小さい子達。
隠れ家をなくしてしまったので、その池のそばに寝泊まりすることにした。
街は何事もなかったかのように、平和で穏やかだ。一件落着したのだろうか。
またうろちょろして、やっと肉まんの亭主を見付けた。店は元通りで、真新しいテーブルに肉まんが並べられている。
「お嬢さん! この前のお嬢さんだろ?」
目が合うなり、声を上げた。がしりと私の腕を掴んだ。
「無事だったんだな! いやぁよかったよかった! お嬢さんのおかげで助かった! お礼に好きなだけ食べてくれ!!」
「あ……そちらも、無事でよかったです。あ、ありがとうございます」
紙袋にどんどんと肉まんが、詰められてそれを待たされた。元気そうで、本当によかったと安心する。
「いやぁ、参ったな。最近賊が悪さをし放題で、隙を見ては暴れるんだ。しょうもねぇ連中だ」
「全くですね」
うんうん、と頷きながらもかぶりつく。美味い。
あの盗賊は、最近活発に悪さをしているみたいだ。警察の隙を見ては、ってことだろうか。なら、あの本拠地を教えるべきかな。
「お嬢さん、強かったなぁ! ガツンッと一発! かっこよかったなぁ! お嬢さん、もしや軍人の娘さんかい?」
けらけら、笑いながら亭主は問う。
軍人。この街は、軍事組織で守っているということかな。
「いえ、違いますよ。賊はまだ野放しですか?」
「捕まったとは聞いてねーなぁ……ま、そのうち、将軍達が捕まえてくれるさ!」
話題を逸らせば、ニカッと亭主は笑った。
将軍。なるほど。じゃああの青い瞳の人も、軍人なのだろうか。
亭主とは別れて、うろちょろと歩いて、彼を捜してみたけれど、会えなかった。
例の池で、たくさんの肉まんを頬張る。あの人に会って、あの空き家を教えたいけどなぁ。ああ、でも手を焼いているみたいだし、もしかしたらあの空き家以外にも隠れ家があるのかもしれない。
せめてもの恩返し。探りながらも、彼と出会うことを待とう。公務執行妨害で捕まらないようにしようか。
「ん!? こら、私のだぞ!」
気付けば、空を泳ぐ魚が紙袋を漁ってかじっていたから、私は声を上げる。大きな大きな魚は、知らん顔して離れた。
「食べても平気なの? お腹壊しても知らないからね」
かじられた肉まんをちぎって差し出せば、金魚のような光の魚が数匹集まってちまちまかじって食べ始める。そう言えば、この魚は普段なに食べているんだろうか。
また紙袋が漁られる音がして見れば、犬のようなサイズの生き物が顔を突っ込んでいた。
「……おい?」
声をかけると、びくっとそれは震え上がる。紙袋から顔を出したのは、子ども。に見えもなくない生き物。でも淡い黄緑色の肌と、深緑色の瞳をして、小さな手足。二頭身。葉っぱを重ねたような服を着ている。
……よう、せい?
いても、不思議ではないか。空飛ぶ魚がいるんだもの。
「食べたいなら、どうぞ」
たくさんもらったし、紙袋から一つ取って、手渡した。緑の小さい子は肉まんを抱えるように持つと、テクテクと歩き去る。
かと思いきや、茂みから別の小さい子が二人来た。
くれと言わんばかり、小さな手を差し出される。右は花びらを重ねたような服を着ている桃色、左は紫色。
二つ、持たせてあげればまたテクテクと歩き去る。
やっぱり、この世界好きだ。私は笑ってから、寝転がった。
翌日は、小さい子の服を取り入れた着物にしてみる。花びらのようなフリル。桃色の花を咲かせたような柄。また肉まんの亭主に会いに行ってから、彼を探し回るつもりだった。
「お嬢さん! お前さん、軍人に事情を話さなかったのかい?」
「へ? ……はい」
会うなり、問われる。
事情聴取のことだろうか。嫌な響き。絶対に受けたくない。なんで今聞くんだろうと、少し身を引く。
「さてはお嬢さん、訳ありなんだな? わかった、わかった。お前さんを捜しているが、匿ってやるよ。ほら、今日も好きなだけ持ってけ!」
察してくれるなり、亭主はまたもや紙袋に肉まんを詰めた。
赤字になるのでは、と問うと「実は繁盛してんだよ!」と笑い退ける。
「お嬢さんと会った日から、妙にグンッと売り上げが上がってるのさ! お嬢さんが幸運を運んだに違いねぇ! さぁ、貰ってくれ!」
嘘ではなそうなので、受け取っておく。今日もタダで貰った、わぁい。
いや、ちょっと待て。軍人さんが探しているなら、私はあの空き家を話すチャンスなのでは。でも、素性を問われたら困る。かなり、困ってしまう。池から出てきましたーなんて言えない。
「あれ、お嬢ちゃん。前にまじないで賊と戦っていただろ? その赤毛は間違いない」
お客が一人、私に気付いたのでギョッとしてしまう。赤毛、目立つのか。
「なんだ、お嬢さん! まじないが使えるんか! 術師かい? ますます謎だなぁ、わはは!」
亭主が豪快に笑う。
まじない。魔法か。魔法使う人は、術師と呼ぶのか。
「わたしも見たよ! 少佐さんを助けて、走っていったお嬢ちゃんだろう?」
