青い瞳の男の人。
埃が積もった床だから、気持ち悪い。一階にはなにもなく、階段だけが目に入ったのでそこに向かう。二階から外の様子を確認しないと。
そう思ったけど、二階を見て困惑した。二階にはたくさんのものが置かれている。倉庫みたい。木箱が並び、着物や飾りが置いてあった。それだけならいいのだけれど、問題は武器らしきものがぎっしりと置かれていること。
いや、もしかしたらただの着飾った棒なのかもしれない。手に取り、持ち上げてみた。そうすれば、鋭利な刃が露になったので、そっと戻す。だめだ。これは剣だ。間違いなく、剣だ。数え切れないほど木箱に入っている上に、奥の方には刃が剥き出しになった剣や槍が立て掛けてある。
まずい場所に入ったみたいだ。出ようとは思ったけれど、喧騒が外から聞こえて、出るに出れない。通り側の窓は布を貼り付けて塞いでいた。喧騒が収まるまで待とう。
座り込んで、肉まんを食べる。あの亭主、無事かなぁ。
お腹を満たしたあとは、そこを漁ってみた。
帯かな。絹のように薄くて触り心地がいい。淡い桃色や、若葉色。ラメを散りばめたようにキラキラしていて素敵だ。何となく、羽織る。ブーツも見付けて、サイズがぴったり合うと喜んだ。満喫する私。
そのまま木箱の一つに座り、次は剣を持ってみた。赤い塗装に、金と銀の装飾。高価なものに見えるけど、どうかな。柄から抜いて見れば、銀の刃。刃こぼれはしていないみたい。なかなか重い。
またなんとなく、それを振ってみたその時だ。
ひゅんっ、と赤い煙が出てきた。違う。熱い。これは、炎だ。思わず、剣を手放した。コロン、と剣は床に転がる。
炎が消えた。でも、確かに現れた。私は固まるけれど、すぐに恐る恐る拾う。
もう一度、ひゅんっと振れば、ブオッと炎が出た。剣を持ったまま固まっていれば、また炎が消える。
……なるほど、魔法の剣か。
それをしまってから、別の剣を手に取る。白い塗装と金の装飾のみ。抜いて振ってみると、吹雪が出てきた。
……た、の、し、いっ!!
手品道具で遊ぶように、次から次へと手に取る。その日は、楽しんだあと、そこで眠った。
着物は本当に化けるみたいで、思い浮かべた柄に変わる。昨日の亭主の様子を確認しに外に出たはいいけど、道がわからない。迷子になってふらふらしていたら、またお店の人に声をかけられて、ものをめぐって貰えた。肉まんのお店はどこか、訊ねてみようとすれば、昨日の強盗らしき男達に怒鳴り声を投げつけられて、私は全力で逃げ出す。どうやら、私のダークブラウンの髪を目印にしているらしい。
警察機関は、何をしているんだ。捕まえろよ。
逃げ切った私は、またあの空き家で身を隠した。たぶん、誰かが使っているのだろう。でも来る気配はないし、他に宛もない。そこに居座り続けた。
漁っているうちに、髪染めらしきものを見付ける。絵の具に見えたけれど、指で掬えば粘土のよう。髪色を誤魔化せるかと毛先に塗れば、色が浸透した。たぶん、魔法の髪染めだろう。量があまりなかったので、毛先だけ真っ赤に染めてみた。これならだいぶ、誤魔化せるだろう。
効果的みたいで、翌日は街をふらりと彷徨けた。またもや不思議と声をかけられては、ものをめぐってもらえる。お腹はそこそこ満たされるけど、お目当ての肉まん亭主は見付からない。
そうこうしている間に、数日が経ってしまった。空き家の二階に住み着いて床に眠っていたら、扉が開く音がして飛び起きた。慌てて布団がわりにしていた着物を木箱に突っ込んでから、部屋の隅に滑り込む。木箱の影に縮こまれば、身を隠せる。
