鏡の池と白い狐。
ハロウィンですね!
ハロウィンですね!
ハロウィンですね!!
今回も、思い付いたがままに書きなぐりました!
それは泡沫の夢か? 泡沫の現実か? これが夢か? これが現実か? どちらが夢か? こちらが夢か? 全ては幻か?
息が、苦しいと思った。
それもそのはず、水の中にいたんだ。水面を突き破り、息を吸い込む。
そこは森の中だ。時間は夜らしく、藍色に染まる鬱蒼とした深緑の森。それに囲まれた池は、鏡のように鮮明に森を映している。池は、真っ黒にも見えた。ただ、世界を映している。
私は、素っ裸だ。鏡みたいな池から上がりたいが、裸では抵抗がある。鬱蒼とした森に入ることも、嫌だ。しかし、このまま池に浸かっていられない。腰を上げようとした時だ。
池のそばに、不気味なほど白く輝いて見える小さな狐がいる。純白の狐。瞳もまた、真珠のように艶やかな白。
私は、息を飲んだ。その狐は、池には映っていない。景色ははっきり映っているのに、狐だけは――。
でも、瞬きをしたら狐の姿は消えていた。
代わりに、白い服らしきものがある。狐と見間違えたのか。そんなわけないと思いつつも、唯一の服にすがるしかなくて掴む。白い着物みたいだ。
池から這い出ようとしたら、頭上に妙な生き物がいた。
一見、魚。シーラカンスみたいにも見えるけれど、淡い光を放つ触覚がいくつも漂っている。私の身長を軽く超える全身も、透けてしまいそうだ。一番目を疑う理由は、その魚が悠然と空中を泳いでいるから。
宙を泳ぐ巨大な魚がいるなら、池には何がいるんだ。
かなり怖くなり、私は慎重に慎重に、池から上がる。
他にも小さなサイズの魚が何匹か泳いでいた。着物をまとって、身を縮める。
そして考えた。
ここは、どこだ。白い着物なら、もしやあの世かもしれない。あの世ならば、誰か説明しろよ。死神とか鬼とか。でも魚以外、誰もいなさそう。
一先ず、一先ずだ。ここは別世界だと認めよう。そして、私がすべきことはなにか。考えなきゃ。ああ、そうだ。先ず身体を拭かないと、風邪を引く。あの世ならば、風邪を引いたりするのかな。
なんて思いながら、滴を払おうとしたけれど、腕を擦っても濡れていなかった。足も髪も、身体が濡れてない。それどころか、肌は色白くなっていて、全身がつるつるすべすべだ。
わけわからない。混乱の極みだ。頭を抱えて、ひたすら考えてみたけれども、森を進む気にはなれず、横になって踞った。
明るくなって目を開くと、空はスカイブルーに染まっている。池にはそれも映っていた。
思わず、覗き込む。深緑の木々と空色。鏡のようにはっきり映す池の中には、なにもいないのだろうか。疑問を持って見つめていると、あることに気付いて、私は身を引いた。
……私、池に映っていない。
混乱で絶叫がしたい。堪えて頭を抱える。やがて、空腹を感じて顔を上げた。
……幽霊ではなさそう。
ならば、優先順位は食べ物を探すことだ。白い着物をしっかり着て、意を決して森を進むことにした。
草は柔らかくて、素足でも苦なく歩ける。特に妙な生物に会わずに済むと、街らしきものを見付けた。
……京都……なわけないか。
五重塔に似た建物を丘の上から見付けて、一瞬思ったけれど、そんなわけがないだろう。
塔が重なる建物がいくつか並んでいる街だけれど、一階建てばかりだ。赤色やブラウンやベージュで、黄色の装飾の建物ばかり。私は降りることにして、そっと建物の影から通りを覗いた。
人が多くて、賑わっている。明るい表情の人々の格好は、様々だ。中国の民族衣装に似ている……なんて言ったかな、ああ、漢服に似ている。けれど、色とりどりで花柄の刺繍もほどかされていてお洒落に思える。綺麗だ。
中華風ファンタジーの世界か、ここ。
人々の髪色は、赤だったり緑だったりと派手な色ばかりだ。私はダークブラウンだし、白い着物だから、間違いなく目立つ。生憎、私は迷子になっても自力で見付けるタイプ。街になんじんでそれとなく情報を集めたい。
どうしたものか、と眺めた。
