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カシューナッツはお好きでしょうか?  作者: ストレッサー将軍
第10章 『商店街の祭り② ~恋愛単細胞馬鹿~』
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98.警察官川島


 心が空っぽのまま、ふらふらと歩いた。自分ではあてもなくさまよっていたつもりだけど、気がつくと強い熱気に誘われていた。何かに導かれるように、体が引っ張られる。そんな不思議な感覚。


 気がつくと中央広場ライブ会場に来ていた。


「♪~go to hell go to hell 地獄の業火で豆腐を茹でろ go to hell go to hell おいしい湯豆腐召し上がれ~♪」


 商店街の祭りの、小さなステージ。その上で、鬼気迫る表情で歌う少女。華奢で小さな体を絞り出し、叫ぶように歌うその姿は、笑っちゃうくらい必死で、笑えないくらい純粋で…………。




 気がつくと、走っていた。『暗黒豆腐少女』の歌を聴いて、空っぽだった俺の心にある感情が生まれた。それは世界一わがままで、世界一純粋な気持ち。


“ハルカちゃんの傍にいたい”


 今の俺には、それだけで十分だった。






「ハルカちゃん!!」


 気がつくと、ハルカちゃんがいる病室に来ていた。自分でもどうやってここまで来たのか覚えていない。とにかく、無我夢中だった。


「……川島君遅かったな」


「遅かった……はぁ、はぁ……って……どういう、はぁはぁ……ことだ?」


 ハルカちゃんの体調、そんなに悪かったのか!? 俺は激しい鼓動と呼吸を制御できず、膝に手をつきながら必死に問い詰めた。


「安心しろ。軽い“熱中症”だそうだ。安静にしていればすぐに目を覚ますらしい」


「はぁ、はぁ、はぁ……よ、よかった…………」


 急に体の力が抜けて、俺はその場に座り込んだ。あぁ、よかった。ハルカちゃんが無事で、ほんとうによかった。


「川島君、お疲れのところ悪いんだが、後のことは君に任せたぞ。私はカエデさんの所へ行って来る」


「なっ……」


「まさか、また『自分にはそんな権利はない』などと、くだらないことを言う気じゃないだろうな?」


「……そんなつもりはない。俺の心に今あるのは、“ハルカちゃんの傍にいたい”という感情……それだけだ。お前も一緒だろ? “カエデちゃんの傍にいたい”、ただそれだけの感情しか持っていない、恋愛単細胞馬鹿だ」


「ふん、君と一緒にしてもらいたくないな。とにかく、君はハルカ君が目覚めるまで傍にいろ。これは、君への罰だ。目覚めた時、目の前にいるのが私ではなく君だったら、ハルカ君はもしかしたらがっかりするかもしれない。君はそれに耐えるんだ。“大好きな人に手を差し伸べる”という崇高な行為を“権利”などという無粋な言葉で汚した罰だ。わかったな?」


「…………そうだな。その罰、甘んじて受けてやろうじゃないか」


 ハルカちゃんが目を覚まして、俺を見て、がっかりする。その瞬間を想像してみただけでも、怖くて、辛くて、今にも逃げ出したい。でも、それ以上に俺はハルカちゃんの傍にいたいんだ!


「それじゃ」


 田中敬一は短く「それじゃ」と言って、病室から出て行った。俺は感謝の気持ちと共に、田中敬一の後姿を見送った。


「……あれは? 誰だ?」


 そのとき、不審な人物が俺の目に映った。その人物、服装は入院着であった。おそらくこの病院の患者なのだろうが、キョロキョロとして落ち着きがない。顔には無精ひげをはやしており、目に覇気がない。そして、大きなトートバッグに何故か右手を入れている。明らかに不自然だ。何かを隠しているのだろうか?


 普段の俺であれば、職務質問をしていただろう。


「うぅ……ここは?」


「ハルカちゃん!! 目が覚めたんだね! よかった……よかった…………」


 しかし、このときの俺にはハルカちゃんのことが一番であり、職務質問を放棄してしまった。




 今になって思う。やっぱり、俺はこのとき職務質問をしておくべきだった。いつもそう、俺が自分の幸せを願うときは、決まって他の人に不幸が降り注ぐ。自分が幸せになるためには、他人を不幸にする覚悟が必要なこの世界。神様は、何でこんな世界を作ったんだよ……。





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