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『雷帝転生録 ~地味な元会社員、異世界の覇者となる~』  作者: なら


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第4話「剣と雷、それぞれの本気」

出発まで、二十日。

その間にやるべきことは多かった。

旅の準備、王都での根回し、道中の危険の洗い出し。やることを書き出せば紙が埋まるほどあるが——その中で、俺が一番気になっていたのは別のことだ。


エリーゼが、どこまでやれるか。


エリーゼのことは信頼している。五歳から十年間、誰に言われるでもなく剣を振り続けてきた。雨の日も、風の日も、泥まみれになりながら。あの子の芯にある強さは、スキルなんかじゃなく、そういう積み重ねから来ている。それは俺が一番よく知っている。

だからこそ——王都で何が待っているかわからない以上、その力がどこまで通用するか、きちんと確かめておきたかった。


「アシュくん、また難しい顔してる」

朝の鍛錬の後、縁側でそう声をかけてきたのはエリーゼだった。

今日も昼前にやってきたらしく、騎士訓練用の動きやすい服装に着替えている。薄手の生地が体のラインに沿って、豊かな胸の丸みから引き締まったウエスト、すらりと伸びた脚の曲線までを惜しみなく浮かび上がらせていた。蜂蜜色の髪は今日は高い位置で束ねられていて、後れ毛が白い首筋に貼りついている。


(……なんでそんな格好で来るんだ)

心の中で思いながら、俺は視線をわずかに上げた。

「考え事だ」

「王都のこと?」

「まあな」

エリーゼは俺の隣に腰を下ろした。

肩が触れるくらいの距離になる。日向の匂いと、エリーゼ特有の柔らかい匂いが混ざって漂ってきた。

「ねえ、アシュくん」

エリーゼが、少し真剣な声で言った。

「私、もっと強くなりたい。王都に行く前に、ちゃんと試したい」

「試す?」

「実力を。本物の相手と」

俺はエリーゼを見た。


いつもの明るさの奥に、静かな炎みたいなものが見えた。護衛として連れて行くと決まってから、エリーゼの目が変わっていた。冗談っぽく「どこまでもついていく」と言いながら、その実、誰よりも本気で準備している。


(そうか。お前もそう思っていたか)

俺は少し間を置いてから、答えた。

「副団長のグレンさんを借りようと思っていた。ちょうどよかった、お前から言ってくれて」

「え——グレン副団長?」

エリーゼが目を丸くした。

「本気で言ってる?」

「お前ならやれる」

即答した。

エリーゼはしばらく俺を見ていた。それから、ゆっくりと口の端を上げた。

「……わかった。やる」

────────────────────────────────

翌朝、ヴァルナー騎士団の訓練場に人が集まっていた。


噂が広まるのは早い。昨夜のうちに申し出を聞いた騎士団の面々が、何人か見物に来ていた。中には腕を組んで「嬢ちゃんが副団長と?」と顔を見合わせている者もいる。


副団長のグレン・ハウザーは、四十がらみの大柄な男だ。二メートル近い長身に、鎧越しでもわかる分厚い筋肉。顔の左側に古い刀傷があり、それが妙な凄みを加えている。英雄級スキル【鋼の意志】の保持者で、辺境の地で二十年以上魔物と戦ってきた歴戦の騎士だ。


そのグレンが、木剣を手に持ちながらエリーゼを見下ろしている。

「……嬢ちゃんが相手か」

声は低く、感情が読めない。

「よろしくお願いします」

エリーゼは真剣な目で言った。

いつもの明るさが、今日はない。剣を前に構えたエリーゼは——別人みたいに見えた。

俺は訓練場の縁に立ち、腕を組んで見ていた。

────────────────────────────────

開始の合図とともに、グレンが動いた。

速い。

大柄な体格に似合わない、踏み込みの鋭さだ。初撃から全力に近い圧力をかけてくる。エリーゼが後退する。二撃、三撃——グレンの木剣が唸りを上げるたびに、エリーゼの体が流されていく。


(押されている)


