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トランスポーター 2

 マウスフェイスの特徴は寄生。

 アンデッドマーマンの特徴は重い液体だが、今はマウスフェイスが顔なわけだからその液体を吐き出すことができない。

 そして、マウスフェイスに寄生されているアンデッドマーマンは近くにいるものを襲う。

 だが、今は並走して走ってくるあたり、同胞打ちはしないんだろう。

 となると、僕はこいつらを二体同時に相手にしなければならない。


 そこで、一つの名案が浮かんだ。

 財布から取り出した十円、がないので百円玉を…。

 それを硬く握りしめ、間合い三メートル手前ほどのところでそれを前方に放り投げた。

 敵の頭上を越え、飛んでいった百円玉が天井の配管にぶつかり、音を鳴らす。

 その時、二体の動きが止まった。


 僕はその隙に一気に間合いを詰め、一体目の脳天に一撃をお見舞いした。

 

「しまった!」


 マウスフェイスの耐久のことをすっかり忘れていた。

 なんでこんな時に爪の甘さが出るんだ。

 マーマンの体は活動を止めたが、あの時と同じくバットの先端に乗り移られてしまった。

 迷っている暇はない。

 再び標的を僕に戻したマウスフェイスアンデッドマーマンにおまけ付きのバットを叩きつけるが、威力が半減してしまい、怯ませただけだった。

 その間にもバットのマウスフェイスが触手を伸ばしてくる。

 それに気を取られた瞬間、マウスフェイスアンデッドマーマンが僕の腕に噛み付いた。


「いってえ! いてえ、いっ……! ああ!」


 これが人に思い切り噛まれる感覚か。

 ゾンビ映画なんかではすぐに肉がちぎられて血が噴き出るような描写が多いが、そんな簡単なものじゃない。

 頬をつねられて、泣いても許してもらえずにずっと捩られているような、そんな絶望感が襲ってくる。

 鼻の奥がつんとして涙が出そうだ。

 僕の目から涙がこぼれ落ちたその時、僕の腕に噛み付いているマウスフェイスを何かが貫き、マウスフェイスは地面に落ちた。

 

「どうもー」


 なんかのんきな声が僕の後ろから聞こえた。

 しかしこれは好機、バットに張り付いたマウスフェイスを床に叩きつけて倒しきる。

 全てが終わり振り返るが、扉は閉じられており、そこには誰もいなかった。


「……なんだよ」


 マウスフェイスの落とした歯はもういらない。

 マーマンの結晶だけを回収し、女のいる部屋へと入った。


「お疲れ様でした」

「え、あ。いや。どうも……」

「一発分、温存できた。とりあえず感謝、どうもありがとう」

 

 そう言って頭を下げる女はガスマスクのせいでその表情が伺えない。


「あのあのあ、あの! ああ、あなたは誰?」

 ここに来て初めて人らしきものに出会った興奮で口がうまくまわない。


「私はトランスポーター。つまり運び屋」

「トト、ト、トランスポーターて、なな、なんなんですか?」

「だから運び屋だよ。お客さんの依頼を受けてこのダンジョンに潜ってたんだ」

「お客さん!? いるんですか、他にも人が!」

「うん、そりゃいるさ」


 人がいる。

 そんな馬鹿な。

 こんなに寂れて人気のない廃墟に人がいるなんて、という普通の意見よりも、ここは僕の夢かなんかの中じゃないのかということだ。

 マイクの男に言われ、レジェンドアームズを作るということで頭がいっぱいだったし、それに降り立ったところがこんなところだったから、必然的に人の存在は無いと思っていた。


「そ、そっか。じゃあ、トト、トランスポーターち、ちゃんはどうして、こここに?」

「トランスポーター……ちゃん?」


 そう言って吹き出すトランスポーターの女は、腹を抱えている。

 やばい、これは一体どういうリアクションなんだという焦り。

 気持ち悪いことを言われたら次に返ってくる言葉は大体決まっているのに、それなのに彼女は笑っている。

 わけがわからない。


「……っはあ。久し振りに笑った。トランスポーターは私の仕事だよ、名前じゃないの。私の名前はセーレよろしく」

「ん? よ、よろしくお願いします」

「どうかした?」


 僕は差し出されたセーレと名乗る女性の手は、想像していたような柔らかさではなく、ごつごつとしていて彼女の言うトランスポーターの仕事の壮絶さが伝わってくるようだった。

 

