花の都ルルディア
全員がマスクを外し、バムに搭乗する。
しかしバムはもともと二人乗りなので、四人無理矢理乗り込むとすごく窮屈だ。
しかも、パワードスーツまで積み込んだものだからさらにバム内は狭くなっている。
「ねえ、もっと大きくしない? これ」
「そんなの無理よ」
「全く、こんなことならヤドカリに乗ってれば良かったよ……」
「そ、そう言われてみれば……。どうせ着いてくるならヤドカリに乗ってても良かったじゃないですか」
「だけどね! ボクだって見たいんだよ! ラスがヤドカリに戻ればいいじゃないか!」
「い、嫌ですよ! 僕だって見たいんですから!」
「もー、うるさいな……。そんじゃああたしが外に出ましょう」
そう言ってパワードスーツを起動させようとするセンを引き止める。
「ちょっと待て! 今はダメだ」
「……なんでえ? あたしも狭いの嫌だもん」
「さっき言ったろ? お前と同じデータの透明人間がいるんだ。これでお前がどっか行っちゃったらまた混乱することになるだろ」
「えぇ! そんなのあたし知らないよ!」
「……じゃあ、僕が出るよ。ったく仕方ないな」
僕はジーナとセーレの「いってらっしゃい」に見送られてバムの外へ出ることになった。
僕がパワードスーツを来て外に出たから今バムの中は三人乗り状態、さっきと比べれば随分広くなったことだろう。
なぜ僕が外に出たくなかったかといえば、それは僕がパワードスーツを使いこなせないからだ。
これを着ていれば当然寒さは感じずに済むし、通常よりも機敏に動くことも重いものをぶち壊すこともできるのだが、そもそも五感を駆使して戦う方法をアイロスに教えこまれていることもあって体に何かが纏わりついているという状態がどうにも窮屈でムズムズするのだ。
それ故に僕はセンほどこのスーツを来て行動してこなかったため、未だ自由に動かせずにいる。
(へたくそ)
「う、うるさいな! 着慣れてないんだから仕方ないだろ!」
様々ある花の敷き詰められた土地は、霧に包まれてはいないものの結局同じような風景がずっと続いていて、都市はおろか集落も建物も見当たらない。
それにあの透明人間だ。
あれが仮に光学迷彩として、一体何をしに来たのだろうか。
僕はあれのお陰でこのネロガーデンの秘密を知るきっかけを得たわけだが、それがあれの目的ではないだろう。
思い返してみれば、ヤドカリと一定の距離を進んでいたし、それにヤドカリが止まって僕がすぐ側まで行っても動こうとしなかった。
それはもしかすると。
「さっきの足跡の辺りまで行ってみましょう。もしかすると、僕らを案内に来たのかもしれません」
(まさかー。だって、なんでそんなことするのよ?)
「それはわかりませんが、さっきの反応を追っている時の進み方を思い出してくださいよ。まるで僕らを案内しているみたいな進み方だったじゃないですか」
(まあ、言われてみれば……。 どうせ進む方角も決めてないし、あんたに任せるわ)
先程の場所にはまだ花が踏み潰された跡が残っている。
僕は点々と続く踏跡を追ってその先へ進む。
しかしいくらか進むと、そこでぱったりと足跡が途絶えてしまった。
すると、センが突然叫び声を上げた。
(おおー!? なんだこれ! 父さん、すっごいのがある!)
「すごいの? 何もないぞ……?」
センがあまりにも興奮するので、辺りをよく見回すが、そこには花畑しかない。
しかし念の為マスクを装着してみると、そこではとんでもないものが視界を占領していた。
「なな、なんだこれ!」
とてつもなく大きな何かは紫色の繊維質な不思議な壁のようなものだ。
触れてみると、それは硬いものではなく、水で濡れた薄い布きれのような柔らかいものの感触がある。
「父さん……これ、何だと思う?」
「さあ、わからないな。柔らかいけど、なんだろう……」
「湿ってる……それにいい匂いがするよ、これ」
いつの間にかバムから出てきたセンが僕の隣で目の前に立ちふさがる壁に顔を近づけて匂いを嗅いでいる。
パワードスーツの前部を開き、センに続いて匂いを嗅いでみると確かに花のいい香りがする。
「まさかこれ、花なのか?」
「……あたしもそう思う」
「セーレさん、ジーナさん。これ、何かの花びらかもしれません」
(ちょっと待って、私たちも今行く)
四人一列に並んでそれの匂いを嗅いでみたが、皆総じて感想は同じく、花の香りを感じた。
つまりこれは超巨大な花びらで間違いないだろう。
しかし、これだけ大きなものとなるとさすがのジーナもその存在を知らないようで、これはもしかすると植物かどうかは怪しいとのことだ。
そこで僕たちが出した結論は。
「ちょっと切ってみなよ」
「え……。僕がですか?」
「だってあんた、それ、着てるじゃない」
「えぇー……」
不安だ。
なにせこれは植物化どうかもわからないシロモノ、攻撃に対してどんな反応をするのか予想できない。
しかし、やっと見つけたルルディアへのヒントだ。
ここで引くわけにはいかない。
「い、一応皆バムの中に入っていてください。もしこれがおかしな動きをしても逃げられるように……」
僕がそう言うと三人はいそいそとバムの中へ戻っていく。
僕はそれを見届けると、スーツの腕から超電導ナイフを抜き出し、そっと花の香のする壁に刃を当てた。
ナイフはいとも簡単にそれを貫くが、花びらが動く気配はない。
僕は覚悟を決め、ナイフを一気に引き下げた。
音もなくナイフが壁に切り目を作っていく。
すると、裂かれたその隙間がカーテンのように両脇に退け、その先が垣間見えた。
「わーお……」
住居らしきレンガ造りの建物の他に、地面から伸びる配管や何に使われているのかよくわからないタンク類、それに巨大な工場のようなものまでそびえているその光景は、どこかあの砂漠のダンジョンに似ている。そしてそこには、人々の行き交う姿まであるではないか。
(ラス! 入ろう!)
