第四話
二人が歩く道は左右に商店が並びかなり混雑している。
その中を身なりが良くどこかの令嬢だろうと思われる娘と、目つきは悪く、刀を帯び、警察官とは思えない男が一緒に手をつないで歩いている。それは往来の人々の目に留まりそしてかなり不自然に見えた。
その視線を察した涼介はあかねに言った。
「オイ、そろそろ手を離せ」
「えっ?」
あかねは振り向き、自分の手を見た。手はしっかりと涼介の手を握っている。
「あっ。わわわ、ご、ごめんなさい」
あかねは顔を赤くしてあわてて手を離して、
「気に障った……?」
と上目遣いで尋ねてきた。
「……そうじゃないが、アンタはみたところいいとこの娘だ。だから、俺みたいなヤツと歩いてたら迷惑だろ」
涼介はあかねから目を逸らし、ぼやいた。
彼女は首を横に振る。
「別にわたしは迷惑じゃないけど……?」
「自分のことじゃなく、親のことも考えろっつうの……」
涼介はげんなりとした。当の彼女はきょとんとしている。
「アンタ、馬鹿だな」
「馬鹿ってなによ!」
あかねは顔を真っ赤にして反対した。
そんな彼女の横を、涼介はため息を吐いて通り過ぎる。
「あ、待って」
あかねはあわてて涼介を追いかけた。
「アンタ、俺を誘うときに迷っていただろ?」
「えっ、そんなことは……」
「いいや迷っていた」
あかねの言い分は涼介に一蹴された。
確かに迷っていないと言ったら嘘になるけど、そこまで否定しなくても……。
「そうだな。推理ってほどじゃないが、理由は――」
涼介は口を開く。あかねは思わず顔を上げる。
「一つは、俺みたいなヤツを屋敷に入れたら困るよな。屋敷のヤツらにアンタを助けたって言っても信用できねぇからな」
彼は淡々と語る。あかねは秘密をあばかれるみたいで気分が悪い。
「二つ目は、家族の中に俺を、つまり刀持ちを心地よく受け止められないヤツがいる。まぁそんなことだろう」
ここで涼介はあかねに振り返った。彼女の顔は少し青い。
「なんだよ。図星かよ」
「いや、その……」
涼介に見つめられ、あかねは目を逸らす。彼はこちらの心情を射抜くような目をしていた。
「…………」
あかねはしばらく黙りこんでいたが、諦めたようにため息を漏らし、歩きながら話し出した。その横を涼介はついていく。
「わたしのお父さんはね、侍や剣客を嫌うの」
「そうなのか……」
「わたしのお母さんね。その……斬り殺されているの、幕末の動乱に巻き込まれて――」
あかねは顔をうつむかせる。その顔はだんだん暗くなっていく。
「もう十年以上も経ってるのに、引きずちゃって……」
彼女の瞳は少し潤んでいた。涼介は気にせず訊ねた。
「その言い方じゃあ、アンタは引きずっていないのか?」
それを聞いてあかねは涼介を見上げ、不思議そうに尋ねた。
「あなたって率直に聞くのね」
「……悪かったな」
涼介は気まずそうに眉をひそめる。あかねは笑って首を振った。
「ううん、いいの。わたしそのとき生まれたての赤ちゃんだったし、お母さんの顔すら覚えてないんだから」
「……」
「仕方ないじゃない。覚えてないものは覚えてないんだもん……。悲しもうたって、悲しみようがないじゃない」
あかねが悲しそうに目をふせた。
「だから、父親は俺みたいなのは嫌いだと?」
彼女は小さく頷いた。
「でも、刑事さんは悪い人じゃないよね?」
あかねがこちらを見て笑った。それは無理に笑っているように涼介には見えたが、彼はそんなことを気にせず涼やかな笑みを向けた。
「まぁ、アンタにそう言ってもらえるのはうれしいことだ」
「えっ……。あ、うん……」
あかねは生半可な返事で答え、ちらっと涼介の横顔を見た。
真っ直ぐ伸びた鼻筋に、尖った顎。黙っていればかっこよく見えるが、彼にはどこか人を寄せ付けない雰囲気が漂っていた。
やはり、刀が原因だろうか。
いくら注意しても視線は自然と彼の左腰に行きつく。
武士の魂、とか。彼なりの流儀でもあるのだろうか。
あかねは刀を好きになれるはずがない。
誰だってそうだと思う。刀は人を傷つける道具で、凶器だ。
政府の人は皆そうだ。好きにはなれない。
――でも、この人だったら……。
あかねは、涼介を見て思った。
なぜかわからないけど、彼は無愛想に見えるが、こうして会話していると真面目で善良な人だとあかねは勝手に思ってしまう。どうして、刀なんかを下げているのか不思議だった。
「なんだ?」
視線に気付いたのか、涼介が冷ややかな視線を送ってくる。
「なんでもない」
あかねはあわててついっと涼介から目を離した。彼は怪訝そうな顔をして訊いた。
「まあいいや……。で、アンタの家はこっちでいいのか?」
「あ。うん」
そして、角を一つ曲がると通りの騒々しい雰囲気を一変させた。
そこには大きな屋敷が建ち並んでいる。どの屋敷も煉瓦造り。
主に在住しているのは官僚、軍人、それに外国の人間も。つまり、明治という新国家を構築するために人生を懸けた者たち。
良く言えば、この国のために貢献した者。
悪く言えば、権力、栄職についた成り上がり者。
「ここよ」
あかねが上機嫌に自分の屋敷を指差した。
涼介は舌を巻き、あかねに訊いた。
「五十嵐っていうと貿易商か? やっぱりな」
「あれっ? 知ってたの。なぁ~んだ、つまんない……」
「世間じゃ有名だろ?」
彼は皮肉っぽく付け加えた。
そう、彼女はこの国を支える貿易商の一人娘だ。
あかねが鍵を取り出しながら。
「お父さんに見つかると厄介だから、裏から入るね」
「厄介ねぇ……。いいじゃねぇか、表から入ろうぜ」
涼介は失笑し、軽く言い放った。
あかねは振り返り、ため息を漏らした。
「何言ってるの? あなた警察だけど、剣客は剣客だもん」
「あのな。俺はなんのためにアンタについてきたと思っている?」
次は涼介がため息を吐いた。
「それは……あなたが助けてくれたから、わたしはお礼として家に招待を――」
「俺はここに仕事で来たんだよ」
あかねの文句を無視して涼介は答えた。
「え……」
あかねは凍りついた。
「行くか……」
涼介は豪華な屋敷を見上げながら、さぞ面倒くさそうに呟いた。
そんな彼の横であかねは困惑している。
「なんて顔してんだよ」
あかねの戸惑った顔を覗き込みながら、涼介は嘆息する。自分はそんなひどい表情をしいていたのだろうか? それよりも!
「あ、あなた、今、なんて……?」
しどろもどろしながらあかねは涼介に訊いた。
「めんどくさいから後で話す」
「今話してよ」
あかねはつっかかるが。
「この家の人間がそんな顔してどうする。ほら。行くぞ」
涼介はさらりとかわし、さっさ行ってしまった。
「あ。待ってよ」
あかねは慌てて、遼介を追った。