真実のめ
実に不思議な感覚だ。
今のぼくには、見慣れた皆の顔が今は特にはっきりしているように感じられている。
いや、今までどんな風に見ていたのか思い出せないほど皆の表情が気になって仕方ない、と言ったほうが正しいだろうか。
左目と右目では捉えるものが違うということ、そんなことがあるとは考えもしなかったが、今こうしているとそんなこともあるんじゃないかと思う。
左目では風景として周囲を捉え、右目ではもっと細かい動的な部分を捉える。
ぼくたちは基本的に両目でものをみるわけだから、その二つの要素が組み合わさって情報は整理されている、つまり風景としての漠然としたイメージに一つ一つがそれぞれであるという認識を与えていると考えれば、脳が半分に分かれていることにもなんとなく説明がつく気がするのだ。
だから今のぼくに嘘をつくことはできない。
左目の視界という情報を削ぎ落として、その動き、表情の変化や体の些細な動きに集中できているからだ。
これまでよりもずっと違和感に敏感になれる。
「それで、ジーナ。ここに見覚えがあるということは、ここから下はお前の知る場所だと考えてもいいのか?」
「それはどうだろう……。上の階層だってそうだけど、もとあったものを作り変えただけってことだろうし、上から順にそうしたとも言えないしさ。それに、ボクがここから離れて数億年経っているんだよ? 機械の使い方に関しては頼ってもらっても構わないけど、どこに何がっていうのはちょっと無理かも」
「確かにそうだな……」
「それに……。今更ここらに何があるかなんて知らなくても何かあればジーナが穴開けてくれるし、作り変えてくれるし? よくよく考えてみれば知ってるかどうかなんてどうでもいいことよね」
「……確かにそうだな」
「スラスト! そこに近付くな!」
ぼくが張り上げた大声に全員が硬直する。
「ちょっと何よそんな大声出したりして……」
「スラスト! お前今窓に近づこうとしただろう! あいつがやってくるかもしれないんだぞ!」
ぼくがそう言うと、スラストは消え入りそうな小さな声で「ごめんなさい」と呟き、体を縮こませるようにして固くなった。
「お前もあいつを見ただろう! もしお前が無闇に奴の気に障るようなことをして窓を割られてみろ! ぼくたちは全員死ぬかもしれないんだぞ! わかっているのか!?」
「ちょっとラス! スラストはまだ何もしてないでしょ? そんな怒り方するもんじゃないわ」
「いえ、そいつは今窓に近づこうとしていました。子供のくだらない好奇心というのは未来を想像できていない、そんなつまらないことで危険な事態にでもなったらアイロスさんを救うどころじゃありませんよ……! いいかスラスト。大人しくしていろ」
「ラス……。どうしちゃったんだよ。なんかおかしいよ?」
「ぼくの何がおかしいっていうんですか? 危ないからやめろって言っただけでしょう?」
「いや、そうだけどさ……。そんないきなり怒るなんてらしくないって」
「らしく……! なんですかそれ! そうやってぼくを否定するんですか! 当たり前のことをしただけなのに、なんでぼくがおかしいってことになるんですか!?」
「ラス……落ち着け」
ヤマトはそう言ってぼくに近付いてくる。
一見普通に歩いてくるように見えるが、その歩幅、肩の動き、間違いなく間合いに入ってからぼくに攻撃するつもりだ。
「殴るんですか? ぼくが危ないから、暴力でぼくを抑えようっていうんですか!?」
「そんなことはしない……。きっと怪我のせいで不安定になっているんだ。いや、毒がその影響を持っていたのかもしれない、だから落ち着け。一旦休憩しよう」
そう言いながらヤマトはぼくの間合いに入るとゆっくりと腕を伸ばし、そっとぼくの肩に手を置いた。
「……殴るつもりじゃ」
「そんなことするはずがないだろう……。しかしだ、休むにしてもここではまずい。お前の言う通りあの化物がきてしまうかもしれないからな。どこか休めるような部屋を探そう」
