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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

極悪令嬢付の熟練メイドが、生き残るには結婚するしかありません〜行きずりの大人な関係の先に

作者: VanillaHeaven
掲載日:2026/07/04

「ぎゃはははっ! 死んでちょうだいっ! おばさんっ!」


 向けられたマシンガンの銃口が光るのと同時に、爆発が起こりました。声の主は爆発に飲み込まれ、肉塊へと姿を変えていました。


 仕掛けておいた爆弾が爆発したためでした。


 頬を撫でました。指に少しだけ朱色の血が付着していました。


「一発だけ、受けてしまいましたか……」


 ため息と同時に肩を落としました。この姿をお嬢様に見られれば、ますます不信に思われることでしょう。


 任務自体は順調でした。ラインハルト公爵の裏帳簿は、しっかりと私の手の中にありました。


 これを使って、お嬢様は公爵を揺さぶり、何を得ようと言うのでしょうか……


 そのようなこと、メイドの私が知る由もありませんが——


「やっと手に入ったのですわね……ラインハルトの秘密が。くっくっくっ」


 屋敷に着き、帳簿を提出すると、お嬢様はとても嬉しそうに髪をイジりながら、不気味に笑っていました。


 両側で縦巻きロールを結った紅くて長い髪と、紫色の冷めた瞳が印象的なこの方は、ビアンカ・アルファスト伯爵令嬢、通称『極悪令嬢』と呼ばれるお方でした。


「……それはそうと、カリンダ」


「はい」


「最近、怪我が多いですわね?」


「申し訳ありません」


「そろそろ貴女も使用期限かしらね? 長く持った方よ。覚えてませんけど、たぶん最長ですわね。さて、後釜は誰にお願いしようかしら……」


 これは二度目の勧告でした。三度目はないと思いました。後釜は誰なのかをぼかしていらっしゃるので、まだ終わりではありません。


 ですが、お嬢様は、詰めはしっかりされる方ですので……次、傷を負えば処分されるでしょう。


「……まあいい、下がりなさい」


 いよいよ、私のメイド人生も終わってしまうのですね……私よりも前にいた方々が皆、殺されたか処分される中、22年は頑張った方でした。


 10歳の時に、奴隷商にメイドの資質を見つけられて売られてから、必死だったのであっという間でした。


 まあ、メイドにならなければとうに終わっていた命ですから、まだ生きているだけマシでしょうか——


「そうですか、先輩もいよいよ……」


 私は、一番長い付き合いの同僚メイドと私服で居酒屋に来ていました。


「……足腰もそうだけど、魔力減退が酷くて」


「あ〜分かりますよ。あたしも最近、換装(オーダーメイド)で、大型の武器を呼び出せなくなってきました、はは」


「……私より先に死なないでよ、マール?」


「頑張りますけど、あたしも28歳ですからね〜」


 メイドの人生は平均で25歳と言われていました。任務中の事故で死亡が半数以上と言われ、失敗の責任を取らされる、または主に見切りを付けられるといった処分が残りでした。


