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メシ

「だーからそうじゃねえっての。なかなか筋が悪いな」

「え? あ、すいません。こういうの初めてで……」

「ああ、そうか。それじゃあ仕方ねえな、言い過ぎた。ごめんなさい」

「いやいや、こちらこそすいません。鈍くって……」

「ちょっと、あんたたち。またそれやってんの? もういい加減にしてよ! むずむずするのよ!」


 まさか、魚より先に恐竜を捌くことになるなんて思わなかった。

 ショッキングなものの応酬。

 僕はもっと小さい臓物で色々慣らしてからやりたかった。

 しかし、これも修行だ。

 アイロス曰く、ブルーグミは食べ過ぎれば中毒を起こすらしい。

 気分が落ちる度にあれにすがりたくなり、最後にはあれしか喉を通らなくなると。

 危なかった。

 ほんの数個食べただけで、僕はもうすでにその中毒症状を起こしかけていたわけだ。


「んー。まずは刃物の使い方がわかってねえんだな、てめえ様はよ。こいつじゃでかすぎるってんならそのマーマンの子供でも捌いて練習すっか?」

「え! それはダメです! 絶対ダメです!」

「がははっ! 冗談だよじょーだん。てめえ様のペットなんだろ?このデカブツを捌いたら食わしてやるといいさな」


 マーマンに肉を。

 焼いて食べさせるべきか、生肉で与えるべきか。

 これは僕が、あの子のことをペットとして認識しているのか、人として認識しているのかという大きな違いになるのではなかろうか。

 本来ならば迷うべきではないはずなのだが、僕が悩んでしまった。

 それはつまり、僕があの子のことをペットか何かだと感じているということと近いのだという証拠。

 人型だが人ではない、その違いは肌の質と容姿がほとんどで、でも言葉を話すし感情もありそうなのに。

 それなのに僕は、あの子を同胞だとは思っていないのか。

 そこで僕は、セーレの言葉を思い出した。

 同情。

 僕はあの時、部屋から出したいだけだと答えた。

 それはまるで人助けのように感じていた部分もあったのは確かだが、たぶん腹の底では違うことを考えていたんだ。

 言葉に反応し人だと錯覚したふりをして、それでも姿が人ではないあの子のことをペットショップでショーケースに入れられている犬や猫のように感じていたんだ。

 セーレに言われて、飼うのとは違うと反発して出た答えが、助け出したいという言葉だったんだ。


 そんなのは偽善だ。

 だから彼女は、私にはわからないと、そう言ったんだろう。


 僕と鉄骨人、一体どちらがニンゲンなのか。

 焼いた肉と生肉、どちらをあげるべきなのか。

 

 僕は、焼いてあげよう。

 

「ところで、セーレさん。今って何時くらいですか?」

「ん? ナンジって何よ?」

「え? あ、時間のことです……けど」

「時間? えーっと、あそこからここまでだから。ってそんなこと聞いてどうしたの?」

「……セーレさん。また、僕のことからかってますか?」

「は? いや、からかってないけど」

「じゃあ、日没って何時頃なんです?」

「ニチボツ? ごめん、何のことだかさっぱりわからないわ」 

「日没っていうのは、日が沈むってことです。それじゃあ、暗くなるのは何時頃ですか?」

「暗く? ならないわよ。地上がそんなことになったら世界の破滅ね」


 そんな馬鹿な。

 日没で世界が破滅するなんておかしい。

 何より、この世界も僕の世界と同様に空が明るく照らされているのだから、日は登れば沈むのは当然だ。

 そんな当たり前のことで世界が破滅するのであれば、地球はとっくに無くなっている。

 やっぱりまたからかわれているんだろうか。


「あの、じゃあこの空が明るいのはなぜなんです?」

「……そんなことも忘れちゃってるのね。君のいうマイクの男ってのは魔術師か何かなのかしらね?」

「それは、わかりませんが。とにかく、日没なんて……当たり前じゃ?」

「そんなの知らないわ」


 日没なんて当たり前、そんな疑問はいかんのだ。

 この世界とこの世界は似ていて大きく違う。

 それを思い出した。

 白夜みたいなもの、いや違う。

 太陽が沈まない世界なんだ、ここは。


「セーレさん。太陽、はあるんですか?」

「太陽? あるわよ」

「じゃあ、月は?」

「ツキ? 運ってこと?」


 太陽はあるが、月はない。

 言語は通じるが、常識がズレている。

 全く、不思議な話だ。

 これだけ現実的なのに、それでも僕の知識は半端にしか役に立たない。


「じゃあ、その時間ってどうやって……?」

「時間? それって距離のことでしょ? そんなこと聞いたりして、私を試してるのね?」


 そう言ってケラケラ笑うセーレだが、僕は当然にしてやはり驚かされたのだ。

 時間の概念までもが似ているけど違う。

 僕らの知っている時間は流れているとか言われたりして、ものを進めるために働く作用のように認識されているが、どうやらここでは違うらしい。

 今の話のニュアンスから察するに、進んだ期間、つまりは結果として時間を表現するのだろう。

 それじゃあ、一体。


「あの、アイロスさんは四十二歳なんですよね? それってどうしてわかるんですか?」

「君、歳の測り方も知らないの! こりゃ、参ったわ。ほら、私の目を見て?」


 そう言われて、僕はガスマスクのレンズを覗きこんだ。

 

