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~五の章 海の向こう側‐文禄の役‐~

 「海を渡るので御座いますか」

思わず声を挙げたはなは、急いで口を押さえた。

「うむ、立花山から見えた或の海の向こう側、からには『朝鮮』と呼ばれる國や、其の先に『明』と呼ばれる大國があるそうじゃよ」

そんな日の本から離れた地で戦とは。誾千代は眉を潜めた。

「そう露骨に嫌な顔をするでない」

此の処、彌七郎殿が顔を見せずにおったのはこのためか。あちらこちらと戦準備に追われておったに違いなかった。

「取り急ぎ、此度参ったのは」

「城の護りに御座いますね。承知致しました、戻ります」

「うむ。話が早いと助かる。誾千代、参ろう」

館の前の馬に跨り、統虎と二人、柳城りゅうじょうへ向かった。

 先日上洛を果たし、秀吉と対面を果たした統虎だが、柳川に戻るなり、肥前の名護屋城へ向かった。何やら慌ただしい様子を横目で見ていた誾千代であったが、成る程、それは慌ただしく成らざるを得まい。何やらきな臭さを鼻先に感じてからというもの、突如統虎が館を訪れなくなったため、予想はしておったが、まさか戦場が海の向こう側とは予想外であった。

「して、何時頃戦場に向かわれるのでしょうか」

「恐らく弥生の頃になるだろうな。安心せい、此度の留守居には賢賀けんがを置いていく。出立までには城の方も手抜かりなく準備致す故」

心配しているのは戦支度でもでも城の留守居でもなく、彌七郎殿本人の御身で御座います、とは口が避けても言わないと誾千代は心に決めた。

 時を同じくし、上方にいる秀吉は、関白の位を甥の秀次に譲る。名実共に天下統一を果たした秀吉の次なる目標はもう日の本には有らず、大陸という大きな大地にあった。先ずは明という大国の王に、我が日の本の属国に為る様にとの、書簡を送った。然し、当然の様に、良い返答は得られるはずもない。そこで、次なる手立てとして、明に攻め上がるための道となる朝鮮國に明への先達を求めたものの、此方も早々に拒絶を受けた。度重なる思惑から外れた応えに秀吉は激昂し、明を攻めることを各諸大名に申し付けた、とそういうことらしい。馬上で統虎から簡単に説明を受け、誾千代は大まかな概要を掴んだ。

「野心があるのは結構な事と存じますが、渡った事も無い見ず知らずの土地で、そう上手く立ち回れるものでしょうか」

「明が或るのは『大陸』と言われる広大な場所だそうじゃ。先ず殿下は肥前の名護屋城に陣を張り、そこから先鋒隊が海を渡る。拙者が渡るのは其の後になろう。恐らく先鋒より情報があると思うぞ。何とかなるであろう。暫くそなたには苦労を掛けるが、戦準備と其の後の城の護りには、誾千代抜きでは上手くいかぬ。すまぬな」

何をおっしゃいますやら、と誾千代は笑った。

「其れも『妻』の役目で御座いましょう。彌七郎殿は城の事は気にせずとも、此の私がしっかりと留守居しますゆえ」

其れは恐らく、世に言う妻の役目とは違うのだが。

 あれから五年、相変わらず誾千代は宮永館ではなを始めとする侍女と生活しており、一向に城に戻る気配は無かった。しかし、度々館を訪れる統虎との仲は極めて良好で、こうして有事の際は誾千代が城に戻り、当主の役目を果たしている。あくまでも妻、でなく当主の役目ではあるが。

「此れ程慌ただしい支度は、久々に御座いますね。彌七郎殿が肥後へ向かわれた時以来でしょうか」

「そう、であるな。あれからもう四年になるか」

統虎は四年程前、肥後での國人一揆を治める為、数か月城を空けた事がある。其の際にも誾千代が宮永館から城に入り、統虎の名代みょうだいを務めた。事或る毎に誾千代は、或の立花城に居た際に拵えた甲冑を持ち出しては身に着けている。