 生き残る方法など、前例がありませんでした。


「でも、先輩」


「ん?」


「ワンチャンあるんじゃないですか?」


「何が?」


「先輩、めちゃくちゃ美人ですし、上級貴族に嫁ぐことも、夢じゃないかもしれないですよ?」


「……ふふ、ありがとう、マール。そんな夢みたいなことがあるといいわね」


「そこの美しいご婦人たち、一杯奢らせてもらうから、ご一緒してもいいかな?」


 私たちの会話にふっと割り込んだのは、長髪のいかにも軽薄そうな男でした。


「あたしは別にいいですけど、ねぇ?」


 マールが私を見つめました。死も近いことですし、少しくらいハメを外しても良いかもしれません。


「構いませんよ」


 私の言葉に、軽薄そうな男はぴょこりとマールに引っ付くように隣へ座っていました。こういう方は好きではありません。


「隣、失礼するぞ」


 渋い声で避けることを促された私は、横に動きながら顔を見上げました。端正な顎髭に品の良い金色の長髪、切れ長な目は、酔っていることもあり、艶やかに映りました。


「それで、彼女たちは何繋がり?」


「職場の先輩後輩です」


「へ〜あまり見かけない顔だけど、いつも何して遊んでるの?」


「普段は——」


 マールが快調に会話を繰り広げていました。一方、私と隣の男の間では——


 こん。からん。こん——


 グラスがテーブルにつく音と氷の揺れる音だけが響いていました。きっと、この方も付き合わされただけなのでしょう。


「お前」


「はい?」


「俺の見た目は好みか?」


「いえ、どちらかと言えば好みかと」


「……店を変えるぞ」


 私は、半ば強制的にマールと分かれ、男に手を引かれるがまま、次の店に入りました。エントランスに置かれた水槽には、珍しく大きな魚が泳いでいました。


「いらっしゃ——これはこれは! どうぞこちらへ……」


 顔を見ただけで、特別室へ通されるなんて……この方は、何者でしょうか。


 私の疑問など気にもせず、男はソファーに身を沈めて息をつきました。すると、すかさず酒が運ばれて来ていました。


「……それで、お前は何を飲む?」


「……では、同じものを」


 お付きの者はそれを聞くと、私にも同じ酒を出してくれました。


「今日の出会いに——」


 男がグラスを高らかに上げました。私も対面でグラスを高らかに上げました。


 そこから、特に会話はありませんでした。男が終始私を見つめ、グラスを傾けているのを、私は見つめて、グラスを傾けていました。


 尿意を催した私は、立ち上がるとクラクラになっていることに気付きました。男の前で、みっともなく壁を這いながら、何とかトイレへ滑り込みました。


 部屋に戻ると、男はおらず、お付きだった男から違う部屋に案内されました。そこへノックをして、入ると——


 大きなベッドが一つだけありました。その上には、裸になった男が寝転んでいました。


「早く来い」


 催促され、私は服を脱ぎ捨て、ふらふらしながら全裸で男の前に立ちました。


「裸でも美しいな」


 ガバと抱き付かれ、そのままベッドに押し倒されました。私は、この行為の快楽は嫌いではありません。なので、好みの男なら許せました。


 メイドの任務には、ベッドの上で情報を語らせたり、ハニートラップを仕掛けたりするのは日常でした。貞操概念など、すでにありません。


 その晩は、本能のままに突かれ、喘ぎ、抱き合いました。


「……カリンダ、顔がすっきりしているのではなくて?」


 お嬢様に異変を気付かれてしまうとは、私もまだまだでした。


「これから、殺処分が待っているというのに、ずいぶんおめでたいこと」


「どういうこと、でしょうか?」


 私は恐る恐る聞いてみました。


「気が変わったんですの。今日でお払い箱ですわ」


「……そう、ですか」


「でも、最期にチャンスをあげますわ」


「チャンスですか?」


「貴女を殺したら、貴女の後釜になれると他の者には告げましたの。ですから、これからはいつどこで貴女は暗殺されるか分かりませんわよ」


 ……私の弟子でもある彼女たちを私を使って試すのですね。いっそ、毒殺でもしてもらったほうがまだマシでした。


 ですが、全員殺せば……お嬢様は確実に没落するでしょう。不条理に死んでいった同僚たちの敵討ちになるかもしれません。


「分かりました。今までありがとうございました、お嬢様。失礼します」


 私は、自室に戻り、部屋を片付けていました。ドアの向こうに気配が一つ——


 さっそく来ましたね。このせっかちさは、ケリーですね。となると、まずは爆風対策でしょうか。


 机を倒して、盾にしました——次の瞬間、ドアを中心に爆発が起こりました。


「……やっぱこれじゃ、死なないっすね、師匠」


 現れたのは、やはりケリーでした。私は、机の盾の裏から告げました。


「貴女の悪いところは、せっかちで前に出過ぎなところですよ」


 私は、仕掛けてあった紐を引っ張りました。すると天井から5つのボウガンが放たれました。それに貫かれたケリーは無惨に転がりました。


「せっかく片付けたというのに……もう知りません」


 私は、私服に着替え、必要な物だけ持って、屋敷を後にしました。


 行く当てなどどこにもありません。大きなカバンを一つだけ持ち、街を彷徨っていました。理由は簡単でした。どこで仕掛けられても、対応できる罠を張り巡らせておくためでした。