それから休める部屋を探す少しの間だけ、隊列が変えられた。
どうやらこの階層はまるまる全てがアクアリウムとして作られているようだ。どこへ進んでも何もいない空っぽの水槽が壁面に連なっているばかりで、休むための部屋どころか扉すら見当たらない。
「モンスターが一匹も出ないなんて……」
「ああ、これはツイているな。ならばあの大水槽の部屋以外は安全地帯と考えて良さそうだ。道端で休むというのもなんだが、我慢してくれ」
ヤマトはそう言うと、徐ろに床に腰を下ろした。
「すまない、皆、少し疲れた。ここで休ませてくれないか」
先を行こうとする三人を呼び止めるようにしてヤマトが声を上げる。
「はあ? ここで? 部屋は? 探さなくていいの?」
「ああ、どうやらモンスターも出ないようだからな。それに、緊張し通しで疲れてしまったんだ。わがままを言ってすまないが、ここで休ませてくれないか」
「もちろんだよ。ヤマトが一番戦闘してたわけだし、むしろいつ疲れるのかボクは興味津々だったね」
「ふっ……そうか。なら少し休ませてくれ」
そう呟いたヤマトは、嘘でなく本当に疲れているように見える。壁にもたれたままゆっくりと瞼を落とすと、一定のリズムでゆっくりと呼吸を始めた。
眠る悪魔。
その寝姿は無防備なようで、でも触れれば起きてしまいそうな繊細な気配を感じさせる。
すると、それに釣られるようにして皆静かになり、それぞれの落ち着いた呼吸音だけが聞こえ始めた。
何かあれば先陣を切って動き、時に揉め事を制する。
そんな父にも似た空気を持つヤマトが落ち着いて眠っているという状況は、ある意味での麻酔だ。体は疲れていないのに、なぜかぼくまで眠くなるような。
こんなところで油断していてもいいのだろうか、そんなことを考えつつもぼくはヤマトの隣に腰を下ろし、そうしたところで体の力が一気に抜けていくのを感じた。
この感覚は久しぶりだ。
まどろみ、ストレスの一切を感じない宙に浮くような柔らかい水に満たされていくような、委ねる、という感覚。
本当に久しぶりだ。眠るのは。
眠る。
(眠る……?)
眠るのは久しぶりなんかじゃない、初めてだ。ここに来てからというものぼくは眠ったことなどなかった。なぜ今まで気づかなかったのか。
疲れることがなかったから、夜がこないから。
違う。
この時初めてジーナの言う一層の世界、一瞬の世界という言葉の意味を理解した。
ぼくは、アンダーワールドとはそういうところだったのか。
きっとぼくは何もしていないんだ。
列車とホームの隙間に落ちたあの瞬間から何も。
でも、それならジーナはなぜここに落ちる瞬間の記憶が、それが他人格のおかげだとしても、なぜ残ったのだろうか。ジーナとのタイミングの差は一旦戻されたことにより一瞬のさらに一瞬先、そしてそれがアンダーワールドでいう数億年分の前の差だ。
一旦戻されて改めてここに送られたのだとすれば、ぼくやヤマトの方が先にいたということになるはずだ。それなのになぜジーナは数億年前に送られたのか。
それにヤマトだって。彼はぼくが二つ歳を重ねた時にはすでに五つも歳を重ねていた。
これもまたぼくよりも前ということになる。
となると、ヤマトはジーナよりもさらに短い時間でぼくが落とされた時間との間に差があったということになる。
この仮説が正しいとすれば、ぼくはこの二人のどちらよりも先に隙間に落ちた、ということになるわけだ。それなのに、ぼくは二人と比べて一番若いのはなぜなのか。
「待てよ……。なんでぼくは皆が同じような時間に落ちたと思うんだ? ジーナさんの言う一層の世界というのが一瞬を切り取ったものだとすれば、そこにぼくとヤマトがいること自体おかしいことじゃないか。どうしてぼくたちは違うタイミングでここに落ちたのに、同じ空間を共有しているんだ……」
「やあやあヒーロー。いいところに気付いたねえ……」
「……また出てきたのか。ホルダ」
「ふーん……。ところでヒーロー、また今度、そう言ったのを覚えているだろ?」
