プロローグ:ある夜の出来事
(ピッ)───無法都市 クロスロードの実績が解除されました───
これより記録されない物語を開始します。
-fate ???(工作員A)-
多重交錯世界ターミナル。
その世界に唯一確認されている街 クロスロード
数多の世界の技術を用いて瞬く間に作り上げられた大都市だが、その人口密度は驚くほどに低い。場所によっては一日中と言わず、一週間人を見ない路地もある。作ってしまえば当然維持、管理費が発生し、無駄な金が飛ぶのだが、管理組合を名乗るこの町の事実上の支配者はその点をまったく気にしていないようだ。それは町中を動き回る『センタ君』なるロボットによる管理が十分に行き届くからなのか。
「ただ、警備は薄い、か」
「あ? なんだ藪から棒に」
「いや、俺たちにとっては楽な環境だって事さ」
この街に潜伏して14日目。
俺よりも前にこの街に潜りこんでいた同業者と人気のない路地の壁に背を預けていた。
「確かにな。『100メートルの壁』とかいう妙なルールのせいで通信が効かない。監視カメラや通報機能が無いのは楽だ。あの丸いロボットも掃除をしているだけだしな」
最初、あの丸いロボットこそこの街の監視機構ではないかと疑ったが、町中で気でも狂ったかのようにドンパチを始める連中が居ても不干渉。終わった後に集まって補修作業をすると去って行ってしまうだけだ。
無法都市。
この街には法律は無く、例えここで爆弾の一つ二つをバラまいても、それは『罪』にはならない。管理組合とやらは警察を持たず、逮捕権も放棄しているらしい。
だからと気を抜きっぱなしともいかない。この街で騒ぎを起こし『賞金首』という通報システムに引っかかると流石に面倒なことになる。
「それで、どうだ?」
アロハシャツに短パン、という夏場のダラけた親父ファッションの潜伏工作員が無精ひげを撫でながら問うてくる、
「人口がばらけているのが逆にネックだな。ここらで火災の一つや二つ起こした所で大した問題にならない。血の気の多い連中が起こす騒ぎの方がよっぽど派手で損害を出しているからな……」
俺は工作員。その中でも『破壊工作員』と分類される人間だ。
そして今回の仕事は、この街を不安に陥れる事。しかし二週間見て回って途方に暮れているというのが現状だ。この街は穴だらけ過ぎて逆にちょっとやそっとの事では騒ぎにならなくなっている節がある。
「中央部にあるビル。あのどれかに仕掛けられれば流石に大きな騒ぎになるとは思うが……正直あの区域で仕事はしたくない」
「同感だ。あの辺りは歩いているだけでどうにも嫌な予感がまとわりつく」
アロハが思い出したかのように眉根を寄せる。
同業者二人分の勘が一致しているのなら疑うべくもない。あそこはやばい場所だ
「管理組合本部の三階から上に忍び込めれば得られるものはありそうなんだが」
「そこが一番ヤバいだろ……」
「だな」
煙草を取り出し火をつける。ここに来た個人的な一番の収穫がこれだ。人の寿命を二倍以上にし、癌も難病もほとんど克服した社会だっていうのに酒と煙草に対しての風当たりは病的に酷い。一方で副作用が無いように調整されたドラッグは、集中力向上に役立つと学生が使っているんだからイカレている。体に悪いジャンクフードに未だ客足が絶えない理由をお偉いさんがどう考えているのかね。
紫煙を肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。葉巻なんかもあったが、安っぽいシガレットの方が好みだ。チープも一周回れば奥深い、と言うことにしておこう。
「管理組合……見た目はお役所だが、中身はバケモノの巣窟だ。
二階どころか一階を突破する目算も立たん」
「あの中に入ったのかよ。俺は未だに怖くて踏み込んでないぞ……」
「仕事しろよ潜入工作員」
「潜入が仕事だから地雷原に飛び込めないんだよ」
彼が最も重視すべき点は『疑われない事』だ。『地元』での仕事なら、こんな人気が少なすぎて目撃者が居れば不審がられるような場所で会ったりしない。それこそ隣の人間の動向すら気にしないジャンクフード屋とかで話をする。
「この街は異常だが、住民も異常だ。
姿形が、じゃない。敵対すれば死ぬ未来以外思い描けないバケモノが普通に混ざっている。