「此度も甲冑を身に着けるのか」

「当然に御座いましょう。戦を行っている中、わざわざきらびやかな衣装を身に着けてどうします。可笑しな彌七郎殿で御座いますな」

此度など、大陸での戦で在り、此処、筑後など危ない訳が無いのだが、誾千代は言い出したら聞かぬ故、放っておくことにした。

「それでも構わぬが、しかし拙者が戻ってきた際には、甲冑ではなく、着飾って迎えて欲しいものだ」

「善処いたしまする」

 文禄元年弥生の月、渡航するに当たり、統虎は名を「宗虎むねとら」へと改めた。元主君であった大友吉統が家督を長子へ譲った時期を見計らいの改名であった。

「統虎でも宗虎でも『むねとら』には変わらぬのに、ほんに彌七郎殿は律儀な事よ」

甲冑を身に着け、本丸から眼下を見下ろす誾千代に、秀吉からの使者が届いたのは、宗虎が筑後を立ってからしばらくしての事であった。

「姫様、豊臣の殿下からの使者が参られております。如何致しましょうや」


 一方宗虎は、小早川隆景の第六部隊に配され、釜山へ渡航中であった。其の数二千三百、隆景の部隊は別途今津より八千の兵を従えて渡航していた。おそらく同じ辺りに釜山には到着するであろう。

「誾千代は気が進まぬ顔をしておったな」

甲板に立った宗虎は、煙管を燻らせながら、傍らに控えている小野和泉を見下ろす。最近また背が伸び、今では宗虎の身丈は六尺を越えてしまっていた。

「殿、また御背が伸びましたか。齢二十歳を過ぎても背が伸びるものに御座いますとは、某、殿に出会い初めて知り申した。戦に関して姫の気が進まぬのはいつもの事、ああ見えて誾千代様はお優しゅう御座います故。しかも此度は鎮西でも日の本でも無く、唐に御座います。自らが全く見知らぬ場所に、殿が向かっておられますのが不安なので御座いましょう。殿は果報者に御座いますよ」

笑う和泉はほおっておいて、宗虎は煙の向こう側に、誾千代の不安気な顔を思いだしていた。

「しかし殿、殿下は手癖が悪いという噂が御座います。よもや姫を呼び出して、などは御座いますまいな」

ふと思い出したように語りだす和泉に、宗虎は「殿下に無礼であるぞ」と軽く往なした上で、

「しかし或の誾千代の事だ、言葉巧みに言い寄られようが、逆に殿下を言い負かすのではないだろうか。なに、心配はいらぬよ。万が一其の様な事になったとすれば、短刀で殿下の喉元を掻き切る位はしそうではあるがな」

と、其の様子を想像し、「失礼な事をしでかさぬと良いが」と、苦笑いをするのだった。


 「そ、そなたが左近の室か。よう参ってくれた。と、とにかく其の顔を上げよ」

甲冑姿の誾千代を見て、戸惑った口調で告げた秀吉は、誾千代が顔を上げるのを待った。と、現れたのは色白の凛とした美しき姫で、物騒な甲冑姿での出で立ちであることを忘れそうな程、見とれてしまう。此処まで美しいとは、左近め、よう此の儂の眼から今まで嫁御を隠しきったな。

「なんとまあ美しき女子おなごじゃ。其の様な物騒な甲冑ではなく、着飾れば今以上に美しかろうて。どうじゃ、儂がいくつか美しき絹を見繕うてやろうぞ」

誾千代の返しなど待たず、今にも商人を呼びそうな勢いの秀吉に、誾千代は応えた。

「恐れながら申し上げます。我が夫は只今唐にて戦の最中であり、夫より私が城の留守居を任されております。御無礼ながら甲冑姿であるのは其の為。急ぎの参上故、お許し下さいませ」

物怖じしない真っ直ぐな物言いに、秀吉は「成る程、噂に違わぬとんだ跳ねっ返りじゃ」と構えた。立花左近将監宗虎の室は天女の様な見目なれど、男も顔負けの剣の腕と性根を持っておる、と。

「務め中に、其れはすまんかった。ではどうじゃ、甲冑など身に着けねどもええように、儂の処に来たらええが。儂は甲冑はもう着ぬ。故にそちも儂に倣うて着る必要はなかろう。代わりに儂の周りが攻めも守りもする。此れならどうじゃ」

人の物だと諦めるには誠に惜しい女子じゃ。寧々には叱られるやもしれぬが、暴れ馬を手懐けるのは、其れはそれでまた一興。しかし、誾千代は全く狼狽える様子も無く、秀吉に物申した。