「ああ、覚えているさ。あんたがぼくにこの能力を持たせた理由、それを聞きたかったんだ」
「イエース。それじゃあ、教えようか。君と能力の関係をさ……」
「回りくどいことはいいから、結論を言えよ」
「なんだよヒーロー。なんかツンツンしてない? 変なものでも食べた?」
「いいから! 早く答えろっ!」
「オーケーオーケー、そんなにイラついちゃダメだよ。こっちにも心の準備ってのがあるんだからさ。どうやら君はここがどういう場所か実感を得たみたいだし、そろそろ隠し事はなしにしようか……。ヒーロー、君はレジェンドアームズに力を与えられたと思っているみたいだけど、それはノンノン。その力は君が得たもの、初めから持つことが決まっていた能力だ」
「ど、どういうことだよ。それじゃあ補正ってなんなんだ」
「補正は補正、読んで字のごとくだよ。補いという力さ。生じたズレを補正する、崩壊する君を君が守るために必要な力……それに君が気にしているのはあの紙切れのことだろう? あのね、例えば君が死んだとしたって結果は変わるのさ。それに死ななきゃわからないことだってある。かといって死んだ後復活なんて都合良くはいかないのが現実だろう? じゃあなぜ君は死ぬべき時に死ななかったのか……答えは簡単さ。初めから君は死んでいないんだ」
「な……! ボスマウスフェイスの時のことは確かに覚えていない。だけど! 腹を貫かれたんだぞ! それに感覚だってちゃんとあった。あんな状態で死んでないはずがないだろ!?」
「いや、あるさ。だから、君は、死んでなかったと言ったんだねー」
「……意味が……意味がわからない。ぼくは死んだろう? 肉体が破壊されて、それで死なないわけがないんだ!」
「いやいや、死なないさ……。何か、思い出さない? 君が、死んでいないということが真実なんだ」
「ぼくが……? ぼくが死んでいない……ぼくが……。ぼく……が」
「ほら。ほら! ほらほら! そろそろ気付いてもいいんじゃない? なあ、ヒーロー!」
そうだ。
ジーナがサミィで、死体だったこと。それにばかり気を取られていてジーナが再びアンダーワールドに戻った時のこと、そしてなぜ彼女はサミィの姿のままなのか、それを失念していた。
ぼくがどうしてしまったのか、答えはこんなにも簡単なことだったのか。
「ぼくは、この体はぼくじゃないんだ。だからぼくは死んでいない、死んだのはこの体だけ、ぼくのものではない体だって……そういうことなのか?」
「イェア……。やっとわかったかい? 時の逆行、君の死がその力で元に戻されたのだとすれば、君の記憶も死ぬ前に戻るはず。それなのに、君の記憶はあくまで継続していた……つまり君は死なず、体だけが死んで元に戻ったということだね」
「そんな……。それじゃあこの体は一体……」
「ここはアンダーワールドさ。継続する世界から切り取られた、一瞬の世界。それは君もわかっただろう? でも、それはないものじゃないし平行的に存在する世界でもない。ここはあくまであるべきもの、君はヒーローでそして……主人公なんだよ」
「主人公? どういうことだ。それがこの体となんの関係があるっていうんだよ」
「君は初めにこの世界にきた時、感じただろう? ここは現実じゃないんじゃないかってさ。でも、ここは現実……。現実に君の思うゲームのような世界、それそのものが現実に起きることがあるってことさ。そして君は主人公……、存在する人物の人生に上書きし、プレイヤーとして生きているんだよ」
「そ、そんなバカなことがあるか! この体が誰かのものだったっていうのか!? 違う! あんたがぼくの醜い体を変えたんだ! この姿は恩恵だろ!?」
「オーマイッ……! ヒーロー、悪いけどそれは恩恵なんかじゃないよ。だって君が君であることと、体が君であることは同じことなんだからさ。体を変えれば記憶が変わる、それが変わっちゃ君は君とは言えないだろ? だから君は、君の体を維持したままその体をプレイしているだけなのさ。君は君の体を媒体にアンダーワールドをプレイしている、ソフトウェアである記憶を世界というハードに差し込んだ、君が落ちると感じたのは差し込まれた瞬間のその感覚だ!」