ジーナの声が無線を通じて聞こえ、僕はそれに従ってルルディアと思しき街へと入る。
入り口を除いて、他は至って普通といった感じの街だ。
今までのお伽話的な雰囲気は一体何だったのか、少し拍子抜けしてしまうほどおかしなところがない。
それに、僕らみたいなよそ者に対して住人たちが特別な反応を見せるわけでもない。
「ただの街ってことですよね……」
(そう、みたいだね……)
僕たちはバムとパワードスーツを入り口のそばに置き、街を散策することにした。
「うーん……。ボクもっと幻想的なの想像してたよ」
「……僕もです」
「まあ、まずは情報収集ね。ここが本当にルルディアなのか確認する必要もあるし、それに花の卵のことも調べなくちゃ。まずその辺の店によって聞いてみましょ」
そこで僕たちはすぐそばに看板を掲げている何かの店へ入る。
店の中には嗅ぎ慣れた油と鉄の匂いが漂っていて、それもまるでオロスとの違いはない。
「いらっしゃい」
「あのさ、この街の名前はルルディアであってる?」
「……何かご入用で?」
「いや、だからここはルルディアなのかって聞いてるだけでしょ」
「お客さん……。こんなところまで来といてまさか素人さんじゃあるめえし。わかってますでしょ?」
店員のその言葉にあからさまな舌打ちをするセーレは、厭らしい目つきで笑顔を見せる店員を一瞥するとそのまま店を出てしまった。
「ねえ、ちょっと。ここってルルディア?」
店から出てすぐ、そこを歩いていた人にセーレが話しかけている。
「……さあ?」
「あっそ、じゃあいいわ」
セーレの質問に適当に答えるその通行人はかなり無愛想な様子だ。
ここを幻想的な場所だという想像は僕らの勝手なものだが、それにしても住人の質が悪いとみえる。
あまり人が来ないからだろうか、これじゃあオロスの方がよっぽど美しい街に感じる。
「まさか皆あんな感じなんですかね……」
「……どうだか。とにかく期待しないほうが良さそうね」
「でもさ、ここがルルディアかどうかわからないと花の卵のこともわからないよ?」
「そんなこと言ったって気分悪いじゃない。街の名前聞くだけで対価払わなくちゃいけないわけ?」
「ま、まあ皆が皆そうっていうわけでもないじゃないですか。とにかくもう少し聞いてみましょうよ」
そうして僕たちは通行人やその辺の店に立ち寄り話を聞こうとしたが、どこへ行っても結果は同じ、とぼけて答えてくれやしなかった。
どんどん僕の想像するルルディアからかけ離れていく。
無愛想な人ばかりで、金に汚い厭らしい連中ばかりだ。
「セ、セーレさん。もう情報買っちゃいましょうよ」
「……そうね。癪だけど仕方ないわ。ギルドに行きましょ」
「って言ってもさ、ギルドの場所聞くのにも何か必要なんじゃない?」
「……ぐっ!」
全く面倒な街だ。
僕はもうここがルルディアかどうか知ることよりも、あまりここの住人と関わりたくない気持ちの方が大きくなっていく。
僕らは街を適当に練り歩きギルドの看板を探したが、街の構造が整っていないためどの路地に入ってもそれらしき看板は見当たらず、結局入った店にチップを払いギルドの場所を聞くはめになった。
「もう! なんなのよこの街は! ムカつくわね!」
「……ボク、もう疲れたよ」
「ま、まあ仕方ないですよ。きっとあまり儲かってないんですって」
「ばあちゃん、あれじゃない? ギルド」
そう言ってセンが指差す先には寂れた西部劇のバーを思わせるぼろぼろの掘っ立て小屋があり、軒下にぶら下がる木製の看板が風に揺れていた。
「あり得ない。なんでギルドがこんなに廃れてんのよ……」
「僕、ギルドって初めてなんですけど。オロスのはこんなんじゃないんですか?」
「全然違うわよ! だってあんた、ギルドっていったらトーパーが集まるところよ? そういうので生計立ててる連中なんてごまんといるんだから当然栄えてるのが普通だわ。それはオロスじゃなくたってそうよ」
それはつまりこの街を拠点にするトーパーがいないということなのだろうか。
だとすれば、僕たちがこのギルドで得られる情報なんてたかが知れている。
まさにそれといった感じのスイングドアを押し退けて建物の中に入ると、鈴の音と共にカビと埃の匂いが飛び込んできた。
傷んでところどころ中身の見えている椅子とくたびれたテーブルが並ぶその光景は街並みと比べると相当汚らしい。