「此度名護屋城に参りましたのは、夫の名代として殿下に御挨拶申し上げる為に御座います。既に御目通り叶いました故、私は城の護りに戻らせて頂きます。有事の際は此処から程近い筑後國より、直ぐにでも駆けつけます故、先ずは自國において、殿下に御迷惑を御掛けせぬ様、急ぎ戻り治安の維持に勤めて参ります。其れでは失礼仕ります」

誾千代は深々と頭を下げると、同じく甲冑を纏った供の女子と去っていった。残された秀吉は呆気に取られ、呼び止めるのすら忘れてしまっていた。

「な、なんという女子じゃ、流石に左近将監の嫁御じゃて。こりゃ諦めるしかにゃーて」

「彌七郎殿以外の誰が私の夫を勤められましょうや。此の誾を見くびるでないわ、猿」

足早に歩きながら、小声で背面に悪態を吐く誾千代に、不謹慎ながらはなは惚れ惚れとしていた。道雪様から雷神を継いだ宗虎様、しっかりと姫様の手綱捌きも引き継いでいらっしゃる。御見事に御座います。


 葉月に入り、釜山にて小早川隆景隊と合流を果たした宗虎は、隆景との再会を喜んだ。実の父よりも年上為れど、此の二人、先の肥後一揆出陣の際に意気投合し、義父子の契りを結んだ程、互いに惚れこんでいた。

「父上、お久しゅう御座います」

「おお、立花殿、息災であったか。よもやからで再開するなどと思わなんだが」

二人は再開を喜び、其の夜は松明の元、盃を酌み交わした。

「して、父上、今はどの様な状況で御座いましょうか」

「此度唐入りしたのは我らを含めた九部隊、既に先鋒隊は明に向けて北上中であるという。我々も追って出陣ということになるが、先ずは物見を先駆けさせることとしよう」

隆景と話す中、宗虎は誾千代の「渡った事も無い見ず知らずの土地で、そう上手く立ち回れるものでしょうか」という言葉を思い出し、隆景の言葉に心から頷くのであった。

 文禄元年皐月三日、日本軍は朝鮮王國の首都漢城を落城させ、小西行長が率いる一番隊は勢い其の儘に平壌まで攻め上がり、此れを平定した。然し明からの援軍五千が、祖承訓そ しょうくんに率いられ急襲、小西は此れを難なく撃退するものの、朝鮮領内であるにも関わらず、既に明の兵が隣国で仕掛けてきた事に、日本軍は少なからず動揺した。予想外の状況に焦った日本軍は、急遽評定を開く事とした。評定では年内の行軍は平壌迄とし、一旦平壌から軍を下げ、漢城北に強固な城を作ることが、秀吉の信頼も厚い、軍監の黒田官兵衛から提案された。此れに反発したのが、平壌を落とした小西行長だった。明との講和を目指す小西は秀吉の意向に背き、平壌に戻ると、明との五十日間休戦協定を勝手に締結してしまった。明との講和を第一に考える小西にとっては、己が最前線で交渉を行うことが、戦を最小限に留める為に必要であり、平壌から兵を退き、自身が前線から撤退することは有り得ない事であったのだ。然し年が明けた睦月は六日、李如松り じょしょうは締結を無視し、平壌を攻撃、小西軍は大敗を喫する事となった。小西が結んだ五十日間休戦協定とは、明が体制を立て直すための建前に過ぎず、本気で休戦等する気は無かった。

「先ずは小西殿らの身の安全の確保が第一で御座いましょう。拙者が救援に参ります」

既に平壌の後方に立つ鳳山(ほうざん)を護っていた大友義統は既に遁走、小西行長らは何とか鳳山より下った白川はくせん城へたどり着き、龍泉山城で黒田長政と合流した。然し其の先、開城まで撤退する間、明軍の追撃を無事切り抜けられるか、甚だ疑わしかった。其の様な折、宗虎が龍泉山城へ辿り着いた事により、開城までの前途が明るくなったのは言うまでも無い。

「小西殿、長政殿、無事で何よりに御座います」

合流した宗虎は、無事を喜ぶのも束の間、明軍を退ける為の策を語り出した。

「釣り野伏、を使いましょう」

小西隊を囮に、明軍を誘き寄せる。殿しんがりを追って明軍が懐深くに入り込んで来た処を、長政隊と共に宗虎、統増兄弟が明軍に襲い掛かる。小西隊に気を取られ、暗がりに潜んでいた兵に気付かなかった明軍は不意を突かれ混乱、そこを宗虎らは一気に叩き込んだ。宗虎らは無事小西行長らを撤退させるだけでなく、明軍の出鼻を挫く働きをし、開城まで戻ってきた。