何を言っている。こいつは、この神は何を言っているんだ。
ぼくはぼくでありながら、ぼくとして他人をぼくのように使っているってそんな。
そんな。
「アンダーワールドは神の予測域。少女が気付いたのは、ここがホルダの作り上げた想像の世界、ゲームデータそのものであるという可能性。こんな世界があり得るのだと、だからホルダは世界を作ることができた! この世界はあり得る世界! 不可能ではない、起こりうる未来の想像だ!」
「み、未来だって!? ここが? 地球がこんな風になるって? アンダーワールドは崩壊後の地球だって、そう言うのか!?」
「さあ、ヒーロー! 物語は終盤を迎える! 真のアンダーワールドに君が残すのはなんだ! 見せてみろよヒーロー! 君の可能性を! 君よ! 伝説たれっ!」
ぼくはぼくという記憶を世界に差し込んだ。
そしてその記憶というソフトウェアが世界に差し込まれて、それで。
それじゃあアンダーワールドは、未来とは。
賢神ホルダ。
お前はもしかして。
「ラス! ラス!」
ぼくは本当に眠っていたのだろうか、そう思えるほど意識が澄んでいる。
「ラス! ねえってば!」
「セーレさん……。どうしたんですか?」
叫ぶようにぼくを呼ぶセーレの声はぼくに向けられたものではない。
「ヤマトが! ヤマトが!」
ぼくのすぐ隣で眠っていたはずのヤマト、振り向いてみると、彼は未だ壁にもたれて眠っているように見える。それなのにセーレは何をそんなに焦っているのだろうか。
肩を揺するセーレの力が強すぎてヤマトの頭がアメリカンクラッカー宛らに小気味良い金属音を鳴らして壁にぶつかりまくっている。
「ちょっとセーレさん! やり過ぎですよ! そこまでしなくても大丈……夫」
そう言いながら、ぼくはこの状況の不自然さに気付いた。
何度も壁に頭をぶつけているのに、ヤマトはなぜここまでされて目が覚めないのだろう。
「ヤマトが戻ってこないのよ! 目を閉じたまま、呼んでも叩いても! ヤマト!」
「ジーナさん!」
騒ぎで目が覚めたのか、一瞬呆けた顔をしたジーナだったが、すぐに目を大きく見開きヤマトに駆け寄ってくる。
「どうしたの!?」
「ヤマトさんが目を覚ましません!」
「ヤマトが? セーレ、ちょっとどいて!」
ジーナはそう言うとぐったりと力が抜けたままのヤマトの胸に耳を押し付け、その鼓動を聞こうとしている。しかし、ほんの数秒そうしていたかと思うと、すぐにジーナはヤマトの胸から離れた。
「鼓動が……聞こえない」
「何よそれ!」
「し、心臓が……? そ、それじゃあヤマトさんは……!」
「……まだ、死んだと決まったわけじゃないよ。もしかして……」
「ジーナさん!」
「もしかして、あっちに戻っているのかも……」
「あ、あっちって! 日本ですか!? あそこに戻ったって?」
「もしかして、だよ。ヤマトはもともとこの世界の住人じゃないし、心臓が止まっているからって一概に死んでいるとは言えない……」
「そ、それって、ヤマトさんはもうこっちに戻ってこないかもしれないってことじゃ……」
「ボクが特例だとすれば、ラスの言う通りそういうことの方が確実かも……」
そう言ってうなだれるジーナ。その時、ぼくはヤマトの手に握られた見覚えのある封筒に気が付いた。
「こ、これは……」
拾い上げた封筒は、すでにその封が解かれていた。
ぼくはすぐさま中身を確認するが、中には何も入っていない。
「それ……。ヤマトがその封筒から何か取り出して……、それで私、何なのって聞いたんだけど、チケットがどうのって言ってそれを千切った瞬間、意識を失っちゃったのよ。おかしいと思ったから呼んだんだけど、それから全然応答がなくなって……。ラス、なんなの? あんた何か知ってるの?」
「チケット? ヤマトさん……」
まさか、試したのか。一時保管としていたあのチケットを。