オレンジの長い髪がカールした女の人に注目する。目尻からクリンと跳ねたアイラインが書かれているはっきりした顔立ち。韓国のアイドルみたいに美しい。そんな彼女は、白と赤を基調にしていて、黄色の花の刺繍が施された着物。
私なら、黒い揚羽蝶が花の上を舞うような柄がいい。なんて思いながらも、空腹に負けて通りに出ようとした時。自分の着物が変わっていることを知った。あの女の人と同じ。でも、花に黒い揚羽蝶が留まっている刺繍だ。白い着物が化けた。
狐の次は、着物で、だから、あれ、これはもしや狐の着物なのか。脱ぐべきなのでは。しかし、さっきから漂う匂いに誘われるように、通りを出た。
見知らぬ世界、見知らぬ街に、ハラハラしながらも、周りを見て進む。足は裸足のまま。でも裾は引き摺るほど長いから、誰も気に留めないだろう。
耳をすませば、日本語に聞こえた。
八百屋さんみたいなお店の亭主が、お客に向かってお勧めの商品について話す。何故、日本語を使っているのか。不思議に思いながら見つめていれば、その亭主と目があってしまった。
「おっ! こりゃ可愛いお嬢さんだ! どうだい、取り立ての桃を!」
ニカッ、と笑いかけてきたかと思えば、桃を一つ投げ渡してくる。
「あ、えっ、えっと、ありがとうございます!」
お金は、いいのかな。タダでもらえて、慌てて大きな声で礼を言う。
「あはは、可愛いからおまけだ!」
亭主は笑いながらまた桃を投げてきたから、私はキャッチした。なんて、気前がいい人なんだ。
すぐに他の接客をする亭主に頭を下げてから、歩き出す。袖で擦って匂いを嗅ぐと、甘い香り。爪を立てて皮を剥いてから噛み付けば、じゅわりと果汁が溢れた。美味しい。
スキップしたくなりながらも、歩きながら一つ目の桃を食べ終えた。もう一つは残しておきたいので、袖に入れておく。
「あれあれ、こりゃまた可愛いお嬢さん! どうだい? 美味しいよ!」
ずっといい匂いを漂わせていた肉まんみたいなものを売っている亭主に、声をかけられた。店の前に置かれたテーブルの上の肉まんを一つ、笑顔で差し出される。
な、なんだ。この世界はタダでものをくれるのか。戸惑っていれば、強引に持たされた。
「美味しいぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
「いいってことよ!」
笑い退けると、買いに来た客と話してお金を受け取る亭主。何故だ。何故、私はタダでもらえるんだろう。
不思議に思いながらも、まだ熱いそれに、かぷりと噛み付いた。引きちぎって具に到達すれば、肉まんとはまた違う美味な具。ジューシー。
「美味しいです!」
「そっかそっか! もう二つ、あげよう!」
「え? いいんですか?」
「お嬢さんが可愛いから、特別だよ!」
気前がよすぎると思ったけれど、亭主はウィンクしてまた私に渡した。熱くて袖で持つ。
私は無駄に目が大きくて小顔だけれど、すれ違っただけで一目惚れされるほどの美人ではない。戸惑い一杯になりながらも、かぷりとまた食べた。
ここは、あの世ではない。と思うことにしよう。
映画並の中華風ファンタジーの世界観と人々達。さて、どこだろう。肉まんの亭主と客の会話に聞き耳を立てながら、二つ目の肉まんにかぶりつく。
すると。
店の前のテーブルが、金棒で叩き割られた。
「あり金全部寄越せっ!!」
身軽な着物と布を口に巻いた男達が数名。まるで、盗賊。強盗が目の前で起きて、私は肉まんにかぶりついたまま身を縮めた。
「や、やめてくれ!!」
「おりゃ退け!」
亭主が懇願しても、強盗達は容赦なく店のものを壊す。金が目当てならば、金だけ盗ればいいものの、暴れまくる。
見ている人達は悲鳴を上げるだけで、怖くて近付けない様子だった。対抗できる人はいないみたい。強盗は短剣や棒を振り回しているのだから、当然とも言える。
「ガキは引っ込んでな!」
立ち尽くす私に、一人の強盗が叫んだ。
ガキとは失礼な。私は、二十三だぞ。小柄でもガキはないだろう。怒りたかったけれど、気前よくものを貰えたのは子どもに見られたからかもしれない。強盗達は皆長身だ。百七十センチ前後。さっきのお姉さんも、百六十センチは越えていたと思う。私は、小柄すぎなのか。……失礼なっ!
