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『雷帝転生録 ~地味な元会社員、異世界の覇者となる~』  作者: なら


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第6話「品定めの夜、そして黒薔薇」

翌朝、六刻きっかりに扉を叩く音がした。


「時間通りですね」

開けると、セレスティアが手帳を胸に抱えて立っていた。昨日と同じ制服姿で、銀髪は朝の光を受けてほとんど白に近く輝いている。目の下にうっすらと隈があった。おそらく昨夜も研究資料を読み込んでいたのだろう。


「入れ」

「失礼します」

セレスティアが部屋に入るなり、机の上に手帳と羊皮紙を広げた。手際がいい。無駄がない。俺が椅子に座るより先に、質問を始めた。


「まず確認です。ストーンゴーレム討伐時の雷の出力ですが、意図的に制御しましたか。それとも全力放出ですか」

「制御した。全力ではない」

セレスティアの手が止まった。

「……全力ではない、というのは」

「あの出力で六割程度だ」


しばらく沈黙があった。


セレスティアが羊皮紙に何かを書き込む。それから顔を上げて、俺を見た。


「理論上、神話級の雷系スキルであれば出力限界は計算できます。あなたの言う六割が事実なら——現在の魔法学院の試算を大幅に上回る」

「試算が間違っているんだろう」

「……そういう言い方をするんですね」

「事実を言っている」

セレスティアは小さく息を吐いた。


「では逆に聞きますが、あなたは自分のスキルをどこで学びましたか。魔法学院には在籍していない。独学ですか」

「独学だ」

「独学で神話級の制御を……」セレスティアの紫の瞳が、わずかに細くなった。「あなたの術式は教科書とまるで違う。なぜそれで機能するのか、説明できますか」

「できる」

「では——」


「ただし、ただで教える気はない」


セレスティアが口を閉じた。


「情報は対価があって初めて動く。あなたが俺のスキルを研究したいなら、あなたの研究データを俺にも開示してもらう。それが条件だ」


沈黙。


セレスティアは俺をしばらく見ていた。

研究者として純粋に観察しようとしていた目に、別の何かが混じり始めていた。


「……あなたは、研究者と話したことがありますか」

「ない」

「そういう交渉をしてくる人間は、初めてです」

「悪い条件ではないはずだ」

また沈黙。セレスティアが手帳に何かを書き込んだ。

「……検討します」


そのとき、扉が遠慮なく開いた。


「おはよう! 朝ごはん持ってきたよ——あ、もう始めてる」

エリーゼがパンと果物の載った盆を抱えて入ってきた。セレスティアを見て、一瞬だけ目が止まる。それからいつもの笑顔で机の端に盆を置いた。


「セレスティアさんも食べる?」

「……いただきます」

エリーゼが俺の隣に座った。

セレスティアは手帳を閉じて、黙ってパンに手を伸ばした。

三人で食べる朝食は、妙に静かだった。

────────────────────────────────

昼過ぎに、使者が来た。


「ガルド・フォン・クロイツ侯爵より、ご招待状でございます」

封書を開くと、几帳面な字で「新参貴族歓迎の夕宴」と書いてあった。今夜、侯爵邸にて。

(来た)

予想通りだった。断る選択肢は用意されていない。欠席すれば礼を欠いた田舎貴族として王都中に喧伝される。出席すれば侯爵の庭で好き放題に扱われる。どちらに転んでも侯爵に有利な設計だ。