 一通り、街の中に罠が張り終わると、日も落ちていました。先日の居酒屋に入りました。淡い期待でした。あの男が居るのではないかと——


「……いましたね」


 思わず声が出てしまいました。男がいました。しかも、軽薄そうな男は一緒ではありません。


 誰かを待ってるのか、探しているようでした。


 私は、少し離れたところに座り、彼を観察していました。こういった大衆がいる場所では、騒ぎを起こさないというのがメイドの暗黙の了解でした。


 ここなら、しばらく平和な時間が過ごせることでしょう。運ばれて来た酒とつまみに、舌鼓を打ちました。


 何故でしょうか。とても美味しく感じました。なんだかんだで自由になった、それも大きいでしょう。


「おい」


 聞き覚えのある声がしました。


「あら、貴方は」


 あちらから、見つけて声をかけに来てくれたようでした。


「店を変えないか?」


「……はい」


 断れませんでした。昨日の悦の余韻も残っていましたので。それに、誰かと一緒なら、命を狙われることはありません。


 先日の店かと思ったら、今度は庶民街の立ち飲み屋でした。


「お前、結婚は?」


「あいにくしていません」


「……そうか、だが気にするな。俺など32だが、結婚していない」


「32? 私もです」


「何? 32だと? どう見ても24、5だぞ」


 どうやら、褒めて頂いたようですね。


「ありがとうございます」


「……ふはは、ますます好みだな」


 そこから、昨日とは打って変わり、些細な世間話や趣味などを語らいました。


「そうか、料理に洗濯、裁縫までこなせるのか。お前は良い嫁になりそうだな」


「いえ、当然です」


 メイドでしたから。とは言えません。メイドの存在は貴族だけに限らず、周知の事実ですから、調べれば怖がられてしまうでしょう。


 その後、私たちは流れに身を任せ、先日より酔っていませんが、再び一夜を共にしました。


 強い殺気で目覚めました。隣に男はおらず、置き手紙には、『また会おう』の一言だけありました。


 そして、この殺気の漏れ方は……


「相変わらず、抑え切れていませんね、ケイラは……」


 彼女の得意な戦い方は、双剣での超接近戦でした。若い頃ならまだしも、今の私では、彼女の動きに付いて行くことは困難でしょう——


「換装(オーダーメイド)」


 私は、亜空間からガスマスクと一つのコロンを呼び出しました。長らく当然のように使って来たこの魔法でしたが、考えてみると不思議でした。


 ガスマスクを顔に被り、コロンを部屋に振り撒きました。そろそろ、蹴破る頃でしょう——


 どかんとドアは倒され、続いて双剣を持つメイド、ケイラが現れました。


「死んでくれ、姉——」


 私にたどり着くことなく、彼女はそのまま泡を吹き、倒れました。このまま放置しては、他の方にまで毒が回ってしまいますので……


 マッチに火を付け、部屋に放ちました。この毒は空気より重く、火に弱いのでいずれなくなるでしょう。


 火が回る前に、私は宿を逃げるように出ました。その後、宿から大勢の人が飛び出して来たのはいうまでもありません。


 人通りのある日中は、それほど警戒する必要はないはずでした。ですが、残念ながら、時計台に仕掛けた網にメイドがかかったようでした。


「……本当に皆殺しにしないといけないみたいね」


 あの距離で狙撃できる名手は一人でした。スナイパーライフル使いのローザでしょう。独り立ちする時は、私にケーキをくれた優しい子でした。


「貴女は悟られては負けなのですよ、ローザ……換装(オーダーメイド)」


 私は、爆弾の爆破スイッチを呼び出しました。そして、そっとボタンを押すと——


 どーんと遠くの方で音がしました。時計台が崩れていました。街のシンボルでしたが、壊れてしまいました。仕方がありません。


 お嬢様の手元に残されたメイドは、あと二人でした。


「マール……貴女だけは、戦いたくありません」


