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カモンアンダーワールド

 落ちていく感覚は一瞬だった。

 突如体に生じた異常な痛みから開放されるのと同時に、ぼくの両足は硬い地面を捉えていた。


「ウェルカムアンダーワールド!」


 ぼくの後方から何者かが叫んだ瞬間、ぼくをスポットライトが照らす。

 歓声。


「ブゥゥゥルシットッ! 君、最悪だっただろ? もうどうでもいいやって思っただろう? セイッ!」


 先の見えない漆黒の闇からマイクがぼくの口元目掛けて突き出される。

 反射的に答えたのは「イエス」。

 ぼくがそう答えられたのは、日頃の生活習慣の賜だろう。

 再び歓声が上がる。その歓声は確かに歓声なのだが、どうにも耳慣れない不思議な声も混じっているのがやけに気になる。


「オーケイオーケイ。やっぱね、君ブルシットな状態だったよね。そんな君に……おお、マイゴッドからプレゼントだ!」


 後方の声だけの男がそう叫ぶと、ぼくの正面に新たなスポットライトが当てられた。

 端がわからないほど長いそのテーブルに並んでいるのは、物騒な物の数々。

 チェーンソー、斧、大剣、ハンマー、棒、金属バット、ナイフ、弓、銃……。そんな危険な物ばかり。


「さあ! 受け取れヒーロー! ただしどれか一つ、どれか一つだけだ!」

「ど、どれかって……。こんなものどうしろっていうんですか?」

「ブゥゥ。ノンノンヒーロー、しけたこと言うなよ。オーディエンス……ほら、聞いてごらんよ。……聞こえるだろ? 彼らの息遣いがさ。期待しているんだよ君に。だから彼らを萎えさせるようなこと言っちゃあノンノン。適当にさ、気楽に選んじゃいなよヒーロー」


 ぼくが聞きたいのはそういうことじゃない。こんなもの選んでどうするのかってことだ。

 全くもって見当違いの返事。

 一体こいつは何を考えているんだ。

 まさか何かを殺せとでもいうのか。

 そんなの御免だ。

 すると、そんなぼくの躊躇に気付いたのか、マイクを突き出す男がぼくの背後からせっつく。


「ほら、早く選びなよって。なーんでもいいから、適当に、目についたやつをさ!」


 早くと言われると、どうしても心がざわつく。

 意味が無い、関わりたくないという意思とは別にぼくは物騒な物が並んだテーブルの前に立っていた。

 どれもこれも触ったことすらないような危険な物。

 だけど、選ばなきゃいけない。だって早くしろって言われているから。

 今目の前にあるものの中で一つだけ、ぼくが触ったことも使ったこともあるものが目に付いた。

 

「金属バット……。これなら持っていても変じゃないよな……」


 あからさまな危険性を感じさせない、この中では唯一といっていいほど安全に見えたその金属バットを手に取る。

 すると、それを囃すように見えない観衆たちがざわつき始めた。


「掲げてヒーロー、そいつを。天高く掲げるんだ……」


 言われるままに手に持った金属バットを掲げる。


「イェア! ヒーローズチョイス! 伝説の武器は、金属バットに決まりだ! 沸けよオーディエンス! 高ぶる気持ちを声に乗せろ!」


 そんなマイクの男に囃されて見えない観衆は一段と高く歓声を上げる。

 ぼくは手に持っている物のことなんかすっかり忘れて、雄叫びのような歓声を全身に感じていた。

 様々な歌手たちは、こんなものを味わっているのか。

 ぼくは控えめな人間で、目立つのは苦手なタイプだが、それでも。


「うわぁあ……!」

「んー、ヒーロー。いい顔してんじゃない! いいねえ、いいよ! それじゃあヒーロー、君が高ぶっている内に説明しちゃおう」

「せ、説明? なん……」

「リッスン! ヒーロー、これから君はダンジョンに潜ることになる……」

「ダ、ダンジョン!? それってゲ……」

「ンっン―……ビークワイエット。静かに、まずは聞くんだ。いいかいヒーロー君が潜ることになるダンジョンは凶悪なモンスターが跋扈する最悪のステージだ。バット……、でも君はヒーロー、スペシャルな必殺技とサイコーにクールなテクニックで怪物共をいわしてやってくれ! 君の闘いの記憶がそいつを成長させる! そして君はヒーロとして変えるんだ……! レジェンドアームズ! 君はそいつを作り上げる!」