その中に数名の人がテーブルを囲んで何やらテーブルゲームらしきものを広げて遊んでいる。
「ひっどいね、これは……」
「……そうね」
すると、部屋の端に伸びるカウンターに肘をついて退屈そうにしていた上半身裸の巨漢が僕らに気付き、とびきりの笑顔を僕たちに向けた。
「よう! トーパーズギルドへようこそ! 旅人さんだな?」
今までの街人の様子とのギャップに僕を含めて皆一瞬動きが止まった。
「あれ? 旅人さんだよな? 大丈夫か?」
「え、ええ。ごめんなさい……ちょっと、驚いちゃって」
「あ? ああ、なるほどな。まあ、こっちに座んな」
そう言って、巨漢の男は目の前に並ぶ煤けた椅子に僕らを促す。
「いやあ、本当に久しぶりだ。まともなトーパーがここに来るのはよ……」
「……どういうことです?」
「ああ……。ここはちょっと変わったところにある街だろ? だからあんま人が来なくてなあ……」
「あのさ、ここってルルディアでいいのよね?」
「ああそうだ。ここはルルディアさ。でも旅人さんよ、おめえらはなんでこんなとこまで来たんだ?」
「ちょっとした探しものよ……。ねえ、聞いてもいいかしら?」
「もちろん! 俺にわかることだったら何でも聞いてくれ! バッチシ答えっからよ!」
「花の卵、って知ってる?」
「花の……ああ、あれか。冒険家スサノオのランドアラウンドに出てくるルルディアの物語だろ? むっかし爺さんに聞いたなあ、懐かしいもんだ……。で? まさかそれを探してんのか?」
「そうだよ! なんか知らないかな?」
「んー、まあ、知ってるっちゃ知ってるけどよ。それも爺さんから聞いた昔話だぞ? たぶんそういうのが好きな誰かが勝手に言ってることだと思うがな?」
「早く! 早く教えてよ! ボクのそういうのが好きな奴なんだ!」
「ほー……! やっぱりおめえらトーパーだな! いいぜ教えてやる! 『花林』に花の卵はあると爺さんは言っていた。おめえらこの街の外がどうなっているかは知ってるよな?」
「ええ、もちろん」
「花林は外の霧の元凶だ。そこには有毒の花粉が充満しててな、そこら一帯は近付いたが最後、自分を見失って死ぬまでそこから出てこられなくなるんだ。だから誰も近づかねえし、花林に入ってまともに戻ってきた奴はいねえ」
「……それって昔話よね? 今はこのマスクがあるじゃない?」
「おっとそりゃいけねえ。花林の花粉はそんなもんを軽く凌駕するんだ。たぶん粒子ってのが細けえんだろうな……、だから風でも体に纏わねえことにはあそこの先に進むのは無理なんだ」
「そ、そんな……。それじゃあその風を纏う方法を見つけないとダメってことなのね?」
「まあ、そういうことだ」
「……私、どうしてもそこで花の卵を手に入れなきゃいけないのよ! 風を纏う方法、知らないの?」
「……すまねえ。俺にゃ花林の情報までしかねえんだ。わりいな姉ちゃん」
そこまで聞いたところでセーレは俯いて力なくため息を漏らした。
「ウィンドエレンファス……」
不意に後ろから声がして、僕らは後方を振り返る。
すると、先程までテーブルゲームを興じていた四人組の一人がこちらを向いてニヒルな笑みを向けていた。
「ウィンド……?」
「ウィンドエレンファスだ、兄ちゃん。アネモスに行きゃわかるぜ」
「あの、アネモスっていうのは?」
「アネモスは風の地にある村の名前だ。ウィンドエレンファスは風の化身、ドラゴンの亜種だって言われてる」
「えっと、あの、ありがとうございます!」
僕がそう言うと、ゲームの最中の男はテーブルに向き直り、背を向けたまま片腕をひらひらさせていた。
なんだろう、僕は今何かがこみ上げてきて溢れそうだ。
「……くくっ! だとよおめえさん方。次の目的地はアネモス、探すはウィンドエレンファスだ」
腕を組んで微笑む巨漢の男はとても嬉しそうで、なんだかこっちの気持ちまで暖かくなる。
なんでこう、冒険する者共は頼もしいのか。
それは、セーレとアイロスにも通ずるもので、僕がアンダーワールドに落とされた理由の一つなんだろうとなんだかわからないものに納得することができた。
マイクの男はアンダーワールドのトーパーがどういう生き方をしているのか知っていたんだ。
クールでホットでワイルドな、そんな彼らが僕は大好きだ。




