将軍と少佐。
翌朝に、人が来た。武器を持って、どこかで待機をすると言う話をしている。別の隠れ家があるんだ。そこを突き止めてから、あの人と合流しよう。
武器を持って空き家を出る盗賊達の後ろを、そっとついていく。ストールで目元近くまで顔を隠し、息を殺すように同行した。
辿り着いたのは、五重塔のように高い建物。中に入るほどの無謀まではやりたくなかったけれど、後ろからも盗賊が来てしまい、抜け出す機会をなくしてしまった。
やばいと思いながらも、結構いりくんだ建物の中を進んだ。まるで迷路みたいにくるくるしながら、階段を上がっていく。どうやら、寝床に使っている建物らしい。家具はないけれど、服や毛布がそこら中にある。
こことあの空き家を知らせれば、きっと軍が一網打尽にしてくれるはず。
そのためには、肉まんの亭主の元で、約束している彼と会わないと。
誰にも気付かれないように俯き、抜け出す機会を待っていた。
しかし、事件が起きる。下から叫び声。剣がぶつかり合う音。
「くそう! 見付かったか!」
「戦え!!」
どうやら軍はもうここを見付け出してしまったらしい。突入をしてしまった。
明らかに、私はやばい。
最上階に来てしまった私はバカ。盗賊と一緒に捕まりたくない。絶対に誤解される。言い訳きかない絶対。
盗賊達は武器を持ち、階段を下りていく。私は窓から脱出しようと、開けた。
途端に、目の前に人が。
飛び込んだ。
間一髪、避けた。
飛び込んだのは、これまた長身の男。たくましい身体をしていると、赤と金色の派手な着物の上からでもわかる。手には大きな鉈型の武器。
彼の他にも、窓を突き破り突入した男達が現れる。軍人か。
やばい。やばいぞ。
「子ども? あれ。その剣……ローエンの言ってた……」
鉈型の武器を持つ男が、私を鋭い目で見下ろす。そして握った白い剣に目を留めた。
大きくてごつい手が伸ばされたから、思わず避ける。一か八か、階段を下りてから、二階くらいで窓を突き破り屋根の上から逃亡しようと思った。でも、その男を突破できず、たくましすぎる腕に軽々と持ち上げられる。
「おお、やっぱり。こいつだ」
ストールが外され髪が垂れると、男は笑った。よくわからないけど、私に危害を加えるつもりはないらしく、そのまま脇に抱えられる。
酷い扱いだ。いくら小さくとも、これはないだろ。おい。
どうしたものかと放心していれば、盗賊達が戻ってきた。どうやら、彼らも突破できなかったらしい。鉈の武器を持つ男達を見ると、激しく動揺した。
「賊どもを、捕らえろ!!」
待ってましたと言わんばかりに、低い声が指示を轟かせる。
剣の戦いが始まったが、呆気なく賊達は捩じ伏せられた。瞬く間に、縛り上げられる。
「あらかた片付いたか?」
「はい。この場にいた者は皆、捕まえました。将軍」
私を抱えている人は、将軍らしい。とんでもない人に抱えられてしまっている。
下も制圧は済んだようで、静かだ。今なら、逃げられるかも。
「ローエンは? 例の娘を見付けたって、報告を……っと!?」
「ま、待て!!」
将軍が私を下ろそうとした隙をつき、駆け出す。階段横にある隙間に、私はぎりぎり入れる。そこを抜ければ、階段に落ちるはず。短縮で階段を降りれて、逃げ切れる可能性はある。床を滑って、隙間を通ると。
階段には人がいた。
計算外だ。
自分の身体能力頼りに着地しようとしたけど、これではぶつかる。痛みに身構え、目を閉じた。
でも、痛みはこない。彼が受け止めてくれたのだ。
目を開くと、そこにはまた丸めた青い瞳。ライトブラウンの髪の彼だ。
またもや、思わぬところで再会して、私はポカンとしてしまった。
「おう、ローエン。丁度お前を呼ぼうとしたんだ。放すなよ、すばしっこいんだよ」
「……ええ。そのつもりです」
上の隙間から、将軍が笑いかけた。
ローエンと呼ばれた彼は、将軍を見上げたあと、私に目を戻すと身体を密着される。逃がさない、と言わんばかりの眼差し。
ごくり、と息を飲む。今日は何故か、獣みたいに鋭い眼差し。怖い気もするけど、目が放せない。
「何故……ここで、その格好を?」