「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ! なんですかそれ! レジェンド? わけがわからな……」

「ヘイヘイ、ヒーロー。奥手はバッド! そんなもの持ってバッドな態度はそう、バット! ヒアウィゴーヒーロー、そして伝説へっ!」

「何言って……わっ!」


 抗議の声も虚しく、突如としてぼくの体は落下を始めた。

 不意の落下にぼくの内蔵は行き場を失くし、逃げ場を求めて横隔膜を押し退けようと必死になる。

 遠のいていく歓声、小さくなっていくスポットライトの明かり。いくら声を上げてもそれは上空に置き去りにされ、ぼくの体は音よりも速く落下してくのだ。

 訪れる漆黒の闇。それでもぼくは加速していく。

 周りが見えなければ自分がどのくらいの速さで落ちているのかすらわからない。今ぼくが速いと知れるのは、横隔膜を押し上げられて感じるその吐き気おかげだ。

 そんな違和感を体に覚えながら、落下する最中、ぼくが声を上げるのも止めた頃に突然、辺りに光が満ちた。なんの予兆もなく突然飛び込んできた明るさにぼくは反射的に目を閉じていた。

 その途端、ぼくの体は落下を止めた。

 まるで落ちていた事実がなかったかのように、その衝撃も何も感じないままぼくは何かぶよぶよとしたものの上に体を埋めていたのだ。


「な、なんだよこれ……」


 ここがどこなのか、それよりも先にぼくが気になったのはこの尻の下で感じる柔らかくベタついたものについてだった。

 なんとなくそれの感触を楽しんでいると、眩しさで眩んでいた目が徐々に周囲の形を捉え始めた。

 良い天気、心地よい風。そして蔦の絡まるレンガ造りの壁に挟まれているこの場所を、ぼくは知らない。

 それに、植物に疎いぼくでも見たことがないと断言できるような不思議な草が地面いっぱいに生えている。


「どこだよ、ここ……」


 混乱とは、人が不安で狂ってしまわないようにそうあるのだろうか。

 今ぼくは明らかに非現実的な状況にありながら、この場所がどこなのかを落ち着いたうえで考えているのだ。

 が。そうやって混乱していられたのも一瞬。

 見下ろした自分の足を見てぼくは驚愕せざるを得なかった。


「なな、ななんで! ぼくの、ぼくの足!」


 女性モデルの胴回りくらいはあったはずのぼくの太い足が一体どうなってしまったのか、ガリガリに痩せている。

 ダイエットなんていくらやっても無駄だったのに、いや、そんな痩せ方じゃない。普段の生活で太く鍛えられていたぼくの十数年が一切なかったことになっているほど、細く華奢になっているのだ。

 そしてそれは足ばかりではなく、腕もだ。太くなっていたはずの筋繊維もきっと細くなってしまっているのだろう。何気なく持ち上げたバットが重いと感じられてしまうほどだ。

 言ってみれば中学生か高校生か、そんな程度の筋力しか感じられない。

 人生をやり直したいと思ったことは確かにあった、だが、そういうことじゃないだろう。太って醜いぼくをなんの前触れもなく捨て去ることになるなんて思いもしなかった。

 今思うこの感じはなんだ。

 ただぼんやりと細くなった両手を眺めていると、白い紙切れが目の前を通り過ぎ、地面に落ちるのが見えた。


「……なんだ、これ」


 地面に落ちたものを拾い上げると、それは紙切れではなく一通の封筒であることに気付く。

 どこから落ちてきたのか、空を見上げるが、そこには薄い雲が泳いでいるばかりで変わったものは何もないように思える。だがこの状況、なんとなくこれを落とした者の正体はわかっている。

