あら、まあ
風の地はオロスの向こう側、山岳地帯を越えた先にあるという。
そして、その場所までの道のりはセーレが知っていて、それはロードバムの経路情報に残っていたため、今回は道に迷うことはないそうだ。
そこで僕とセンは風の地はアネモスへ向かい、セーレとジーナはヤドカリをネロガーデン仕様に改造するためにルルディアに残った。
僕とセンがアネモスへ向かうことになったのは言うまでもなく、二人よりも戦闘に優れているからだ。
それはつまり、ウィンドエレンファスが強敵だということなのだけれど。
再びマクロスアクロの塔に差し掛かると、塔はあの時の凶暴性を隠し、ただの古びた塔としてそこに佇んでいるだけだ。
この場所はデジャヴ的でネロガーデンの錯覚の霧なんかよりもずっと僕は苦手だ。
なぜならデジャヴが僕にとっての死のイメージそのものだからだと言って良いからだ。
死んだらどうなるのかなんて誰かは考えているだろう。
そして、その答えは考えている者それぞれに違うはずだ。
僕は死んだ後の世界、いわゆる死後の世界ってものを信じていない。
正確に言えば、信じていたこともあったのだが、考える内にそういう世界みたいなものは僕から遠ざかっていき、そして気付いたのがデジャヴの不自然さだった。
それは、なぜ記憶にしかない光景を再び見ることになるのか、という不自然さよりも、酷似した状況が現実に存在するという不自然さが不気味だったことに起因する。
人の行動にパターンがあるとしても、それは無限といえる程の数があるはずだ。
それなのに、デジャヴはその無限に近いパターンの内、何かに似ているという状況を作り出した結果なわけだ。
これは不自然だとしか思えない。
人の短い命の行動の中で、宇宙の法則を無理矢理体感させられているようなそんな不自然さだ。
そこで僕がそれを合理化するため考えたのが、死との関連性だ。
パラレルワールドなんて発想もあって、それと死を関連付けると、デジャヴは死ぬ前に僕が見た記憶なのだろうと、そう思えた。
だから僕はできればデジャヴを見たくない。
だってそれは一度自分が死んだということを実感する現象だと感じるのだから。
デジャヴを見た回数だけ僕は死んでいて、デジャヴは死んだ後の僕が戻ってくる回帰点だと考えると人生における絶望の意味を知ってしまっている僕としては、同じような人生をもう一度なんてやりたくない。
だから僕はデジャブが苦手だ。
フロントガラスに示されたオロスのカーソルを置き去りに、僕はこれまで行くことのなかったオロスの向こう側へとバムを走らせる。
少しばかり続いた草原の風景を走り抜けると、今度は枯れた木々が立ち並ぶ殺風景な荒野へと姿を変えた。
すると、これまではあまり見かけなかった擬態系のモンスターが灰色と茶色の混ざったようなゴツゴツした色合いに化けて蠢く姿を多く見かけるようになる。それと鳥類だろうか、大きな羽の生えた奴や翼膜を広げて空を滑空する姿も目に付く。
モンスターに食い散らかされた禿げた土地ということなのだろうか。
なんにせよ少し注意して行かなければ襲われることもありそうだ。
「ねえ、父さん。なんかさ、どっかんと来そうだよね!」
「何が?」
「いやさ、地面からどっかーんってでっかいモンスターが出てきそうってこと!」
余計なこと言いやがって。
「あ……!」
「あら、まあ……」
センが余計なことを言った瞬間だった。
地の底から地鳴りが始まったかと思うと、前方の地面が盛り上がりとてつもなく大きな節の多い怪物が地面から飛び出したのだ。
本物を見たことはないが、なんとかデスワームっていうのはこんなやつで間違いないだろう。
尋常じゃない大きさだ、強いていうならは最大車両編成の新幹線くらいだろうか。
その馬鹿でかい芋虫は、擬態しているモンスターを蹴散らしながら地面を泳ぐようにして僕らのバムと並走して着いてくる。
「父さん! やっつけようか!」
「バカ言うな! あんなの相手にしたら死ぬぞ!」
「そうかなぁ。イケそうな気がするんだけど……」
そう言うセンはすごく楽しそうだ。
本当に自信があるんだろう。
そしてどういうわけか、今のセンなら本当にデスワームに勝ってしまいそうな気すらする。
一体この血の気の多さはどこから来るものなのか、たぶんそれは師匠であるアイロスから学んだものなのだろうが、まさか覇気まで似るとは思わなんだ。
「ダメだぞ。僕らの目的はこいつの討伐じゃない。アイロスさんを助けるためにアネモスに行かなくちゃならないんだ。こんなところで怪我でもしたら後に響くだろ?」
「……そうだった。師匠を助けなきゃだもんね! うん、オッケー! じゃあ、こいつをさっさと振り切っちゃおうよ!」
振り切るとはいっても、これだけ大きくて速いやつ相手にどうすればいいのか。
先程からバムに搭載しているマジックショットで牽制しているが、怯む様子すらない。
「父さん、属性をサンダーからファイアに変えたら?」
「ファイア? こんなでかいやつ燃えると思うか?」
「違うよ、倒すためじゃなくて、あたしらの方が強いってことを教えてあげるためだよ!」
「ああ、なるほど」
わずかしかなかった幼少期にジーナのところで読んだ本の知識だろう。
僕は、センの言う通りにマジックショットの属性をファイアに変え、デスワームに攻撃した。
ファイアボールは、デスワームの胴に当たったものの軽く焦げ跡を残すだけでデスワーム自体の速度を落とすには至らない。
「へたくそっ!」
「なんだと!? ちゃんと当たっただろ!」
「ちっがう! 前に打つんだってば! 見せつけなきゃ意味無いじゃん!」
「なるほど……」
この気持ちはなんだろうか。
