表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/17

第五話



 二人は正門をくぐり、豪奢な庭園を抜ける。途中で庭師らしき老人と顔を会わせたが、彼は何も言わず会釈した。もちろん、あかねに。

 そして涼介は無遠慮に大きな正面玄関を押し開けた。

 バン。と開けた時の音が異様に大きかったらしい。そばにいた使用人が目を丸くしていた。しかし、すぐ表情が変わった。

「おかえりなさいませ。お嬢様」

 にっこりと微笑む。

「あ。う、うん。ただいま」

 あかねが答える。

「……本当にお嬢様扱いかよ」

 涼介はぼそっと呟いた。聞こえたのか、あかねが睨んできた。

「そちらの御仁は……?」

 使用人があかねに尋ねる。声色から涼介を快く受け止めていない。表情も硬い。当たり前だが。

「この人警察官なの。助けてもらったお礼に家に招待したんだけど……」

 だんだん声が低くなってこちらを睨んでくる。

 使用人はそこで合点がいったのか頷く。

「ああ。警察の方ですか。それでしたら、案内を仰せつかっています。さあ、こちらへ」

 使用人の顔が少し柔らかくなった。

「本当に仕事なの?」

 あかねは不機嫌そうに涼介にささやいた。

「そうだよ」

 短く答えて、遼介は使用人についていく。

「はぁ……」

 あかねは大きくため息を漏らした。

「こちらです」

 使用人に案内されたのは結構大きな広間である。

 大きな机に長椅子。小さいながらもシャンデリアまである。大きな窓からは、庭園が見渡せる。

 豪奢な待合室に感嘆する涼介とは裏腹に、あかねは隣でげんなりとした。

「本当に仕事なんだ……」

 広間を見ると、警察の制服を着た人がいる。誰もがサーベルや拳銃を所持していて、眼光が鋭くいかつい顔をしてこちらをめつけている。その視線にあかねは怖気づいた。

 それと、もう一つ気になったのがある。あかねは涼介の横顔を見つめ思った。

 ――なんの仕事だろう?

「なにをしている! 桜井涼介!!」

 大きな怒鳴り声があかねの思考を遮った。

 見ると、ほかの警官よりも上等そうな制服を着ていて、背筋をピンと伸ばし頑固そうな顔に髭を生やしているその人は、ずかずかと足を鳴らしてこちらに向かってくる。まさに鬼の形相。正直怖かった。

 あかねは気がつくと、涼介の腕に自分の腕をからめていた。

 涼介はそれを気にせずその人と話し出した。

「これはこれは稲垣部長」

 涼介は恰好だけかもしれないが恭しく頭を下げた。

「挨拶などどうでもいい! どういうことだ!? 一時間も遅刻だぞ!」

「まぁ、これにはいろいろ事情があってな……」

「言い訳など無用だ! お前という奴はだな――」

 しばらく稲垣の怒鳴り声が広間に広がった。

 涼介と稲垣が問答を繰り返すのをあかねは困ったように眺めていた。どうすればいいかわからなかった。すると涼介はあかねを一瞥し、稲垣の説教を無視して告げた。

「それより部長。五十嵐弥太郎の娘を保護した」

「ん、なんだと……どういう意味だ?」

 稲垣は彼の後ろにいるあかねに目を向け、彼女の姿を見てぎょっと目を剥いた。いろいろな意味で。

「オイ、離せ」

 涼介はあかねにささやいた。

「え?」

「『え?』じゃない。俺から離れろ」

 忘れていたが、あかねはずっと涼介の腕にしがみついていた。

「あ、え。ああっ! ごめんなさい!」

 あかねがあわてて腕をとくと、稲垣が涼介を指さした。

「お、お前、どういうことだ!」

 稲垣は目を白黒させ、二人を見た。

「だから話を聞けっつうの」

 涼介は舌打ちして続けた。

「あのな、ここに来る途中にコイツが痴漢に追われていたところを助けたんだよ」

 な?と彼は同意を求めるようにあかねに振り向いた。

「はい。助けられました」

 あかねはすんなり答えた。少し顔が赤いのが気になるが。

 稲垣は鳩が豆鉄砲をくったような顔をし、脇を向き小声で。

「信じられん……。こいつが人助けだと……!?」

「悪かったな」

 涼介には聞こえたらしく、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「あの、もし……」

 誰かが口を開いた。

 涼介、あかね、稲垣は声のするほうに向く。見ると、五十嵐の女中らしかった。

「口を挟んで申し訳なく思いますが、お嬢様のお服は少しばかり汚れて見えます。それはまことに不衛生だとお思いなりまして」

 確かにあかねの服は土埃で色あせている。

「そのような格好で殿方の前では大変失礼極まります」

「わかった。すぐ着替えるから」

「そうだな。さっさと行け、邪魔だ」

 涼介が口を挟み、冷たく言い放った。

 それにあかねが噛みつく。

「邪魔ってなによ」

 彼女は口を尖らして彼に詰め寄った。涼介は嫌な顔をして背を向けた。

「だから仕事の邪魔だって言ってんだ」

「ねぇ、仕事ってなに?」

 あかねは回り込んで訊ねた。

 涼介は一層顔をしかめて告げた。

「うるさい、さっさと――」

「あかね」

 涼介の声が遮られた。二人は声のする方に顔を向ける。傍にいた女中は頭を下げ、稲垣は背筋をピンと伸ばし立った。

 あかねはあっと小さく声を上げ、涼介は口元を歪めた。

 ――やっと出て来やがった。

 黒髪を後ろで結び、馬のしっぽのようにぶらさげて眼鏡を掛けている四、五十代の男。

 五十嵐いがらし弥太郎やたろう。あかねの父だ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