表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/49

一旦諦めましょう

「そんなの見ればわかりますよ……」

「あら、そう?君はなんていうか、実力わかってないような気がしたから。忠告よ」


 そう言ってにやりと笑うセーレ。

 どうにもこの人はいやらしい。

 実力がわかってないも何も、あの状況で行かないわけにはいかなかった。

 それが、普通だ。

 だって、女の人だし。グイグイ来るタイプだったし。

 もし、僕があそこで断ったりしたら彼女はどうするつもりだったのか。

 まあ、結局失敗したわけだけれど。


「実力がわかってないって言ったって……。もし僕が行かなかったらどうするつもりだったんですか?」

「その時はその時。ぜーんぜん考えてなかったわ」


 あっけらかんとそう言うセーレは本当に何も考えていないように見えた。

 だから、ピストルなのか。

 威力は高いが消費が激しい。完璧なハイリスクハイリターンだ。

 彼女はそれが怖くない。

 それが、勇気なのか楽観主義者の危うさなのか。

 僕にはそれがわからない。


「セーレさん……あなたって人は……」

「……何よ」

「いえ、なんでも……」

「君ってさ、一見従順で大人しそうだけど、本当は生意気よね」


 なんてこと言うんだこの人は。

 生意気だって?

 言われるままに言うことを聞いて、おまけに命まで掛けてしまう僕が生意気だと。

 便利に扱われることに慣れている僕は、日本の常識で言えば明らかに謙虚さを知る奥ゆかしい人間だ。

 生意気という言葉。

 乱暴で、自分勝手で、抗わない人間をストレス解消のための人形か何かと思っている奴らがよく言うんだ。

 僕は、確かに無害な振りをして人の席に座ってしまうずるい奴かもしれない。

 でも、人に対して横柄を働くような人間じゃないはずだ。


「セーレさんは、横柄でずけずけしてますよね」

「んー。ま、そうね。……って、あ! まさかそれ嫌味のつもりなの? あははっ、ごめんごめん」

 そう言って笑うセーレは「こら、なんてこと言うんだ」と続けて、おどけた。


 なんなんだこの人は。

 そこは普通本気で嫌な気持ちになるところじゃないのか。

 わからない。


「……はあ、笑った。君は本当におもしろい子ね。自分の実力がわからないのに手助けなんて普通できないわよ。たとえそれが強引な頼みだったとしてもね?だって勝ち目がないんだもの。それでも向かって行くんだからてっきり自信があるのかと思ったのよ。君が本当にできないと思ったら逃げるなりなんなり、自分にできる形で拒否するべきよ?」

 

「じゃないと死ぬわよ」、この一言に肝が一気に冷えたと思う。

 言われてみれば確かに、と思えることだった。

 ここは僕の知っている世界のような安全が保証されているところじゃないんだ。

 どんなに些細であろうとも、自分を主張することは命を護ること。

 それができなければ、死ぬ。

 その原因が利用されたか、実力不足だったかという違いであって、それを理解し機会から逃げなければ死はいつでも簡単に訪れるんだ。

 

「……イェア」

「え?」

「いや、なんでも」

「ところでさ、君はなんで生きてるの?」


 またこの人は。

 と思ったが、確かにその通りだ。

 僕は確かにマウスフェイスの親玉、ボスマウスフェイスに食われたように感じた。

 感じたといっても、最後の記憶は無数に並ぶ歯の光景だけなのだけれど。

 

「それは、僕にもわからないんです」

「ふーん。じゃ、まあラッキーだったってことね。セーフ」

「そ、そうですね……」

「でさ、君。実はとても弱いじゃない?雑魚相手にも実際ギリギリの立ち回りだったわけだし」

「そう、ですね……」

「じゃあ、一旦諦めましょう」

「え? でも、セーレさんはやらなければいけないことがあるんじゃないんですか?」

「まあ、そりゃそうよ。依頼は絶対にこなすわ。でも、死んだら意味ないじゃない?それはクライアントだってわかっているわけだし、いいのよ。できるようになってからでも遅くないわ」


 これがこの世界のやり方なんだ。

 自分の主張や命を第一優先に、それに見合った形で報酬を得る。

 でも、それは。


「お客さんの信用を失うってことになるんじゃないんですか?」

「さあ? それこそクライアント次第でしょ。それに、私に死んでもやれなんて言う人の依頼を成し遂げたいなんて思わないしね。そんなのだったらもっと別の方法を考えるわよ」

 

 ご、ごもっとも。

 この人は、楽観主義者でありながらポジティブな性質を持っているんだ。

 まだよくわからないけれど、自分のどこかに命を掛けるポイントを持っているんだ。

 僕はセーレというこの女性を強い人だと、そう感じた。


「セーレさん。僕も強くなりたいです」

「え? まあ、好きにすればいいじゃない。じゃあ、一応聞くけど……。私の依頼、手伝ってくれる?」

「はい。その代わり僕にもっと教えて下さい。戦うための方法を」

 