「立花殿、此度は素晴らしい働きで在った」

開城を護る小早川隆景は、宗虎へ労いの言葉をかけた。

「父上、面白いものを見つけましたぞ」

然し宗虎の眼は次の戦いへ向けられており、頭の中では其の布陣が既に拡げられている様であった。

 突然の小西隊敗戦の報に、九部隊の将全てが漢城に集結した。今後日本軍が選ぶ道は三つ。漢城での籠城、漢城より南への後退、もしくは漢城からの迎撃。豊臣政権の中心となる奉行衆は籠城戦を唱えた。然し宗虎は反論の声を上げた。

「敵の数が多いとはいえ、一戦も交えず退くのは、日の本の武士の恥で御座います。籠城戦は四方の補給路を断たれ、兵糧攻めされてしまうと長くはもちますまい。此処は城外にて敵を迎え討ちましょう。合戦は願う処です。拙者が先鋒を務めましょう」

呼応するように隆景が後押しする。

「うむ、儂も六番隊として先陣を務めよう。皆の衆、如何なものか。立花の三千は他の隊の一万にも劣らぬぞ」

籠城を説いていた奉行衆も「兵糧攻め」の危険性に納得したのか、重鎮である小早川隆景の口添えがあったからなのか、新参の若者に対して意義を唱える事はなかった。漢城は朝鮮半島の丁度中心辺りに存在する。港町と違い、山深い処なれば、補給路が経たれてしまう可能性は否定できなかった。又「日の本の武士の恥」という響きに、少なからず皆が呼応したのも確かである。此の大陸にて、殿下の顔に泥を塗る様な状況のまま、撤退する訳にはいかない。

 満場一致の状態で六番隊の宗虎、高橋統増兄弟が先鋒を請け負うことになった。宗虎には一つの案があった。龍泉山からの帰途の中見つけた地形、碧蹄館へきていかんという宿場の辺りだ。漢城から北西、開城との中間、凡そ五里程前進するとあらわれる其の場所、此の辺りは狭き道が延々と続いており、周りは山々に囲まれていた。相手は多勢、数で劣る敵に勝つには、狭められた場所での決戦が有利である。幸い、此処は急襲を掛けるには最適な場所と見られた。

「誾千代、お主の言葉が為になったぞ。地の利を生かし、此の戦い、勝って見せようぞ」

 睦月の二十六日卯の刻、宗虎が目論んでいた通り、碧蹄館にて明軍と衝突する。十時ととき伝右衛門でんえもんを先陣とする五百人が敵を迎撃、後に中陣、後陣に分かれた立花軍が続く。対する明軍の先隊は二千騎。昨晩の雨により足元がぬかるんでおり、騎馬の行軍が上手くいかない処、木々に潜んでいた立花軍による、隊の腹を突く攻撃に明軍は動揺した。数は差があれど勢いの差で、激戦の後、伝右衛門らは此れを破った。然し、明も追加の兵七千を注ぎ込み、戦は激化した。流石の数の差に、十時伝右衛門ら百人余りは健闘も空しく討死となった。見事な最後であった。機を図っていた宗虎は、ここぞとばかりに勝鬨かちどきを上げ、本隊を率いて明軍へ雪崩れ込んだ。明に傾きかけていた流れが、みるみる日本軍に戻ってきた。

「殿、間者を送り込んでおいたのが当たりましたな。日の本の侍の精鋭は平壌でほぼ壊滅、漢城の兵もわずかだと吹いておいたのが良かった。見事策に引っかかり、追い打ちを掛けようと、碧蹄館に油断した状態で乗り込んでくるとは。日の本の武士を甘く見たツケに御座いますな」

伝右衛門の直前の申し出により、先陣から中陣へ移った和泉は、予め間者を明軍へ放ち、情報調略を図っていたのだった。後に合流した小早川隆景軍にも押された明軍は総崩れ、此処碧蹄館で日本軍は大勝利を勝ち取ったのだった。和泉の策、伝右衛門の交代、隆景の賛同、そして家臣の働き、どれが欠けてもなかった勝利であった。

「そして誾千代、お主の着眼も拙者には無くてはならなかった」

勝利を噛み締めながら、宗虎は海の向こうで城を預かる、誾千代に思いを馳せていたのだった。

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