影の守護者-9
本家側2章23~24話あたりの話。
結局あっちで酒呑童子VS頼光をやったので別の場所の光景ということで
※前回のあらすじ
・妨害野郎をぶっつぶしたら大男現れた。
-fate Free-
「呵々。あの野郎、きちんと待ってやがるな」
「シュテン。あんたは祭りの要やし、負けたら大変よ?」
「今回は負けるこたぁねえよ。神仏の前でも断言できら」
鬼の前には有象無象の妖の群れ。日が傾き、最も明るい時間を過ぎた故に感じる僅かな暗さからそれらは滲み出て集まってくる。
果たしてそれはどれほどの数なのか、酒呑童子にすらわかっていない。なにしろどこまでを一人と数えるべきか分からない妖などいくらでもいる。
「でも、あの頼光は狂うてないんよ?」
「だとしても、だ」
櫓が生み出され、小さな狐耳の少女が我が物顔で上に乗る。楽しそうに周囲を呷っているが、『えんたーていめんと』だとか『さぷらいず』だとか横文字を使って周囲に首を傾げられているようだ。言語の加護があっても使い方を間違った言葉は伝わりにくい。
「確かに剣技は見たことも無い冴えを発揮するだろうよ。
あいつの持つ権能は当たれば俺を殺すだろう」
酒呑童子は懐をひと撫でし、にぃと笑う。
「だが、少なくとも今回は負けねえよ」
「ならええよ。存分に遊んでおいで」
「お前はいかないのか?」
着物美人は穏やかに笑う。
「綱は来とらんようやからね」
「なんだ。お前には関係のない伝承だろう?」
大江山討伐の直後にこの世界へと渡った茨木童子は他の世界で語られる右手を落とされたエピソードを体験していない。或いは、箔付けのために後から作られた話かもしれないが。
「縁ってのはそういうもんやろ?」
「そうだな。
さて、そろそろだな」
見上げれば自称『玉藻前』の妖狐 八尾九十九がこちらをチラチラと伺っている。酒呑童子が小さく頷くと待ってましたとばかりに配下の狐に狐火を生じされた。
酒呑童子が跳躍し、『空』を踏み、櫓のその上に立つ。
妖だけでなく護衛として集った来訪者たち、祭りを管理する管理組合のスタッフを含めた八百万の視線が空を踏みしめる巨大な鬼へと向けられた。
背には赤く染まりつつある陽。帳の狭間を背に受けて妖の王は睥睨する。
言葉を発することは無い。ただ、受ける黄昏に染まりつつある世界を纏うように身を翻し、一歩を踏み出す。
さぁ、始めるぞ。
王の一歩に追従せよ。
動き出す。
余興は盛り上がったようだが知ったことではない。
今からが、全てだ。
百鬼夜行が始まった。
-fate Free-
「今から百鬼夜行というのに、傍らで争っているのでな。
様子を見に来ただけだ」
自分の膝上ほどしかない、しかし珍妙な衣装をまといその体格の知れない少女の一挙一動を見逃すまいと警戒を保ったまま、大男はなるべく平静な声音で言葉を続ける。
「着背長まで鎧って仲裁もあったものでなかろうに」
「これは備えに過ぎん。
おぬし、あの青い玉と協力しているからには、官吏の側だろう?」
その言葉で大体を察した少女は漸く振り返り、針金のようなひげ面を見上げた。
それからほんの少し眉根を寄せ、一拍の間を置いて問いを向ける。
「源頼光。もしやぬしの事ではあるまいな?」
「畏れ多い。そりゃ俺の主人だ。
むしろ何故うちの大将を知っている?」
片足が半歩後ろに下がる。逃げるためではない。いつでも刀を抜けるための所作。それを知った上で無視し、ティアロットはこれ見よがしな溜息を吐いて見せた。
「酒呑童子に頼まれての。露払いじゃよ」
「なんだ。俺と同じ目的か?」
「そのようじゃな。
……ふむ、赤銅色の肌か。なれば金太郎の方かの?」