 星の紋章が押し付けられた封蝋、それを剥がし中から一枚の折られた紙切れを取り出した。


(死んでもそれはそれで伝説)


「ふふ、ふざけんなよ! なっ、急に……くそっ! 死ぬのかよ! 死ぬこともあるのかよ!」


 何考えているんだあの野郎。こんな状況でこんなクソみたいな冗談、ぼくを和ませるつもりでやっているのだろうか。だとすれば全くの逆効果だ。

 今まで忘れていた恐怖や不安といった感情がどんどん溢れてくる。

 死ぬ。まさかそんな。

 突如訪れた現実味のないこの状況をぼくは夢と思うのか、それとも奇跡と思うのか。

 そんなのどっちでもいい。

 僕は死にたくないから自分を抑えて馬鹿みたいで理不尽な世の中を生きていきたんだ。

 それなのに、これじゃあ今までの努力が無駄じゃないか。


「なんて……ぼくは無駄な時間を……」


 こんなことになるとわかっていたらもっと無理をしたんだ。少なくともあの生意気な先輩社員をぶん殴ってやるくらいのことは。

 だが、この状況を夢だとは思えないのだ。

 自分でも不思議なくらい、今の危険性もマイクの男の言っていた奇跡のような言葉も信じられている。

 つねって痛いからじゃない、なぜかはわからないから不思議なんだ。

 あくまで自然に、それがそうすべきであるとぼくは知っている。抗わないことで自分を守ろうとでもいうのだろうか。

 いつだって死への恐怖は感じるようにしていた。

 そうしなければ、ぼくはいつだってそこへ行こうとしただろうから。

 それなのに、本当に現実は無情だ。ぼくが何のために不満を口にしなかったのか、どれだけその行為に虚しさを覚えても諦めなかったのか、それはぼくが未来に希望を忘れなかったからだ。

 いつかは安定した未来があると、せめて死に際だけでも、と。

 でも、ぼくはぼくが生きようと決めていた世界とは全く違うこんなわけのわからないところで、わけのわからない状況に巻き込まれて、それで死ぬのか。


「……ちくしょう」


 ぼくの人生、それはツイてないなんて言葉では済まされない。もうこうなってしまっては、希望への妥協も死んだ後地獄に落ちませんように、くらいしか残されていないじゃないか。

 だったらぼくは生きている意味があるのだろうか。

 死んだ後のことしか望めないのであれば。

 ぼくが挑戦する時、それは、必ずそれに成功する自信があることを前提とできる感覚を得た時。

 言い換えれば、ゲームの攻略本を呼んでから初見プレイということだ。

 上の世界で希望を持てたのは、上の世界での生活を基準としていたからであって、バットを振り回さなければ死ぬなんて原始的で、サバイバルチックな状況でのことではない。

 勝手の何もわからない、ただモンスターがいてぼくを殺すかもしれないなんて状況で、ぼくはどうやって希望を持てばいいんだ。

 そんなことを考えながら、こうして細くなった可哀想な自分の腕を眺めていると、急に心細くなってしまう。結局ぼくはあの太った体が誇らしかったのかもしれない。 

 それを欠点だと思い込むことで本当に足りないものを誤魔化してきたんだ。

 何の特技も、役に立つ知恵も浮かんできやしないぼくは、役立たずだ。

 だからこそぼくは社会から迫害を受けてきた。

 当然だ。

 ヒトだって動物、食い扶持を減らすために弱者を狩るのは自然の摂理だから。


「そんなの、わかってるっての……」


 理解に反発するぼくのバットを握りしめる手に力が入る。

 その時、ちょうどぼくの尻の辺りに冷やりとした柔らかいものが押し付けられるのを感じた。


「うわああ……ってさっきのクッションかよ。ビビらせやがって……え?」


 振り返って見たその青いゼリー状のクッションは、ぼくにぶつかっても止まることなく、尻を避けるようにしてぼくの前面に回り込むと、下半身から徐々にぼくの体を覆い始めた。