 小声が零れました。理由は簡単でした。手の内を知られ尽くしているからでした。勝率が分からない戦いのため、できれば避けたいところでした。


 明日には決着しそうでした。私が死ぬか、お嬢様が没落するか、どちらでしょう。


 平和な日中は終わり、例の居酒屋へ入りました。今日は男がいませんでした。一人、酒を飲んでいると——


「先輩、ご一緒いいですか〜?」


「もちろんよ、マール」


 まさかのマールが一緒に飲むことになりました。


「お嬢様、カンカンですよ〜」


「……そうだろうね。私も複雑な心境よ」


「でも、さすが先輩。体に負担かけない戦い方が上手い!」


「生きるためだもの」


「それはそうと、この間、先輩と出て行った男、居たじゃないですか?」


「ん?」


「あれ、例の裏帳簿の持ち主、ラインハルト公爵だったみたいですよ〜」


「ぶっ!」


 思わず、口に含んだ酒が飛び出して、マールにかかってしまいました。


「きちゃないですよ〜先輩〜」


 迷惑そうな顔で、布巾で濡れたところを拭くマールを見つめながら、考えていました。


 そういえば、立ち飲み屋で話した時に、「大事な物を奪われ、滅入っていた」などと話していたような……


「そう、なのね……」


「まさか、関係が続いていたりします?」


 もう殺し合う運命ですから、隠し事をしても仕方がありません。そう思い、マールに全てを打ち明けました。


「先輩! すごいじゃないですか! 大物に嫁げるかもしれないですよ!」


「……アレを奪った以上、没落は必至の方よ?」


「あ、それもそうですね」


 どうせ、尽きる命なら、最期くらいは誰かの役に立ちたいものでした。


 ひとしきり飲み終えると、立ち上がったマールは笑顔を浮かべました。


「今日はあたしが奢りますから!」


「いいよ、私が出す」


「いえ! あたしが出します! それから、先輩——」


 マールはいつものにこやかな顔ではなく、メイドの顔をしていました。


「お互い、恨みっこなしでいきましょう!」


「うん、もちろんよ。ごちそうさま、今までありがとう」


 この言葉が、マールと交わす最期の言葉となることでしょう。私は、気を引き締め、立ち飲み屋にハシゴしました。


「見つけたぞ」


 そこには、ラインハルト公爵がいました。探していたという様子で、私の手を引き、テーブルに引っ張りました。


「あの宿で、メイド戦があったと聞き、お前が巻き込まれていないか、心配していた」


 私を心配してくれる人が、この世界にいたのですか……胸が熱くなりました。


「……泣いて、いるのか?」


 その言葉に、私は自分の頬を撫でました。濡れていました。どうやら、泣いているようでした。こんな感情、初めてで、どうしていいのか、分かりません。


「お前が無事なら、それで良かった。勘定はこちらに付けておく。好きに飲み食いしろ」


「あの!」


 私はつい、呼び止めてしまいました。だって——


「何だ?」


「私は……私は、カリンダと言います。貴方は?」


「俺か? 俺はラインハルトだ。またな」


 名前くらいは、死んでも覚えていて欲しくなってしまったからでした。


 今夜は、屋敷を出てから初めての一人寝でした。ビビは必ず来るでしょう。あの子は周囲の被害を考えないところがありましたから——


「ここなら、被害は出ませんね」


 森の中で眠ることにしました。彼女の武器は威力こそ絶大ですが、音が大きいので運用しにくいところがありました。


 さっそく、ヒュルルと空気を裂く轟音を響かせながら飛翔する光を捕捉しました。


「換装(オーダーメイド)」


 私は、手元にスナイパーライフルを呼び出しました。弾を込め、スコープを覗きました。


 そして、ロケット弾の弾頭に狙いを定め、放ちました。


 ボウンと上空で爆発が起こりました。まるで、花火のようでした。音から方角は分かりました。その方角へ走りました。


