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マーマンの子

「あっ!」

「わっ! びっくりした……。どうしたの?」

「マーマンの子供です! 地下に……忘れてました」

「マーマンの子供? そんなのいたかな……」

「いましたよ! いたんです! あけてーって……。親玉の前の階に」

「マーマンの……。初めて聞いたわ、マーマンに子供がいるなんて……」

「え……?」

「誰も見たことがないのよ、単純にね……」

「それは、つまりどういうことなんです?」

「マーマンはダンジョンにしかいないのよ。だからマーマンはモンスターとしての認識が常識だし、モンスターがどうして増えるかなんて考える人はいないわ。そんなの考えても仕方ないしね?そうでしょ?」


 そんなの知らない。

 なにせ僕の世界では動物の繁殖や進化は当たり前のように教育に組み込まれている。

 だからだろう、僕は自然と未知の生物と生態が気になってしまっていた。

 だが、彼女の言う通り気にする必要がないと言えばそうなのだ。

 本当に色々と、この世界での常識は僕の世界の常識とは紙一重で大きく違っている。

 それでも僕が混乱しないのは、その一重の紙の裏も表も見えている面での違いでしかないからだろう。

 ということは、そこに干渉しなかった分だけ別の何かが発展しているのかもしれない。


「ま、まあそう言われればそうですね。それで、その……マーマンの子供を助けたいんです」

「うーん。でも助けた後はどうするのよ?飼うの?」


 それも言われてみればその通り。

 実際ノープランだ。

 ただの偽善かもしれない、でも、何となくあのマーマンの子供が気になった。

 どうしようもなく、ただあの部屋から出してあげたいという気持ちが沸き上がってきたのだ。

 

「いえ、ただ、あの部屋から出して上げたいとそう思うんです」

「同情? 私にはよくわからないけど……」

「そう……かもしれません」


 セーレはマスクに覆われた頬を掻くと、大きくため息をついて「オッケー」と一言だけ呟いて来た道を歩き出した。


「すいません、わがまま言って…………」

「んー? 勘ってやつよ。私はこういう仕事をしているから、特にそういうのは大事にしたいと思うのよねー。君の言うマーマンの子供にセンサーがちょびっと反応したのよ」


 そう言ってくすりと笑うセーレの表情は相変わらずわからない。

 すると、僕らの前方、例の大穴のそばに先程通った時にはいなかった緑色の生物を発見した。

 緑色の生物は、弱っているのか、乾いた砂の上には体を引きずったのであろう、水を吸って色が濃くなった跡が足元まで伸びている。


「あの子! なんでこんなところまで……!」

「さあ。ダンジョンキーパーじゃないの? ってちょっと、あいつあの穴に入っちゃうわよ!」


 そう言ってセーレが指さす先では、マーマンの子供が大穴のすぐそばまで迫っていた。

 大穴にはインパクタスがいる。

 僕は穴まであと少しというところのマーマンの子供の元へ走った。

 間一髪、僕はその子を抱え上げたが、その瞬間に不穏な音が地の底から響き始めた。

 一体何を感知しているのか、インパクタスの反応はやたらに早い。

 大穴から溢れだした水が、マーマンを抱きかかえた僕を押し返す。


「やや、やばい……!」


 慌てて立ち上がろうとするが、地面がぬかるんで一瞬足を取られてしまった。

 再び押し寄せる波は、僕の頭に降り注いだ。

 背後で水が撥ねる。

 水が地面を流れるひらひらという音以外は何の音も聞こえない。

 しかし、僕の背中は、すぐ後ろにいる巨大な生物の覆いかぶさるような気配を感じている。

 緊張が最大まで上り詰め、僕の体は硬直したまま動かなくなってしまった。

 金縛りを受けた感覚の疑似体験。

 僕は眼球だけを動かしてセーレがいる方角を見る。

 ガスマスクのせいで表情が全くわからないが、首の角度でどこを見ているのかはわかるし、後退りをする姿からは、僕の後ろにいるものが逃げるに値するやばいものだということがわかる。