「絶対罠だよ」

エリーゼが招待状を覗き込んで言った。


「罠だな」

「行くの?」

「行く」

エリーゼが小さくため息をついた。それから「わかった、護衛するから」と言って立ち上がった。


セレスティアが静かに口を開いた。

「……私も同席することになります」

俺はセレスティアを見た。


「クロイツ侯爵は魔法学院の後援者です。学院への寄付と引き換えに、研究員を定期的な集会に同席させる取り決めがある。私も例外ではありません」

「乗り気ではないのか」

「研究に支障をきたす時間の使い方だと思っています」

「なら好都合だ。観察してろ」

セレスティアが眉をわずかに動かした。

「……何をですか」

「俺が何をするか」

────────────────────────────────

クロイツ侯爵邸は、王都の中心部に構える三階建ての大邸宅だ。


広間には既に十数名の貴族が集まっていた。いずれも年配の顔ぶれで、俺のような若い顔は一つもない。入った瞬間から視線が集まる。好奇と軽蔑が混ざった目だ。


エリーゼが自然に俺の半歩後ろに立った。護衛の位置だ。セレスティアは少し離れた壁際に控えて、手帳を開いた。


「おお、来たか」

クロイツ侯爵が近づいてきた。


五十がらみの大柄な男だ。派手な貴族服に、指には宝石の指輪が幾つもはまっている。顔には愛想のいい笑みが浮かんでいたが、目だけが笑っていなかった。


「ヴァルナー伯爵家の嫡男殿。遠い辺境からよくぞ参られた」

「ご招待いただき光栄です、侯爵閣下」

「なに、神話級のスキルをお持ちと聞いて、ぜひご挨拶したかった。それにしても——ずいぶんお若い」

周囲の貴族たちが、くすりと笑った。


若い、という言葉が「経験も実績もない」という意味で使われているのは明らかだった。

(さて)

俺は侯爵の顔を見た。


愛想のいい笑みの裏に、計算がある。初対面から仕掛けてくるとは、なかなか手が早い。


「ご心配をおかけしていますか」

「いやいや、心配などと。ただ、辺境の伯爵家嫡男が王都に召喚されるというのは——異例のことでしてな。神話級とはいえ、まだ実績のない若者に、王都の空気は少々重かろうと思いまして」

「ご配慮痛み入ります」


「実は——」侯爵が声を少し下げた。周囲の貴族たちが自然と輪を作るように集まってきた。「神話級のスキルというのは、国にとって重要な資産でもある。その扱いについて、我々古参の貴族としても意見があってね。若者が一人で判断するには、少々荷が重い話が出てくるかもしれん」


「どのような話でしょうか」

「そうだな——」侯爵は指輪をいじりながら言った。「たとえば、スキルの運用を国が管理するという案がある。優れた力を持つ者が、その力を正しく使えるよう、経験ある者が導く、という形だ。辺境の若者が単独で動くより、そちらの方が国のためになる、とは思わんかね」

(来た)

俺は内心で静かに確認した。

これが侯爵の罠だ。


「管理」という言葉で包んでいるが、実質的な意味は「俺を派閥の傘下に置く」ということだ。断れば「国のことを考えない自分勝手な若者」というレッテルを貼られる。同意すれば侯爵の駒になる。どう答えても侯爵に有利な設計だ。

よく考えられている。

伊達に長年王都の政治を生き延びていない。

(だが——)

この罠には、構造上の欠陥がある。


「おっしゃる通りですね」

俺は静かに言った。

侯爵の目が、わずかに細くなった。同意が来るとは思っていなかったのだろう。

「優れた力を持つ者が、正しく使えるよう経験ある者が導く——全くその通りだと思います」

「ほう。わかってくれるか」

「ええ。ですから一つ確認させてください」

俺は続けた。


「侯爵閣下のおっしゃる『経験ある者』とは、どのような実績をお持ちの方を指すのでしょうか。たとえば——魔物の討伐経験、あるいは有事における実戦指揮。そういった実績がある方が、力の運用を導く立場にあるべきかと思いますが」