「じゃあ、私は用があるから先に行くねー」


 さっぱりしたものだ。

 彼女は僕にそう言うと手を振ってそのまま部屋から出て行ってしまった。

 ところで、彼女はどう考えてもあの二体から逃げる必要はなかったと考えられる。

 一発温存、そう言っていた彼女が使った武器はきっと銃だろう。

 ダンジョン潜りなんて、間違いなく消耗戦なのになぜ武器が銃なのか。

 彼女はその道のプロのような感じなのに。


 とまあ、それよりも。

 ここにも人がいるとセーレは言っていた。

 いや、こことは言っていないか。この世界のどこかに、だ。

 喜ぶべきだろうか。

 セーレは、悪い人じゃなさそうだ。

 でも、他の人っていうのがどんな者なのか、会うことがあるかもわからないのだけれど、体は勝手に不安で動きが悪くなる。

 何気なくぼんやりモニタを眺めていると、三叉路を映す画面にセーレが小走りに駆けて行く様子が映る。

 僕も先へ進もう。

 

「一緒に行けばよかった……かな」

 

 そして僕は、また三叉路に立つ。

 結局全ての道を行くことになるとは、現実は甘くない。

 セーレの後につづいて三叉路の右の道を進む。

 ここは、左の道よりかは狭いが、真ん中の道ほどではない。

 地面に配管もないし、ここも主要通路と考えて良さそうだ。

 たぶん左の道に沿っているんだと思われる湾曲した通路は、緩やかな下り坂になっている。

 そうして坂道を下って行くと、辺りの風景が一変、中央に配管がまとまって樹の幹のようになっており、格子状に組まれた床が広がる開放的な空間となった。

 壁のあちこちには扉が付いていて、ここは明らかに何者かが集まっていたのだろうとということを連想させる。

 

 一番近くにある扉を覗く。

 中には誰もいない。

 そんな狭い四帖ほどの空間に、壁に押し付けられる形で何か舟型の窪みが見える。

 別段変わったものは見当たらない。

 僕はその扉から離れると、次の扉を覗いた。

 

「さっきと一緒か……」


 よくわからない。

 この部屋は何に使われるものなのかさっぱりだ。

 

 こうして地下に来てから増えた謎は、ここが何に使われていたのかという疑問は置いておいて、マーマンのアンデッド化とトランスポーターとインパクタスについてだ。

 セーレの言うお客というのも気になるし、どうやらここばかりがダンジョンというわけでも無いようだし、だったらこんな危なそうなところさっさと切り上げて、セーレに人気のあるところまで連れて行ってもらうというのも良いかもしれない。

 

「やっぱり、一緒に行くべきだったな……」


 空気に流されて、自分の考えが回らなくなるのが僕の悪い癖というか頭の悪いところだ。

 この機を逃せば、いつ他の土地へ行けるのかわからないじゃないか。

 なんだか焦ってきた僕は、探索を止め、セーレを探すことにした。


 とその時、通りかかった一つの扉に何かがぶつかるような音がした。

 これだけ静かな空間で聞き間違いはないだろう。

 僕は、物音のした扉を覗き込んだ。

 中は今まで覗いたものと同じような狭い小部屋の空間があるだけ。


「気のせい、って……?」


 扉の小窓から見えるぎりぎり手前、緑色で艶のある肌と背びれがちらと見えている。

 僕は小窓の格子に額を押し付け、無理くり下を見ようとした。

 

「……動いた、生きてるみたいだな」


 とは言っても、これがアンデッドである可能性は否定できず。

 しかし、これまでに見たマーマンよりはずっと小さいことが気になった。

 再び扉が鳴る。

 僕は、右手でバットを構えたまま、左手でドアノブを捻った。

 錆びた鉄の擦れる甲高い音が響き、ドアノブが回転する。


「やっぱダメか……」

 鍵は閉まっていた。

 やはり、この扉も開かない。

 すると、その音に反応した中にいる小さいマーマンらしきものがピクリと動き、扉から遠ざかると小窓を覗き込むように顔を上に向けた。


「子供?」

 

 背伸びをしながら小窓を見上げるその姿は、白目のない黒くつやつやした大きな瞳と小さな頭には大きすぎてモヒカンみたいになっている背びれ、それに幼さを感じさせる小さな口の、まさしく子供のようだ。

 この子は、体が腐っていない。

 また、謎が増えた。

 鍵のかかった部屋に子供のマーマン、そして、内側からは鍵が開けられない様子だ。

 一体この施設はいつから使われていないのか。

 僕は地上の様子からずっと昔のものだと思っていた。

 しかし、僕の予想は見事に違った。

 子供が閉じ込められていて正常だということは、この施設が使われなくなったのは最近じゃないか。

 色々と、少しずつ壊されていく僕の世界観。


(あててーあててー)


 突然扉を叩きながら何かを叫ぶ、子マーマン。

 状況的に「開けてくれ」と言っているのだろうが、どうすれば扉が開けられるのかわからない。

 その時、道の先から何かのせり上がってくる様な音が響きだした。

 低く一定の高さの音が鳴り続け、そしてゴウンという音を出して静かになる。

 僕は慌てて身を隠す場所を探したが、見付からない。

 下から上がってくるものの予想は付いている。


「……トランスポー、ト、あれ?」

「ああ、いたいた! 一人じゃきついのよ。ちょっと手伝ってくれない? お礼はするからさ!」

 

 

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