 勇気を振り絞って振り向こうとすると、セーレがじたばたしてそれを制すような動きを見せた。

 危ないから見るなっていうのか。

 なんとなくそれを察した僕は、振り向くのを止め、再び硬直しなおした。

 しかし、それでどうしろと。

 襲われるのも時間の問題だというのに。

 動かないと始まらないと思い、立ち上がろうとしたその時、背後からとてつもない閃光が僕の頭越しに降り注いだ。


「走れぇぇえ!」


 大声にすぐ様反応できたのは、僕のつまらない日常の賜だ。

 セーレの叫び声と同時に僕は立ち上がり、彼女の元へと走った。

 どこから出しているのかわからないブザーの様な鳴き声を上げるインパクタス。

 後方で水が暴れるバシャバシャという音と、その飛沫が降りかかってくる。


「セ、セーレさん!」

「こっち! 逃げるよ!」


 セーレに促されるまま、僕は彼女の後を追った。


「はぁ……。あ、ありがとうございました」

「ど、どういたしまして。っていうかあれなんなのよ! デカすぎ!」


 膝に手をついて肩で息をする彼女は、「キモヒエ」と呟いて笑っていた。

 とてもじゃないが僕は笑えない。

「キモヒエ」で心臓が止まるかと思ったんだ。

 なんであんな恐怖に対して笑っていられるのか、彼女の気持ちが理解できない。


「で、それが君の見たマーマンの子供なの?」


 セーレが僕の抱えている小さなマーマンを指さす。

 インパクタスから逃げることで頭がいっぱいだった僕は、彼女に指摘されて初めて抱きかかえているものの重さを意識した。

 改めて抱いたマーマンを眺める。

 皮膚に鱗はなく、滑らかなイルカの肌のようで冷たく、その硬さは人間の皮膚よりも硬いように感じる。

 呼吸はしているようだが、胸が上下する様子はない。

 本当に魚のようだ。

 でも、頭と体は首で繋がっているし、二本の腕と足、そしてその手足には六本の指がある。

 この特徴はまさしく人だ。

 僕が地下で見た時は立って歩いていたのだが、今は何があったのかぐったりして力がない。


「水かな……? セーレさん、マーマンって水を飲んで水分を保つんですか? それとも浸かって?」

「さあ、わからないわね……。ちょっと待って、聞いてみる」

 

 セーレはそう言うと、右耳に手を当てて一人でぶつぶつ呟き始めた。

 

(ジーナ? ちょっと聞きたいことがあるんだけど。マーマンってさ水飲むの? ……え? 飲まない? ……いや、陸上でマーマン見つけたのよ、それでちょっと気になってさ。……体温。うんうん。なるほど、わかった。オッケーやってみる)

 「……マーマンは水を飲まないってさ。それよりも体温の上昇に気を付けるべきだって言ってたわ」

 

「体温……。低く保てってことですかね?」

「あー。たぶんそうね。近くに防具がないかっても言ってたわね、そういえば」

「防具、これですかね?」

「そうね、だってそれマーマンの防具でしょ? だとしたらそう。それにはマーマンの体温を留める効果がなされているらしいわよ?」

 

 僕は、小さなマーマンを包むことができる、胸当てを外し、それをの体に当てた。

 しかし、呼吸がわからない以上、今のこの状況に改善の効果があるのかはわからないわけだが。

 とりあえず、鮮度が落ちないように氷水に漬けておけということだと理解しよう。

 

「これで、しばらくは大丈夫なんでしょうか……」

「さあ? 大丈夫よ、きっと。っとそれじゃあ、出発しましょうか」

「はい、よろしくお願いします」


 とは言ったものの、再びやってきた砂漠との境目には何もない。

 一面どこまで続いているのかわからない砂漠が広がるばかりで、岩の塊の一つも見当たらない。


「あの、セーレさん。どうやって町まで?」

「はいはい、下がって下がって」

 

 そう言われて、僕は境目から二、三歩下がる。

 すると前方数メートル先の砂面が盛り上がり、そこから見覚えはあるが初めて見るものが姿を現した。

 

「これって、ロボット……?」

「ロボット? ロードバムよ。まあ、私のはちょっと特別製なんだけどねー」

 

 そう言ってセーレは自慢気に鼻を鳴らす。

 ロードバムと呼ばれるそれは、およそ軽自動車くらいの大きさのフルフェイスヘルメットから手と足が生えたような形をしている。

 

「さて、行きましょうか。乗って」


 セーレがロードバムのボディを軽く叩くと、ガスが抜けたような音と共に背面の扉が開いた。

 中は狭いが、それほど窮屈さは感じない。

 なぜかといえば、内装は意外にもシンプルで、僕が映画で見るようなごつごつしいパイプやら操作盤は無く、大体つるつるしイメージで、縦一列に並んだソファも清潔だったからだ。

 勝手なギャップ。

 僕が日々見ているものや記憶、イメージなんてものは本当に勝手なものだ。

 そういう知っているものに踊らされているから、知らないことがないような錯覚を起こして世界も小さく感じてしまうのだろうか。

 純粋に無知でいられないことが、僕を窮屈にしているようなそんな矛盾というか欠陥めいた足りないものに気付けない感覚。

 そういう、世界を意外性だけで捉えてしまう発想。

 僕は、なぜこの世界にいるんだという疑問。


「楽しむ……、か」



 

 

  


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