おろおろしていた亭主は、私に下がるように手を振る。私を心配してくれていることに、申し訳なく思った。
悪党はこいつらで、亭主を助けなければいけないと思うのに、丸腰ではなにも出来ない。でも、転がっているテーブルの足が目に留まる。
あ、武器があった。
私は肉まんをくわえたまま、それを拾う。そして、さっき私に怒鳴った男の背中に叩き付けた。
男はよろけたが、私をギロリと睨んだ。
あら、まだ足りないの。足りないなら、もう一度ぶっ叩くのみ。顎に向かって、叩き上げた。今度はノックアウト。
「お、お嬢さん!」
「やるじゃん!」
亭主や他の人が、まるで救世主を見るような目を向けてきた。
肉まんのお礼です。
「このクソガキ!!」
倒れた男の持っていた棒を拾えば、短剣を持った男が向かってこようとした。
刺されたくない。短剣を叩き落とすことだけを考えて、棒を振り落とす。力一杯振ったおかげで、男の手から短剣が落ちた。その棒を次は振り上げて、顎に叩き付けた。
護身術で顎をつくことが効果的だと、覚えていてよかった。そして、無駄に身体能力が高くてよかった。棒はまるで警棒。重いけど、いい装飾だ。
二人目を倒したことで、周りから拍手が起きた。
「このガキが!!」
金棒を持った男が振り落としてきたから、後ろに飛び退いて避ける。
金棒を相手か。映画好きだから、様々なアクションシーンを思い出して、勝利の糸口を探してみた。
いやいや、なにも戦わなくとも。逃げれば勝ちって言葉がある。
「ざまぁねーなデクの棒ども!!」
悪態をつき、裾を持ち上げて全力で走り出す。当然のように、強盗は追ってきた。
もちろん、誰か警察かなにかに知らせにいったんだよね!?
警察が駆けつけるまで引き付けようとした思ったけど、無謀すぎた。目くじら立てた武装した男達が追ってくる。
肉まんくわえたまま中華風ファンタジーの街を駆けるとか、なんのコメディ映画だよ!
「待ちやがれクソガキ!!」
何故、二十三にもなってクソガキ呼ばわりされなきゃならないんだ! ボンクラどもめ!!
言い返してやりたかったけど、走ることに専念した。状況が飲み込めない人達をじぐざくに避けながら、タイミングを窺う。そして、建物の隙間に飛び込んだ。
追い回す罵倒が、通り過ぎていく。胸を押さえて、呼吸を整えた。
ふぅ……。一息ついたあと、私は笑ってしまった。どうしよう。楽しい。
肩を震わせながら笑っていたら、また騒ぐ声が聞こえた。私は建物の隙間を進むことにした。
やがて、汚れた建物に目がつく。窓はひび割れ、汚れた硝子。人気はなさそう。開けて、中に入ってみた。これまた埃だらけで安心する。誰も住んでなさそうだ。ここに隠れさせてもらおう。