「あ、えっと……賊の隠れ家を見付けようと、潜入を」
下ろす気は毛頭ないみたいで、私を両腕に抱えたまま、彼は階段を上がった。
「そんなことをしろと、誰が言った?」
咎めるように目を細められて、私は俯く。
「あの店に来いと言ったのに」
「うっ……ごめんなさい。賊を退治しないと、あの亭主達が絡まれてしまうと思って……見付けたら、あなたに教えようと」
「……頼んでない」
「……はい」
余計なお世話でした、すみません。
抱えられながらまた最上階に戻ると、待ち構えていた将軍がゲラゲラと笑った。
「なぁに、民のために悪党討伐しようとしたんだ。冷たいこと言うんじゃねぇよ。気にすんな、お嬢ちゃん。コイツは物言いは冷たいが、心配してたんだぜ。賊どもは剣盗んではあしらうお前さんを血眼で捜していたからな」
将軍は許してくれるみたいで、どうやら賊の仲間ではないとわかっているみたいだし、解放されるかも。
将軍から、ローエンさんに目を向ける。ローエンさんは横目で私を見下ろしていた。あの亭主に訊ねてきて捜していたみたいだし、冷たい言い方は心配していた故に怒っているせいか。心配していたなんて、なんだか嬉しくて、口元が緩んでしまった。
「……なに笑ってるの」
肩をグッと引き寄せられたかと思えば、ローエンさんと顔が近付く。怒った風な声。じっと射抜くような眼差し。なにより美しい顔との近距離に、心臓が大いに動揺した。
じゅわり、と顔が熱くなる。ローエンさんは、それに目を丸めた。
「そ、そろそろ、下ろして、ください。ローエンさん」
慌てて顔を伏せて、小さく頼む。
ローエンさんが黙って下ろしてくれたので、ちょこちょこ下がる。逃げるとでも思ったのか、がしりとローエンさんに手首を握られた。
「……アンタの名前は?」
「えっと……」
顔の熱が冷めないけど、一度ローエンさんを見てから、余所に目を向く。賊達が連行されている。
「茜……と、申します」
「アカネ」
ローエンさんが、私の名を口にする。あの穏やかな声音。
目を合わせたら、また顔が熱くなったのを感じた。
ど、どうしよう。私、ローエンさんに、完全に落ちてしまった。
「アカネ。森の妖を連れていただろう? 鏡源郷の向こうから来たのか?」
「……桃源郷?」
妖と呼んだ子だろう。
桃源郷って、あの西遊記の桃源郷か。
「きょう、げんきょうだ」
首を傾げれば、ローエンさんは言い直す。将軍も話に加わる。
「鏡源郷の池だ。鏡みてーなでっけー池にいたんじゃねーのか、お前さん」
「あっ、はい……そこから……」
来ました。でいいのだろうか。
答えていいものなのかと、迷って二人の様子を見張る。
「おお! 鏡源郷の者に初めて会ったぜ! ようこそ!」
薄々わかっていたみたいだけど、確信するなり将軍はバシバシと私の背中を叩く。痛い。強すぎ。よろけてしまい、私はまたもやローエンさんの胸にぶつかった。
「その、きょうげんきょうの者、とは……?」
「百年に数人、異なる世界から人間が現れる池だ」
百年に数人って、多いのか、少ないのか。わからないけれど、どうやらこの世界ではこういう話は常識らしい。なんだ。身構えてて損した。
「異界の者は福を招くって迷信が広まって、よく他の国に拉致されてしまうことが多いから、大抵軍が保護してやる決まりなんだ」
にぃ、と歯を剥き出しにして笑いかける将軍。八重歯が鋭い。
じゃあ私は、保護されると言うことか。
「俺が預かります」
そうローエンさんが言いながら、私の肩を抱き寄せた。
ローエンさんが、私を保護。ローエンさんの家に、置いてもらえる。つまりはそう意味だよね。
目を見開いて、ローエンさんを凝視した。しかしローエンさんは、将軍を見ている。将軍は少し考えるように、短く跳ねた髪をがしがしと掻いた。
「わ、私を預かるなんて、いいんですか?」
私は、ローエンさんの意思を確認するために問う。
「頼んでないけど、助けられた恩がある」
「私も助けられました」
「二度、助けられた。まだ二度目の恩を返していない」
二度助けた。出会った時と、そのあと挟み撃ちにされる前に囮になって引き付けたあれのことか。
「そういうことだ!」
