始まりの朝 03
「ひ、雛っ。」
勢い良く立ち上がった私。
そのせいで倒れそうになったお茶の入ったコップを、何事もなかったかのように雛が止めた─手を触れずに。
「あわわっ、ごめんなさいっ!」
「大丈夫、唯。落ち着いて。」
慌ててバタバタと両手を振る私に、静かに告げる雛。
その声を聞いて、顔を見て、私の中に静が戻ってくる。
「あ…、うん。」
風が途絶えた水面のように、私の心に凪が訪れた。
私はストンと椅子に腰を落とす。
「うん。それで、どうかしたの?」
再度静かに問い掛けてくる雛。同時に、コトリとコップを机に戻した音がした。
そうだった。さっき、雛に倒れそうなコップを救出してもらったんだ。
「ありがとう、雛。」
「うん、大丈夫。」
お礼を言った私に、ふわりと微笑んでくれる。
「風ノ魔法、凄く上手。」
「そう?でも、自分が動くよりも早いから。初めの頃は力加減が出来なくて、色々と壊したりしたけど。今は平気。本当に使いこなせているかは、分からないけどね。」
誉めたのに、雛は冷静に自分の力を観察していた。
私だったら、誉められたら調子に乗っちゃうけど。
「なんか、自然に風を使ってたね?」
「うん。技として使うのではない限り、無意識に使えるみたい。」
「うわ~、超能力みたいっ。」
文献で読んだ事がある。思うがまま、物を浮かべたり曲げたりする特殊能力。
「唯の方が、超能力みたいよ?」
「え?」
「だって第六感・心眼って、心の目…つまりは見えない物が見えるって事でしょ?実際に目にしていなくても、見ているように視覚出来るのって凄いわ?私は、風の力を使っているだけだもの。」
驚いて瞬きを繰り返す私に、雛は優しく説明してくれる。
おぉっ!?私の能力も、捨てたもんじゃないわねっ?
「そっかぁ~、気付かなかったぁ。」
「隣の芝は青く見えるものよ。」
雛に対して感嘆の溜め息をついていると、急に難しい事を言ってきた。
芝?…芝って、草の事よね?草といったら、青じゃなくて緑よね?
そんな風に内心で首を傾げていると、また静かに雛が教えてくれる。
「何でも他人のものは良く見えるものって意味。青とか緑とかが重要じゃないの。」
「えっ?!あ、そうなの?あ、あははは…。」
ひょっとして、雛も心眼を使えるんじゃないかな。
「ちなみに、私は心眼は使えないから。」
「あ…あははは、だよねぇ?」
本当に、私の心が見えているように話す雛が…たまに怖い。