頭を抱えた。
来たのはかなりの数だ。しかも、話を聞いてみれば、どうやら強盗の一味だった。また強盗をする計画や、誰かが邪魔だとかいう話をしている。
私は、強盗の本拠地に住み着いたのか。バカか。お前バカだ。
呻くのを堪えて、一味を盗みする。格好を確認して、馴染む服を想像した。体格がわからない男物の着物に早変わり。
一味達は、周りをガタガタと漁り始めた。私は持っていた布を頭に巻き付けて顔を隠し、首に巻く。顔を隠した強盗ばかりだから、これで大丈夫。
「行くぞ!!」
ここから出ていこうとする連中に、そっと紛れ込んだ。ハラハラしたけど、中には小柄な男もいるようで、馴染めた。よし、見計らって離脱して逃げよう。
機会を伺おうと思ったけれど、こいつらがまたどこかを襲うとするなら、私は止めるべきではないのか。私はこの街の人達に、親切にしてもらっているのだ。こんな輩は許せない。
一人が白い剣を持っていることに気付く。それを奪って一振りするだけで、一網打尽に出来ると思う。
やるか……。
狙いを定めていたその時だ。
一味が武器を握り、身構えた。懐に忍ばせた棒を掴むけれど、私がバレたわけではないみたい。
前方に立ちはだかる男がいた。
ライトブラウンの短い髪、かと思えば、襟足は長くてリボンで結んでいる。長身で、緑色を基調にした服を纏っていた。二の腕は露出していて、黒い手袋を嵌めている。スッ、と剣を抜いてこちらに剣先を向けてきた。
「チッ! 出やがったか!」
「一人だ、仕留めろ!!」
どうやら一味には敵らしく、直ぐ様襲いかかる。男は凪ぎ払い、切りつけた。血が、飛ぶ。
流石に、足がすくむ。
でも、男は止まらない。一味だって飛びかかって倒そうとする。人数で勝っているから、次々と向かう。男は剣の手練れみたいだけど、部が悪い。
今こそ、行動すべきか。白い剣に目をやって気付く。強盗一味は、ほとんどが私が遊んだ魔法の剣を持っている。なのに、魔法が発動していない。こいつら、使えないのか。
男の人が数に押され気味になっている。囲まれたら、やられてしまいかねない。
やるしかない。
私は白い剣を持つ強盗の膝裏を蹴って崩したあと、剣を持って真っ直ぐに男の元に向かう。一人を凪ぎ払ったあと、男が私を睨んだ。
頼むから、私を切らないで。
念じながらも、剣は男には向けず、突っ込んだ。目の前で止まってから、剣を振ろうと思ったのに、転がった人の足に躓いてしまった。
「っ!?」
そのまま、男の人の胸にダイブしてしまう。勢いがありすぎて、男の人もろとも倒れた。
その拍子に、頭を掴まれた気がする。布が剥がされたみたい。髪が溢れた。
すぐに起き上がれば、私が下敷きにしてしまった男の人と目があう。赤い毛先の髪が垂れる中で、目を見開いた男の人。
綺麗な顔立ちの人だ。瞳は明るい青い色。色白の肌。まるで、二次元の美麗イラストのイケメンが、そのまま飛び出してきた人みたい。
互いに、ポカンと見つめ合ってしまった。
息を止めてしまったけれど、すぐに周りのことを思い出して立ち上がる。
仲間だと思った奴が女で戸惑っている強盗の一味に向かって、私は足を踏み込んで剣を大きく振った。
吹雪が、彼らに向かう。氷の雫まで飛び、雪をかぶったようになる一味は、ドミノのように倒れた。不意打ちは、効果的だったみたい。
私は男の人に手を貸して、立たせた。こうして並んで立つと、彼はとても背が高くて、見上げる形となる。
「何事だっ!!」
強盗の援軍が、来てしまった。あの空き家に残った輩だろう。