あの時は考えなしに使用を試みたヤマトをぼくが止めたが。
「あれ……? 違う。おかしいぞ!」
「ラス?」
あのチケットを手に入れたのは、ぼくが戻る前の出来事だ。あそこから移動したぼくが持っているのは当たり前だが、ヤマトが持っているのはおかしい。
「まさか……。新しく届いたのか? ジーナさん、何かホルダから届いてませんか?」
「ボクに? 何もきてないけど……。もしかしてそのチケットっていうのが?」
「そうです。ぼくは先に行っていたのですでに貰っていたんですけど、きっとヤマトさんには今届いたんじゃないかと思って。だからジーナさんにもきているかと……」
ぼくがそう言うと、ジーナはやはり首を振った。
彼女にはまだ届いていない、そうなるとぼくの思うヤマトにチケットが届いたのは最近だという予想に確証を持つことができない。もうすでに持っていたとすれば、一体ヤマトはいつそれを手に入れていたのか。
いや、重要なのはそんなことではない。
チケットを使用したヤマトのこの体が意識を飛ばしたまま戻ってきていないということだ。
ぼくが得た真相、それはアンダーワールドが存在するゲームデータのようなものであり、ぼくたち隙間に落ちた者はそのソフトウェアだということ。そして、主人公であるぼくたちは、きっと何らかの違いはあっても仮の体が傷ついたとて死なないであろうということ。
しかし、それはあくまでプレイヤーの体が残っているのを前提としてだ。
だから今ヤマトの意識がないのだとすると、それはヤマトがプレイヤーに戻ったのか、それかプレイヤーがその体で死亡した、ということが考えられるわけだ。だがここは一瞬の世界、地球上の、本当の体が壊れるということはないはずだろう。
今までぼくが眠らなかったのは、眠ることを意識しなければそうならなかったから。それはキャラクターを操って宿屋とかテントを使わなければ眠らないロールプレイングゲームの性質そのものだ。キャラクターが眠っている時、コントローラーを握るぼくたちプレイヤーはその瞬間だけゲームの世界を気にしなくなる。それは、実質的にもゲーム的にもスリープ状態だということ。
だからぼくは目が覚めた、プレイを再開したんだ。
それなのに、ヤマトは戻ってこない。
そして、一度きりしか使えないチケットの効果がログアウトなのだとすれば、彼は、ヤマトはもうこの体に戻ることはないだろう。もし、戻ってしまえばそれはヤマトがアンダーワールドから出られなくなるということだから。
「ラス。チケットって何なの?」
「チケットは、ぼくたちがアンダーワールドから地球に戻るためのものです……」
「それじゃあヤマトは……」
「……はい。もう、戻ってこないと思います……」
「そんな……! 急すぎるわよ! まだアイロスを元に戻せてないのよ!? それなのに!」
「セーレ、落ち着きなよ。ヤマトだってチケットがどういうものか知らなかったのかもしれないじゃないか。むしろそうじゃなきゃこんな急に帰ったりしないよ……」
そうとは言い切れない。
なにせヤマトがぼくたちに着いてきた理由は元の世界に戻るため、彼の言葉が真実ならばその妹に会うためなのだから。
かといって、チケットが元の世界に戻る方法だと彼が気づいていたかはわからない。だが、あのチケットが届いた時点でその使い道に元の世界に戻るという発想がないほどヤマトは馬鹿じゃない。
つまり、この一時の休息こそ彼がチケットを使うために作ったタイミングだった可能性だってあるということだ。しかしぼくの右目に映った彼の姿は、本当に疲れているように見えていた。
それならこの休息は何のために。
いや、結果としてヤマトは目的を達した。いや、むしろヤマトのやるべきことなんて初めから何もなかったんだ。だからこうしてぼくたちは残された。仲間のようなフリをして、気概のあるような素振りでただ自分のやりたいことをやっていただけのあの男をぼくたちは当てにしすぎていたのだろう。
「所詮人間なんて……そんなものだ……」