ティアロットの予測に大男はわずかに嫌そうな顔をし、何かを言いかけて一旦飲み込む。
それから小さく吐息を漏らし、改めて少女を見やった。
「やっぱりそっちの名前が有名なのか?」
「失敬、金太郎は幼名だったかの。確か……坂田金時だったかえ?」
「幼名ってわけじゃないんだが、そうだ。
で、それを知るお前さんも唐の西にあるという国の者か?」
「違う。しばし地球世界に寄った折、得た知識に過ぎぬ。
全く違う世界の出身じゃよ」
金時は理解できぬと渋面を作るが、今、自分がいる場所と理由を思い出して頷きを見せる。
「空を飛ぶし、天狗か?」
「ぬ? それは……」
少女は地球世界で調べた天狗とそれに変じる理由を思い出し渋面を苦笑に変える。それから小さく肩を竦めて唇を動かす。
「なればここは天狗道かえ?」
「この地には定まった神仏の教えは届かないらしいからな。なるほど六道から離れた天狗道かもしれん。
さりとてここが外道とも思えぬが」
『天狗道』という言葉が出たことを意外と感じながら、しかし酒呑童子の知り合いであり、こちらを把握しているという事実を踏まえて納得とした。ゆっくりと害意の無い事を見せつけるように体を自然体へと戻す。
応じるようにティアロットも杖を引いて石突を地に付けた。
「娘、お前本当に異世界の存在か?
俺は大将に色々と叩き込まれたが、そこらの適当を語る坊主よりも知っているではないか。そこらを徘徊する仙人の仲間であるまいな」
「ただ知識を得るばかりが趣味の童じゃよ」
「その言葉を誰が信じる?」
嘘にも限度があると呆れた目を向けるが少女はすまし顔のままだ。
「虚言を口にしているつもりもないのじゃが。何故か誰も頷いてくれぬ」
「当たり前だ。今の物の怪は地仙に片足突っ込んだ道士だろうに。そんなのを圧倒する童が『普通』など、修羅道よりも酷い」
ティアロットは皮肉気に笑う。どう見ても子供の表情ではないそれに金時は訝しむばかりだ。
「それ以外に自称すべき肩書を持たぬでな。
納得するか せんかはぬしの勝手じゃろうて。それよりもぬしはぬしの仕事があろう?」
「ああ……
お前はこの辺りの警備を続けるのか?」
「細いのは管理組合の雇った護衛で十分じゃろ。
もう大駒は居らんようじゃから引き上げるよ」
「何故わかる? この世界には広範囲の知覚を狂わす呪があるのだろう?」
「さぁのぅ。それよりも」
と、ティアロットも、そして金時も北の方を見た。
「これは……」
「始まったようじゃな」
確かに始まったと、そう納得する自分と、今 口にしたばかりのこの世界のルールの祖語に金時は眉間に深い皺を刻む。
「……距離による妨害の法則は本当に存在するのか?」
「存在しておるよ。これは、そう。虫の知らせというやつじゃな」
不意に、真横に誰かが居るような錯覚を覚え、身を翻すが誰も居ない。
代わりに路地に差し込む赤い、紅い、橙い光が視界を覆い、金時はぶわりと逆立つ産毛、その嫌な感覚を振り払うように全身に気を巡らせた。
「逢魔が時か!」
「百鬼夜行を始めるに相応しい時間などそうあるものでないよ」
すぐ近くにいたはずの少女の姿は見えない。その声もどこか遠い。
再び体を戻しても少女を見つけることはできない。赤の光に目を焼かれたか、はたまた既に居ないのか。或いは─────
「最初からいなかった、ということはあるまいな?」
応じる者は居ない。
さりとて祭りは始まった。
数秒の逡巡。目を焼いた赤を消し去るために強く目を閉じた数秒。
その後に坂田金時はまずは主命を果たすべしと壁を蹴り、監視場所として選んだ店舗の上へと戻るのだった。