年配の女性に背中をパンと叩かれた。わらわらと、たくさん集まってきて、すごかっただのなんだの声をかけてくれる。め、目が回る。
「やめんか、皆! お嬢さんには事情があるんだぞ。俺を助けてくれたんだ。軍には黙っておいてくれ!」
肉まんの亭主が言えば、皆しぶしぶ離れてくれた。
かと思えば、こぞってこれをやるあれをやると食べ物を差し出してくれる。
「あ、ありがとうございます!」
笑顔で一礼してから、早々と逃げ出す。一度、森に戻って池の縁に貰ったものを置く。目立つみたいだから、髪は着物の下に隠そう。柄も青色に変えて、あの人を捜しに行く。
「……あれ、もしやあの人の名前を知れた?」
ちゃんと聞いていれば、あの青い瞳の人の名前が知れて、再会できたかもしれない。
ちょっと落胆しながらも、街を降りた。例の空き家を目指して歩いていく。けれども、ちらほらと賊らしき男を見掛けて、あまり出歩いていると危ないと思い、池に戻った。
池には昨夜の子達が集まって、食べている。もう、勝手だなぁ。
「美味しい?」
笑いかけながらも、私は腰を下ろして桃をかじる。小さい子達は私を見上げるだけで、黙々と食べていく。
食べ終えても歩き去らない小さい子達は、その場に居座ったので、一緒に寝ることにした。私の着物の上に、並んで横たわるものだから、子犬をあやす母親犬になったような気分だ。
すっかりなつかれてしまったらしく、翌日も街に下りると着物に引っ付いてついてきてしまった。
街にこういう子を見掛けたことないから、いいものなのか。わからないまま、街に入った。すると、誰も小さい子達を目に留めない。見えないみたいだ。
私にしか、見えないものなのかな?
疑問に思いながらも、くっつき虫のようにしがみついたその子達と一緒に、肉まんの亭主の元に行く。昨日の騒ぎを謝ろうとしたけれども。
店の前には、人だかりが出来ていた。繁盛している行列ではない。あの盗賊達だ。一般人が遠巻きに見ているのに紛れて、様子を窺う。
「あのガキがいることはわかってるんだ!」
「知らねーって言ってんだろ!」
私を捜しているんだ。亭主は言い返して、私を庇おうとする。
私のせいで、また……。
誰かが軍に呼びに行ったと話すのが聞こえた。助けがすぐ来る。でも、その前に亭主が怪我をするかもしれない。
白い剣は池に置いてしまった。今は棒しか持っていない。でも、やるしかない。
「こっちだ!!」
バッと飛び出して、亭主の前にいた盗賊を突き飛ばす。
「捕まえられるなら捕まえてみなさい!!」
怒鳴り付けてからの、全力逃亡。今回はくっつき虫がしがみついているせいで、重い。でも見た目よりは、軽い軽い。
追い掛けてくる罵倒は殺意がこもっている。捕まったら、殺されそうだ。
真後ろは喧嘩しているような別の声がしたような気がして、思わず振り返る。追い掛けてくる賊が少ない。
まさか、亭主達が、私を助けるために引き留めている?
心配になって、引き返すか迷えば、前から駆ける音がして顔を向けた。人だ。
ボスン、とその人の胸に顔をぶつけた。
「ご、ごめんなさっ……!」
額を押さえて謝ると、その人は青い瞳を丸めていた。あの時の人だ。会えた。
がし、と額を押さえた手を握られた。青い瞳が、私の頭から足の先まで見る。
な、なんだ、その反応。
この前は男物の着物を着ていたからかな。今はちゃんと女物。同一人物ですが。
「……これ。落としただろ」
「あ、ありがとう。……ございます」
彼は前に私から剥がした布、というかストールみたいなものを渡してくれる。拾ってくれたのか。
あの時は追われてて、拾う暇が……って今もだ!!
ハッとして振り返る。
殺気立った盗賊が、追い付いてしまった。
「……追わせるのが、得意なのか。アンタ」
「……やむ終えず、です」
嫌味を言われたみたいで、私はむくれながらも返す。囮になって振り回してばかり。わりと楽しいけれども。
「安全な場所に身を隠せ」
「えっ、でも」
「そんな妖を引っ付けたんじゃあ、前みたいには戦えないだろ。足手まといになるから、早く行け」
私にくっついている小さい子達を、彼はあやかしと呼んだ。見えているんだ。
言われた通り、私は逃げることにした。
「ほとぼりが冷めたら、"円満"の亭主の店に来て」
振り返らないまま、彼は言う。
えんまん。あの肉まんの亭主のお店の名だ。彼が私を捜していた軍人さんなんだろうか。
はい、と返事をして、走り出す。通りを進み、適当なところで森の中に飛び込んで、ばたりと倒れた。
息を整えながら、目を閉じて考える。
あの盗賊達を捕まえないと、今後も亭主達に迷惑をかけてしまう。早く、捕まえなくちゃ。
立ち上がり、私は池を目指して歩く。着物は前と似た男物の着物に変えて、ストールを首に巻き付けた。
池の白い剣を持ち、妖と呼ばれた小さい子達には離れてもらい、一人であの空き家に向かう。路地裏から行って中に入れば、誰もいない。日も暮れたので、部屋の隅に座って眠ることにした。