「わわっ! な、なんだこれ! なんだこれ!」


 慌てるぼくをよそに、それはぼくの体を束縛し、ゆっくりと上半身へとその侵食範囲を広げてくる。


「ど、どうすりゃいいんだ! くそっ! このやろ!」


 本当にどうすればいいかわからなかった。だからぼくは手に握りしめたバットで這い上がってくるこのゼリー状の何かを思い切り叩きつけた。

 すると、その衝撃に対してそれは微振動という形で硬直、動きが一瞬止まった。

 しかし、様子を伺っている数秒の間にゼリー状の何かはまた侵攻を始める。

 叩くのをやめてはいけない。

 そう感じたぼくは、それに向けて何度も何度もバットを振り下ろす。

 その都度、それは震え、そして繰り返される硬直の度それが小さくなっていることに気が付いた。


「……なるほど」


 答えがわかれば後は簡単だ、ぼくはそれから休まずにそれを叩き続けた。

 何度も何度も。何度も何度もだ。

 こんなに運動らしい運動をしたのは本当に久しぶりのこと、だから今ぼくの腕はもう歯を磨くのですらしんどいくらいに緊張して、ただでさえ重いと感じていた金属バットがもう持ち上げることすら困難なほどだ。だが、その成果はあった。

 ぼくの下半身を覆うほど巨大だったゼリー状の何かは、今や拳大の大きさにまで小さくなっている。


「な……んだったんだ、これは……」


 単純な疲労で呼吸が乱れている。

 プロの仕事っていうのは、素人から見ればとても簡単にこなしているようにしかみえないものだが、実際どれだけの鍛錬を経て人に見せられるほど熟練しているのだろうか。

 好きだったテレビ番組がプロ野球に変更されるといつもぼくはチャンネルを変えていたが、今こうして素振りでもないが、バットを疲れるまで振ったことで今までほとんど見ることもなかったプロ野球選手に対して敬意の念を感じるぼくがいる。

 やってみることの重要性を今更になって気付くなんて。


「あー……。疲れた」


 そうして足元に転がっているものに手を伸ばす。


「うおっ!」


 その途端、目の前を小さな影が横切り、硬く小さくなったゼリーを奪い去っていった。


「なんだ? 鳥……?」


 鳥ではある。確かに鳥だが、これだけ大きなものは動物園の檻の中にいるものしかみたことがないし、何よりこんな鳥は見たことがない。

 カラスよりも大きく、大鷲よりは小さいなんともいえない大きさのそいつは、全身を覆う光沢のある黒い羽に不釣り合いな黄色いペリカンのようなくちばしが付いている。

 随分洒落たカラーリングの鳥だ。

 そいつは今見上げる高さの壁の上からあるのかないのかわからないその目でぼくを見下ろしている。


「何見てんだよ……。あっちいけ!」


 それはくれてやる。

 奴はといえば、ぼくが大きな手振りで払い除けるようにしていても、何に動ずることもなくただじっとこっちを見つめたままだ。

 これが気持ち悪い。だからぼくは鳥っていうのが嫌いだ。

 なにせこういう輩は動きが不可解で先読みができない。そしてその行動こそが何を考えているかわからないという不気味な印象を与え、あげくぼくに恐怖すら感じさせるのだ。

 できれば何事もなくありたい、そういう気持ちからぼくはそいつから視線を反らし、先へ進むことにした。


「あいたっ!」


 そこから数メートルも離れたところで、後頭部に突き刺すような痛みを感じた。


「あー! くそっ!」


 関わりたくなければわざわざ払い除けるようなことをしなければ良かったのだ。

 しかし、後悔などいつの世も後の祭り。

 そいつは反射的に振り返ったぼくの少し上のあたりで羽をばたつかせながら金切り声を上げた。

 今までの二十数年間、人に絡まれることは多々あったが、こうして動物に喧嘩を売られることなんてなかった。

 バットを振り回して敵の猛攻を振り払おうと試みるが、野生とひ弱なデブでは実戦経験に差があり過ぎる。闇雲に振り回すぼくのバットはことごとくかわされ、その度にぼくの頭はついばまれる。


