって送り込まれた生贄ね」
「どうしてそんなことを……!」
驚愕と憤慨。一般的な反応を見せるアリスに対し、他の者は冷ややかな物だ。だがアリスを疎ましく思う者も、その反応の批判する者もまたいない。
「送り込んできた世界は末期状態らしいわ。
理由までは不明だけど生物の生存圏はほぼ皆無。魔力っぽい力の狂い、精霊の消失現象が確認されたから、恐らく魔法系のバランスが崩壊したことに起因するシステムの崩壊でしょうね」
「新居に移る前の害虫駆除ね。
『彼ら』はスマートなやり方とでも思っているのかな?」
何時も通りの軽い口調で、しかしどこか吐き捨てるように皮肉を差し込む。
「その辺りはどうでも良いわ。
そういうわけで、あたしとアリスは残る五名の緊急捜索。
もっさんが追い込み役でハデスは捕獲係。
一人なら解呪は間に合うだろうから最悪もっさんは踏み込んでもらうから、その積りで」
「僕に死ねと?」
死に至る感染性の呪い。いわば致死率の高く特効薬の存在しない疫病の発生源に無策で飛び込めと言うに等しい。
だが、ヒミカは鼻で笑う。
「例え神災級だろうと主神クラスの、しかも冥界神が死と衰弱の呪いに掛かるわけないでしょ?」
冷たい視線と断言に優男は参ったと肩を竦める。
「反論したいところだけど、今回ばかりは遊んでいる余裕も無さそうだねぇ。
了解了解。今回だけ力を振り絞ろう。その後はしばらく期待しないでくれ」
「あの……ティアさんは?」
「ティア子は原因の殲滅。頼める?」
「おぬしの考えかえ?」
アリスの疑問を置き去りに、ティアロットが問えば、ヒミカは小さく首を横に振った。
「……やり方に注文は?」
「無いわ。多分近場に居ると思うから、それをやっちゃえば終わりだと思うし。
情報は送っておくね」
「わかった」
「ティアさん!」
席を立とうとした少女の袖をアリスが慌てて掴む。
「一人で行くつもりですか!?
私も─────」
「約束したじゃろう?」
一片の感情も含まない、ただ確認だけの言葉にアリスは視線を彷徨わせ、ややあって泣きそうな顔のまま袖を掴む手を緩めた。それを待ってティアロットは席を立つ。
「はっきり言って危険なのはあたしらの方だからね?
二人以上感染したら最悪間に合わない可能性があるんだから」
「それは……」
「それともなーに? あたしがティア子を使い捨てるような鬼畜とでも思ってるわけ?」
「使い捨てるつもりはなくても、死なない程度に効率を求めるがの」
ティアロットに横槍を突かれ、そっぽを向き「早く片付けば危険の総量が減るのよ」と言い訳を述べる。
「アリス。おぬしは一刻も早く対象を見つけ出せ。
一歩間違えばヤツらの狙い通りになりかねん」
「人の居ない区画に追い込んでいるけど何が起きるか分からないし、どこまで近づいていいかもわからない。アリスのインチキ探索範囲は肝なの。
早速始めるからよろしく」
勿論アリスだって自分のわがままでしかない意見が通るとは思っていない。それでも、自分と言う存在を顧みろうとしない少女を気遣う者が居ると示したかった。かつて自分がされたから、その意味を心が覚えている。
「分かりました。間に合えば応援に行きます」
「ヒミカの判断に従う上でなら期待しておくかの」
釘を刺すような言葉でもアリスは頷き渋々と離れる。
話は終わりと見て望月が立ち上がり、優男も飲み干したコーヒーの代わりに溜息を吐きつつ席を立つ。
「じゃ、さっさと済ませよう」
こうして祭りの熱が引いていく中、影の守護者達はまた動き出すのだった。