「えーっと……。君は、今十五歳ね」

「え? そうなんですか?」

「いや、そうなんですかって……。君の目玉にある線の数を見るのよ。そこにある瞳を囲っている線のことね。これが一定期間に成長する体の硬化と同じだとされているの」

「それで、僕は十五歳だと……」

「そういうこと。君はほんとに何も知らないのねぇ」

「すいません」


 瞳輪とでも言おうか。

 それが年齢を表す。

 日の沈まないこの世界では、瞳輪で僕らの知っている一年という単位を想像するようだ。

 それはつまり、一日が無いということでもある。

 それなら、僕はこの世界にきてどれだけの時間が経ったのか、気にしなくてもいいのだろうけれど、どうしても気になってしまう。

 これは僕が異世界人だからだ。

 そういうことなんだ。


「おい! てめえ様よ! 話ばっかしてねえでこっちも手伝え!」


 叫ぶアイロスは血抜きと内蔵の除去を終えた恐竜の切り身を振り回している。

 大きさは、およそ三トントラックぐらいだろうか。

 見た目でそれだけの大きさなのだから、重さもきっとそうだ。

 それなのにアイロスは僕らが来ると知らずに狩ったのだから恐ろしい。

 一食でどれだけ食べるつもりだったのか。

 確かに、図体は相当でかいが、これだけのものを食べるとなるとそれはもう体積を越えていると思うんだが。


「……アイロスさん。これ、全部一人で食べるつもりだったんですか?」

「ああ? そりゃあ違うな。ほとんどは干し肉かなんかにして保存するんだ。なんだてめえ様、俺がでっけえから全部食っちまうと思ってたのか?」

「え、あ、はい……」

「がははっ! それはそれは。いや、しかしてめえ様は本当に何も知らねんだなぁ。人ひとりが食う飯の量まで疑うなんてよ!」


 いや、それは少し行き過ぎた疑問だと僕も感じている。

 色々狂わされた価値観の中で、何も知らないことを前提にものを考えるというのは難しい。

 これじゃ記憶喪失以前にただの阿呆みたいだ。

 

 もっと自然に、わからないものはわからないものとして、しかしそこに先入観はなく、そして柔軟に世界を受け入れていく。

 そういうきっと当たり前のことが僕はできないんだ。

 両親や社会からの教育が、自分たちを正しいとする絶対正義主義的発想が、僕にこびりついてなかなかはなれようとはしない。

 疑問だって、記憶から創造されるんだ。

 だから大人は子供に戻れない。

 でも、大人は子供に戻りたいと思う。

 

 アニメもゲームも小説も、そうやって他人の想像の中に飛び込みたいと思うのは、自分の記憶からの脱出を図る脳と体のせめぎ合い。

 世界を疑う勇気と自分を信じる情熱と、なんかわからないけど、きっとそういうことなんだろうか。


「アイロスさん……。僕、お腹空きました」

「おう! そうか! そんなら、解体はこの辺にして一旦メシ食うか! セーレ、火は!」

「はいはーい。準備できてますよー」

 

 僕が恐竜の解体に汗を流している間に、セーレはまるでキャンプファイヤーみたいな焚き火を準備していたようだ。

 汗を流している間に。

 

「あれ?」


 汗が流れていない。

 体はこんなに火照っているのに、汗をかいていないなんて。

 そして振り返ったアイロスは、僕よりもずっと体を動かしていたはずなのに彼の体にも汗の一粒も見当たらない。

 鉄骨人だからか。

 それはつまり、僕もそうだということはもう明白だ。


「さーて、食うぞ! こいつの肉はなかなか旨いんだ。ちっと遠出しなきゃいかんのは面倒だったが、十分その価値はある! さあ、てめえ様よ食えっ!」


 そう言ってアイロスから差し出された肉は、軽く炙っただけのほぼ生肉だ。

 赤身が多くて、油があまりないそれはまさしく肉らしい肉。

 そりゃ、あんな顎になる。

 大口を開けてかぶり付いた人間の二の腕ほどの厚さの肉は、齧ってみれば簡単に歯が通った。

 食いちぎるのも容易。

 口に入れて初めて溢れだす肉汁は、まさしく記憶の範疇外。

 強いて言うなら、チョコレートソースの入ったマシュマロの食感だろうか。

 これは。


「うまっ! 何ですかこれ! めちゃくちゃ旨いじゃないですか!」

「そうだろ! うめえだろ! こいつはムベンベだ。でっけえしうめえ。干し肉にすると噛みごたえが増してもっと旨くなるんだ」

「へー。それ、すごく楽しみです!」

「がははっ! よしよし、そんじゃあ一番旨い首んとこの肉はきっちり干して食わしてやるからな!」


 これだけ柔らかくて美味しい肉なら、あの子にあげるのに焼きも生も関係ないじゃないか。

 なんだかくだらないところで重苦しく考えすぎていた。

 

 美味しければなんでもいいじゃないか。

 知恵を使うということはプライドなんかじゃないんだ。

 

 

 

 

 

 

 


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