 そう言った僕の肩に手を置き、セーレは笑った。


「……嫌よ。自分で考えなさい」


 おい。

 この女、何を考えているんだ。


「とは言っても、どうも君は素人くさいし。特別に私の友達を紹介するわ」

「よ、よろしくお願い……します」


 そうして、あっさり地下への階段に背を向けた僕らは、階段のある建物の向こう側へ向かう。

 大穴のある方、僕が初めてこの地に降り立った方角だ。

 僕がいた通路が見えてくる。

 こうして外側からちゃんと見てみると、そこは通路というよりも細長い何か建物の崩れた後だったのだと気付く。

 それを通り過ぎ、建物跡の裏側に回った時僕は、何気なくそっちを向いた。

 すると煤けた長方形の木箱が目に付く。


「セーレさん、ちょっとすいません」


 僕は煤けた木箱に駆け寄っていく。

 もしかしてこれは、宝箱というやつではないのだろうか。

 ゲーム的に実は画面を振ったら背後にありますみたいな位置に置いてあるそれを期待した。

 軋んできゅうと鳴る煤けた木箱の蓋を開ける。

 中にあるのは古びた布切れみたいなものがくしゃくしゃになって詰め込まれていた。

 僕はそれを手に取り、広げてみる。


「ケープじゃない。どれ、なんの素材でできているのか見てあげるわ」

 

 セーレはそう言って僕が手に持っている布切れを摘んだり匂いを嗅いだりしている。


「ただの皮ね。たぶん砂狼のものよ。この辺りには多く生息しているし」


 僕は砂狼皮のケープを身に着けた。

 

「どうですかね?」

「どうっていうか……。はっきり言ってダサいわ、すごく」

 

 スーツ姿にマーマン装備、そして薄茶色の皮のケープ。

 言われてみれば格好的に違和感だらけか。


「や、やっぱり格好悪いとダメですかね?」

「別にダメってことはないわよ。でも、格好ついていればそれだけでやる気になるってとこもあるじゃない」

「確かに、その通りです」

「大丈夫よ、一旦町まで戻るつもりだから、その時に何か見つければいいわ」

 

 セーレはそう言って再び歩き始めた。

 僕がまだ見ていない、始めの廃屋の先。

 やはりそこは地面から飛び出している配管と崩れた建物やタンクなどがあちこちに散らばる廃墟らしい光景だった。

 しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。

 地図も見ずにこの目印のない風景を歩いて行くセーレの歩みに迷いがないということだ。

 楽観主義者である彼女のことだから、勘で歩いているということも考えられるが、どうもそうではないようで、時々右へ左へ建物や配管を迂回していく様子から目的の場所までの最短ルートを進んでいるように感じる。


「あの、セーレさん。道がわかるんですか?」

「んー? わかるわよ。目印付けてきたから」

「目印? そんなのどこにあるんです?」

「地面を見てみなさいよ」


 そう言われて地面に視線を落とすと、一輪の青い花が目についた。

 辺りの枯れかけている背の低い草や蔓ばかりの風景の中で、その青い花は点々と続いている。

 

「この花が、目印?」

「そうよ。それはツタンフラワーっていって、種が発芽して花を咲かせるまでの成長がとても早い花なの。それに、水をあげなくても温度だけで成長する特性からよく道標代わりに使われたりするわね。ま、成長が早い分枯れるのも早いんだけどねー」


 そんなものまであるのか。

 基本的には僕のいた世界と変わらないと思っていたが、モンスター然り僕にとって特殊な生物が生活の近いところにあるようだ。

 僕はその青い花の示す道を辿り、そして廃墟空間の外れ、再び砂漠の境目まで出てきた。

 すると、突然砂の中からサンドウルフが飛び出した。

 なんだか久しぶりの感覚だ。

 気味の悪い地下にはそれこそ気味の悪いモンスターがいて、僕は逆にそれに目が慣れてしまっていたのだろう。

 綺麗なフォルムのサンドウルフになんだかしっくりくるような感覚を覚えた。

 初撃をかわし、いつもと同じようにそれを倒したのだが、その一連の流れの中に僕は一つの変化が起きていることに気付いたのだ。

 それは、サンドウルフの動きがよく見えたということだ。

 まるで動きが遅くなったかのように感じるほど、僕にはサンドウルフの動きが捉えられていた。

 実感する自分自身のレベルアップ。

 もしやと思い、空を見上げる。


「どうしたの?」


 何も降ってこない。

 マイクの男からの通知は武器のレベルだけのようだ。

 それはつまり、自分のことは自分で知れというメッセージでもあるのだろうか。

 ここに来たばかりの時ならば、それで少しガッカリしたのだろうけれど今は違う。

 そばにいる誰かが僕自身の変化を見てくれている。

 それは書面で成長を知らされるよりも、ずっと楽しいことなのかもしれない。

 なんとなく、そう思った。

 

 

 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