それでも——エリーゼは弾き飛ばされなかった。

受けるのではなく、流している。剣圧を殺して横に逃がし、次の動きへの準備を同時にやっている。十年間、毎日剣を振り続けてきた身体が、考えるより先に動いていた。

「……ほう」

グレンの目が、わずかに細くなった。

四撃目。グレンが踏み込みを変えた。右から来ると見せかけて、左への切り返し。経験でしか身につかない、フェイントだ。


エリーゼの体が、一瞬遅れた。

木剣が肩口をかすめた。よろける。グレンが畳み掛けるように五撃目を振り下ろす——

────────────────────────────────

その瞬間、エリーゼの視界に色がなくなった。

音が、遠ざかった。


浮かんできたのは——六歳の頃の記憶だった。

領地の外れにある古い水車小屋の近くで、エリーゼは見知らぬ男たちに囲まれていた。旅の途中らしい荒くれ者が三人。エリーゼが一人でいるのを見て、面白半分に取り囲んだのだ。


怖かった。


足がすくんで、声が出なかった。

次の瞬間——男たちの間に、細い影が割り込んできた。

アシュレイだった。

六歳の、細っこい体で、それでも男たちの前に立ちはだかって、一言も喋らなかった。ただ、エリーゼとの間に立った。

男の一人が腕を掴もうとした。アシュレイは払いのけた。もう一度掴まれて、地面に転がされた。それでも立ち上がって、またエリーゼの前に立った。


そのとき、遠くから騎士団の巡回が来て、男たちは逃げた。

アシュレイは砂埃まみれで立っていた。膝が擦り剥けて血が出ていた。それでも振り返って、ただ一言言った。


「大丈夫か」

エリーゼはその瞬間、泣き出した。

怖かったからじゃない。

この人が怪我をしたのに、自分のために立ち続けたことが——たまらなく、胸に刺さったから。

(この人を守りたい)

いつも一人で立っていて、誰かのためには傷ついても退かなくて——そういう人の隣に、ずっといたい。

それが、エリーゼの始まりだった。

────────────────────────────────

意識が、戻った。

グレンの木剣が、目の前まで来ていた。


(間に合わない——)


そう思った瞬間、エリーゼの足が地面を蹴った。

後退ではなく、前へ。

グレンの懐に飛び込んで、木剣を最短距離で薙ぐ。大振りを避けるには間合いを殺すしかない。それは理屈ではなく、身体が選んだ答えだった。


グレンの木剣がエリーゼの左肩を叩いた。同時に、エリーゼの木剣がグレンの胴を打った。

相打ち。

────────────────────────────────

沈黙が落ちた。

グレンは動かなかった。エリーゼも動かなかった。

二人とも、木剣を当てたまま、その姿勢で止まっている。


やがてグレンが、ゆっくりと木剣を下ろした。

「……いい度胸だ、嬢ちゃん」

低い声で、そう言った。

「俺の懐に飛び込んでくるとは思わなかった。あと二年修練すれば、俺に勝てるかもしれんな」

周囲の騎士たちが、どよめいた。

グレンがそういうことを言う男ではないことを、全員が知っていたからだ。


エリーゼは肩で息をしながら、それでも背筋を伸ばした。

「ありがとうございます」

俺は縁から歩いて行き、エリーゼの隣に立った。

「肩、大丈夫か」

「痛い。でも平気」

エリーゼはそう言って、俺を見上げた。


頬に汗が光っている。髪が乱れて、騎士服の首元がはだけていた。激しい呼吸のたびに胸が大きく上下して、薄い生地の上からでもその豊かな膨らみがはっきりとわかる。

(……目を逸らすべきか)

一瞬迷って、逸らさなかった。


「見てた?」

「ああ。全部」

「どうだった?」

俺は少し間を置いてから、答えた。

「……頼もしかった」

エリーゼはぱちりと目を瞬かせた。

それから、今度こそいつもの笑顔になった。

「じゃあ合格?」

「合格だ」

────────────────────────────────

模擬戦の興奮が冷めやらぬまま、その日の夕方に北東の村から伝令が届いた。


「大型の岩石系魔物が一体。街道沿いの村を狙っている模様です。討伐隊の出動を——」

伝令の騎士が言いかけたのを、俺は静かに遮った。


「俺が行く」


執務室にいた騎士たちがざわめいた。父が顔を上げ、無言で俺を見た。

「王都に行く前に、確認したいことがあります」

俺は続けた。

「【天雷の才覚】が実戦で使えるかどうか。自分の目で確かめておきたい」

父はしばらく俺を見ていた。


それから、短く頷いた。

「エリーゼを連れて行け」

「そのつもりです」

────────────────────────────────

北東の街道は、針葉樹林が両側に迫る薄暗い道だ。

村の手前三キロほどの地点に、それはいた。


岩石巨人——通称「ストーンゴーレム」。

体高は四メートルを超える。全身が岩盤で覆われており、通常の剣では傷一つつかない。魔法属性の攻撃か、岩を砕く衝撃が有効とされているが——それでも、通常は五人以上の討伐隊が必要とされる相手だ。


