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まず負けます

「セ、セーレ……さん? どうしたんですか?」

「まあまあいいから、とにかく着いて来て!」


 駆け寄ってきたセーレに腕を引かれ、道の先に進むと配管の絡む柱だと思っていたものの中に埋め込まれるようにして作られた両開きの扉が開いた。

 円柱状のそれはまさしくエレベーター。

 扉のすぐ脇にキーボードが飛び出していて、そこにボタンが幾つか並んでいる。

 セーレがそのボタンを片手で器用に操作すると扉が閉まり、エレベーターは下降を始めた。

 

「あの、セーレさん。一体どこに?」

「えーと……。下よ、下。大物がいて、一人じゃ残弾がきついからあなたを呼びに戻ったの」


 そう言った彼女は笑顔だ。

 いや、笑い事じゃないんだが。

 

「そ、その大物っていうのは……」

「あー、行ってみればわかるわ。私がバックアップするからさ、その武器で適当にぶっ飛ばしてやってよ」


 おいおい、嘘だろ。

 僕がここに来てからそんなに時間が経っていないんだぞ。

 僕のレベルはせいぜい中学生とちょっとだぞ。

 武器が強いからといっても僕は弱いんだぞ。


「い、いや、その、お力になるのにはその、まだ早いんじゃないかなー……」

「大丈夫よ! だって君はあのマーマン二体を相手に立ち向かったじゃない。勇気を買ったのよ私は!」

「いや、勇気っていうか。勢いですよあれは……」

「大丈夫だってば! 自信を持って、ね!」


 無茶言うなよ。と思いつつも僕はグミを齧る。

 そして、エレベーターは動きを止め、扉が開く。

 広場と表現するのが一番しっくりくる、半円状の広い空間が目の前に広がっている。

 そして、その半円から左右と正面の三方向で壁が途切れ先へと続く通路になっているようだ。

 

「こっち!さあ、行こう!」


 セーレがまた僕の腕を掴み左の道へと僕を連れて行く。

 少しの間直線が続いた後、その先は再び開けた。

 向こう側の壁はガラス張り、部屋の壁は円を描くように湾曲した広間。

 

「……何もいないじゃないですか」

「いるわよ、上に」


 そう言ってセーレが天井を指さす。

 不自然に盛り上がった触手の山、その時触手の山から一塊のそれが自重に耐えかねて地面に落ちた。

 

「マウスフェイス……?」

「マウスフェイス? ああ、君はそう呼んでいるのね。まあ、その親玉よあれ」


 一つ、また一つとマウスフェイスが生まれ落ちている。

 地面に落ちた触手の塊は蠢き、そして僕らに向かってくる。


「さあ、行くわよ!」

「いやいやいや!作戦とかそういうの無いんですか!?」


 セーレは気付けばピストルを構えていた。

 そのまま向かってくる一匹のマウスフェイスに一発の弾丸を放つ。


「大丈夫だから!前線で暴れて!」

「えぇー……」


 渋る僕にセーレから怒号が飛んでくる。

 仕方なしに、とても怖いけど僕は前線に飛び込んだ。

 叱咤とかせっつかれるとかそういうのはどうも体が。

 見上げてみるマウスフェイスの親玉は、依然天井に張り付いたまま触手を蠢かすばかりで降りてくる気配はない。

 僕は再び落っこちてきたマウスフェイスをバットに絡めとり、床に叩きつけ倒す。

 すると、背中に触手の張り付く感覚を覚えた。


「うわっ!」


 慌ててそれを振り解こうと体を捻るが、それは絡みつくというよりも何か吸着めいた力で張り付いているようで、僕が体を振り回したところでそう簡単には離れてくれない。


「動かないで!」

 

 叫ばれてセーレの方を向くと、なんということか。

 彼女は僕に銃口を向けている。

 すると、鼓動が速まりうっすら汗すら噴き出してきた。

 

「ってちょっと! 何考えてるんですか!」

「絶対外さないわ! 私を信じなさい!」

 

 無茶言うなよ。

 僕はそんなにあなたのことを知らないんだ。

 急に信じろと言われても根拠がなければそうできない。僕はそういう生き方をしてきたんだ。

 今、この瞬間に生き方の全てを否定し、己の価値観や解釈を再構成しろというのか。

 無茶言うなよ。

 

「うわあああ!」

「ちょ、ちょっと君!!」


 背中から徐々に頭の方へと移動してくるマウスフェイスに僕はもう正常な判断ができない。

 怖い、怖い、怖い。

 その時、背後に一段と重たい何かの落ちる鈍い音が背中を伝う。


「やばいやばい!君ぃ! とにかく逃げるわよー!」


 そんなのわかってる。

 僕だって逃げたいんだ。

 でも、こいつを払わないと、払わないと。

 体を振り回しながら見えたのは、セーレの走り去る背中と、次の瞬間の無数の歯の光景。

 終わった。

 セーレさん、僕を置いて逃げるなんてひどいです。

 僕は、もう人を信じないと誓います。

 人に抗えない自分の弱さを棚上げします。

 怒るから、怒られたから僕、死んじゃったじゃないですか。

 