「いてて! いてえってば! やめてって!」


 やめてと言われて止めないのは、人も鳥も同じか。

 別に話せば解決できると思って制止を声にしたわけではないが、初めて動物に襲われたぼくにとって一番腹立たしいのは、言葉が通じるか通じないかが止めるかどうかの判断ではないということだ。

 結局、あいてのやりたいようにやられなければいけないという状況、それは現実離れしたこの場所でも同じで、それどころか動物相手にもぼくは一歩引かなければならないのか。

 そう考える内、これまでは腹の中で煮えくり返っていたものが、ついに行動として現れたのだ。

 それまで除けるつもりで行っていたバットの振り回し、それを相手を打倒するために振った。

 まるで石ころでも打ち付けたような感覚は、初めて生命を傷めつけるにしてはあまりにも軽く、ある意味で衝撃的だった。

 打ち付けられた黒鳥はクワッと小さく声を上げ、そのまま壁に激突、地に落ちて動かなくなった。


「こ、殺してしまっ……?」


 ぼくから後悔の情が湧くのと同時に黒鳥は音もなく地面に溶けて消えた。

 その一瞬の出来事にぼくの常識的後悔はぼくに宿ることなく、それよりも何が起きたのかという漠然とした疑問でぼくの頭はいっぱいになった。

 残されているのは黒鳥が奪っていったはずの硬く小さなゼリーだけ。

 ぼくに残されたのは、これが現実でないのではないかという一つの答えだ。

 だってぼくはこういう死に方というか、終わり方を見るのは初めてではないのだから。

 少年時代からの趣味としてやり続けてきたゲーム、もともとは画面に「やっつけた」とか「たおした」と表現されていたものが、平成の今ではリアルさの追求、しかし残酷性の除去という目的で煙になって消えるという描写が用いられるようになった。

 ぼくが目の当たりにしたのはまさにそれだ。

 普通、というか現実では動物が死ねば煙にもならないし、地面に溶けたりもしない。つまりこれは現実とはかけ離れた全く別の世界で起きている出来事なわけだ。

 だとすれば、残されたこのゼリーはぼくの戦利品。


「グミっぽいけど、これ……」


 指先でその感触を確かめながらぼくは考えてはならないことを考えていた。

 見た目はソーダ味、あの酸っぱいパウダーは付いていないものの、これはどうしても一口、せめて一口でいいからその味を確かめてみたいという渇望めいた感情が湧いてくるのだ。

 一度は鳥が食ったもの、そして今の今まで地面に落ちていたものだというのに。

 口に入れなければ、こうして伸ばした舌先でそっと舐めるだけなら。

 疲労と緊張と、背徳感、そのどれが影響してこの手が震えるのかはわからない。だけどぼくはその、さっきまで生きていたようなそれを口元へ運んでいた。


「これ……は」


 僅かに感じる酸味、そして甘さ。ここでぼくは確信した。

 これは食べられる。

 そう気付いた瞬間にはもうすでにぼくはそれを齧っていたのだった。

 別段腹が減っていたわけではない、それなのにぼくは何をしているんだ。だけど、だけどこれは。


「う、美味い!」


 これはグミだ、コンビニでも百円程度で買うことのできるあのグミと何ら違いはない。

 癖になる弾力、味、見た目どれもこれもがグミでしかない。

 でも、それを飲み込んだ後の反応はグミのそれとは大いに違った。

 腹の内側から熱くなり、寝起きに冷たい水を一気飲みした時のような体に染み渡っていく感覚。

 不思議と体が軽くなったような、目がさめたような。

 滋養強壮の効果、だろうか。今まで幾つもの栄養ドリンクを飲んできたが、これほど効果を感じるものはなかった。

 パワーアップ。

 という感じはしない。だが、間違いなくこれはぼくの気分を向上させた。

 

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