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第七話



「あかね」


 あかねは顔を上げ、一同が声に向いた。

 今まで黙っていた涼介が口を開いだのだ。

「やめろ。アンタが止める理由はないだろ? 少なからず予想はついていたさ」

 涼介は淡々と語る。

「だいたい、俺みたいな奴がいきなり出て来て、娘を護衛するなんて理解しがたい。俺を寛容に受け入れることなんてできねぇよ」

 ここで彼は言葉を切った。少し言いにくそうに続ける。

「ただ……、アンタに『良い人』って言われただけで、満足で……」

 遼介は息を吐き、あかねに向かって言った。

「嬉しかったよ……」

 彼は淡く笑った。

 ――やさしく笑っている……。

 あかねにはそう見えた。そして、素直に笑っているように見えた。

 微笑んだことなんてないのだろうか、不器用な笑みだった。しかしそれは、さっきまで稲垣や弥太郎たちを小馬鹿にした笑みではなく、ただただ、本当に素直に笑っていた。

 あかねの胸が高鳴る。

 瞳が潤む。勝手に口が動いてしまう。

「理由ならあるわ。だってわたしはあなたを家に招待したの」

「だが、家の主が出て行けって言ってんだぜ」

 あかねを無視して涼介は続ける。顎で彼女の父親を指した。

 弥太郎は無言で頷いた。

「という訳だ。じゃあな……」

 涼介は踵を返す。すると、また袖を引っぱられた。

「ンだよ……」

 小言を吐き、振り返る。

 あかねはうつむき、手は震えている。

「あなたはどうしてそう人を避けたがるの?」

 涼介は眉をひそめ、そっぽを向いてそっけなく答えた。

「別に避けてなんかいない」

「違わない。今だってそうだもん……!」

 あかねは首を振った。

「何が言いたいんだ?」

「わたしはあなたを外見で判断したくない……」

「悪いが、俺は見てくれのとおり悪人だ」

「違うわ、ぜったい……」

 うなだれるあかねを涼介は忌々しそうに見つめ、舌打ちした。

「ふざけるなよ……」

 声は怒り含み、あかねに叩きつけるように言った。

「お前に俺のなにがわかるんだ!!」

 あかねは声に驚きおもわず顔を上げた。

「……ッ!?」

 涼介が目を見開いた。

 あかねは泣いていた。

 彼女の漆黒の大きな瞳から大粒の涙が零れた。

「……バカ………」

 溢れる涙。湿る瞳。

「わたしはあなたの側にいたいの!」

 あかねは泣き叫ぶ。

「わたしがこんなに想ってるのにどうしてあなたには届かないの!?」

 涼介を突き飛ばし、あかねは駆け出した。



 応接室は静まり返った。

「あかねお嬢様が………」

 最初に口を開いたのは、稲垣の部下だった。

「貴様っ!」

 弥太郎は立ち上がり、涼介の胸ぐらを掴んだ。

「……どういうつもりだ」

 鬼の形相で涼介を睨んだ。彼は鼻で笑い、答えた。

「俺は何もしていない。アイツが勝手に言い出したことだ。むしろ俺はアンタの意見に賛成したんだが」

「黙れッ!」

 弥太郎の顔が怒りで歪む。

 彼は涼介の頬を殴りつけた。涼介はよろけて壁に背中を打った。

「貴様のような輩がいるから……」

 弥太郎は床に膝をつき、絞り出すように声を出した。

 涼介は顔を上げ、頬をさすりながら彼に告げた。

「俺が言うのもなんだが、アンタ、娘に自分の価値観を押し付けるのはやめたほうがいいんじゃねーか?」

 弥太郎は見上げる。

 涼介は見下ろす。

 弥太郎の表情は怒りと憎しみで満ちている。そんなふうに遼介の目には映った。

「弥太郎殿、とにかくお嬢様を探しましょう」

 こんな空気に堪えかねたのか稲垣が間に入った。

 弥太郎はハッとして立ち上がる。

「お願いします」

 謝罪するような懇願だった。

「こちらこそ申し訳ありません……。探すぞ」

 稲垣も頷き、部下に指示を出した。弥太郎は自室にいると告げ、応接室を出て行った。稲垣は立ち上がり、彼に頭を下げる。それから、涼介をキッと睨んだ。

「桜井。お前が発端だ」

「オイオイ、俺は何もしてないぜ」

 涼介は驚き、肩をすくめた。

「こっちへ来い」

 稲垣は手招きし涼介を部屋の隅に促した。

「お前があかね嬢にいらんことを吹きこんだのではないのか?」

 あかねとはここに来る途中にいろいろことを話したが、ほとんど彼女の話だ。そう考えながら涼介は答えた。

「…………何も」

「なんだその間は。怪しいぞ」

「何もしてねぇっつうの」

「本当か?」

「ったく、部下が信用ならねぇのか?」

「お前は信用ならん」

 稲垣はきっぱり答えた。涼介は顔をしかめ、舌打ちした。

「アンタな……」

「とにかく、今は信じようではないか。……お前はここから出るなよ」

「部長、あんたはやっぱり馬鹿だ」

「なんだと!?」

 稲垣は声を上げた。

「声がでけぇよ。あのおっさんをどうにかしてから言え」

 涼介は親指で自分の背後を指した。稲垣は振り向き、彼の指した方を見る。

 その先には五十嵐弥太郎の背中が見えた。

 稲垣は納得したようにうなずいた。

「確かに、どうすれば……」

「それをあいつと話して来いよ」

 涼介はポンと稲垣の肩を叩き、歩き出す。

「どこに行く?」

「アンタがここに居られるように話つけてくれんだろ? 庭で寝てくる。ちょうどベンチもあったしな」

 稲垣は自由奔放な自分の部下の背中を見つめ、げんなりした。

「今から話を始めるのだが……」

 稲垣ははぁと重いため息を吐いた。



 弥太郎は早足で廊下を歩いている。

 自室に入り、椅子に深く腰を下ろした。

「ふぅ……」

 窓に顔を向けて息を吐く。

 窓から射すきれいな夕日は今の彼にとっては鬱陶しいことこの上ない。

 彼は夕日から目を離し、天井を見つめた。

 眼鏡の奥の目はひどく濁っている。

 そして、忌々しく呟いた。

「何故、政府はあのような奴を飼っている……?」

 扉をノックされ、稲垣が入ってきた。

 彼に要件を言われ、弥太郎の顔は一層険しくなる一方だった。



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