第34話「王都、再び」
街道を王都に向けて走りながら、ルーカスが口を開いた。
「一つ、聞いていいか」
「何だ」
「ドルフを——俺の父を、どうするつもりだ」
馬の蹄の音が続いた。エリーゼが前を向いたまま黙っている。ライが街道の先を見ながら走っていた。
「証拠が揃ったら、然るべき場所に届ける」とアシュレイが言った。「その後は王と法が決める」
ルーカスが黙って聞いていた。
「ただ——何も知らない家族と、お前は無罪になるよう動くつもりだ。それが俺の判断だ」
少し間があった。
「……そうか」
ルーカスがまた前を向く。何かを言いかけた気配があったが、言葉にはならなかった。アシュレイも黙っていた。それでいい。
エリーゼが「……二人とも重い話してる」と小声で言った。
「お前も聞いていたのか」
「聞こえてきたんだもん」
ライが一度だけ振り返った。それから前を向いて走り続けた。
しばらく誰も何も言わなかった。王都までの道は、来た時と同じ街道だった。同じ景色が流れていく。だが、今回は向かう目的が違う。クロイツ邸の会議とは違う。魔法学院を守る。セレスティアの研究を守る。それだけじゃなく——ドルフの動きを封じる一手になるかもしれない。
(三日で動く)
何をするべきか、頭の中で整理しながら馬を走らせた。
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王都の門をくぐった時、セレスティアが待っていた。
旅装ではなく白衣だった。手帳を持っている。ルーカスを見て一瞬止まった。
「……来たんですね」
「邪魔か」とルーカスが言った。
「いいえ」セレスティアが手帳を開いた。「助かります」
状況を聞いた。魔法学院への国王令の動きは「三日以内に正式決定される可能性がある」という段階だった。令が出れば、学院はドルフの管理下に置かれる。セレスティアの研究が止まる。帝国情報の調査も止まる。
「防ぐためには、令が出る前に動く必要がある」とセレスティアが言った。「ただし——宰相府を動かすには、それ以上の権限が要る」
「国王に直接話を通す必要がある」とアシュレイが言った。
「はい。ただ私には、その方法がありません」セレスティアが手帳を閉じた。「魔法学院は政治的に中立の立場を取っています。学院長が国王に直接話を通す権限はない。私個人はなおさらです」
エリーゼが「じゃあどうするの」と言った。
室内が静かになった。
ルーカスが口を開いた。「一人、心当たりがある」
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「レイン王子だ」
エリーゼが「え」と言った。
「宰相の息子だ。歳も近い。社交の場で幾度か言葉を交わしたことがある」ルーカスが少し間を置いた。「信用できるかどうかはわからない。ただ——あの人は父とは違う目をしている。それだけは確かだ」
セレスティアが「……来てくれるでしょうか」と言った。
「わからない。ただ試す価値はある」
アシュレイが「書け」と言った。
「わかった」
ルーカスが机に向かった。しばらく黙って書いた。
アシュレイはその背中を見ていた。宰相の息子が、王子に秘密裏に手紙を書いている。父への裏切りとも言えるし——父が間違っているから正すとも言える。ルーカスがどちらの気持ちで書いているのか、アシュレイにはわからなかった。
ただ、その背中は迷っていなかった。
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返事は翌日来た。
『明後日、伺います。 レイン』
それだけだった。エリーゼが「早い」と言う。セレスティアが「……来てくれるんですね」と呟いた。
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二日後。
魔法学院の応接室にレイン王子が来た。護衛を二人だけ連れていた。
「ルーカスから手紙が来るとは思わなかった」と言った。アシュレイを見た。「ヴァルナー卿もいるとは——さらに思わなかった」
「お時間をいただきありがとうございます」
レインが席に着いた。ライを見る。「……サンダーウルフですか」と静かに言った。「そうです」とアシュレイが返す。「噂通りだ」とレインが言って視線をアシュレイに戻した。「それで。話を聞こうか」
アシュレイが話した。
魔法学院への介入申請の経緯。国王令を通す動きの詳細。セレスティアが把握している事実。そして帝国との繋がりに触れた。
レインは途中で口を挟まなかった。人を測るような目だった。謁見で感じた目と同じ——あの時も、ずっとこちらを見ていた。
話し終えた。
セレスティアが補足した。「学院への介入申請は今回で三度目です。毎回、形式を変えて来ています。最初は予算審査。次は研究倫理の確認。今回は国王令。段階を踏んで、確実に管理下に置こうとしている」
レインがしばらく黙っていた。指を机の上で軽く叩く。考えている時の癖らしかった。
「……証拠はあるのか」
「物的証拠はない」とルーカスが口を開いた。「ただ——俺は直接聞いた。父が帝国の密偵と話しているのを」
レインがルーカスを見た。
「王座。国土の割譲。帝国からの諜報部隊の提供。全部、俺が耳にした内容だ」ルーカスが静かに続けた。「証明できるかと問われれば、できない。俺の証言だけだ。それでも——あなたには知っておいてほしかった」
室内が静まり返った。
レインがしばらく目を閉じた。それから開いた。
「……わかった」と言った。声が低くなっていた。「父に確認する必要がある。宰相に疑いがある以上、王として放置はできない」
「動いてもらえるか」
「動く。ただ——国王令の保留は今日中にできる。そこから先は、慎重に進める必要がある」
「わかった」
レインが「……ルーカス」と言った。「お前が話してくれたこと、忘れない」
ルーカスが「……頼む」と言った。それだけだった。
セレスティアが手帳に何かを書いていた。エリーゼが「レイン王子って思ってたより普通に話してくれるんだね」と小声で言う。「王族だからといって威圧してくる必要はない」とアシュレイが返した。「確かに」とエリーゼが言った。
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会談が終わって、廊下でルーカスと合流した。
「うまくいったか」とルーカスが呟いた。
「わからない。ただ動いた」
「……猶予は三日程度か」
「ああ」
ルーカスが廊下の窓の外を見た。王都の空が見えた。
「父が動く前に——決着がつけばいい」と静かに言った。
アシュレイがルーカスを見た。父親の話をする時、ルーカスの声は変わる。怒りでも悲しみでもない。何か——決意に近いものがある。
「そうなるように動く」
少し間があった。
エリーゼが「ねえ、そろそろご飯食べたい。昨日からちゃんと食べてない」と言った。
セレスティアが「……確かに。私も何も食べていません」と言った。
ルーカスが小さく息を吐いた。「……お前たちは本当に」と言いかけて、止めた。
「何だ」とエリーゼが聞いた。
「いや」
ライが廊下の先を向いていた。出口の方だった。
「行くか」とアシュレイが言った。
ルーカスが「……奢ってもらえるか」と言った。
エリーゼが「珍しい」と言った。
「たまにはそういう気分になる」
アシュレイが「好きにしろ」と言った。ルーカスが少し表情を緩めた
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