恩返しならば、と将軍は笑顔で私をローエンに任せることに決めた。
どうしよう。動揺のあまり、倒れそう。今まさに恋に落ちたこの人の家に、泊まるなんて。いいのか。いいのかい。
「じゃあ先に帰っても?」
「おう、大丈夫だ。じゃあな、アカネ」
将軍が手を振るので、例の空き家の場所を教えてから、会釈をしておく。ローエンさんに背中を押されて、階段を降りようとしたけれど、将軍に呼び止められた。
「アカネ、狐見てねーか? 鏡源郷の池で」
ローエンさんの手が、微かに震えた気がして、将軍ではなくローエンさんを振り返る。
「狐、ですか?」
「おう。真っ白い狐だ」
「……」
おおらかな将軍も、ローエンさんも、様子がおかしい。警戒しているような、鋭さを感じた。
「いいえ、見てません」
見たと言ったら、どうなるかわからず、私はシレッと嘘をつく。
「そうか……だよな。まぁ、忘れてくれ! 仲良くやれよ!」
ニカッと元通り明るく笑う将軍に許可をもらい、私はローエンさんと階段を下りる。
白い狐。それにどんな意味があるのか、調べてから、改めて話そう。
建物を出ると、車輪のついた箱が一つある。馬車、かと思えば、馬がいない。人力車、にしては大きすぎる気がする。
ローエンさんは襖を開けると、私の身体をひょいっと持ち上げて中に入れてくれた。ローエンさんも中に入ると、閉めた襖をスッと撫でる。すると、その車が動き出した。馬もいないし、人もいない。なのに、移動している。
「……ま、まじない、で動いているのですか?」
「車輪にまじないをかけている」
魔法の車。ほーう。ほーう。ちょっとそわそわしながら、その中を眺めた。
そわそわしてしまうのは、こんな密室でローエンさんと並んで座っているせいかな。
「……あの、円満の亭主は、ご無事ですか?」
「ああ……無事だ」
そっか。よかった。怪我をしていたら、どうしようかと。
ほっとしたら、沈黙した。カタカタと車輪が回る音しかしない。ローエンさんとなにを話すべきだろうか。いきなり密室で二人きりは緊張する。むしろ、家にお邪魔するのだから、胃がキリキリしてしまう。ストールの端を、もじもじと指先で絡めた。
「……今まで、どこにいた?」
少ししてから穏やかな声で問われ、ちょっとビクッとしてしまう。
「池から出たあと、街に入ってみたら、店の人に桃や肉まんを貰えて……食べていたら賊に会って」
賊を撒いて入ってみた空き家の二階に、着物や剣がたくさんあったこと。これまでの生活を、サクッと話した。池で妖とたわむれていたことは、隠しておく。
私を見つめながら、ローエンさんは黙って聞いてきた。
話が終わる頃に、車が止まる。先にローエンさんが下りて、私をまた軽く持ち上げて下ろしてくれた。
ローエンさんの家は――――豪邸だった。
少佐ならば、それなりに大きい建物だとは想像していた。想像を超えている。
立派な門と、大きな塀に囲まれている一階建てのお屋敷。敷地は見えないくらい広そう。使用人もたくさんいるらしく、出迎えてきた。
「今日から住むことになった鏡源郷のアカネだ」
ローエンさんは、そう短く紹介する。
今日から暫く住む。ではなく、今日から住む。そう言ったことに、キュンとしてしまう。
ローエンさん、ずっと面倒見てくれるつもりなのか。な、なんだか、お嫁に貰われてしまったような気がして、顔がまた熱くなってしまった気がする。
「よろしくお願いします!」
使用人のお姉さん方に、私は頭を下げて挨拶をした。お姉さん方も頭を下げると、すぐに私の部屋を用意すると忙しなく動く。
ローエンさんの後ろをついていき屋敷を歩いていれば、ローエンさんのことを教えてもらえた。
元々、名家の軍人さんらしく、今はローエンさんが主人なのだそうだ。お金持ちさんだった。
「ここなら、不便なく生活ができるだろ」
淡々と告げるローエンさんに、暗に養ってやると言われている気がして、キュンとしてしまう。
ダメ人間化してきている、私。
ローエンさんに恋しているのか、わからなくなってしまった。落ち着け自分。
天国みたいな豪邸で、悠々自適な生活が出来ると思うと、ついつい足が軽くなった。