あの中に魔法が使える奴がいたら厄介だ。私がなれていない魔法を使って戦うと、周囲の人達が巻き添えになるかもしれない。
「逃げましょ!」
「!」
ここで戦ってはいけない。男の人の腕を掴んで、走り出す。男の人は黙って一緒に走ってくれた。
走ったはいいけど、どこにいけばいいんだろう。きょろきょろとしている間に、腰に腕が回って男の人に抱き寄せられた。
「こっちだ」
初めて、声を聞く。低いけど、穏やかな声。
建物の隅に押し込められたかと思えば、大きな身体で抱き締められた。彼の顔を見上げていれば、彼もまた私を見下ろす。またポカンとしたように見つめ合ってしまう。
ライトブラウンの髪。明るい青い瞳。整った顔。輪郭に、たくましい首。
見つめていれば、彼の背の向こうで騒ぎが遠さがった。抱き締めた理由は、私を隠すため。でも、彼はまだ放さない。
彼の左手が動いて、私の髪を掬う。明るい青い瞳が、毛先を見つめた。それから左手は、私の握る剣に移動する。
「……それを……どこで?」
囁くような声が、私の額に吹きかかった。穏やかで、気持ちいい声。
「あ……彼ら、が……ぁ」
「……なに? 聞こえない」
「……あ、の……」
「はっきり、言って」
怒っているのだろうか。青い瞳が細められて、急かすような言葉を吹き掛けられる。でも、穏やかな声。もっと聴きたくて、答えることを忘れてしまう。
「きゃー! 助けて!」
女の人の悲鳴に、男の人は顔を上げた。すぐに飛び出して、助けに向かう。一味が絡んだみたいで、男の人は、叩き切る。
反対側からも、一味が駆けてきた。挟み撃ちにされてはまずい。男の人の名前を聞きたかったけど、向かってくる一味を遠ざけなければ。
一味に向かって走る。幸い、一般の人は少なかった。だから、上に翳した白い剣を真っ直ぐに振り落とす。
一直線に吹雪が向かう。咄嗟に一味が避けたけれど、服が凍り付いてあわてふためいた。空いた道を突き進んで「ぶぁーかぶぁーか!」と舌をべっと出して悪態をつく。食い付いて、彼らが追ってきた。
ずいぶん遠くにいる彼と目が合い、なにか言いたそうだったけど、私は前を向いて全力で走る。
行く宛なんて、例の池しかない。だから、街を抜けたら、森に飛び込んでひたすら走り回る。見覚えのある丘を見付け、池に辿り着いた頃には、もう薄暗くなってしまった。
池のそばに倒れ込んで、息を吸い込む。ある程度落ち着いたところで、私は笑い出す。
「あー……この世界いいな、好きだわ」
働かず、好き放題歩き回っているから、そう思うのかもしれない。自由にのらりくらり。楽しい生き方だな。
前は早起きして、単調な仕事を繰り返した日々だった。
今は自由で、刺激的。
目の前には鏡のように森を映し出す池。そして、その上を悠然と泳ぐ光の魚達。幻想的な景色。中華風ファンタジーの世界。このまま生きるのは、悪くない。出来たらいいけれどね。
「……あの人、警察だったのかな……」
思い浮かべるのは、さっきの男の人。ライトブラウンの髪と、明るい青い瞳の持ち主。
悲鳴を聞き付けて、真っ先に駆け付けて助けていたから、きっと警察みたいな人なんだろう。
彼が触れた髪を手に取り、何となく、匂いを嗅いだ。でも、彼の匂いがするわけない。覚えているのは、息の熱さと穏やかな声。
また……会えるだろうか。
ぼんやりと池を眺めた。宙を漂うように泳ぐ魚は池に映っている。私は起き上がって池を覗くけれど、映らない。手を翳しても、水面に触れても、揺れるだけで私は映し出さなかった。
この池は、私が嫌いなのか。何故私を映さないんだ。
頬杖をついて、池を眠るまで眺めた。