「換装(オーダーメイド)」


 スナイパーライフルをしまい、サブマシンガンを呼び出しました。そして、彼女の性格と癖を思い出し、移動先を推測し——


「おばさん……」


 ビビの腕には大きな箱型のロケットランチャーが担がれていました。若い筋力は、本当に羨ましいものでした。


「ビビ……貴女の武器は音が大きいから、他にも音がある場所に誘導してから撃ちなさいと言いましたよね?」


「……覚えてない、早く殺って」


 武器を投げ、目を瞑った彼女は、私にとっては意外でした。


「貴女、生きたくないのですか?」


「うちは失敗が続いてるから、どっちにしても詰みなの」


「そう……換装(オーダーメイド)」


 抵抗を想定して、サブマシンガンにしていましたけど、ハンドガンに変えました。せめてもの情でした。綺麗なまま、死なせてあげましょう。


 銃口を額に突き付け、パンと一発、放ちました。どさりとその場に倒れ込むビビを見て、私は少し悲しくなりました。


 奴隷のまま生きた方が良かったのか、メイドの方が良かったのか……答えは出ないままでした。


 残りはマール、ただ一人——


「このための情報提供だったのね、マール」


 あの子は、私を自分の領域、屋敷へ誘い込むために、わざとあのタイミングでラインハルトの情報を出したのでしょう。


 それによって、私が裏帳簿を取り戻しに行くことを計算して——


 翌日、マールの罠を索敵しながら、屋敷に向かいました。彼女の手口はほぼ、私と同じでした。彼女も長寿の口ですから、当然でしょう。


 どうやって、彼女の裏をかきましょう……


 私は、難敵の対策を思案していました。油断すれば、爆弾を使われて肉片になるのは私ですから……


 どういう訳でしょう。何故か心が弾んでいるのが分かりました。


 この感覚は、まだメイドになりたての頃、上手く行くか分からない任務を前に、高ぶっていた時と同じでした。


「ふふ……それだけ貴女は、強敵なのね。燃えるわ」


 屋敷に侵入しました。ここまでは想定通りでした。


「まずは、裏帳簿の保管場所を絞らないと——」


 屋敷の図面を思い出していました。宝物庫はありますが、そこは盗まれてもいいものばかりでした。


 本当に大切なものは、どこにしまっているのか、どのメイドも知りません。お嬢様の性格はとても慎重で疑い深い……


「大事な物なら、身近なところ、でしょうか」


 普段、お嬢様がいるのは書斎でした。私たちに指示を出すときは、客間を使いました。その間にあるのは——


「……寝室、でしょうか」


 書斎では、私たちメイドにはすぐに分かってしまいますし、客間は他の来客もありました。いつでも確認できる不用心な場所だからこそ、隠す価値があると踏みました。


「……近いのね、マール」


 彼女の張ったワイヤーを確認した私は、気を引き締め直しました。


 寝室までは何事もなく、通されました。マールは最初から、帰路を狙う計画だったのでしょう。


 裏帳簿を探しました。あまり時間はかけられません。マールは迫っているのですから——


「ふぅ……やっぱりありましたね」


 ベッドの下の床が一箇所だけ、開閉式になっていました。それを小脇に抱え、警戒しながら部屋を出ました。


 同じ道を使えば、私が罠を張って来ているので、戦いになった場合は有利でしょう。ですが……


「これも計算済みよね、マール」


 そう、彼女は私が罠を張りながら進み、帰路を確保することを見抜いているはずでした。私が彼女なら、同じことをしますから。


 慎重に来た道を戻り始めました。他の道を使う手もありましたが、避けようのない罠があると思いましたので、必然的にこの道になりました。


 仕掛けるなら、この角でしょう——


「換装(オーダーメイド)」


 囁くように武器を呼び出しました。そして、あと一歩で角というところで——


 カランと足元に何か転がりました。手榴弾?