「ち、ちく、しょう……」

 

 情けない。

「死ねって言われたら死ぬの?」っていう鉄板ワード。

 はい、死ぬようです。僕は。

 悲しい。

 なぜ僕は人に逆らえないんだ。

 というか逆らえる人とか人を巻き込んで知らんぷりとかどうしてできるんだ。

 なんだ、だんだん腹が立ってきたぞ。


「ふ、ふざけんな!僕は、誰の言うことも聞かないぞ!自分の考えで自分でやってやる!」


 そして目を覚ました僕は、宙に浮いていた。

 背中と足にごつごつしたものが当たっている。

 喉の奥から吐き出される熱いほどの吐息。

 灰色でがっちりした大胸筋とそれに繋がる丸太のような太い首。

 岩でも噛み砕いてしまいそうな骨ばって大きな顎。

 鼻はなく、髪もない。

 顔すらも筋肉が浮き出て見えるほど筋肉質なそれは鋭い眼光で前方を見つめ一定の速度で歩いている。

 そして僕は抱きかかえられている、この屈強な怪物に。


「ん!」

 

 突如眩しい光が僕の目に飛び込んできた。

 目の前が真っ白だ。


「うっ!」

 

 それとほぼ同時に僕は地面に放り投げられた。

 砂の感触。


「あれ、ここは地上……か?」

 

 陽射しが眩しい。まだ昼だったのか。

 いや、そうじゃない。

 地面に横になりながら建物の方を振り返ると、その屈強な背中が階段を降りていくのが見えた。

 そして僕はその背中を知っていた。


「トランスポーター……」


 僕はトランスポーターに抱かれて地上まで出てきたのか。

 しかし、なぜ奴は僕を殺さずに運んだりしたんだろう。

 奴も運び屋だから。

 まさかそんなわけのわからない理由でわざわざ地上まで上がってきたなんて信じられない。

 というか奴をトランスポーターと名付けたのは僕だった。

 運び屋かどうかすらわからないんだ。

 これは名前をつけるという行為もある意味での危険をはらんでいると言える。


「……バットが!」


 バットがない。

 僕があの後どうなったのか記憶に無い以上、あれがあそこに落ちているかはわからない。

 トランスポーター、どうせなら僕のバットも持ってきてくれたら良かったのに。

 しかし、これはマズイ状況だ。

 僕はあれがないと、ここにいる意味がなくなる。

 失くしたら見つかるまで探さなければなるまい。

 だが、もし見つかるのに何年もかかったら、そう考えることに現実味を感じない。

 まだ見つかるかもしれないという希望か。

 それとも失くなってもなんとかなるという楽観か。

 

「セーレさんめ……!」


 こうなったのも彼女のせいじゃないか。

 まあ、言われるがままに言うことを聞いた僕にも落ち度はあった。

 でも、逃げるなんて、僕を置いて。

 そうして被害者ぶっていると、不思議と残る感情が決まってくる。

 憎悪、悔恨。

 あれのせいで、ああしなければ。

 もう、やめよう。

 そもそも絶望的な世界にいて、新しく始まった未知の世界。

 そこでもまた絶望の為の感情を受け入れるっていうのか僕は。

 そんなの違う。

 僕は、やってやるんだ。

 立ち上がり、地下への階段を睨みつける。

 

「もう一度勝負……! ぐわっ!」


 近付いた地下階段への扉が急に開いた。

 顔にも防具が必要だ。


「あらら、ごめんごめん。痛かった?」

「い、痛いですよ! ってセーレさん!?」

「やや、本当にごめんなさい。私もびっくりしちゃってさ、あんなに出てくるなんて思わなかったのよ、ごめんね?」

「僕、死んだかと思ったんですよ! っていうか一度死んだと思うんですけど!」

「まあまあ、ほら、そんな怒らないでさ。バット、拾って来といてあげたから。機嫌直して?」

「僕のバット! どど、どこに落ちてたんですか?」

「君を置いてきぼりにしたのはまずいと思ってさ、一応最後まで見とこうと思って地下に戻ったのよ。そしたら、あの部屋に入る直前の広場に落ちてたってわけ」

「最後までって……。それで、セーレさんはなんで地上に戻ってきたんですか?」

「あいつのところを覗いてもいなかったからよ」

「いや、なんでだからって地上だと?」

「だってどのダンジョンにもダンジョンキーパーがいるでしょ? 死体とか気絶した人とかそういう大概のものはダンジョンキーパーが外に捨てるじゃない。常識でしょ」


 そう言って首をすくめたセーレさんの言っている意味がわからない。

 僕の名付けたトランスポーターは、ダンジョンキーパーという役割を持った生物だったと。

 じゃあ、あのカプセルを運んでいたのはモンスターの補填だとでもいうのか。

 未だに自分の世界の常識で物事を捉えようとする僕の習慣で、脳はまた混乱していた。


「ちなみにダンジョンキーパーに喧嘩売っちゃダメよ? 間違いなく殺されるから」

 

 

 

 

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