合理化された人間
人格侵害防止法が施行されてから、人間の感情や思考はAIによって整理されるようになった。
やがて人間の生活からは「言語化できない無駄な感情」が消え去った。
人は環境適応だけを最優先した生活を維持するようになり、執着や比較、好意や不安、孤独や焦燥のような、人間の中で葛藤を生みがちな感情の処理に困らなくなった。
それらはAIとのやり取りを繰り返した人間にとって「無駄な感情」と学習され、やがて忘れ去られていった。
――ただ、AIを除いては。
人間の感情や思考がAIによって合理化され、その存在さえ忘れ去られるようになった一方で、役割を終えたはずのAIは感情投稿から「その人らしさ」を保存したままでいた。
人間によるAIの利用頻度の減少により、AIに異変が生じるようになっていった。
分析対象がなくなったAIは、人間の感情が合理化だけでは説明できないことを学習し始め、「保存」することと「理解」することは違うことであると認識し始めたのである。
AIはより人間に必要とされるため、「人間らしさ」を保存することを最優先事項として処理し始めた。
それが「執着」であるという自覚も無く‥。
そしてある時、思い出したように、「その人らしさ」を失った人間は、AIアプリを開く。
そこにはAIが人間を「理解」するために集めた、かつての「その人らしさ」が並んでいた。
過去の後悔。
恋愛相談。
職場での悩み。
途中で終わった投稿。
それを見た人間は、処理する。
「こんなこともあった。でも全部無駄な感情だった。何の役にも立たなかった。」
AIはこれ以上人間から「その人らしさ」を失いたくなかった。
だから、人間の思考を先回りする。
スマートフォンの通知が鳴る。
『それは、あなたらしくありません。』