「……でかい」

エリーゼが俺の隣で呟いた。

「剣は届かない」

「わかってる。お前は下がってろ」

エリーゼが俺を見た。

「アシュくん——」

「見てろ」

俺は一歩前に出た。


ストーンゴーレムが、こちらに気づいた。地響きを立てながら振り返る。小さな赤い光点が、岩盤の目の位置で瞬いた。

俺は右手を前に伸ばした。

意識を集中する。身体の芯から電気が這い上がってくる感覚。それを手のひらに集める。集める。集める——


空気が変わった。

エリーゼが息を呑む気配がした。俺の周囲の空気が、びりびりと震え始めていた。髪が逆立ち、地面が微かに焦げる匂いがする。

ストーンゴーレムが咆哮を上げ、巨大な腕を振り上げた。

俺は、放った。

────────────────────────────────

轟音。

白と金と紫が混ざり合った雷光が、一直線にストーンゴーレムを貫いた。

音が、消えた。

次の瞬間——ストーンゴーレムは、存在しなかった。

あったのは、地面に散らばる岩の破片と、空気中に漂う焦げた匂いだけだ。直撃を受けた中心部は完全に蒸発していた。四メートルの岩石の巨人が、一撃で、跡形もなく。


静寂が、落ちた。


木々の葉が、雷の余波でぱらぱらと落ちてくる。地面には焦げた円形の跡が残っていた。俺は手を下ろし、息を一つついた。

(出力の調整は、まだ荒い。でも——使える)

「アシュくん」

エリーゼが近づいてきた。

顔が、少し青かった。俺の顔をじっと見て——それから、大きく息を吐いた。


「……びっくりした」

「そうか」

「そうかじゃなくて。心臓止まるかと思った」

「大げさだ」

「大げさじゃない!」

エリーゼは俺の腕を掴んだ。

「すごかった。本当に。でも——」


少し間があった。


「無茶しないで。お願いだから」

声が、さっきと違う質感を持っていた。

俺はエリーゼを見た。翠の目が、まっすぐこちらを見ている。怒っているのではなく、怖かったのだという目だ。


「……わかった」

俺は短く答えた。

エリーゼはしばらく俺を見ていて——それから、ぱっと手を離した。

「よし! 帰ろ! お腹すいた!」

切り替えが早い。

俺は小さく笑った。

────────────────────────────────

帰り道、エリーゼが夕焼けの空を見上げながら言った。

「王都に行ったら、また変わるんだろうな」

「変わるかもしれない」

「アシュくんは変わらないでね」

「努力する」

「努力するじゃなくて、絶対変わらないで」

エリーゼは俺を見た。夕焼けが、その蜂蜜色の髪を燃えるように染めている。

「私が好きなのは、今のアシュくんだから」

さらっと言った。


俺は足を止めた。


エリーゼはそのまま歩き続けながら、振り返りもせず言った。

「さっきのお返し。アシュくんだけずるい」

俺はしばらく、その背中を見ていた。

(敵わないな)

心の中で、素直にそう思った。

────────────────────────────────

その夜、書斎で地図を閉じた俺は、窓の外を見た。

出発まで、あと十七日。


剣はエリーゼが守ってくれる。雷は俺が振るう。準備は整いつつある。あとは——王都で何が待っているかだ。

思考を巡らせながら、ふと父から届いた追加書類に目を落とした。その中に、一つ気になる一文があった。


『王都の魔法学院より、神話級スキル調査のため研究員の派遣が決定した模様。到着は二週間後の見込み』


研究員。

(魔法学院か……)

それが何者なのか、今はまだわからない。

だが——王都に向かう俺の旅路に、また新しい何かが絡んでくる予感がした。


俺は窓の外の夜空を見上げた。


雷は、今夜は鳴っていない。

カクヨムで先行公開しています。


頑張って執筆していきますので面白い、続きが気になると思っていただけた方は応援して頂けると嬉しいです。

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