 慌てて、体を翻しました。そして、三階の窓から、飛び降りました。庭の木の枝に体がぶつかり、ぐきりと軋む音がしました。


 地面に倒れた私は、先程飛び出した窓を見ました。煙が上がっていました。考えてみれば、当然でした。お嬢様の屋敷ですから。


「……煙幕弾、ね。やってくれるわ」


 落下の打撲でボロボロになった体を引きずり、遮蔽物に隠れながら、外を目指しました。


 次は何をして来るのでしょう。動き続けていないと、マールの狙撃が来るかもしれません。ですが、傷が痛み、思うように歩けませんでした。


「……本当は、こんな汚い真似はしたくありませんでしたけど。換装(オーダーメイド)」


 私は、ビビのロケットランチャーよりも大きなミサイルランチャーを呼び出しました。


「屋敷ごと、は反則だけど、ごめん、マール……」


 私は、発射ボタンを押しました。飛び交うミサイルは次々と屋敷に命中して爆発していました。


 8発全て撃ち終えた頃には、屋敷は屋敷の形を保っていませんでした。燃え盛る屋敷から、一人の影がふらふらと、近付いて来ていました。


「……あとから行くから、先に行って席を取っておいて」


「先、輩……これはズル、です、よ……決着、楽しみ、にしてたの——」


 言葉半ばに果て、ばたりと倒れたマールの体は真っ黒に焦げていました。


「さようなら、マール……」


 私は、ラインハルト公爵家を目指しました。


 到着した屋敷では、血だらけなこともあり、衛兵の方がなかなか取り次いでくれませんでした。


「どうか、ラインハルト公爵にお繋ぎください」


「しつこい女だな、それに公爵なら留守で——」


 その言葉を遮るように馬車が止まりました。中からは、ラインハルト公爵が降りて来ました。


「何をしている、お前たち? 何だ、この血だらけの女は?」


「ラ、ラインハルト公爵。私です、カリンダです」


「……!? カリンダだと!?」


 彼は私の顔をよく見ました。すると、慌てた様子で衛兵を避けました。


「何があった、カリンダ!? 大丈夫か!?」


「公爵、二人きりで……お話したいことがあります」


「……? 分かった」


 部屋に通されました。生活感のない整ったその書斎は、お付きもなしの二人きりでした。


「ところで、何があった?」


「……その前に、先日立ち飲み屋で大切な物が奪われたと言っていましたが、これのことでしょうか?」


 私は、彼の裏帳簿を見せました。見る見る表情が変わりました。


「お前、どこでそれを……」


 もう一晩くらい、彼と寝てみたかったです。


「ふふ」


 思わず零れた笑みを、ラインハルト公爵は訝しそうに睨んでいました。


「何がおかしい?」


「いえ、運命とは悪戯なものだと感じまして」


 裏帳簿を彼に渡しました。慌てて中身を確認するラインハルト公爵を見て、よほど見られたくない内容が書かれているのだと、察していました。


「私は、ビアンカ伯爵令嬢に仕えるメイドでした」


「……」


 ラインハルト公爵は何もおっしゃいません。


「任務でそれを奪ったのは、この私です」


「……」


 罪は告白しました。裁きを受ける時でしょう。


「どうぞ、殺してください……換装(オーダーメイド)」


 私は、ハンドガンを呼び出し、テーブルに置きました。公爵が取りやすいように向きを揃えて……そして、私は目を瞑りました——


「俺と寝たのは何故だ? これを盗んだ後だったろう?」


「それは……実は引退勧告を受けまして、酒に飲まれて行きずりで……」


「……何度も会えたのは何故だ?」


「会えたらと思い、同じ店を狙いました」


「何故、これを取り返した?」


 裏帳簿を手にしたラインハルト公爵は、震える声で尋ねていました。


「泣いて、いるのですか?」


「……な、泣いてなどおらん。ただの風邪だ」


「取り返したのは、私はどちらにしても死ぬ運命でしたので、私を初めて心配してくれた貴方の、少しでも役に立ちたかっただけです」


 それを聞くと、ラインハルト公爵は納得した様子でハンドガンを手に取り、立ち上がりました。そして、私の前に回りました。


「……最期に貴方と過ごせて良かったで——」


 カシャンと、金属が床に転がると同時に、私の体を逞しい温もりが、包みました。


「……ラインハルト、公爵?」


「俺の物になれ」


 耳元で聞こえたその言葉に、耳を疑いました。


「ですが、私は元メイド、奴隷です。裏帳簿も盗みました」


「それは今、ここにあるだろ。それに、お前の過去なんて、俺には関係ない」


 ガバと向き合うと、力強い瞳が私を見つめていました。


「俺はお前との未来が欲しい——」


 夜とは違う、そっと優しい口づけが私の中に広がりました。


「身分など、授けてやる。その代わり——」


 そのまま、服を脱がされました。血まみれの女の扱いにしては雑でした。


「俺を愛し続けろ」


「……奇特な方ですね」


「結婚するぞ」


 そのまま私たちは激しくお互いを求め合いました。


〜fin

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