▼抜いた時と入れた時▼
静寂によって満たされた暗い部屋の中。
暗いというのは部屋だけでなく外の世界も。
その静寂を唯一打ち破るものは紙を捲る音のみ。
ベッドに寝転がりうつ伏せで背中を反らせて肘を前につきその手には本を持つ。
少しの時間が経過するとその本も最後を迎える。
本の持ち主は本を閉じるとベッドから降り暗闇の中をすたすたと歩くと本棚に本を収める。
「ふぅ…やっぱり夜に本を読むと捗るなぁ」
それだけ言うとまたベッドに戻り今日夜ご飯を食べている時に母親から言われた言葉を思い出す。
『明日お弁当作ってる暇ないからもし自分で作るなら早く起きなさいよー』
行く時に買っていってもいいけどお金使いたくないし早く起きるかな。
そう決心して眠りに落ちる。
時計の針は既に3時を指していた。
爽快な目覚ましの音が部屋の中に響く。
「うぅぅん……眠い」
目を擦りながら大きなあくびをする。
そして目覚ましの方に手をかざそうとして今の時間に気付く。
「ふぇっ…!?」
何が起こっているかを理解出来ず少しの間目覚ましの音が場を仕切る。
「…………あっ」
そしてやっと自分がやってしまったことに気付いて声が出る。
「目覚ましの時間変えとく忘れてた…」
昼ごはんの調達のために朝からコンビニに寄って商品をいろいろと見ていると
「あれ、富士宮君?」
後ろから癒しの声が聞こえてきて振り返る。
「恋羽、おはよう」
「おはよう富士宮君。それより珍しいね、富士宮君っていつもお弁当じゃなかった?」
慣れている様子でパンを1つ手に取り飲み物を選びにかかっている少女は不思議そうに尋ねてくる。
「いつもはそうなんだけどね。今日はお母さんがお弁当作れないって。あと寝坊しちゃって」
「ふーんそうなんだー……今日はこれにしよっと」
傍からだと全然話を聞いてもらえてないように見えるけど朝の恋羽ならこんな感じだ。
むしろ聞いてない時は「んー」しか言わない。
だから今の恋羽は恋羽なりに結構真剣に聞いてくれてる、ということ。
「それじゃあ富士宮君」
いきなりの恋羽の声のトーンのあがりように少し驚きながら振り向く。
「今日はコンビニで買った者同士、一緒にお昼食べようよ」
時間は変わってお昼休み。
「富士宮君、お昼食べよ」
机の横から身をかがめて話しかけてくるのは恋羽。
今日の昼ごはんは一緒に食べるという約束を朝のコンビニでしたから声をかけてくれたんだと思う。
「うん。でもその前にちょっとトイレ行ってきていい?飲みすぎちゃって」
そう言いながら机の上に黄色と水色のラインがはいったストローを突き刺したジュースを指さす。
「……」
「恋羽?」
「あぁ、えぇっと何にもないよ。いってらっしゃーい」
恋羽のぎこちない返事に少し違和感を覚えつつもトイレに向かう。
トイレをすませてトイレの前に設置されている手洗い場で手を洗っていると
「あ、光矢じゃん。トイレ?」
「瑠美か。そうだけど、瑠美は?」
「私はね、ブラがちょっと破れちゃってね」
いや、普通の学校生活でブラが破れるってどういうこと?そんなことを思いつつも瑠美の話を聞く。
「それで裁縫セットを職員室に借りに行って今その帰り」
「借りても瑠美縫えないじゃん」
「私が縫うわけないじゃん」
「えっ?」
「えっ?」
あれ、なんかおかしいかな俺?
普通服破れたら自分で縫うよね?下着ならなおさら…
「あっ、でも光矢には頼まないよ!さすがにブラだからね」
「うーん…それなら良かったけどそれでも他の人に…」
「でもパンツ破れたら光矢に頼むけど」
「なんで!?」
「ついでに処女膜も破ってもらおうかなって」
「ついでって何!?あとパンツ破れたら縫うんじゃないの?さらに破るの!?」
「まぁまぁ、時と場合によりけりってやつだよ」
「どういうやつ!?」
「そもそも滅多に破れないから」
「絶対破れないでしょ、パンツなんて…」
普通の生活くらいじゃさすがにね。
「えーそうかな?私小学校の頃体育の時にお尻の所破れたことあるよ?」
「…体育何してたの?」
「んー、跳び箱だよ」
「まぁそれならまだ…」
「でも今思えばさ~」
なんだろう?跳び箱でパンツ破れるのはおかしいとでも言ってくれるのかな?