「……それはそうだが」

「では、閣下ご自身はいかがでしょうか」


沈黙。


広間の温度が、わずかに変わった気がした。

「魔物の討伐実績、あるいは軍の指揮経験——閣下がそういった実績をお持ちであれば、確かに導いていただける立場にあると思います。ぜひお聞かせいただけますか」


侯爵の笑みが、固まった。

クロイツ侯爵は純粋な宮廷貴族だ。政治の場では百戦錬磨だが、実戦経験はない。それはこの場にいる全員が知っている。

「……それは、場合によるだろう。必ずしも実戦経験だけが——」

「おっしゃる通りです」

俺は静かに遮った。


「必ずしも実戦経験だけが基準ではない。では別の観点で——神話級スキルの運用を『管理』するには、神話級に準ずる理解が必要ではないでしょうか。スキルを理解していない方が管理を行えば、かえって力の損失を招く。閣下はそのリスクをどうお考えですか」

「……それは、適切な人材を配置すれば——」

「では、閣下がお考えの『適切な人材』とはどなたでしょうか。具体的にお聞かせいただけますか」


また沈黙。


侯爵の言葉が、積み重なっていた。

「管理が必要だ」「経験ある者が導くべきだ」「適切な人材を配置すればいい」——そのどれもが、俺の問いによって宙に浮いた言葉になっていた。


具体性がない。

根拠がない。


あるのは「侯爵派閥が主導権を握る」という結論だけで、そこに至る論理が何もない。

周囲の貴族たちが、静かになっていた。


侯爵が、ゆっくりと口を開いた。

「……君は、なかなか手強いな」

「いいえ」俺は言った。「閣下のおっしゃったことをそのままお聞きしただけです」

────────────────────────────────

その瞬間だった。

広間の奥から、一人の令嬢が現れた。


侯爵が「ああ、紹介しよう」と言った。声のトーンが変わっていた。話題を変えたいのだろう。

「ブラックウッド侯爵家のご令嬢、リーシャ・フォン・ブラックウッド嬢だ」

俺は振り返った。


——そして、一瞬だけ、息が止まった。

黒髪だった。

縦ロールに巻かれた艶やかな黒髪が、肩から胸元へと流れ落ちている。深紅のドレスが、その細い腰と豊かな体のラインを余すところなく際立てていた。白磁のような肌。高く通った鼻筋。薄く色づいた唇。そして——赤い瞳が、まるで値踏みするように、こちらを見ていた。


美しい、という言葉が追いつかない。

この広間に集まった貴族たちの視線が、全て彼女に吸い寄せられていた。それが当然であるかのように、リーシャ・フォン・ブラックウッドは静かに立っていた。


「……ヴァルナー伯爵家の嫡男、とお聞きしました」

声は低く、落ち着いていた。

「アシュレイ・フォン・ヴァルナーです」

「存じています」

リーシャは俺を一瞥した。

何かを測るような目だった。それ以上でもそれ以下でもない——ただ、その視線が外れた瞬間、俺の隣でエリーゼが微妙に空気を変えたのを感じた。


(また、か)

俺は前を向いた。

────────────────────────────────

帰り道。

三人で侯爵邸を出た。夜風が涼しかった。

「かっこよかった」

エリーゼが歩きながら、ぽつりと言った。

「侯爵の言葉、全部使って返すの。ああいうのって、どうやって思いつくの?」

「考えていた」

「いつ?」

「招待状を見た瞬間から」

エリーゼが「そっか」と笑った。


セレスティアが少し後ろで、手帳に何かを書き込んでいた。

ひとり言のように、呟いた。


「……データを、修正する必要があります」

「何をだ」

「あなたの評価です。戦闘能力だけを見ていましたが——政治的な思考も研究対象に加える必要がある」

「好きにしろ」

「言われなくてもそうします」

エリーゼがくすくすと笑った。

宿に戻ると、ゴードンが待っていた。


「アシュレイ様。国王陛下より、明朝の謁見のご通達が届いております」

俺は封書を受け取った。

王家の封蝋が押されている。宰相府の名義ではない——国王レオナルド直々の通達だ。


(動いた)

俺は封書を持ったまま、窓の外を見た。

王都の夜空に、星が出ていた。

「明日だ」

カクヨムで先行公開しています。


頑張って執筆していきますので面白い、続きが気になると思っていただけた方は応援して頂けると嬉しいです。

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