第八話
日が傾いてきた。
あかねは屋敷を飛び出し町中を走りに走り、いつのまにか涼介と出会った河川敷をとぼとぼ歩いていた。その顔は、涙の残滓に濡れている。
「お父さんのバカ。何もあんなこと言わなくても。刑事さんもだよ、なんで断るのかな……」
悲しげな顔をしてぶつぶつ文句を言いながら、ふと思い出したかのように考えた。
「なんでわたし家を出たんだろう?」
頭の中で、今日の出来事を思い出してみた。
刑事さんに出会って、家に帰ったら警察がわたしの警護をするとかなんとかで、お父さんが断ってしまった。
そして、刑事さんが帰ろうとして、今に至る。
「……?」
ここであかねはぴたっと足を止めた。
あかねは屋敷を出て行こうとしたときの言葉を思い出す。
『わたしがこんなに想ってるのにどうしてあなたに届かないの!?』
『わたしはあなたの側にいたいの!』
言葉を反芻する。
「…………………………」
言葉を反芻する。
「…………………………」
言葉をはんす―――。
「きゃああぁぁあ――!!」
あかねは叫んだ。
通行人が訝しくあかねを避ける。
「うっ……」
次は恥ずかしさで真っ赤になり、顔をふせる。
「……ち、ちょっと待って………」
――落ち着け、あかね。あのときは、そう、必死だったから……。
「『必死だった』からってなに!?」
仰天した。あかねの頭の中にはある言葉が浮かんだ。顔は耳まで真っ赤。
彼には感謝をしている。だけど、今の気持ちは感謝を通り越している。
こんなことはあるだろうか?
今日。彼と出会ったときのことは鮮明に覚えている。
整った顔立ち。風で流れる髪。凛々しい眉。鋭く光る目。
すました顔で刀を抜き放ち、瞬く間に、悪者を一蹴してくれた。
彼の背中は大きく、何者からも守ってくれる……そんな感じがした。
だから、すごく、とても、本当にかっこよかった。
そこまで考えて、あかねは首を横にぶんぶん振った。
「はぁ……」
大きなため息を吐いてうなだれる。一人で頭を抱えて、「うわぁ……」とか呻く。どうしようもなくもどかしい。胸がイタイ。
彼にここまで肩入れするのは明白。しかし、ほかにも理由はあるのだ。
彼みたいな剣客は初めて見た。今まで五十嵐家に出入りしようとする剣客は、五十嵐の財力にたかる剣客ばかりだった。でも彼は違った。善良で素直な警察官だと、あかねは勝手に思う。
しばらくして、あかねは歩き出した。
「悩んだらお腹すいた。釈然としないけど、家に帰ろ……」
そのとき、後ろから足音が聞こえた。
(もしかして……!)
あかねはおもわず振り返った。
「刑事さ……ん……?」
胸に鈍い感触が当たった。何をされたかわからなかった。
「かはっ……」
彼女は小さく呻き、気を失った。
あかねの前には二人の男がにやにや笑いながら立っていた。
「昼間は変な奴に邪魔されたが、俺たちは運がいいぜ」
「さっそく、中居さんとこに運びましょうぜ!」
もう一人が意気揚々とあかねの肩を担いだ。
「よし。お前はこいつを運べ! 俺は五十嵐邸に文を投げてくらぁ!」