どこかの店じゃなく、ここで会話しているのもそういう理由だろ?」
「ああ。『得体が知れない』ってこういうことを言うんだろうなって実感したぜ。
正直仕事を忘れて観光客としてぐるっと回って帰りたいぜ」
もう一度深く紫煙を含み、鼻から吐き出す。携帯灰皿を取り出して火を消すと苦笑いが浮かんだ。
「どうした?」
「いや、アウトローを気取ろうとか考えた事はないが、お行儀良くなっちまったもんだなと」
「法律の無い町でアウトローも無いだろうに」
アロハの皮肉が静かな路地に溶けて消える。
そして沈黙。
「オフレコで頼むわ」
ややあってアフロが俺に言葉と手を伸ばしてくる。胸ポケットのシガレットケースを勝手に引っ張り出し、煙草を一本咥えた。火を点けてやる。
「やっすいの吸ってやがるな。もっと良いのもあっただろうに」
「貰っておいてケチを付けるな」
「……正直なところ、手を退きたい」
紫煙の向こうに何かを見るように、アロハが呟きを漏らす。
それに対し、俺はサイレンサー付きの銃を抜き、その頭に向けて引き金を引く
────ような真似はしなかった。
一瞬俺の視線が胸に下げたホルスターに向いたことを見て取ったのだろう。アロハが鼻で笑う。
「お前も、どうだ?」
「……消されるぞ?」
「どこで?」
もう一本、煙草を取り出し、火を点けずに咥える。
────どこで、か。
「やはり、ダメか?」
「今日、お前に会うまではまだいけていると思っていたんだがな」
「俺のせいじゃないだろう。俺も同じ意見だ」
「……なら疑惑と疑惑が足して確信になったってことなんだろうな」
ある世界には神が実在するらしい。
ある世界には魔法や超能力が実在するらしい。
ならば、俺たちが半ば冗談で口にし、最後の最後で命を預ける『勘』というのも正しく認めてやっていいのかもしれない。
「仕掛けてこないってのはそういう意味だと思う。
それに、俺たちは歓迎されると思うぜ?」
「……本気なのか?」
「こんな仕事をする羽目になっても、命は大事にしたいし、オフは楽しく暮らしたい。
お前は違うのか?」
成熟しきって腐敗した社会の中では、法を犯しても、法に守られた膿を切り飛ばさなければならない事がある。だが、それを決断する者は手を汚さない。汚れて良い手を使うだけだ。
そんな『手』に成り下がった俺は正義の味方を気取れもせず、狂気に染まったつもりもない。経験と勘と技術で渡り歩き、なんとか今に繋いできただけだ。
「ターミナル、か」
「あ?」
「乗り換えが効く、という意味はあるのかね?」
改めて火を点け、その言葉を煙と共に吐く。
濃い紫煙が薄れた先、一人の男が立っていた。
何の変哲もない、スーツ姿の青年。
アロハがぎょっとして背を壁にぶつける。男と反対方向に逃げるような真似はしなかった。
いや、できなかった。してはいけない。
「良い夜ですね」
穏やかな、余りにも穏やかな声音。こういう界隈でそんな喋り方をする奴は相当ヤバイ。その余裕を裏付ける、しかし見えないもので完全武装しているタイプだ。
そして、恐らく俺たちの会話を聞いていたからこそ、今、声を掛けてきた。
ため息を紫煙を吐く動作に紛らわせて、それから口の端を無理やりに上げる。
「ああ。静かすぎて耳に痛いくらいだ」
「大通りの方なら賑やかですよ。たまに賑やかすぎますが」
吐き出したばかりの紫煙が青年を視界から塗りつぶすが、偶然か、それがまるで髑髏のように見えた。
すぐに薄れるその向こうには、笑顔が確認できるほどに、無造作に近づいてきた青年の姿。
「お話をしませんか? 奢りますよ?」
銃を……抜くのはあきらめた。どうやっても届かない確信がある。
アロハに視線をくれてやると、ヤツも引きつった顔を何とか引き締めて、それから小さくうなずいた。
どこで、か。
この二週間を思い返し、その前の、灰色の大して感慨も無いのにしがみついていた街を思い出す。
煙草を放り……捨てるのはこの男の前では止しておこう。
携帯灰皿に押し込み、アロハへと差し出す。それを受け取ったのを確認せず、俺は男の方へと足を踏み出すのだった。
ちなみにこの工作員2人はしばらく出てきません。
悪いな。こっちの主人公は女の子なんだ……!
あ、雰囲気は引き続きこんな感じです。たぶん