悲しいような情けないような、なんだか心臓が重くなって内蔵が押し下げられているようで具合が悪くなってきた。
しかし、その朦朧とする意識の中で打ち出したファイアボールは地面から顔を覗かせたデスワームに命中し、デスワームは体を捩ってバムから遠ざかって行った。
デスワーム撃退にセンは後部で歓喜しているようだが、僕はもう駄目みたいだ。
荒野と山岳地帯を分ける麓の川を超えたところで一旦バムを停めた。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと具合悪くて……。ボロェェッ!」
「えぇ~……」
バムから飛び出し、陰鬱とした気持ちを物理的に吐き出すと、目が覚めたように全身に力が戻り視界にまた明るさが戻った。
嫌なものを吐き出した後に吸うこの場所の空気は清々しく、おいしい空気というものを意識した人の気持ちを少しだけ理解できた気持ちになる。
「大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫……。悪いな」
「どこで具合悪くなったの?」
「さあ? 緊張するとダメなのかも……」
「……ふーん」
「さ、行くか。この山を越えたら風の地だ、そうすればアネモスまでそう遠くないだろ」
「うん! 運転変わる?」
「……よろしく」
機械と人にも相性があるのだろう。
山肌を駆け上がるその機敏さもなんとなく軽く、センが動かすバムは僕が操縦していた時とは違って活き活きしているように感じる。
パワードスーツもそうだが、センは機械の操縦がとても達者だ。
バムの操縦もパワードスーツの扱いも僕とほとんど同じく習った。僕がバムの操縦を覚えてこなれるのにかかった期間とセンがそうなるのにかかった期間とでいえば、センが三回乗って覚えたところ、僕はといえば四、五十回は乗ってやっと操作に慣れた程度だった。
バムの操縦自体は難しいものじゃない、車の運転でもオートマチックよりも少し面倒なセミオートマチックみたいなものだろうか。
立体的に動く操縦桿を捻ったり引っ張ったりしてバムの方向を定め、両足分のペダルの踏み加減でバムの脚を操作するといった案外シンプルなものなのだ。
しかし、どうにも脳が先行して意識的に体を動かす癖があるようで、感覚的に体を動かそうとするとあべこべになってしまう。
それ故に、筋が悪いとアイロスに何度も微笑まれたのだった。
「……父さん、聞こえる?」
「……いや、特には何も」
「地鳴り……じゃない?」
「…………」
感覚を研ぎ澄まし、外の異変を察知しようと集中し始めた途端、溢れるように地鳴りが響き、山肌を抉って二体のデスワームが飛び出した。
「うわあああ!」
「ちょ、ちょっと勘弁してよ!」
這うようにして山をよじ登っていたバムは今腕からのショットが使えない。
しかも一体増えているとなると、さっき平地で襲われた時よりもずっと分が悪い。
二匹のデスワームが交互に飛び出し僕らの行く手を阻む。
「ああ! もう! 面倒くさい!」
センは苛ついたようにそう呟くと「父さん掴まってて」と、そう続けて機体を山の斜面に立てた。
急に重心が変わり、体が後ろに引っ張られてひっくり返りそうになる。
「お、おい! お前何する……!」
「行っくぞぉぉぉ!」
バムのモーターが高速に回転する振動を感じたかと思うと、バムは前方目掛けて吹っ飛んだ。
突発的な猛スピードに僕の体は完全に背もたれに張り付いて剥がれない。
前方に広がる景色がフロントガラスの一点を除いてバムを避けて行き、デスワームは混ざり合った風景に溶けてどれがどれだかわからなくなってしまった。
デスワームを引き離すことには成功したが、このままではまずい。
「おい! おい! セン! 頂上!」
僕は無理矢理声をひねり出すが、興奮して雄叫びを上げているセンは僕の声に気付いていない。
すると、ピントの合っている一点の景色、山の頂上付近に何かが佇んでいるのが僕の目に写った。
次の瞬間、バムは手足をばたつかせたまま空へと打ち上がり、世界がひっくり返る。
上空から見下ろす山の斜面に波打つ二体のデスワームがアーチを描いている。
一時的なスローモーションを感じていると、デスワームの進行方向、山の頂上が鋭い閃光と共に輝き、二体のデスワームが同時に破裂して飛沫に変わった。
「なっ!」
突然の出来事に状況が把握できない。
錯覚だろうか。
「セン! 一旦停めろ!」
着地したバムが山肌を削りながら土埃を上げて再び地面にしがみつく。
そして停止するバム。
「ど、どうしたの?」
「……頂上が光ったの見えたか?」
「頂上? ごめん、見てなかった。何かあった?」
「ワームがやられた……」
「え? どゆこと?」
「わからない……。山の頂上が光ったかと思ったら僕らを追っていたワームが二体とも破裂したんだ」
「何? モンスター……?」
「ひ……と……?」
頂上を向く形で停止したバムの前方で、僕らを見下ろす人らしき姿がある。
その人影は、少しの間僕らを見下ろした後、踵を返して山の向こう側に消えてしまった。
「今のは一体……」
「人だったよ。たぶん男の人、マスクしてなかったから間違いないと思う」
「あいつ、あのバカでかいワームを一瞬で殺したんだ……」
「げっ! マジで!? 師匠クラスに強いんじゃないそれ!」
そんな化け物じみた人がアイロスの他にもいたなんて。
僕は確かに驚愕しているが、それだけじゃなく胸がざわつくような感覚を覚えている。
確証はない、しかしあのワームが死ぬ瞬間、僕は信じられないものを見たんだ。
あれは、普通の攻撃で死んだんじゃない。
液化して破裂していたんだ。