「お尻の所破れてるなら着たままアナ〇セック〇できちゃうよね」
期待するのが馬鹿だった…
「公共の場でそんなこと言うなよ~」
なんか冷静に返せてる自分が恐ろしい。
これが慣れ?慣れというやつなのか!?怖すぎるよ慣れ。
「まぁまぁ冗談か冗談じゃないかはさておき」
こいつ日本語ちゃんと話せてるか?俺の言語能力の理解を超えているんだけど…
「裁縫の時ってさ、針に糸いれるじゃん?あれって入った時絶対気持ちいいよね」
「あー確かに入れた時はなかなか気持ちいいね」
今すれ違った女子が驚いた表情でこっちを見ていたのは気のせいかな?
「でも縫い終わって糸を針から抜く時も気持ちいいよ。どっちかと言うとこっちの方が好きかな」
達成感に満ちた状態で一気に抜くとほんとうに気持ちいいんだよね。
「ふーん、そういうのもあるんだ。あんまり裁縫しないからわからないや。でも絶対入れた時の方が気持ちいい」
「裁縫初心者はみんなそう言うんだよ」
「絶対入れた時だって!」
「いいや、抜いた時の方が気持ちいいね!」
いつの間にか自分のクラスへと戻ってきた俺は入り口のドアのところでヒートアップしてしまって大きな声で言い合う。
「じゃあ今度私の目の前で抜いた時と入れた時どっちが気持ちいいか実践してみてよ!」
「いいよ!いっぱい入れていっぱい抜いてあげるよ!」
「よし、じゃあ私友達とご飯食べる約束してるから教室戻るわ」
そう言うとそそくさと隣のクラスに入っていった。
絶対に抜いた時の方が気持ちいい。そう思いながらも待たせてある恋羽の方へ戻ろうとして振り向いた時に教室内でのひそひそ話がやけに多いことに気付く。しかも目線がこっちに向いている。
すこし気にしながらも恋羽の待っている席へと向かい椅子に座る時に恋羽に
「なんかみんな今日内緒話多くない?なんかあったの?」
……少し待ってみたけど恋羽からの返事がなく
「恋羽?」
と言いながら恋羽の方を振り向くと恋羽はその場で硬直して口を開けたままこっちを唖然とした表情で見ていた。
「おーい、恋羽~」
手を恋羽の目の前で振るとようやく我を取り戻したようで
「えっ!?あっ、ごめん、何か言った?」
「あ、うん。何かあったの?みんな内緒話多い気がするんだけど…」
「うーん……えぇっと……それより抜いた時と入れた時って何の話?」
「え?」
いきなりの話題転換に少し驚いたけど普通に
「あれは裁縫とかする時に針に糸通すでしょ?その時と縫い終わった後に糸を抜く時かどっちが気持ちいいかっていうのを…」
教室全体から『なーんだ』『よかったー』とか様々な声が聞こえてきて言葉が途切れる。
「えっ?なになに?」
目の前の恋羽にどういう状態かを聞こうとして恋羽の方に目を戻すと
「あー確かにどっちも気持ちいいもんねー」
とどこか的を故意に外した言い方をした。
「それよりみんなはどうしてたの?」
「んー、まぁ簡単に言うとだね…」
「……ということ」
「………うん」
途中途中でツッコミを入れてたからもう言うこともないよ。
改めて人から聞かされたら最初の方を知らない人たちは絶対勘違いするよこれ。
完全に肉体関係あるじゃん!
「今度からはもうちょっと気をつけるよ…」
「その方が良いかもね」
「じゃ食べよっか!」
恋羽の話を2分くらい聞いてすっかりお腹が空いてるのを忘れていた。
「そうだね。いただきます」
そう言って恋羽はサンドウィッチの包装を剥がすと小さな一口で食べ始めた。
自分も食べようとしてパンの袋を開け、ふと視界に入ったジュースを見て記憶曖昧なことを思う。
ストローのラインの色、水色と青色だったっけ?
少し遅くなりました!
第8話です!
次の投稿もいつくらいになるかはわからないですので先に言っておきます!
メリークリスマス&あけましておめでとうございます!
まだ開けてないですけど…
ではまた次の話で!